slide_288458_2266482_free

去年からチケットを取ってあった「Peter and Alice」。ジュディ・デンチ(Judi Dench)とベン・ウィショウ(Ben Wishaw)という世代を越えた実力派コンビとあって楽しみにしていた。実は、脚本のジョン・ローガン氏とこの二人は007シリーズの最新作ーSkyfallでも組んでいたようで、早く観なくては・・・と思う次第

世界的に不滅とも言える児童文学の定番、アリスとピーター・パンには両方ともモデルがいたというのはよく知られている。アリスは作者のルイス・キャロルの友人の娘、当時10歳のアリス・リッデル(結婚してからはハーグリーヴス)。ピーターのほうはジェイムス・バリーが後見人となって引き取った友人の息子達をモデルに書いたものだ。5人兄弟の少年達のうち、3男のピーターが名前の為に世間的にはピーター・パンのモデルとしてのラベルを貼られていた。この芝居は1932年のルイス・キャロルのエキシビションの際に当時80歳になっていたアリス・ハーグリーヴスと35歳で出版社を経営していたピーター・ルウェイン デイヴィスが初めて実際に会った日のひと時を、現実とファンタジーを交錯させながら描いている

実際に二人がどんな会話をしたのかは解らない。でもこの芝居の中で、ピーターは自分がピーター・パンとして事ある毎に話題にされる人生に疲れている。ピーターのモデルとはいっても実際に「ジムおじさん=バリー」が一番可愛がっていたのは弟のマイケルだったし、ピーター・パンのインスピレーションは兄のジョージに寄るところが大きかったのだという事を知っている。大人にならない=永遠の子供として夢と冒険の世界を飛び回ったピーターとは違って、大人にならなくてはならなかった自分の人生は、今や幸せや希望に溢れたものではなくなっていた。情緒不安げなやつれた顔は悲しみと痛みをにじませている。

金髪でエプロンドレスの10歳のアリスは遠い昔の陽だまりの中の思い出から生まれた姿で、実際には今や80歳になっているアリス。彼女もまた無垢な少女時代を遠くに置いて大人にならなければならなかった。編集者としてピーターはアリスに自伝に興味はないかと話し始め、そこから二人の子供時代とこれまでの残酷な人生とが交錯する。作者のキャロル(芝居では本名のチャールズ・ドジソン)とバリー、そして物語の中のピーター・パンとアリスも登場して、遠い陽だまりの中の記憶が必ずしも純粋ではなかったかもしれない事や、今の現実の残酷さをつきつける

slide_288458_2266477_free

早くに両親を亡くして後見人のバリーに面倒を見てもらっていた少年達のうち、一番ピーター・パンらしいモデルになったジョージは一次大戦で戦死。そしてバリーの一番のお気に入りで、家を出てからも毎日のように手紙のやりとりをしていたマイケルも、大学の友人と一緒に川で溺れてしまう。(同性愛心中だったとも言われている)。自身も戦争に行ってドイツ兵を殺してしまったピーターは、それ以後も精神的に安定を欠いて酒に溺れていく。

昔、とても可愛がってくれたチャールズおじさんの事は子供時代の金色に輝く思い出としてきたアリスだったが、今になって考えると彼の自分に対する態度は大人として健全ではなかったかもしれないと思い当たる。(ルイス・キャロルはロリータ趣味と言われている)ある時から急におじさんとは疎遠になって、お母さんはチャールズおじさんからの手紙を燃やしてしまった・・・裕福な結婚をしたものの、二人の息子は戦争で亡くなり、夫の死後は家財産を維持していくのに窮してルイス・キャロルから送られた「不思議の国のアリス」の原本を売らなければならなくなった

slide_288458_2266494_free


ファンタジーの世界から顔を出しては「嘘つき!」「ふしだら!」「酔っぱらい!」 と今の二人を責める物語の中のピーター・パンとアリス。子供への執拗な愛情という意味で、どちらもちょっと不健康なキャロルとバリー。大人になったピーターは叫ぶ
子供時代が楽しいのは、大人になってから辛い人生の折々に思い出せるようになんだ
大人にならない子供なんていないんだよ。それができるのは大人になる前に死ぬっていう事さ!

ファンタジー童話のモデルと言われ続けた二人の人生も、違った形で幕を閉じる。二人が会ったというエキシビションから2年後、アリス・ハーグリーヴスは就寝中に眠ったまま静かに息を引き取り、ピーター・ルウェイン デイヴィスは1960年にロンドンの地下鉄に飛び来んで自殺してしまう・・・・

脚本のローガン氏は舞台劇だけでなく、映画のグラディエイターや、ヒューゴラルゴスウィニー・トッド等の脚本も手がけている。この舞台は新作でこれがプレミア公演だけれど、これも映画化できそうな作りで台詞のセンスもすごく良い。主役二人の魅力は言うに及ばず。ジュディ・デンチは舞台で観たのは2度目だけれど、やっぱり台詞一つ、表情一つで空気を変えてしまう力がある。ベンは23歳の時に演じたハムレットで一躍「若手実力派」として注目されてからもう9年も経っちゃったのね・・・身体は細いのに凛とした声で、繊細な演技が素晴らしい

人生はファンタジーではないけれど、子供時代の楽しい思い出を辛い時の糧にするなら、子供時代が不幸だった人は何を思い出せばいいのだろう、、、? ピーター・パンもアリスも、大人が必死で創り上げた妄想に過ぎないのかもしれない・・・。そんな事を考えながら駆け抜けるような1時間半だった。