見つけもの @ そこかしこ

ちょっと見つけて嬉しい事、そこら辺にあって感動したもの、大好きなもの、沢山あるよね。

タグ:三上博史


なんだか盛りだくさんの週末

vuvuzelaとやらの、怪し気な羽音騒音がとびかう空気に魔力でもあるのか、はたまたヴヴゼラの呪いなのか、ワールドカップもあちこちでいろんな事が起こっている。イタリアもフランスもドイツもスペインもそしてイングランドも勢いのないスタートだ・・・イタリアは危ないかも(ベスト16に入らない)、、イングランドもだけど

昨日はスウェーデンのヴィクトリア王女の結婚式。地方出身のフィットネスインストラクターから8年かけてロイヤルプリンスとなったダニエルさん、いや、プリンス・ダニエル。逆Fairy taleだわね〜。それにしても彼のあの眼鏡、なんだか変身前のダサイスーパーマンみたい。そして今日はフェルセン伯の惨殺事件から200年記念。同じストックホルムの大通りで最期のホルスタインーゴットープ王家皇太子の葬儀の最中。なんだか皮肉だわ・・・

さて、「同窓会」の最終回、ここへきていきなり盛りだくさんでびっくりしてしまった。この前の2ー3話がなんだかノロかったので「引っ張っておいてこうきたか」というのが正直な感想。でも悪く無かった!っていうか、思ってたより良い決着の付け方だ。さすがは井上由美子さん

昔から私が何かを始める度によく友人達が「偉いよね〜、新しい事を始めるのって難しくって・・・」と言って来たものだけれど、私は逆だと思っている。私だからかもしれないけれど、何かを始めるのなんて、ほんのちょっと思い切ってドキドキしながらやってみれば良いだけの事。むしろ、何気なくずっと続けていた事を止めるという事のほうが余程勇気が要る

そして「離婚」というのはその代表格。自分の意志で終わらせない限り、自然には終わってくれないのだ始まりには終わりがあるものだけれど、始めた事は止めなければ終わらない。この勇気が出せなくてなんとなくズルズルと人生を引きずってしまっている人達がどれほど多い事か・・・

もちろん皆その中で、「なんとかしたい」と思いながら努力してるのだ。でも、それでも結婚生活が惰性以外の何者でもなくなってしまった事を感じながらもがいている人達は、既に人生の半分以上を過ぎてしまった年齢だ。終わらせる事はおろか、その先にまた始める事を考えるのさえ気が遠くなる、というのが現実なのだ

そんないろんな思いを抱えているだろう30代後半から40代、いやきっともっとずっと上の年齢の人にまで、このドラマは幅広く考えるものを与えてくれたという事なのだろうか。最終回の視聴率は17%を越えたというからオドロキだ。W杯の裏でこの数字は大健闘といえる。

昔の思い出には勢いはあっても底力は無い、と前回書いたけれど、「同窓会」の最終回はまさにそこを突いてくれた。廃校の教室で、皆に向かってくってかかった大久保の問いつめ、「人生を変える覚悟が本当にあるのか?」

あのシーンの三上さんの演技は素晴らしい、っていうかあのシーン、編集でのカットとかが無かったのだとしたら、井上さんの本は余程三上さんを信頼して書いたんじゃないだろうか、、一人一人に「同窓会さえなかったらあんな事もこんな事も無かったはずだ」と食らいつくように叫ぶ台詞の中に、彼自身の事が入っていない

一番悲しくて惨い大久保自身の変化。それは「あの同窓会のおかげでもっと生きたいと思うようになってしまった」事だから。医者の言った奇跡を彼自身が信じていない事は明らかだ。もっと生きたいと願うようになってしまった自分はもう時間がないのに、という苦しさが、台詞には無いのに演技に出ていてやっぱりこういう芝居をする三上博史が好きだなあ〜

皆の決意の程を聞いて安心したように笑いながら、でも泣いている大久保の心の痛み、その後机に座って空を見上げている穏やかな顔。こういう、何か浄化したような力みのない穏やかな顔、凄く良い。三上さん、良い役をやったね。また三上博史主演で人間ドラマが観たい。野島さんの本で演ってたみたいな・・・

橋の上での約束から再会までに、それぞれの家庭にどんな変化があったのか、下手に書かれていなくて良かったと思う。それは本当に千差万別、観る人の人生の数だけストーリーができる。始める為に終わらせる道を選んで再会した杉山と朋美とは対照的に、自分の意志に関わらず「終わってしまった」陽子の立場が余計に悲しい。真っ黒な涙で大泣きする姿もまた現実なのだ。

