見つけもの @ そこかしこ

ちょっと見つけて嬉しい事、そこら辺にあって感動したもの、大好きなもの、沢山あるよね。

藤原竜也

懐かしの深夜放送


3月の初日まであと2週間をきった「ムサシ」は、本がまだ最期までいってないっぽいけれど、どうなるんだろうか・・・?? と気になり出した所に、「藤原竜也君が小栗旬君の深夜ラジオに来るんだって」との情報。当然私には聞くのは不可能なので、「ムサシの様子とか話題に出たら教えてね」と言っておいた所、某所で番組まるまる聞ける、とまた速報が・・・・

小栗君のラジオ番組は「オールナイトニッポンいや〜〜、懐かしい!!ほんっとになつかしいよ〜〜! オープニングの曲は今でも変わってないのね。

私は中学生になるとほぼ同時にラジオの深夜放送を聞き始めた。何がきっかけだったかははっきりとは覚えてないけれど、深夜放送を聞いてる連中が回りにいて、週のうち4日位、朝まで聞いていた・・・・ それでちゃんと学校でも寝てなかったのだから、私の寝ない癖はあの頃に身に付いたものなのだ

あの頃は、ニッポン放送のオールナイトニッポン、TBSのパックインミュージック、文化放送のセイヤングとあって、毎日様々なパーソナリティーで楽しい夜中のひとときだった・・・って、今にして思えばガキのくせにませてたよねえ〜〜!
ちなみにパックとセイヤングは3時までだっけど、私が聞き始めた頃のオールナイトニッポンは、1パーソナリティーで夜中の1時から5時まで4時間番組だった。大抵は4時半を過ぎた位でウトウト寝ちゃって、オールナイトニッポンを最期まで聞き通せた事は少なかったかも。確かそれからすぐに2時間2部制になったと記憶してる・・・?

竜也君と小栗君、楽しそうだね〜! っていうか、この二人は声が似てる。そう思ったのは私だけではないようで、番組中にメールで指摘された方もいた。声のトーンとか、若者しゃべりなテンポが似てるんだよね。「ムサシ」はどうやら台本は毎日少しずつ上がってくるとすぐ稽古を付ける、という形で進行しているらしい。それにしても大丈夫か井上先生、、?初日は3月4日かあ、、お〜、My birthdayですわ・・・

もとから題材としてあるものから台本を起こして、何度も書き直し、練り直し、あれこれと検討しながら時間をかけて練り上げた舞台が良いのか、ギリギリで上がったものをほとんど直感で創り上げて舞台に乗っけるのが面白いのか・・・ これが芝居の楽しい所。ただ、やっぱり実際に台詞や動きを覚えて演じる役者にとっては笑ってられない事態だ。これがほとんど台詞も動きも即興で舞台に乗っける、というのであればそれでまた別なんだけどね。

「ムサシ」は音楽劇っていう事だったのに、あんまり歌や音楽に関する話しは無かったね、、無くなっちゃったのかしら? 能の歩き方を稽古してるというから、蜷川演出には古典芸能っぽい色が入ってるんだろうか。いざとなったら、初日は出来上がった所までだけやるとかね。そう考えると、本当に終わりがなければいけないんだろうか?とさえ思う。終わりがなくて始まっちゃった芝居の幕をどうやって降ろすか、、なんていうのも実験演劇としては面白いよね

小栗君の話にあったように本番中に怪我をしてしまう事だってあるし、台詞や歌詞がスポーンと頭から飛んじゃって、全く違う事をしゃべって場をつながなくちゃいけなくなったり、なんて事もある。あるはずの小道具が無かったり、衣装が破れたりなんて事は大抵の役者は遭遇してるはずだ台本が出来てなくたって面白いじゃないか とりあえずムサシが小次郎に勝つのは解ってるんだから。いや、、これもかわっちゃっても面白いかも

ライバルであり良き友人である彼等二人の会話は、途切れる事無く深夜の電波に生き生きと乗っている。スタジオで目をきらきらさせてマイクを囲む二人の姿が目に浮かぶ。小栗君は初日の直後にまたオールナイトニッポンに駆けつけるそうだ。聞いてる人にまたエネルギーをいっぱいくれるのだろう

いろんなコーナーがあったり、視聴者からの葉書や手紙で盛り上がったり、時にはゲストが来たりする深夜放送の楽しさ、ずっと忘れてたよね。高校生の頃には、送った手紙が番組で読まれた事も何度かあって、記念品をもらった事もあった。手の届かない向こうの世界じゃなくて、いつでも参加できるみたいな身近な雰囲気が常にあった。これはきっと今も変わらないのだろう。葉書や手紙が今はe-mailになったのが大きな違いか・・・

それにしてもチャン、チャチャン、チャン、チャチャン、、、って始まるあのオープニング曲、ほんと懐かしかった〜〜!


