見つけもの @ そこかしこ

ちょっと見つけて嬉しい事、そこら辺にあって感動したもの、大好きなもの、沢山あるよね。

カテゴリ: My Artists


この週末はもうずっとマイケル・ジャクソンだらけ、、、、ホントにびっくりした。まさか亡くなっちゃうとは、こんなに突然!しかも3週間後にはロンドンのO2アリーナで50回にもわたるコンサートシリーズが幕を開けるっていう今になって・・・! 最初8日から予定されていたコンサートが13日初日に延期になった時、マイケルの健康状態を懸念する声もあったけど、「大規模なステージなので、演出的にも安全性確認の為にももう少しリハーサルが必要」という説明には特に疑問も感じなかったんだけど

This is it」(これが最期ーこれで終わり)と名付けられたこのコンサートシリーズ、これがいけなかったんだろうか・・・? 始まる前にThis is it になっちゃったよ・・・ 800000枚というsold outのコンサートチケットの払い戻しは大変だ、、、この幻のチケットが後になってプレミア付きでeBayとかに出るんだろうなあ〜

なんだかね、納得できない。彼には、今回の復活コンサートをやって、アーティストとしての彼の力を再認識させる機会が与えられるべきだったと思う。この大コンサートの話が発表された時は「He deserves it」と思った。40年間に渡って第一線で活躍してきたKing of Popとはいっても、ここ10年程の彼はアーティストとしてよりも転落的なスキャンダラスな話題が多過ぎて、今の若い世代は、彼の音楽と実際に耳にする話とが結びついていないんじゃないだろうか

だからこそ最期にもう一度、今までのネガティヴな話題を吹き飛ばしてポップスターとしての底力を見せて欲しかったな。50歳という年齢は彼のほとばしるようなエネルギーを必要とするステージにはギリギリだとは思うけれど、それでももう一度世界にKing of Popの輝きを残して欲しかった。今ここでの突然死はアンフェアな気がしてやりきれない

私自身の今までの人生を振り返っても、マイケル・ジャクソンの音楽が無かった時は無かったよね。子供の頃からいつもいつもどこかにマイケルの歌とダンスがあった。最初に彼の歌声を意識して聞いたのは「Ben」だったか、、、もうずうっと昔、ジャクソン5という名前も意識していなかった頃だ。マイケル・ジャクソン個人をちゃんと認識したのは、ミュージカル映画の「ウィズ=The wiz」の映画版。其の後姉がマイケルのアルバム「Off The Wall」を買ってきてこれは私もよく聞いた。そして世界最高売り上げを記録した「Thriller
スリラーは振り付けをコピーしてよく踊ったっけ。このアルバムはBeat itBillie Jean等、本当に何時どこのディスコに行ってもかかってない時は無かったね。ホントよく踊ったよ・・・

そういえば今思い出した、Beat It!のパロディー版があったっけ。アル・ヤンコヴィックという人がEat It!というタイトルでビデオもオリジナルのパロディーにして結構人気を博した。マイケル自身もこのパロディーの企画には大笑いで許可したそうだ。youTubeで見つけました(ホント、なんでも見つかるね〜)こちらです!

なんだか信じられない、、マイケル・ジャクソンの歌が、話題が、もうこれからは新しいものは無いのだという事が。またこれもガセネタなんじゃないの、、、って思いたくなる。ホントに,ほんとにこれで終わっちゃったの・・・?? 
Is This Really It !??


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ダウンロードしてなかなか観られなかった先週の「BOSS」を観て、「おお〜〜!!」な展開に嬉しくなる、、、あれ? 明日の回で終わり、、だよね? ここから最終回にもっていくにはどんな展開になるのか・・・?

