ネットで色々と観られる劇場ライヴ/アーカイヴがよりどりみどりなのは嬉しいけれど、実際に2時間macの前に座ってみるものは厳選している。TVでもYourubeは観られるのだけれど、ロックダウンで彼と二人とも家にいるようになってからは暗黙の了解で、テレビは彼、Macは私の領域になっている、、、

シェイクスピア祭りのようになってきて、あっちもこちもシェイクスピアなのだが、私は新作を観たい。
去年だったか、タイトルと宣伝は観たものの、子供向けのファミリードラマかと思ってパスした舞台が「A Monster Calls」だった。ロンドンではThe Old Vicで上演されていたのは知っている。ちょうど今年の2月から全国をツアーのはずだったのが、 コロナウィルスの影響で、3月には中止になってしまっていた。原作は確かに青少年向けに書かれた本ではあるけれど、とても心に響く素敵な舞台になっている。
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13歳のコナーは母と二人暮らし。父親は今では別の人と再婚してアメリカに住んでいるようだ。「おはよう、よく眠れた?」「大丈夫だよ、ママ」といういつもと同じ会話で始まる日々には、それぞれが取り繕っている恐怖にも似た思いが隠されている。母は末期の癌で、治療はどうもうまくいっていない様子だ。けれどその事実を息子には告げずに笑顔を作っている。一方コナーはうわべの「大丈夫」とは裏腹に、母を失うかもしれない恐怖を抑え込んで、夜になると悪い夢を見ている。さらに学校ではいじめに遭っているのだが、これまた友人にも先生にも相談することを拒否して自分の中に閉じ込めている。

ある夜から、夢のように夜の12時過ぎになると家の前にある老大木のモンスターが現れて、コナーに3つの物語を聴かせる。このモンスターは、3つのストーリーが終わったら今度はコナーが4つ目の話を自分に聴かせろと言う。3つのストーリーはどれも謎かけのようで、良い人が悪事を行ったり、信じなければいけないものの為に信仰を捨ててしまったり、人間の中にある葛藤を顕すものばかりで、コナーはますます混乱する。

やがて母の容態は悪化し、最後まで「大丈夫」と言い張っていたコナーの中で、モンスターの言葉が膨れ上がっていく。「真実を話せ!正直に話せ!」と、、、、

簡素な舞台にセットらしきものはなく、組紐体操のような紐を使って大木とその精のようなモンスターを表現し、日常の家族や学友たちを演じるアンサンブルがパイプ椅子を巧みに使ってシーンを作る。バックの音楽も生演奏の姿が見えるようになっている。

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 初めは傷つけない、傷つかない為に本音とは違うことを言う。けれど本当の心との葛藤がどんどん膨れていくにつれ、やがて正直な気持ちを言わなくてはならない。良いも悪いも、残酷さも寛容も、無欲もずる賢さも、一件反対の全てを併せ持つ人間のストーリーを聞いた後で、コナーが話さなければならない最後のストーリーは、、、、、本当の心。

とてもデリケートな13歳のコナー役を演じているMatthew Tennysonは9年前にデビューして「Best Newcomer=最優秀新人賞」を獲っている。母を失うのを恐るあまり口に出せずにいるコナー、クラスでいじめに遭っても抵抗する気もなければ戦う気もない抜け殻のような態度、アメリカから久しぶりにやってきた、今は他に家庭を持つ父への複雑な気持ち、どうしても合わなくて打ち解けられない祖母との突然の同居、どうしても認めたくない母の迫りくる死、それらの複雑な思いを抱えた13歳をとてもナチュラルに演じている。

簡素なセットと照明はむしろファンタジーのような不思議な空間を作り出し、真夜中のモンスター(それはコナーの夢かもしれない)とのシーンはグイグイと心に迫ってくる。
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ちょっとお説教めいた理屈が語られるのはやっぱり原作が青少年用に書かれた本だからなのだろう。でもそれを差し引いてもよくできた作品だと思う。とても心に響く。生きていく為に、様々な矛盾を乗り越えていかなくてはならないすべての人にとって、シンプルでありながら一番困難なことを幻想的に描いている。良い芝居を観てしまった。子供向けかと思って劇場で観るのをパスしてしまったのが悔やまれる。ツアーがいつか再開されてまた上演されるのを願っている。