視聴率は上がらなそうだとタカをくくってたのに、最期にはいろんな環境の人達に幅広く納得してもらえるドラマになったと思う。9話はちょっと短かったかなあ〜4人主役にしては。ちなみに私は大久保君と奥さんの関係が何気に好きだ。夫婦として一緒には暮らせなくなっても、人としてお互いに本音が解る味方でいられる。この2人が一番大人な関係だよね。

さーて、明日はミュージカル「Hair」だ。ブロードウェイキャスト版。舞台は始めてだ。今頃なんで、、?っていう気がしなくもないけれど、でもこれも好きだったからね〜!あの頃。 久しぶりにトンで来ますかね。


久しぶりで日本のドラマを観てる。「同窓会
これ、ラヴ・アゲイン症候群っていう副題が付いてるけど、30年振りの中学の同窓会で再開した45歳の男女が、旧友に恋心を持ってしまう→恋は人生を壊してしまうのか? という事らしい

脚本の井上由美子さん、私が今まで観た彼女のドラマは結構面白かった。だけどやっぱり「パンドラ」程の勢いが今ひとつないのは何でだろう? やっぱりパンドラはスポンサーというしがらみが無かったせいなのかな。でもただの中年不倫ものというよりは見る人が共感し易いように作られてる。

45歳で恋っていうと「やめろよ〜!」っていう声が聞こえてしまうのは日本だからじゃないのかな。50や60になっても男と女であるという事が、日本は気持ち悪いとか考えてはいけない事のように扱われるのはどうしてだろう? 恋=不倫と捉えられがちなのも極端だ。

イギリス生活で最初の頃に素敵だなと思ったのが、お年寄りにでもちょっとした会話の中にDarlingとかloveという呼びかけをよく使う事。知らない人同士でちょっと声を掛け合う時、例えばマーケットで野菜を買ったり、ニュースエージェントで新聞を買ったり、ポスティーが手紙を届けてくれたり、あるいはバスに乗る順番を譲ってあげる時・・・・

All right、 love
Thank you. Darling


とてもチャーミングに聞こえた。仕事で取引してるレップ(営業マン)だってそうだ。男と女を常に意識して会話を進める。それは決して性的な意味ではなくて、自然とヨーロッパ文化の中に根付いているLadies &GentlemanのDNAなのだろう (ちなみに今時の男性がみんなジェントルマンかといえと、それは思いっきり間違いだけど)

このあいだ検査に来た男性、60歳のスコッツ(スコットランドの人)でとてもエレガントな人だった。ソフトなスコティッシュ訛りがとてもチャーミングで今でも充分ハンサムなので、若い頃にはきっとモテた事間違いない。ロマンスグレー(白髪)の髪に相応の顔の皺が、年齢と経験から得た思慮深さをたたえている

実際話しをしている時にも「素敵な人だな」と思っていた。こういうお客様にはことさら丁寧に説明してあげちゃうし、彼も私の真摯な対応を喜んでくれたようだ。そして返り際、しっかりと私に向き直ってThank you very much と言って手を差し出して来た。

ありがとう、と軽く握手をするのはしょっちゅうある事なので、私もニッコリ笑って普通に握手したら、この人はなんと、、そのまま私の手を取ってキスをしたまあ〜!貴公子みたいだわ・・・! イマドキこういう事する人もいるんだなあ〜と、ちょっとドキドキ・・・

ま、こういう事をごく自然にスマートに出来る男性っていうのはさすがに滅多にいないけど、軽くウィンクしていったり、投げキスしたりする人はたまにいる。年取ったご夫婦だって、手を握り合っているし、見つめ合ってキスし合うのは普通の事

話しを戻しましょう、ドラマ「同窓会」。つまり45歳に出来る恋愛は、どこまでが恋でどこまでが不倫なのか? 「恋が私を壊して行く」というフレーズが付いているこのドラマだけど、普通壊れ始めるのは、恋が不倫に変わった時

実際、特にインターネットが普及してから不倫が激増したらしい。チャットとかインスタントメッセージとかね。今さら手放せないものがどんどん増えてしまった年代にとって、家庭崩壊につながる恋愛は危険だ。突っ走ってどんどん深入りした関係になってしまう

すみません、ドラマのストーリー等はここでは省いてますので、観ていない方はきっと解らないかも・・・ここからスルーしていただくか、公式サイトをご参照ください。

ドラマはまだ中盤で、少なくとも5話までのストーリーでは、朋美と杉山君の関係は不倫ではない。恋心はあっても今のうちは不倫とは呼ばない。あの時点であんなに回りから責められるのはどうかとも思うのよ

それに杉山の家族への言い方もおかしくない?「ただの同級生」なんて言わないで、「久しぶりに同窓会で会ってとても懐かしくなった。ちょっと嬉しかったんだ」くらい、ちゃんと説明してもいいんじゃない?