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一抹の不安・・・


クリスマスの2日間はテレビとDVDで過ごしてしまった。クリスマスのテレビ特番は、バラエティーものや往年の映画なんかで彩られてるけど、デジタル放送になってからはチャンネルも多いし、ちょっと見逃しても後でリピートして観られるから、便利になったもんだ

日本から届いたDVD、ドラマは長くなるのでとりあえず観易い映画から、という事で「カメレオン」から観た。阪本順治監督と藤原竜也君の組み合わせは楽しみだった。阪本監督は「」と撮るのがとても巧いかたなので、娯楽アクションものでの新しい藤原竜也をどう引き出すか、と期待してた

久しぶりに、映画で藤原竜也という役者が光っていた!「バトル・ロワイアル(1のみ)」「Sabu」以来といって良いと思う。今までの他の映画は、正直いって「そこそこ」にしか藤原竜也が良いとは言い切れなかったからだ。竜也君の演技での表現力、アクションでの柔らかさ、軽やかさ、そして映画全体の疾走感、一座での大人チーVS若者チームのテンポとリズムのズレの掛け合い、それらが見事にきっちりフレームサイズに収まっている。

「ムーンライト・・・」はきれいな作品だったけど、どうしてもタレント映画の域を出ていなかったように思ったし、「デスノート」では、藤原君の持つ空気感がカメラのフレームに収まり切っていなかった。阪本監督は、いっぱいいっぱいの空気をきっちりフレームに詰め込んで、躍動感と同時にちょっと埃っぽい昭和の臭いとかを出している。久しぶりに良い出会いだったんじゃないだろうか。水川あさみさんも骨太な女優さんで、ドラマでも活躍しているけれど、この映画ではもっと良い。(余談ですが、イギリスでクリスマスNO1になった、オーディション番組でデビューしたアレキサンドラ、誰かに似てる、、誰かを思い出す、、?と思ってたら水川あさみさんだった!)

「これは転機になりそうな作品だな」と嬉しく思って、次に舞台「かもめ」のDVDを観た。
これは・・・・すみません、面白く無い・・・・もちろん舞台をDVDで観るという事の限界は解ってる。でも収録された生の舞台というのも、きちんと舞台の魅力は伝わるものだ。

女優陣は良い。美波さんは初めてちゃんと観たけれど、思った以上に良かった。前半はかなり声高だったけど、それが2幕との対比になっていて、声も通るし台詞の表現も的確だ。彼女のニーナと、麻美さんのアルカージナ、小島聖さんのマーシャはやろうとしている事がはっきりしているのだけれど、男優陣が、、わけ解らない・・・

今までだって私がかもめの舞台を面白いと思えた事は無い、、、いつも、どこか出来上がってない感じで、「じゃあ、これを面白いと思わせてくれる演出家や役者は素晴らしいのだろう」という「あと一歩」的な期待がいつもあった。藤原竜也君がトレープレフと聞いた時は、これまでと違うトレープレフで新境地になるか、、と思った。でも、、観始めてすぐに???マークが頭に飛び交ってしまった。

鹿賀さんのトリゴーリンも何をしたいのかが見えて来ない。面白くないし、ニーナがあんなに夢中になるのがさっぱり理解できない。チェーホフのかもめは悲劇なのか、喜劇なのかといういろんな解釈を目にしてきた。これは翻訳にも関わってくるのだろうけれど、笑える所もあるはずだし、でもそれは言葉尻のおかしさではなく、人間が言ってしまう事の可笑しさであるはずなのだ。それが全く無い。

一幕では何故皆あんなにきゃーきゃーきゃーと叫んでいるのだろう・・?うるさいなあ、、、トレープレフは何であんなにハズレて一人だけ違う世界でキレているのだろう・・・?そんなトーンで、そんな風にはわめかないだろうと思うような声で・・・ 解らない。特典映像でのインタビューを聞くと、やる事は解っているようだった。群像劇である事、聞き手/受け手としての演技が要求される事、解っているみたいなのに、それが出せていない・・・。チェーホフはやり難いだろうし、相性の良い役者自体少ないから、きっと本人もすごく苦労したのかもしれないね。

全体がばらついて見える舞台というのは、演出意図が見えて来ない。これはどんな「かもめ」にしたかった舞台なのか・・・???群像劇で、役者達の声のトーンやリズムが絡み合わないと最悪、雑音になってしまう。余談だけれど、少し前に観た「イワノフ」では、チェーホフってこんなに面白いのもあるんだ、、と思った。あんなに笑ったチェーホフ劇は初めてだったかもめは、チェーホフの代表作としてイワノフよりもずっと上演されてきたのだから、きっと本当はもっと面白い戯曲なんだと思うんだけど、、、なんで?

