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ウェストエンドでの大手ミュージカルも観光客向けにはいいけれど、やっぱりスタジオスタイルの小さな空間でオリジナルのミュージカルが上演されていたりするのが好きだ。今回観て来たのは新しいオリジナルミュージカルでSouthwark Playhouse で上演されているThe AZ of Mrs Pだ。

イギリスに来て、まだ携帯のGPSはおろか、インターネットもGoogle mapも無かった頃、とにかく必需品として重宝していたのがAtoZ= AZ と呼ばれるストリートガイド=地図だ。大判サイズからコンパクトなサイズまで数種類あるこのA to Zにはロンドン中のすべての通りがイラストで書かれていて、これ一冊あればロンドン中どこへでも100%辿り着く事ができる。日本と違ってイギリスの住所は通りと番地で表示される。○○通りの××番地という住所さえわかっていれば、このA to Zのインデックスで通りを探し、(同じ名前の通りでもポストコードで確認できる)最寄りの駅を調べ、およその距離を確かめて所要時間を推測し、目的地に着く事ができるのだ。本当に重宝した
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今でこそ、携帯のGPSに取って代わられようとしているけれど、それでも全国各地の通りを網羅したこの AZが完全に無用の物になってしまうにはまだまだ時間がかかりそうだ。とはいえ、私も常時必需品だったこのストリートガイドがいつ、どんな風にできたのかなんて、何も知らなかった。このThe  AZ of Mrs Pは、このロンドンのA to Zを作り、出版した女性のお話。

彼女の名前はPhyllis Pearsall、ユダヤ系ハンガリー人の父とアイルランドのカソリックの母との間にロンドンで生まれた。父は地図の出版社を経営していたが、やがて会社は倒産してしまい、母と子供達を残してアメリカに渡ってしまう。母の新しい愛人との生活をうとまれたフィリスはパリに留学し、やがてアーティストだった夫と結婚した後はヨーロッパ中を回って生活する。夫との生活に終止符を打ってロンドンに戻ったフィリスは、やがてロンドンの正確、かつ実用的な地図を創るべく歩き始める。毎日16時間を費やしてフィリスは自分の足で3000マイル(5000キロ近く)を歩いてロンドン中の23000もの通りの名前を一覧にし、時間をかけてロンドンのストリートマップをイラストにしていった。できたストリートガイドがあちこちの出版社から発刊を断られると、自分で出版社を設立して大手のニュースエージェント=W.H.Smithに売り込みに行く

ロンドン生活で誰もが家に一冊もっているだろうA-Zができて出版されるまでの話と同時に、フィリスの家族の話も平行して綴られる。特に他宗教同士の結婚だった両親の関係が次第に悪化し、母親がアルコールに溺れて最期には精神病棟に送られてしまう過程は、ビジネスの成功と相反するコントラストで描かれる。この母親役を演じているのはFrances Ruffelle、流石だ・・・・利発でキラキラとしたアーティストだった彼女が長い年月のうちにどんどんアルコールに溺れて崩壊していってしまう様子は強烈なインパクトを残す

本当に小さな空間だ。舞台になっているのはわずかに幅2メートル程と長さ10メートル弱程の長方形の空間しかない。客席をその両側に据えているので、演出もどちら側からでも観られるように工夫されている。それでもミュージカルとして成立している。もちろんバンドだって生だ。大掛かりな舞台ではないし、演出/構成は巧くできているけれど、ちょっと長い感じがしたかな、もうちょっと削ってもよかったかも・・・・ミュージカルなんだけれど、台詞演技の部分は少なくて、圧倒的に歌ナンバーが多かった。これももうちょっとバランス良く取っても良かった気がする。

ウエストエンドに乗るようなタイプの芝居ではないとは思うけれど、こういうこじんまりした、オリジナルなミュージカルをいつもと違う小さなスタジオで楽しめるのがいいんだよね。今回はフランセス目当てで取ったチケットだったので、それは観て損は無かった。
やっぱり彼女のエディット・ピアフが観たいなあ〜〜〜

長年重宝した AZだけれど、やっぱり近年はGoogle mapに取って代わられてしまっている。フィリスはもう亡くなっていて、会社は今でも彼女の経営方針を引き継いでいるけれど、やがてはもっと需要が減っていってしまうのか・・・時代の流れがその存在を忘れてしまう前にこの芝居が創られてよかったね。自分の足で3000マイルを歩いて絶対無二のストリートガイドを創った一女性の存在を、ミュージカルという形で残すなんて素敵な企画だ。ひっそりと、でも足跡を残す芝居に出会った気がする