急に寒くなった〜〜!
日曜日に夏時間が終わって、1時間早く暗くなっちゃうっていうのに、気温までがいきなり下がってきた・・・ 覚悟しなくては、、、いよいよまた暗い季節に突入・・・・

昨日はテムズ沿いのサウスバンクへ。ナショナルシアターでの「Oedipus」(ちなみに英語読みだとイーディパス)。暗いとか寒いとか言ってはみたけど、夜のテムズ沿いは美しい。 橋の上から見るロンドン東側の景色はまさにポストカードで、黒いシルエットに街の灯が奇麗。 夏のサウスバンクもホントに気持ちが良いけど秋も悪くないかも・・・

今回の「オイディプス」はNew Versionという事で新訳だそうだけど、全く違和感のない現代英語だった。出演者達の衣装もシンプルなスーツだ。 演出はジョナサン・ケント氏。コロスが全員壮年層の男性で、和唱の台詞がアカペラの合唱のようになっていく演出は効果絶大だった。 ギリシャ悲劇の場合、コロスの合唱がお経のようになってしまう事が多いので、おじさん達の張りのある声での和唱は掛け合いもテンポも絶妙だ。 アカペラの、歌っているともしゃべっているともとれる微妙な声の高低差がコロスのチームワークのキーになっている。時代を感じさせない新訳と演出がうまくマッチしている。

このコロス達が最初に登場した時は観客の目が点になった。開演前に見渡した場内はまさに満席。隅まで空席は見当たらない。 客席の年齢層は幅広く、子供がいない。30代から60代までといったところかな、、、そして開演してオイディプスのシーンが終わると、両サイドに座っていたスーツを着た観客達がぞろぞろと舞台に上がっていく・・・ 普通に芝居を観ているおじさん達だとばかり思っていたのが実は出演者達だった。 これには観ていたほうが一瞬きょとんとなった・・・

レイフ・ファインズのオイディプスはとても情緒豊かだ。ただただ思いもしなかった運命に翻弄される男の苦悩を、人の感情として表現している。 いつも思うのだけれど、レイフ・ファインズという役者には程良い愛嬌がある。ブロードウェイでトニー賞を取ったハムレットでもそうだ。私は彼のハムレットの舞台は観ていないのだけれど、以前テレビ番組の特集の時にステージ録画の一部を放映していた。 ガートルードとのシーンで、思わず抱きしめてあげたくなるようないじらしさがあった。愛嬌というか、可愛げというか・・・ 私は舞台での彼の声が好きだ。コントロールされた声量、明瞭な滑舌。そして彼の演技はどこか柔らかさがある。 神に対して挑戦的なオイディプスなのだけど、力強い中にもゴムのような柔軟でソフトな演技をする。巧いなあ〜・・・

だから終盤でのオイディプスの苦悩に素直に共感できる。「なんでこんな事になってしまったんだ・・・」となげく彼の運命に涙さえこみ上げてきそうなくらいだった。 妻/母親役のクレア・ヒギンズがまた良い。年上の妻であり王妃である優しさと力強さ。 出番としてはけっして長くない時間の中で、感情の幅を無理無く表現するのは決して易しくない。その中で残酷な事実に打ちのめされて崩れて行くまでの一連の感情をちゃんと見せている。 とても人間的で現代的な解釈の「オイディプス」だった。

もうひとつ、どうしても頭から離れない謎が舞台装置だ。 装置はジョナサン・ケントとのコンビでお馴染みのポール・ブラウン氏。最初に彼の舞台を観た野村萬斎さんのハムレットでは、シンプルでいて圧倒的な存在感のあるメイン装置とシーンを彩るセットの美しさが目を引いた。 ミュージカル「Marguerite」では、劇場の機能をフルに使った大掛かりな舞台転換が印象的だった。

今回もとてもシンプル。中央に大きなドアがあり、前方下手側にコロス達がたむろすテーブルベンチ。(よくパブにあるようなやつ)このシンプルな舞台が微妙に変化して場面を作っていく。 このOlivier Theatreは円形舞台で、何層かで廻るようになっている。上下にも動くし、回転方向を逆にしたり統一したり早さを変えたりする事でいろんな演出がされて来た。 はじめは解らなかったけれど、ドアの向きがいつの間にか変わっている事に気づいて舞台をよく見ると、円形の舞台全体が本当にゆっくりゆっくりと廻っている 目に見えないくらい少しずつ、中央のドアだけでなく全体が確かに廻っているのだ。

役者が立ち位置を計算しなければなならない程のスピードではないから、芝居には大きくは影響していないのだろうけど、全体に傾斜している事もあり、特にベンチは座ると斜めになってしまうので、役者は多少身体のバランスを計算しなくちゃいけない。(私も経験があるけれど、斜めになった傾斜舞台というのはちょっと負担が来る)そして最大の謎がこのベンチ。1時間40分程の公演中ず〜っと少しずつ廻っている舞台の上で、このベンチの位置が変わらなかった・・

思わず目を凝らして舞台全体の動きとベンチの位置、そしてベンチの足がどこに置かれているかを観察したけれど、仕掛けが解らなかったよ・・・ どう見ても回転している床に置かれているとしか見えないベンチの位置が変わらないのはどんな仕掛けだったのか?? 終演後、わざわざ舞台前まで行ってベンチを見てみた。足のところに車が付いてる部分があったから、少しずつ調整していたんだろうか? でもベンチにはいつも誰か(コロス)が座っていて、重量もかなりなはずなのになあ〜〜??

古典劇とは呼べない出来になっているこの「オイディプス」は、今まで見た古典劇のどれよりも解り易いし感情を理解し易い。 人間の感情というものは1000年以上も変わっていないものなのだ。「男はみんなマザコン」とよく言うけれど、「母親と結婚するというのは多くの男達の夢だから」という台詞では笑いさえ聞こえた。面白かったよ〜!

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