25歳になった竜也君の演技に、最近自意識が入り込んできてるような気がして不安だ。
役者はどんな演技でも多少の自意識は持っていないといけない。でもこの自意識は役者を輝かせもし、潰しもする。特に舞台では、自意識無くして演技というものはあり得ないのだけれど、この自意識が演技の大きな妨げになる事が多いからだ。

身毒丸の初舞台から10代の頃の彼の演技には自意識が入り込んでいなかった。それはきっとそれを意識する余裕が無い程、無我夢中だったからなのだろう。だからこそ、天性の表現力が自意識によって邪魔されていなかった。でも最近は、大人になった役者・藤原竜也が考えて、計算して創り上げて演技をしている。「藤原竜也が演技している」というのが見えてしまう、、、「デスノート」を観たときに、ちょっとアブナいと思ったんだけど・・・・

成長するためのターニングポイントは重要であり、危険だ。ハムレットから新選組で一つ目のピークが来たなと思ったので、その後の留学とかが良い道しるべになったのでは、、と応援しているのだけれど・・・ 曲がり角を間違えると、大通りに出る事も後戻りもできなくなってしまう・・・でもねえ、大人になればなる程、この自意識っていうのは大きくなっていくからね。これを消して、演じる役に我が身を差し出す事ができる役者は希有だ。

次は若手中心でまた蜷川さんの舞台。蜷川さんの舞台に慣れ過ぎてしまっていませんように。蜷川さんがいなくなる時、教わった事を忘れずに曲げずに役者として生かしていけるかどうか、、、まだ25だもんね〜。若いというのは吸収するのも成長するのも早いけど、変わっちゃったり忘れちゃったりするのも早いんだよね、、、、ちょっと老婆心出ちゃいました。

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古典に強い俳優達

昨日、レイフ(Ralph Fiennes)の映画を観た後考えた。

芝居を観に行く時はいつも先にプログラムを買う。でも開演前には開けない。
1幕を観て「あの人は・・?」と思った役者を幕間にプログラムでチェックする。
私が「上手いな、」「良いな」「凄いな」と思った役者さんの経歴にRADAの文字がある場合が多い。

Royal Academy of Dramatic Art という王立の演劇養成所は創立して100年以上経つ、イギリス屈指のエリート演劇養成所だ。 他にも、LAMDA、CSSD、Guildhall等、有名な養成所はいくつもあるし、West Endで活躍する人達は、皆一様にそういった場所でプロの俳優修行を積んできている。ただ、どうやら私が個人的に「良いな」と思う俳優達がRADA出身者である事が多いみたい。

じゃ、何がどうで「この人、、、?」って思うのかというと、はっきりと定義がある訳じゃないんです。 ミュージカルを観てピンときた人達もいれば、普通の現代もののプレイだったり、あるいはシェイクスピアみたいな古典劇だったり、思う人はいろいろです。

ビビアン・リー、ケネス・ブラナー、アントニー・ホプキンズ(彼の名前はアンニーです。アンニーではありません!)マイケル・ケイン、ロバート・リンゼイ、ピーター・オトウール,フィオナ・ショウ、ショーン・ビーン、ジョナサン・プライス、ジュリエット・スティーヴンソン、アラン・リックマン、etc,,,etc,,,,   こうやって並べてみると、クラシックに強い人が多いのかな・・・と気付く。

古典劇を、ちゃんと演じきる技術をしっかり持っている人が多い。 だから卒業後、RSCで名前を観たり、映画やテレビでもクラシックな芝居を演じて、光る事ができる人達。
例えば半分うとうとして眠りかけたような状態で観ていても、台詞がストーンと耳に入ってくる。一言一句がその場で書き取れる程はっきりと子音のひとつひとつまで解る。 そんな台詞の技術をちゃんと見せてくれる人達。

呼吸の使い方や声のコントロールがきちんとできない人が古典劇をやると、ひどい目にあう。 いくつかそういう悲惨な舞台も観た。膨大な台詞に溺れてしまってアップアップしながら台詞を言ってると、今度は身体がガチガチになって、棒立ち、酸欠のまま延々3時間もわめき続ける事になる。