でもねえ、、違うと思うな〜。うん、ノダッチは違うと思うのね。、、っていうか、これで野立が悪のボスだったら、ホントにこのドラマが終わっちゃうわけよ。せっかく視聴率も良くて当たりなドラマになったんだから、やっぱり続編シリーズとかスペシャル版を期待したいじゃない?となると、まあ対策室メンバーだけでも成り立つんだけど、やっぱり野立て抜きだと魅力減少じゃない・・・?番組の未来の為にも、私だったら野立はこっちの側に残すよね

話の展開なんていくらでもあるわけだから、予想なんてしてみてもしょうがないけど気になってしまう。ドラマ開始前から本がラストまで出来上がってたのか、撮りながら台本が上がっていったのかでも違うし・・・ただ、竹野内さんの野立が、結構前から時折「ワケあり気」な表情を小出しにしていたのが気になってた。何のドラマの時だったか、竹野内さんが撮影前に本が最期まで上がってるように要求していたという話を聞いた事があったから、こんなドンドン返しキャラなら初めからそれを念頭に置いて演じていたと思う・・・ で、さらに思うのは、あのワケあり顔は、「」を隠していた演技とは違う気がする。むしろ、一人で密かに何かを探っていたようなカンジ、、、、そしてそれを絶対に気付かれちゃいけなかった??

そういえば、いろんな角度からの要に片桐がいるよね。3年前の射撃事件といい、今回裏金の話しを小野田達から打ち明けられたのも彼だし、ノダッチも彼をしつこく野立会に誘ってたしねえ〜。野立会の内情も今まで出て来なかったけど、ただの合コンじゃなさそうだなあ〜? 何らかで、片桐が双方から引き込まれそうになってたカンジはするよね。

じゃあ、最終的に誰がワルのボスかを予想してみると、、、

其の壱: 丹波&屋田および上層部。野立は一人その実情を暴こうと、対策室を立ち上げて裏金の流れを調べていた。→でもねえ、光石さんも相島さんもワル役が多いからなあ〜〜、たまには良い人でいて欲しいなあ、、、

其の二: 実は警視総監がすべての悪の根源! テロリスト扱いされていた「黒い月」は実は警察の不正を根源から暴いて世直しをしようとしていたのだった。→反町さん演じる男と野立のつながりを考えて、野立をこっち側の人間とすると、「黒い月」自体が悪じゃなくなるんだよね、、、

其の三: やっぱり野立がワルのボス。プールした裏金は野立会の合コン費用として使い放題! 異例のエリート街道もすべて計算された袖の下で確保してきたもの。→でもこれだと、このドラマ/シリーズもここまでだよねえ〜。第一これじゃ今までの話が全部嘘って事でしょ?視聴者は許すのか・・??

さて、私はタイムリーでは観られません。多分2−3日後に観る事になると思うけど、1と2を足したカンジだといいなあ〜。池上の弟はテロリストじゃないと思うし、もしかしたら野立は彼(そして絵里子)の為にも一役買ってるんじゃないだろうか、、、さてさて、こんな予想は果たして当たるのか??


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素晴らしい役者さんだった。

自分が役者を志していた頃、いつもいつも「すごいなあ〜・・・」と思って出演作は出来る限り観た。太い演技、強い演技、柔らかな演技、コミカルな演技、何をやっても圧倒的な存在感。大好きだった。

昨夜、寝る前にネットしてて飛び込んで来た突然の訃報・・・
信じられない。

まだまだいろんな役を観たかった。職業俳優に成り下がる事なく、何十年もの間、役者として走り続けてきたのに・・・
まだまだ役者としての輝きは衰えていなかったのに、身体はそうじゃなかった・・?

本当にショックだ・・・残念・・・
遺作の秋ドラマは倉本聰氏の富良野シリーズもので、奇しくも死を目前にした医者を中心にした話だとか・・・

病気は数年前からでも、先週まで製作発表にも顔を出していたという事は、まさかこんなに突然最期の時が来るとは思ってらっしゃらなかったようだけど、きっと最期のこの作品でも(いつものように)思いのたけを込めて演じていらっしゃる事だろう。オンエアーが楽しみ。

名優・緒方拳さん、、、心からご冥福をお祈りします。

沢山の素敵な芝居をありがとうございます!