まあいいや、私はとりあえず三上博史さんの大久保が観たいわけで・・・キャラクターとして一番降り幅のある役だね。本心を見せない仮面の大久保と、時折見せる自然体の顔。本が最終話まで出来上がってるのかどうか解らないけど、あの役は先が解ってないと役者として演じるのはすごく難しいと思う

ちなみに、陽子と大久保も不倫とは違う。確かに陽子は既婚者で、大久保も法律上はまだ妻がいるわけだけれど、一時的なその場限りに近い肉体関係は不倫とはいわないよね。つまり、5話までの時点では、だれも不倫をしていないのだ。そんなにギャーギャー言わないでよ・・・

う〜ん、本はどこへ向かっていくんだろうね。大久保には病気が付いてるし、陽子は離婚するのかしないのか・・・? 第一、事の発端になった福島とマリちゃんはいったいどうなってるの? ここまで引っ張っといて何の伏線も無かったらがっかりなんですけど。大久保の奥さんも、もうちょっと見せ場あるかな、と期待。

高橋克典さんはカッコ良いけど、どうして顔の表情が全く変わらないんだろ? わざと?・・・まさかね。でも恋をしているようには、、、見えません。一応黒木さんと高橋さんが主線になってるんだけど、三上さんや吹越さんのような役者がすぐ隣にいると、食われちゃうよね、、、インパクト強いもの。

4話の病院のシーンは素晴らしいね。高橋ひとみさん、三上さんとは寺山修司さんの同窓生。ほんの数分なのに、とても暖かいシーンだった。それまで見られなかった、大久保の無防備で自然な顔に、女医役の高橋さんの聖母のような穏やかさ。廊下でシェルタリング・スカイを口ずさむ大久保、屋上での朋美にすがる怯えた姿。今までの中でのベストシーンだわ

う〜ん、こんなちょっとの恋心程度であんなに家庭内が疑心暗鬼になっちゃうなんて、そっちのほうが問題あるんじゃないかしらね。20年近くも一緒にやってきて子供も育ててしっかり家族関係を築いていれば、不倫にもなってないような状態であんなにドロドロしないでしょう・・・

遊び程度の浮気の1つ2つで壊れるようなら、 家庭生活が機械的になって、夫婦が男と女である事を忘れてしまった事のほうを反省したほうが良い。もちろんこれはあくまでも浮気=不倫手前状態での話しですけれど。(浮気癖のある人達の場合は別です、あくまでも・・・)

さて、明日は久しぶりのジャコビアン(シェイクスピアの時代)、トーマス・ミドルトンのWomen beware Womenを観に行く。ミドルトンの芝居はドロドロだから、今回はどんな演出か・・・? レビューはすごく良いのでちょっと期待!

ブログネタ
本格医療サスペンスドラマ『パンドラ』ってどうですか? に参加中!

春に放映されてたWOWOWのドラマ「パンドラ」、もうすぐDVDになるという事で、第一話の感想キャンペーンに参加した。 実は恥ずかしい話、ライヴドアブログなのでこのキャンペーンの事は目にしていたけれど、応募した記憶があいまいなのよ・・・ これもワインの力、、? どうしようかなと思っていたのは確かなのだけど、そうか、やっぱりあの時応募のクリックをしていたのね・・・・というわけで、今日は一応キャンペーンの為にこの1話を中心に書いてみます。

この「パンドラ」は先頃の国際ドラマフェスティバルグランプリに輝いた。 このフェスティバルは、従来の視聴率や視聴者人気といったものに左右されず、国際的/商業的に売り込んでいける質の高い日本のドラマを選ぶという趣旨のものだそうだ。 有料放送のWOWOWでの制作のため、スポンサーの顔色を伺う事なく思い切った作品作りができたと関係者が声を揃える。 それは番組中にCMが無いという事でもあり、第一話だけでも途切れる事無く1時間たっぷりと浸れるのだ。

18年ひたすら研究だけに打ち込み、家族にも回りにも見放されてた大人し目な医者が、どんな癌でも完治する夢の新薬を完成させたというのが事の始まり。 この薬、一話の前半でいきなり出来上がってしまう。当然テンションは高い。このテンションの高い鈴木という医師を演じるのは三上博史さん。そして彼を取り巻く病院関係者達、上司で医学部長の太田黒、同病院の女外科医小夜子、秘密の治験場所の病院理事・・・といかにも胡散臭い人達が次々出てくる。 医療にまつわる問題として政治家や新聞記者も関わってくるし、平行して殺人事件を追う刑事達も・・・

序章としての第一話は、ほどよくバックグラウンドを説明しながら一通りの人物が顔を揃え、これからの展開に期待充分な出来になっている。 前宣伝でも言われているのでネタバレにはならないだろうけど、ストーリー展開としては、この癌完全撲滅の新薬を巡って人々の欲望、駆け引き、裏切り、罠・・・といったまさにパンドラの匣から飛び出したようなこの世の悪達が渦巻いていくというわけだ。

