apocalypto-1   apoclpto-2

10日程前、寝酒のワインをグラスに注いで、ワインを飲む間のつもりでテレビをつけた。画面に出てきたのはジャングルの中、一人の男が走っている。いわゆる原住民という感じで、腰巻き以外は裸、何故か身体を青く塗っている。その男は明らかに逃げている。そして森の中で彼を追いかけている7−8人の部族の首領一味といった感じの男達。逃げている男が身一つで必死なのに対し、こちらの男達は耳飾りや入れ墨模様が身分ありげで、槍やナイフを携えて逃げる男を追っている

男はひたすら走る。走って走って木に登り、薮を飛び越え、怪我した脇腹を押さえながらとにかく逃げ続けている。その様子に目が釘付けになってしまって、「何だ、、これは・・・?」と思いながら観てしまった。台詞は殆ど無い。たまに追っている男達が話す言葉は原住民語で、英語字幕がでる。(後でマヤ語と判明)訳が分からないまま逃げる男から目が離せなくなってしまった

男の表情から次々とわき出す、焦り、決意、集中、危機感、披露、苦痛、必死、怒り・・・すれすれに飛んでくる槍、突然出くわして襲ってくる黒豹、しなやかな身体が軽々とジャングルを駆け抜ける疾走感。台詞が無くても、いや、無いからこそフレームの中の男の表情がよくわかる。しばらく見入ってしまって気が付くともう1時になってしまっていた。仕事があるので最期まで観るのはあきらめて番組をチェックすると、「Mel Gibson' s Apocalypto」とあった

そういえば、この映画のタイトルはしばらく前に聞いた事がある。アポカリプト。メル・ギブソンの映画なのか、、、という事が解ったので、さっそくDVDオンラインレンタルにリストアップしておいた。そして届いたDVDでやっと全編観る事ができた

アフリカ原住民かと思ったのは、マヤだった。映画は南米の奥地から始まる。ジャングルの中で男達は狩りをし、女達は子供を育て、部落全部が一つの家族のようになって生きている。その村が突然襲われ、多くの部落民が殺され、捕えられた者達はマヤ文明真っ盛りの都に連れて行かれる。そこでは金持ちが華やかに暮らし、奴隷達が石工となって働かされている。都では最近の凶作を神の怒りのためと判断し、密林の奥地から捕えてきた部落民達を生け贄にする儀式が行われている

生け贄儀式の最中に 日食が起こり、人々が混乱する中、再び現れた太陽を利用して「神の怒りは解けた」と仰々しく宣言する司祭。生け贄にされるはずの男達は残酷なサバイバルゲームに放り込まれる。この生き残ってはいけないゲームに生き残ったジャガー・パウ(逃げていた男)が逃げる所から私はこの前観たのだった

この映画はメル・ギブソンのこれまでの映画の中で一番良い。カメラワークがとにかく美しい。森の中でのシーンは色合いや光と影の具合がすごく良い効果を出している。走っているだけの中で、スピード、スローモーション、息づかい等躍動感ああふれるカメラワークだ。そしてなんといってもジャガー・パウ役のRudy Youngblood. 彼の表情、そして身体の動きが本当にとても奇麗だ。素人とはとても思えない。

この映画の役者達はほとんどが演技者としては素人だそうだ。実際名の知れた人はいない。ルディーはダンサー/アーティストという事で、今回メルが主役に抜擢したそうだけれど、表情と身体を使っての表現力が素晴らしい。ダンサーの持つ表現力というのはまた役者とはちょっと違ったものがあって、体全体から溢れるオーラの用な物がある。しなやかな身体で、たたずまいも走る姿も観ていて美しい。アメリカ原住民の地を引くという彼は、顔立ちも奇麗で、大きな目が無数の台詞を語っている。安堵から一転して焦り、驚愕から恐怖へ、苦痛と疲労、そして怒り、何よりもDeterminationFocus。そして透明感を失わない。観ていて全く飽きない。彼だけを2時間見続けていられる。

マヤ文明がどうのという映画ではない。たしかに都の場面では当時の文明下での生活のようなものが垣間見られるけれど、この映画の持つ魅力はもっと別の所にある。前半での密林での暮らしは、とても自然に人間が狩りをし、火を炊き、歌い踊る。男は狩りをして獲物を捕り、父から息子へと知恵と技が受け継がれていく。女は子供を産み、育て、守っていく。そんな暮らしの原点が突然残酷に破壊されて行く現実・・・この村を襲うシーンや都での生け贄のシーンはかなり生々しく残酷で、このおかげで世界各国でR15からR18指定を受けてしまったそうだ

残酷で血みどろといえば、メル・ギブソンのThe Passion of the Christのほうが凄かった・・・なんでここまで、、?」と思うくらい、キリストを血だらけのボロボロに見せていたけれど、今回のApocalyptoは、私は丁度良く収まってると思った。残酷な現実を直視できるギリギリのところ。これでもダメな人も多いかもしれないけれど、私はどんな残虐なシーンでも直視できる人間なので、これくらいは平気だ。

ここは父が狩りをした森、今度は自分が息子と一緒に、そして自分亡き後は息子がその息子と一緒に狩りをする森。」滝の下で誇り高く立ち上がって叫ぶジャガー・パウの、たった今大地から生まれたような透明感は素晴らしい。彼が笑顔を見せるのは、前半の村のシーンで妻と息子とのほんのちょっとシーンでだけだ。まだ若い。奥さん役の女の子は10代にさえ見える。(撮影時は20歳とか)この女の子もダンサーだそうだけれど、子を守る母親の顔を見せる。母としての強さ

久しぶりに目を奪われる映画を観た。見せたいものが伝わってくる。ちょっとの空気の動きや風の音が観ていて伝わってくるのだ。メル・ギブソンもこんな映画を撮る監督になったのか・・・ それぞれのキャラクターにちゃんと意味があって、皆さん映画は初めてっぽい人達ばかりなのに、ちゃんと個々のキャラクターが生きている。これって、役者なのか、監督なのか、カメラなのか・・・? メイキングの様子が収録されていて、マヤ側の追手を演じた役者が、「演技する必要はなかった。メイクを施し衣装をつけたら、歩き方からにらみ方までこの男になっていた」と語っていた。

役者に演技力がないというのなら、どうしてこんなにも表現豊な映画になるのか・・・ホントに映画って、見事に嘘がつけるんだよね。でもそれが素晴らしい。 舞台では出せない映画の魅力だ。こんなに語りかけてくる映画は久しぶりだった。表現っていうのは、いろんな方法があるのだ