Secrets of the beehive

David Sylvianのアルバム「Secrets of the Beehive」、もう20年も前のアルバムだけれど、今頃のこの空気夏が終わって朝晩の空気がヒヤッと冷たくて、でも日中はちょっとポカポカしていて、サンサンと陽は照っているのだけれどカラっとしてるわけじゃない(Hazy Sunshine)、きっともうすぐある朝に霧が出て、すっかり秋が来る・・・・そんな空気の匂いがすると、いつも思い出すのが、Septemberという短い曲ではじまるこのアルバム。

9月の午後の陽だまり、遠い音、笑い声、暖かいようで肌寒いような、ちょっと眠たい昼下がり。

SEPTEMBER

The sun shines high above
The sounds of laughter
The birds swoop down upon
The crosses of old grey churches
We say that we're in love
While secretly wishing for rain
sipping coke and playing games
September's here again   September's here again

(訳は省略、、、中学生でも解るはず)

このSecrets of the Beehiveは、何もしないでボーっとコーヒーカップを持ったまま、外の庭を眺めながら耳を傾けていると、一つ一つの歌が短い芝居になって目の前に見えてくる。 デヴィッド・シルビアンも、私のアーティストの一人だ。彼の詞に並ぶ言葉はそのまま小さな世界を創って胸に入ってくる。

私は昔から詩にはあんまり興味がなかった。詩集なんて読んだ事ないし。古文に出てくる和歌は好きだったけど、言葉で表すなら詩より文章の人だった。でも文章にする余裕が無い時、浮かぶ言葉を次々並べてつぶやきのような物を日記に書き留めたりはしていた。四字熟語が唐突に8つ位並んでいた事もある・・・・

デヴィッド・シルヴィアンといえば、80年代ビジュアル系バンドのJAPANで最初に出て来た訳だけど、JAPAN時代の曲でも、その歌詞には見た目のビジュアル系ポップバンドというイメージとは全く別の内面が垣間見えた。最初のソロアルバム、Brilliant Treesでは内面への追求が強く感じられた。

彼の詞にはいかにも詩らしい言葉が多く使われる。Brilliant treesなんて言い方もそうだし、Ghostsだのオルフェウスだのデヴィルだのエンジェルだの・・・inexorablyとかDead to the worldなんて歌詞に使われる事自体ほとんど無さそうだし。そういえばBrilliantっていう語はとってもイギリス英語だなあ〜。アメリカ人はほとんど使わないんじゃないのかな、何か素晴らしい時にBrilliant!っていうのは・・・・Great!と並んで良く使うよねイギリスでは。

Dead bees on a cke
このアルバムと、ずうっと後になって出したDead bees on a cakeというアルバムは曲だけでなく、アルバムカバーやイラストなんかもとてもアートしている。彼の2冊の詞集「Trophies/trophies2」は読むのがもったいないくらい素敵な小冊に仕上がってる。イラストデザインを手がけてるのはのRussell Mills

同じアルバムじゃないけど、Septemberを聴くと必ず一緒に頭に出てくるのがBrilliant Treesだ。この曲もすごく秋の音がするからだろう。この曲を聴くと神聖な気分になる。オリジナルじゃないけど、Youtubeにとっても美しいスライドがアップされていたので引っ張ってきた。ホントに美しい。

Brilliant Trees



まとめて観た4話以降の「Tomorrow」、やっとドラマらしくなってきたけど、やっぱりちょっと脚本が弱いかなあ〜・・・・ 毎回ゲスト出演者がいて、患者側と医者側の事情ってやつを盛り込んだストーリーにしてるんだけど、バランスが悪いのかな〜、、?7話でやっと両者共盛り上がってきた感じ。