純粋に病気を治したいという思いが実は社会的、政治的には素直に通用しないという苦しい現実。死ぬはずだった人達が死ななくなるというのは、それだけ高齢化問題、保険、そして何よりも医療制度そのものにも皺寄せが来る。 世界規模になれば今までの社会制度がひっくり返る大事件だ。第一話での鈴木医師はとにかく夢の薬が出来上がった事に有頂天で、まさに舞い上がっているのだが、それに反して回りの反応はトーンが重い。まず、「そんなバカな事が、、、嘲笑」そしてそれが次第に「まさか、、、半信半疑」、そして現実味を帯びてくると皆さっそく頭の中でいろんな計算を始めている。

鈴木医師はちょっと癖のある学者肌という事で三上さんにはハマり役。最初からいきなりハイテンションなのだけど、彼の「18年間ただこれだけの為に、出世をあきらめ、家族に見放され、回りからは変人扱いされてもひたすら打ち込んできた」という執念のような時間の長さを初めから表現するにはむしろこれくらいでないと、この後の回りからズタズタにされる鈴木の、心がひび割れていく展開に説得力が欠けてしまうのかもしれない。 研究結果を認めて欲しくて恩師の医院を訪ねていったあたりの鈴木は、試験の結果を褒めて欲しい子供のようだ。

一話の時点では誰が敵か味方かは今ひとつわからない。 ただ、三上博史さんの鈴木医師と、違法の治験に協力する事になった末期癌の高校生、愛美のふたりだけが邪気の無さをうまく表現している。 谷村三月さん、まだ若いのに凄く良いね。おじさん相手に誘いかけてふっかけるあたりなんて、巧い巧い・・・! まだ柳葉敏郎さんの刑事との実際の接点はこれからだけど、新薬、大学病院、ちょっと不良な高校生、殺されたおやじ、警察、政治家、そしてこのドラマの語り役の新聞記者といった登場人物がどう絡み合っていくのか・・・・

井上由美子さんの脚本はドラマフェスティバルでも賞を取ったけれど、テンションの高低がうまく混ざり合っていてバランスが良い。 人間ドラマであってサスペンス・・・先を読ませない描き方だ。実は私はこのドラマは観てしまっているのだけれど、最期まで結末を読ませない本で見応えがあった。 純粋な気持ちでパンドラの匣を開けてしまった世間知らずな医者、そして夢の薬がどんどん悪意にとりまかれていってしまう悲しい現実、政治的/社会的影響の大きい素材をうまく1本の線に結びつけている。

スポンサーの意向が無いとこんなすごいキャスティングが出来るのか、、と思う程の顔ぶれ三上博史、國村準、柳葉敏郎、小西真奈美、山本圭、小野武彦、山本耕史、平田満、そして前述の谷村三月・・・・WOWOWに加盟してなくて本放送を観られなかった人達が、一人でも多くDVDを観てくれるといい。 視聴率が何・・・!? ドラマの真価はやっぱり総合作品としてのクオリティーでしょう。 題材、脚本、構成、キャスト、、、、これはクオリティー高いです

パンドラは海外ドラマを意識して作られたっていう事だけど、日本のドラマももっともっとレベル高くなって海外テレビに売り出されるようになるといいよね。その意味で、去年から始まったという「国際ドラマフェスティバル」の趣旨には多いに賛成です! 視聴率だのスポンサーだの大手事務所の圧力だのに縛られてる民放ドラマに一矢報いたようで、嬉しいね〜!

DVDボックスは12月3日発売だそうですこちらで。レンタルは来週からだそうなので、是非お薦めですよ〜!


こちらにも1クリックを〜!
Banner



なんでこういう発想になるのか自分でも笑っちゃうけど、「耳無し芳一のはなし」の最期のほうで、三上博史さん演じる芳一が耳を無くした後に頭巾をかぶってる姿を見たら、思い出さずにはいられなかった・・・・坊主めくり! そして坊主めくりといえば蝉丸

昔はよくやった坊主めくり、、、と言いたい所なのだけれど、実際には坊主めくりをやったのは、親戚一同が新年やお盆に集まった時にお婆ちゃんの家で従兄弟達と、と決まっていた。 考えてみたらその他の時にその他の人とやった事は無かったんじゃないかな。 でも父方の親戚が集まった時は夕方からのお決まりのゲームだった。

叔母さん達が持ち寄ったおかずをつまみに大人達はビール、子供達はおばあちゃんの家を駆け回って遊び、夕方にお寿司がやってくる頃になると出てくる桐の箱に入った百人一首坊主めくり時間だ。子供/従兄弟達だけで8~10人いたので、結構にぎやかに盛り上がる。