まあ、そこまでひどくはないけど、、、と言いたい所だけれど、それを楽にこなして見せるのが役者の仕事なのだから。 舞台で役者が苦しんでるのがわかってしまうと、こっちも息苦しい数時間を過ごさなくちゃならない。

シェイクスピアなんかは、演出的にはかなり古典の域を脱してしまっている物も多く、台詞がちゃんと出てくれば、現代に近い感覚で演じられるパターンが増えてきているので、本来の古典的な芝居をきちっとやってくれる俳優を観るとホッとする。「ああ、この人できるな」と思うと安心して観ていられる。

2ヶ月位前だったかな、今までのいろんな「ハムレット」を集めて特集した番組があった。沢山の俳優達による様々なハムレット。「くずし過ぎだよ〜」と思うものから、正統派まで本当にさまざま。 年齢も23才から60近い俳優達が演じたハムレットを比べる番組。

チャーミングだったのがレイフ・ファインズ。王妃とのシーンは繊細で素敵だった。観たかったなあ〜彼のハムレット・・・!(戯れ言ですが、彼は王妃役をやった20才も年上の女優さんと9年間同棲してたのですよ・・・)

昔は、RADAはそのクラスの内容を全く外部に見せないと言われていた。入るだけでも競争率は60倍とも70倍とも言われ、入学が許されるまでに何度もオーディションと面接が行われる。 入れただけで、イギリス演劇界のエリート切符を手にしたようなものだ。ただ、その内容についてはほとんど知られていなかったのだけれど、最近は少し変ってきたのかもしれない。日本でも昨年、東京と金沢でRADAの講師によるワークショップがあったようだし。

何といってもびっくりしたのは、10年くらい前に始めた、「日本人のプロの俳優達のためのワークショップ」だ。何で? なんで日本なの・・・

ただでさえ入るのは狭き門なのに、英語がネイティヴに話せなかったらおはなしにならないのが当然なのに。わざわざ日本人のためのショートコースをRADAがやってくれるなんて??  それだけ日本には、基本的な訓練法を教えてくれる所が無いという事か・・・?それにしても、どうしてそんな事が実現したんだろう・・・?

何年か前に無くなってしまった、この日本人俳優の為のショートコースが今年から復活するみたい。 思うのは、藤原竜也君なんてマジでこういう所に参加すればいいのにな。秋にまたシェイクスピアを演るのだし。 プロの俳優対象っていう事で、オーディションが無い代わりに、本人を知る演出家からの推薦が応募条件という事なので、蜷川さんの推薦なら間違いないんじゃないのかなあ〜〜 滅多にないよね、こんな機会は。普通のRADAのコースには逆立ちしたって入れないんだから・・・・・

藤原竜也、24才、舞台経歴、「エレファントマン」「ハムレット」「ロミオとジュリエット」「オレステス」と並んでて、蜷川幸雄推薦だったら、まずOKなんじゃない? 1ヶ月で50万だし・・・? なんて、、、、

やっぱり俳優になる為の職業訓練システムが、日本には無さ過ぎるのが悲しい。 スタニスラフスキーシステムアレキサンダーテクニックといった、身体を演じるための媒体として訓練するっていう方式がもっと浸透して、プロの技術を持った名優がどんどん出て来て欲しいよね〜〜



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藤原竜也ロンドン紀行3ー最初の一言で愛される

Play without words を観るために次に藤原竜也君がやってきたのは、High Wycombeという街。ここまで来るともうロンドンとは違うイギリスらしい街の雰囲気がわかるはず。 このあたりからロンドンまで通勤してる人達は、通勤に時間をかけてでも、仕事を離れた自分の生活の場を確保したいというイギリス人達だ。ちなみにロンドン市内に住んでいる75%は外国人で、EUの加盟国が増えるつれて、どんどん増加している。

High Wycombeという街は面白い伝統がある。毎年市長が選ばれて、一年間の市政をとる。任期の初めに中世からの衣装で計りに乗って体重が計られる。(写真) 翌年、任期を離れる時にも同様に体重が計られ、もし増えていたら、市民が汗水流して支払う税金で肥え太ったとみなされ、罵倒されてトマトや腐った果物を投げつけられるのだ。こんなユーモアはイギリスらしい。

さて、出演者のRichardとSamに会うために劇場にやってきた竜也君。「緊張する〜」といいながらも、ピリピリした表情ではなく、内心わくわくしているのが解る。むしろ内心「どんな奴がくるんだ?」と構えていたのは、Richard達のほうだったろう。「Barbicanで15才の時デビューした日本の俳優で、21才でハムレットを演って日本の演劇賞を総ナメにした」位のインフォーメーションは聞いていただろうから・・・握手をした時のちょっと探るような視線、、、


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