竹野内豊さんの、中心にいてでしゃばらずな演技はやっぱり良い具合に収まるね。こういう静かな演技で存在感を出すのが竹野内さんはすごく巧い。回りにどんなキョーレツなゲスト俳優が来ても、真ん中で静かにドーンと受け止めてる感じ。それでいて、1〜2話の頃の惰性で流されてるカンジだった航平から少しずつちゃんと変化してるし。5話での、本当にミスをしたのは航平じゃなかったっていうオチはどうかと思ったけど、それ以降どんどん目に光が戻ってきてるあたりの静かな演技が巧い。

ゲストの方々や竹野内さん、菅野美穂さんは良いんだけど、その他の人たちとの演技力にちょっと差がありすぎな気もするけどーーー 演技してるってわけでもなく良い味だしてるのが岸部一徳さんか・・・・岸部さんと竹野内さんの2人のシーンが妙にあったかくて良いな〜 

でもどうしても全体がちょっとバラバラな感じがする。あっちもちょっと、こっちもちょっとで、ドラマとしての組み立てが悪いっていうか、核が見えないっていうか、やっぱり本の問題か・・・? 全部で何話なのか知らないけど7話っていえばもう後半だよね、これって、このままばらばらな話が毎回続いて、最期はめでたく市民病院が残りました、あるいはきっぱりと専門病院に生まれ変わる、みたいな結末になるだけなのかな・・・?まさかねー?

双方のいい分も今まで出尽くしたような台詞ばっかりだし、もっと新しい事言ってくれないかな・・・ 言い尽くされた台詞じゃ感動できないよ。 一生懸命泣きながら演技してる役者が気の毒。先が読めちゃってその通りの台詞が聞こえると白けるんですけど・・・・

とりあえずは最期まで追って観てみますけど、2度は観ないドラマかなあ〜

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まさかこれが観られるとは思わなかったよ・・・92年放送の「Kwidan-怪談」シリーズの「耳なし芳一のはなし」しかも、こんなにクオリティーの高い作品だったとは・・・!! 原作・小泉八雲、脚本・岸田理生、演出・久世光彦、芳一役・三上博史で面白くならないはずがないのだけれど、それにしてもこの作品の出来は素晴らしいね・・・

小泉八雲の本を岸田さんの脚本でドラマ化というのはすごい案だったね。このシリーズのうち岸田さんは4本の脚本を手がけている。この「耳なし芳一」の話は原作から若干ひねって、怪談話が愛の物語に作り替えられた。 耳に経文を書き忘れて取られたのではなく、愛の証として芳一が命の耳を差し出したーという風に。

三上博史さんと中村久美さんの相性は素晴らしい。シリーズになってる他の話も観たけれど、この「耳なし芳一の話」はなんだか別格だ・・・ 舞台劇を観ているような脚本だし、台詞の一つ一つのテンポ、間、声のトーン、台詞の表情が、とても細かくそして的確に発せられる。 微妙なトーンをはずさない三上さんと中村さんの台詞の掛け合いには思わず唸ってしまったけれど、このあたりは久世光彦さんの演出との共同作業か、、、? CGのカニさん達がちょっと笑えるけど、まあそのあたりも当時のテレビドラマとしては新しい試みだったんだろうし、興ざめするほどハズレてるわけでもない。

びっくりしたのは、身毒丸の中の台詞がそっくりそのまま聞こえてきた時だ。 どちらの話も二人が結ばれる事は本来許されない関係だ。お互いの気持ちを知って、その二人の愛の行方を決める瞬間の女からの台詞。藤原竜也君の身毒丸でもうすっかり馴染んだ撫子の台詞。

世の中の事は見まじ、聞くまじ、語るまじ。忘れるがいいんです。ほら、ここは暖かな真昼。陽射しが降るよう、溢れるよう。空よぎる陽炎のように、沢わたる風のように、さあ、お抱きなさい、私(の体)を。