ちょっとしたルールの違いはいろいろなエリアであるみたいだけど、うちのはいたって単純。烏帽子を冠った男性札は一括して「おさむ(お侍)」女性札は「お姫」坊さん札は「坊主」と呼んでいた 。山札からおさむを引けばそのまま手持ちに。坊主を引いたら手持ち札を全て場に出さなくてはいけない。お姫を引いたら場に出された捨て札を全部もらえるか、捨て札が無い時は2回山札から引ける。

そして蝉丸・・・ちょっと調べてみると、「他の人の持ち札がもらえる」、というルールもあるみたいだけれど、うちでのルールは逆で、負けのジョーカーだ。蝉丸を引いたら手持ちを全部放棄してゲームから追放される。だから蝉丸が出ると、キャーキャーと叫んで大騒ぎしたものだ。私達にとって、坊主めくりの勝負は、最期に誰が一番札を集めて勝ったかではなく、いつ、誰が蝉丸を引いて負けるか、という所にあった。実際、蝉丸が出てしまうとその後の盛り上がりに欠けて、いつの間にか、蝉丸が引かれた時点で一番札を持ってた人が勝ちということで、また次のゲームに移ってしまった気がする。

なによりもこの蝉丸がちょっと特別に子供達から不気味がられていたのは、おさむとも坊主ともつかない絵によるものだったと思う。
百人一首の種類でいろんな絵があるようだけど、このお婆ちゃんの家にあった札では、蝉丸は緑色のひょろっとした帽子を冠っていたおさむの烏帽子とははっきり違う。蝉丸は一応坊主に属していたけれど、なんていうか、お坊さんのような徳の高さもお侍のような品の良さもなく、はっきり言ってちょっと小汚いというか貧乏臭いというか、、、そんな風貌なのだ。帽子が緑色っていうのがまたちょっと胡散臭い感じ。

祖父母とももう他界して、あの家も10年前にマンションに立て替えてしまって、あの百人一首は何処にいったんだろう? 従兄弟達で誰か知ってるかな〜?トランプでいうババ抜きみたいなものだけど、坊主めくりの歴史は古いらしい。子供の頃はやっぱりお姫を集めるのが嬉しかったりしたものだ。小野小町の札、「この人はとっても奇麗なお姫様なんだよ」と教えてもらったわりには、札に描かれた絵のお姫は後ろを向いていて顔が見えないのだった・・・

坊さん繋がりでニコニコから引っ張ってきました。3つに分かれてアップされてる最期の部分で、前に触れた、身毒丸の撫子の台詞と同じ一説が入ってる部分です。(こちらのページ)やっぱり岸田生理さんのこの脚本、舞台になりそうだわ。



こちらにも1クリックお願いします
Banner


まさかこれが観られるとは思わなかったよ・・・92年放送の「Kwidan-怪談」シリーズの「耳なし芳一のはなし」しかも、こんなにクオリティーの高い作品だったとは・・・!! 原作・小泉八雲、脚本・岸田理生、演出・久世光彦、芳一役・三上博史で面白くならないはずがないのだけれど、それにしてもこの作品の出来は素晴らしいね・・・

小泉八雲の本を岸田さんの脚本でドラマ化というのはすごい案だったね。このシリーズのうち岸田さんは4本の脚本を手がけている。この「耳なし芳一」の話は原作から若干ひねって、怪談話が愛の物語に作り替えられた。 耳に経文を書き忘れて取られたのではなく、愛の証として芳一が命の耳を差し出したーという風に。

三上博史さんと中村久美さんの相性は素晴らしい。シリーズになってる他の話も観たけれど、この「耳なし芳一の話」はなんだか別格だ・・・ 舞台劇を観ているような脚本だし、台詞の一つ一つのテンポ、間、声のトーン、台詞の表情が、とても細かくそして的確に発せられる。 微妙なトーンをはずさない三上さんと中村さんの台詞の掛け合いには思わず唸ってしまったけれど、このあたりは久世光彦さんの演出との共同作業か、、、? CGのカニさん達がちょっと笑えるけど、まあそのあたりも当時のテレビドラマとしては新しい試みだったんだろうし、興ざめするほどハズレてるわけでもない。

びっくりしたのは、身毒丸の中の台詞がそっくりそのまま聞こえてきた時だ。 どちらの話も二人が結ばれる事は本来許されない関係だ。お互いの気持ちを知って、その二人の愛の行方を決める瞬間の女からの台詞。藤原竜也君の身毒丸でもうすっかり馴染んだ撫子の台詞。

世の中の事は見まじ、聞くまじ、語るまじ。忘れるがいいんです。ほら、ここは暖かな真昼。陽射しが降るよう、溢れるよう。空よぎる陽炎のように、沢わたる風のように、さあ、お抱きなさい、私(の体)を。