このシーン、舞台の上での撫子と身毒、そして二位の尼と芳一の図が不思議と対をなして重なったからびっくり仰天! 撫子と向き合った身毒丸はこの時、家も継母子の絆も世間の声も飛び越えて撫子を抱き二人は結ばれる。 そして芳一は、、、愛しい人を前にハラハラと涙をこぼしながら、絞り出した声で「できません、、、」と拒絶する。 決して越えてはならない「あの世」と「この世」、「人の男」と「」・・・・

岸田さんは寺山修司さんとの共同作業で似たようなコンセプトでいくつも本を書いてきたから、この台詞も天井桟敷の身毒丸あるいはどこか他にあったのかもしれない。 身毒丸にある「もう一度お前を妊娠してあげる」という台詞は映画の「草迷宮」にも出てきた。けれど、同じ台詞を寺山作品とは全く別のテレビドラマの短編に使うとは思いにくい。 この「耳なし芳一のはなし」は、岸田さんが新たに書き直した蜷川演出の「身毒丸」より数年前だ。結ばれなかったあの世とこの世の二人の代わりに、撫子と身毒を同じ台詞で結びつけたのだろうか?

それにしてもね〜、、耳を差し出してもぎ取った後の二位の尼と芳一の二人が、まさに至福の表情で泣き濡れてるのが凄い・・・ 久世さんの演出力も大きいと思うし。久世さんはお茶の間ドラマだけじゃない。を引き出すのがすごく巧い人だったのだから。岸田さんも久世さんももうあの世の人になってしまったけれど、こんな顔合わせでのドラマがあった事が凄い。

それにしても二位の尼/中村琵琶法師/三上、、、エロいよ!! 
おいおい、尼と坊さんだぜ?いいのかよ〜?! ってな位・・・でもすごく美しい。二人とも神々しいくらいに奇麗。 あと岸田さんの書く本の日本語は美しい。私は日本語が美しく聞こえる芝居がとても好きだ。 だから日本語を美しく聞かせてくれる役者が好きだし、自分も日本語は奇麗に話したいと思ってる。このドラマは怪談シリーズの一つの短編だけれど、とても質の高い作品だと思う。もう16年も前なんだね。覚えてる人も少ないんだろうか・・・・?16年経ってからでも観られたのは嬉しいね。

こちらで観られます。なんのこっちゃ?と思われた方はどうぞ。


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ドラマの「パンドラ」を観て、もうずうっと前から好きなのに普段はあまり思い出さない三上博史さんが気になっていた。 実は私は彼が90年代初めのトレンディードラマなるもので人気者になったのだという事をつい最近まで知らなかった。私が日本の事をほとんど知らなかった10年近くの間に主演俳優になっていた。それにしても、トレンディードラマ三上博史ほど私の中で繋がらない組み合わせは無い・・・三上さんは私の中では役者であると同時にアーティストとして位置づけしてある人だからだ。

初めて三上さんをちゃんと観たのは彼の初ドラマ「無邪気な関係」。この時には、この人が数年前に寺山修司さんに見出されて映画デビューをした人だとは聞いていた。無邪気・・での三上博史さんはシャープだった。研ぎ澄まされた刃のようなシャープさ。鋭い光を放つ目が生きていて、滑舌の良さと台詞のメリハリが演技に力を加える。それでいて冷酷ではなくむしろ熱かった。体温、、というよりもっと、血の温度を感じるような熱さがあった。 このDV男=洋介役が、戸川純ちゃん演じる彼女=ゆりちゃんの、男の残酷性を誘発するような被虐的な純愛キャラとうまく合っていて、私の中ではこの二人のシーンがドラマの中心になっていた。うーん、もう一度観たいね・・・三上博史の名前はすぐに私の中にインプットされた。

その後、「戦場のメリークリスマス」や「Mishima」、寺山さんの最期の映画「さらば箱舟」等ちょこちょこと出ていたのは観たけれど、「この世の果て」でまた三上さんをちゃんと観るまでに10年近くもかかってしまった。その間にこっちで「草迷宮」のDVDを観て、私の中で三上博史さんは、私がアーティストと呼ぶ類いの人たちに属する事になる。 三上さんの中には、台本を読んで演じる役者としての部分と、彼独自の創造世界=三上ワールドが混沌としているアーティストの部分があるのだと思う。私が三上さんを好きなのは、その彼独自の世界を垣間見られる演技が出た時だ。