このシーン、舞台の上での撫子と身毒、そして二位の尼と芳一の図が不思議と対をなして重なったからびっくり仰天! 撫子と向き合った身毒丸はこの時、家も継母子の絆も世間の声も飛び越えて撫子を抱き二人は結ばれる。 そして芳一は、、、愛しい人を前にハラハラと涙をこぼしながら、絞り出した声で「できません、、、」と拒絶する。 決して越えてはならない「あの世」と「この世」、「人の男」と「」・・・・

岸田さんは寺山修司さんとの共同作業で似たようなコンセプトでいくつも本を書いてきたから、この台詞も天井桟敷の身毒丸あるいはどこか他にあったのかもしれない。 身毒丸にある「もう一度お前を妊娠してあげる」という台詞は映画の「草迷宮」にも出てきた。けれど、同じ台詞を寺山作品とは全く別のテレビドラマの短編に使うとは思いにくい。 この「耳なし芳一のはなし」は、岸田さんが新たに書き直した蜷川演出の「身毒丸」より数年前だ。結ばれなかったあの世とこの世の二人の代わりに、撫子と身毒を同じ台詞で結びつけたのだろうか?

それにしてもね〜、、耳を差し出してもぎ取った後の二位の尼と芳一の二人が、まさに至福の表情で泣き濡れてるのが凄い・・・ 久世さんの演出力も大きいと思うし。久世さんはお茶の間ドラマだけじゃない。を引き出すのがすごく巧い人だったのだから。岸田さんも久世さんももうあの世の人になってしまったけれど、こんな顔合わせでのドラマがあった事が凄い。

それにしても二位の尼/中村琵琶法師/三上、、、エロいよ!! 
おいおい、尼と坊さんだぜ?いいのかよ〜?! ってな位・・・でもすごく美しい。二人とも神々しいくらいに奇麗。 あと岸田さんの書く本の日本語は美しい。私は日本語が美しく聞こえる芝居がとても好きだ。 だから日本語を美しく聞かせてくれる役者が好きだし、自分も日本語は奇麗に話したいと思ってる。このドラマは怪談シリーズの一つの短編だけれど、とても質の高い作品だと思う。もう16年も前なんだね。覚えてる人も少ないんだろうか・・・・?16年経ってからでも観られたのは嬉しいね。

こちらで観られます。なんのこっちゃ?と思われた方はどうぞ。


Banner


先週は彼との時間が多かった分、週末からは連日で一人。夜一人の時はやっぱり日本ものをあさる事にしている。「夏ドラマは面白くないよ〜ん」という友人の声も聞いていたけど、とりあえず観る事にしたのが竹野内豊さんと菅野美穂さんの「Tomorrow」と4女優競演の「四つの嘘」(これに出てる勝地涼君も、私はもっと出てきていいのに、、と思ってる若手だ)

竹野内さんは「家族」以来だ。今度は医者という事だけど、内容が市民病院の医療問題という事で、どちらかというとドラマチックではなく現実的な作りのよう。なんか、進みが遅くないか・・・? 4話終わってまだ始まってないような印象なんだけど・・・ 菅野さんの演技力が光ってるなあ〜。個人的には若い頃の菅野美穂さんはあまり好きじゃなかった。演技力は定評あるし、すごい集中力のある人だなとは思ったけれど、なんか元気が良すぎて「ちょっとうるさいなあ〜〜」なんて感じていたもので、、、でもやっぱり年齢と共に元気の良さにも落ち着きが出てきて、一回り大人の女性になった感じで丁度良い。

このドラマでの竹野内さんは、なんかまだ何もやってない気がするのはストーリーのせい? 確かに航平としては、医者に戻る決意をして、さらに医療ミスの被害者である愛子と向き合うところから始まるわけだから、5話以降に期待して良いのかしら・・・? 今までのところでは、アップになる度に気になるのが、竹野内さんの=航平の目が死んでる、という事。 光のない濁った目。これがこれからの展開で輝き出す為の演技なのか、それとも・・・??? 現実に閉鎖に追い込まれている市民病院もあるようだし、こういう社会的なテーマの物は、なるべく嘘くさいストーリーは抜きにして誠実な番組に作って欲しいよね。

「四つの嘘」はサイトが重くて続けて観られず途切れ途切れに追いついてる。 実はこういう人たちっているのよね〜〜。寺島さんのやってる元優等生主婦は、観てると本当にうるさくてうざいんだけど、いるのよいるのよこういうの、、、、 永作博美さんの詩文も、あそこまでじゃないにしても母親よりしてる人いるしね。このドラマはちょっと展開が読めないから面白いかも。もうちょっとサイトが重くないと一気に観られるのになあ〜・・・