その事は「草迷宮」を観てすぐにピンときた。(ちなみにこの映画はPrivate Collectionという3部作映画のなかの1編で、3編の中でもとりわけ光っている。寺山さんの世界の前には他の2編が安物エロチカの駄作に見える)この時彼はまだ15歳でデビュー作。この中での三上少年はもちろん演技なんてできていないのだけど、そのかわり「この子は寺山さんの嗅覚が見つけた独自の世界を持っている」という事がなんとなく解る。 演技以前に、賛否両論が極端な寺山ワールドを自分の世界でちゃんと感じているように思えてならない。だから他の寺山常連の役者達との違和感が無い。青年明役の若松武さんへの移行がとてもスムーズで、顔が似ているというわけでもないけれど、この二人の明にギャップがなくて自然なのだ。

普通なら15歳の男の子には酷だなあ〜・・・と思うシーンでも、身体中で受け入れて寺山ワールドの中に存在している。 こちらのDVDではノーカットなので、全裸の狂女に素っ裸にされてのしかかられるシーンなんて、体の反応が映っちゃってるし・・・ここまで撮っちゃっていいのかあ〜とも思うけど。(これはさずがに日本版ではカット&ボカシだよね当然!)松の木に縛り付けられて母親に身体中に筆で手鞠詩を書かれるシーンでも、顔を這う筆の感触をちゃんと感じている表情だ。べた付いたいやらしさは全くない、初々しい色気。これを見つけた寺山修司さんはやっぱり天才だ。

この時にまだ少年の三上博史の中に確かにあったはずの彼自身の世界は、その後長く演技として表現される機会が無かったんじゃないだろうか。 メジャーな仕事に出始めたのは寺山さんが亡くなってからの事だから、寺山さん亡き後、三上博史をちゃんと使える人がいなかったのかもしれない。ちなみに草迷宮無邪気な関係の間に彼の役者としての演技力はびっくりするほど高くなっている。 的確な台詞のイントネーションと滑舌の良さは彼の俳優としての武器だ。声も高めでクリアなので聞き易い。野島伸司さんのドラマでは三上さんがナレーションのような形で語る、というパターンが結構多いけれどまさに正解。

でもそれ以外の、きっと三上博史の体の奥で出口を探していたはずの三上ワールドが初めて炸裂したのが「あなただけ見えない」だったんじゃないだろうか。 いったいどなたの企画だったのか・・・度肝を抜いた怪演技といわれているけれど、あれははじめの一歩だったはずだ。演技力と彼の世界とがもっと磨かれて融合された役がその後いくつか出てくる。この世の果て共犯者、そして絶賛された舞台の「青ひげ公の城」や「ヘドウィグ&アングリー インチ ヘドウィグは私は映画の大ファンなので、日本で三上さんがやると聞いて本当に本当に観たかった。でも日本に行く予定がどうしてもつかなくてあきらめた・・・ライブ版CDは持っているけど。

寺山修司さんがあんなに早く亡くならなければ、三上博史さんはどんな役者になっていたのだろう・・・?トレンディードラマなんぞで人気が出てくる事はなかったかもしれない。 寺山さんが「お前は舞台にはむかない」という呪文を解かないうちに逝ってしまうという事がなければ、もっと舞台でも活躍していたかもしれない。 蜷川さんが口説き続けてやっとこぎつけたという「あわれ彼女は娼婦」のジョバンニ役も、44の時でしょ・・・?はじめに聞いたときは、「おいおい、年取り過ぎてるよ・・・」と思ったものだけど。

三上さんのアーティストとしての演技がもっともっと観てみたい。他の誰にもできない芝居。 もちろん「ストレートニュース」みたいにきっちりと役の人物を演じている俳優・三上博史も良いんだけど・・・・恋愛物なんてやらなくっていいよ、三上ワールドの魂が見えるような役、だれか書いてよ・・・
寺山修司を超える人はいないのかあ〜〜?!