そして先日三上博史さんの事を書いたら、「あなただけ見えない」の再放送をやってると教えてくださった方がいて、全話観られるサイトまで教えてくださいました。ありがとうございます! こういう情報をメールしていただけるのもブログをやってる冥利につきます。いや〜〜、 10年ぶりくらいに観ました「あなただけ見えない」久々にハマりました・・・

もう忘れてるシーンも結構あって、なんといっても、
今どきこんなドラマは絶対ありえねえ〜〜! 
って感じですが・・・・ もう突っ込みどころが満載です。3重人格の三上パワー炸裂だし。すっかり忘れていた進藤恵美さん、すごく良い。があって転落ぶりをしっかり演じてらっしゃる。こんなに良い女優さんだったんだ〜〜。なんせ皆さん若い若い小泉今日子さんの舌ったらずな独白ナレーションが紙芝居のよう。

やっぱりね、、三上さん凄い
こっちのほうが数年前だったはずだけど、私がビデオで観たのはこれより「この世の果て」のほうが先で、あの高村士郎でさえ三上さんには役不足な気がした位だから、後でこれを観た時は「やっと三上博史が観られた」と思ったっけ。3重人格の役としては穏やかで誠実な好青年淳平、冷酷な野心家で人を利用する和馬、超人的にタカビーでスーパー腕力のビッチな明美の3人だけれど、この他にも和馬に化けてる明美とか、倒れた拍子に明美の状態から一瞬淳平が顔を出したり、和馬と融合した淳平とか本当にいったい何役になる事やら・・・?

三上さんはを使って演技するのが神のように素晴らしい。
映画で活躍する役者達はみんな瞬きをしない訓練を少なからずする。 スクリーンの中で、アップになったときのまばたきは意味を持ってしまうからだ。三上博史さんもまばたきをしない役者だ。これは他の作品でもわかる。何気ないシーンを観ていて、急に「あれ?!さっきから瞬きしてない」と気づくのだ。 泣く演技っていうのは、プロの役者ならそれほど難しい事ではなく、感情注入と集中力でたいていのシーンはこなせるはず。悲しい、あるいは苦しい表情で泣くのはたいていの役者はできる。

三上さんの演技でびっくりするのは、涙をまばたきせずに溢れさせて落とす事ができる。 泣くときっていうのは、感情と共に涙がうるうるとこみ上げて、そこで下を向くかまばたきをする事でポロリとこぼれるのが普通だ。役者はみんなそうやって泣くシーンを演じる。 でも三上さんは、まばたきをしない状態から涙を溜めて、目を見開いたままで流れ落とす。 これはねえ〜、ちょっとできませんね・・・・ だって瞬きしないでいたら目はどんどん乾くんだよ。それと逆の事をやって演技にしちゃうって凄いよ・・・・ 最初にこの三上さんの涙の演技に気がついたのは何でだったか・・・以来、彼の泣く演技にはいつも注目してしまう。泣くっていうより、奇麗に涙流すんだよね。素晴らしい感性を持ってる人だ。

いや〜〜、久しぶりに半分笑い転げながら観たドラマ。最期の謎解きが実はよく解ってなかったんだけど、今回じっくり順を追って理解できた。そーかー、、双子も異母兄弟もみんなして近親相姦の話だったのね〜〜、、いやーそういう事だったんだあ〜 ったく、なんて話だよ!

ソファーでテレビを観るのと違って、ここでマックで何時間もドラマを観るのはつらいわ〜〜 背中バリバリ・・・日本行きのフライトみたいだ・・・

1クリックで応援してくださいませ
Banner


ドラマの「パンドラ」を観て、もうずうっと前から好きなのに普段はあまり思い出さない三上博史さんが気になっていた。 実は私は彼が90年代初めのトレンディードラマなるもので人気者になったのだという事をつい最近まで知らなかった。私が日本の事をほとんど知らなかった10年近くの間に主演俳優になっていた。それにしても、トレンディードラマ三上博史ほど私の中で繋がらない組み合わせは無い・・・三上さんは私の中では役者であると同時にアーティストとして位置づけしてある人だからだ。

初めて三上さんをちゃんと観たのは彼の初ドラマ「無邪気な関係」。この時には、この人が数年前に寺山修司さんに見出されて映画デビューをした人だとは聞いていた。無邪気・・での三上博史さんはシャープだった。研ぎ澄まされた刃のようなシャープさ。鋭い光を放つ目が生きていて、滑舌の良さと台詞のメリハリが演技に力を加える。それでいて冷酷ではなくむしろ熱かった。体温、、というよりもっと、血の温度を感じるような熱さがあった。 このDV男=洋介役が、戸川純ちゃん演じる彼女=ゆりちゃんの、男の残酷性を誘発するような被虐的な純愛キャラとうまく合っていて、私の中ではこの二人のシーンがドラマの中心になっていた。うーん、もう一度観たいね・・・三上博史の名前はすぐに私の中にインプットされた。

その後、「戦場のメリークリスマス」や「Mishima」、寺山さんの最期の映画「さらば箱舟」等ちょこちょこと出ていたのは観たけれど、「この世の果て」でまた三上さんをちゃんと観るまでに10年近くもかかってしまった。その間にこっちで「草迷宮」のDVDを観て、私の中で三上博史さんは、私がアーティストと呼ぶ類いの人たちに属する事になる。 三上さんの中には、台本を読んで演じる役者としての部分と、彼独自の創造世界=三上ワールドが混沌としているアーティストの部分があるのだと思う。私が三上さんを好きなのは、その彼独自の世界を垣間見られる演技が出た時だ。

その事は「草迷宮」を観てすぐにピンときた。(ちなみにこの映画はPrivate Collectionという3部作映画のなかの1編で、3編の中でもとりわけ光っている。寺山さんの世界の前には他の2編が安物エロチカの駄作に見える)この時彼はまだ15歳でデビュー作。この中での三上少年はもちろん演技なんてできていないのだけど、そのかわり「この子は寺山さんの嗅覚が見つけた独自の世界を持っている」という事がなんとなく解る。 演技以前に、賛否両論が極端な寺山ワールドを自分の世界でちゃんと感じているように思えてならない。だから他の寺山常連の役者達との違和感が無い。青年明役の若松武さんへの移行がとてもスムーズで、顔が似ているというわけでもないけれど、この二人の明にギャップがなくて自然なのだ。

普通なら15歳の男の子には酷だなあ〜・・・と思うシーンでも、身体中で受け入れて寺山ワールドの中に存在している。 こちらのDVDではノーカットなので、全裸の狂女に素っ裸にされてのしかかられるシーンなんて、体の反応が映っちゃってるし・・・ここまで撮っちゃっていいのかあ〜とも思うけど。(これはさずがに日本版ではカット&ボカシだよね当然!)松の木に縛り付けられて母親に身体中に筆で手鞠詩を書かれるシーンでも、顔を這う筆の感触をちゃんと感じている表情だ。べた付いたいやらしさは全くない、初々しい色気。これを見つけた寺山修司さんはやっぱり天才だ。

この時にまだ少年の三上博史の中に確かにあったはずの彼自身の世界は、その後長く演技として表現される機会が無かったんじゃないだろうか。 メジャーな仕事に出始めたのは寺山さんが亡くなってからの事だから、寺山さん亡き後、三上博史をちゃんと使える人がいなかったのかもしれない。ちなみに草迷宮無邪気な関係の間に彼の役者としての演技力はびっくりするほど高くなっている。 的確な台詞のイントネーションと滑舌の良さは彼の俳優としての武器だ。声も高めでクリアなので聞き易い。野島伸司さんのドラマでは三上さんがナレーションのような形で語る、というパターンが結構多いけれどまさに正解。

でもそれ以外の、きっと三上博史の体の奥で出口を探していたはずの三上ワールドが初めて炸裂したのが「あなただけ見えない」だったんじゃないだろうか。 いったいどなたの企画だったのか・・・度肝を抜いた怪演技といわれているけれど、あれははじめの一歩だったはずだ。演技力と彼の世界とがもっと磨かれて融合された役がその後いくつか出てくる。この世の果て共犯者、そして絶賛された舞台の「青ひげ公の城」や「ヘドウィグ&アングリー インチ ヘドウィグは私は映画の大ファンなので、日本で三上さんがやると聞いて本当に本当に観たかった。でも日本に行く予定がどうしてもつかなくてあきらめた・・・ライブ版CDは持っているけど。

寺山修司さんがあんなに早く亡くならなければ、三上博史さんはどんな役者になっていたのだろう・・・?トレンディードラマなんぞで人気が出てくる事はなかったかもしれない。 寺山さんが「お前は舞台にはむかない」という呪文を解かないうちに逝ってしまうという事がなければ、もっと舞台でも活躍していたかもしれない。 蜷川さんが口説き続けてやっとこぎつけたという「あわれ彼女は娼婦」のジョバンニ役も、44の時でしょ・・・?はじめに聞いたときは、「おいおい、年取り過ぎてるよ・・・」と思ったものだけど。

三上さんのアーティストとしての演技がもっともっと観てみたい。他の誰にもできない芝居。 もちろん「ストレートニュース」みたいにきっちりと役の人物を演じている俳優・三上博史も良いんだけど・・・・恋愛物なんてやらなくっていいよ、三上ワールドの魂が見えるような役、だれか書いてよ・・・
寺山修司を超える人はいないのかあ〜〜?!

こちらにも1クリックで応援してください
Banner


↑このページのトップヘ