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本当は先週観たのだけど、すぐに感想を書いてしまうのがなんだもったいなくて書けなかった「死神の精度」
里帰りの前に文庫本を実家に届けておいてもらったので、観る前に読むか、観てから読むか迷ったのだけれど、結局読み始めて途中で映画を観ることになった。

筧監督はこれが初めての長編物ということだけれど、「素敵な映画を撮ったなあ」というのが正直な感想。おしつけがましくない、とでもいえばいいのか・・・とてもあったかい映画だ。もちろん伊坂さんの原作が持つ世界がそうだからなのだろうけれど、その空気を壊さないようなやさしい温度のある映画になったと思う。

金城武さんは本当にいつも、「良い映画に出るなあ」と思わずにいられない。
彼が(もちろん最終的には事務所として決めているのだろうけれど)選んで出演した作品はどれも好きだ。この死神=千葉役は中でもハマり役と言って良い。こんな不思議な、空気のような存在感を出せる役者って他にいないんじゃないだろうか・・・ 金城さんは不思議な人だ。だからいろんな監督が彼を使いたがるのかもしれないね。あの不思議な温かい空気はどこから出てくるんだろう・・・?演じようとしても技術では出せないものなんだねきっと。

3つの話のつながりがとても良い。これは原作にはない繋がりなのだけれど、これがあるからこそこの映画が映画として魅力あるものになっている。 冒頭で10歳の少女に「おじさん、なんにも解ってないんだね」と言われた死神は、一度見送りにした藤木一恵と再会する事で、死に至るまでの人生についてちょっとだけ知ることができる。


この3話での千葉の表情がすごく良い。そして富司純子さんの演じる、愛する人達を失い続けながらも生きてきた一恵は、見事に1話での一恵とリンクしている。 死神の千葉と一恵との決定的な違いは、死神は何の感情も無くその日の気分で「実行」か「見送り」かを決められるけれど、誰かを愛する度にその人を失ってきた一恵は、愛する人を生きながらえさせるためには(「見送り」にする)自分の愛を断ち切らなければならなかったということ。それを聞いた時に、千葉は人間を少し理解する・・・その時の千葉の表情がすごく良い!。3話では思わず胸に熱いものがこみ上げてくる。

どうしても、小西真奈美さんと富司純子さんが前宣伝には取り上げられてしまったけれど、私は2話の光石研さんがすごく良いと思った。あんなにカッコ良い光石さんを観たのは初めてだ。何度かドラマとかで見かけていたけれど、あんなに良い味を出してるのは観たことがないのでびっくりした。藤田、カッコ良いです。

実はものすごいタイミングだったのだけど、先週初めてこの映画を観ようと思ってもう出かける支度をしていた時に、従兄から電話があり、伯母が亡くなったという知らせだった。 そんな知らせを聞いた直後にこの映画を観て、なんとその翌日から雨続きになってしまった・・・・ おかしなもんです。

原作本はあと3話ある。読んでいると、死神千葉はもう金城武さん以外に想像できない位ハマっている。 本のほうは、最終章だけ(死神と老婆)まだこれからだけれど、映画では最後に千葉が一恵に「実行」と「見送り」のどちらの判定をしたのかは出てこなかった。
2度目の一恵への判定は千葉はどちらにしたのだろう・・・?
もう思い残す事はない」と笑顔で言い切った一恵にふさわしいのは、死神の下す「実行」と寿命を全うする事のどちらなのだろうか。

この映画は死について問題提議をしているわけでも、なんらかの解釈を主張しているわけでもない。ただ静かに死神の目を通して私たちに何かを気付かせてくれる。だれにでも必ず訪れる最期の時・・・ ある時突然訪れる不慮の死、その時に死を迎えるに値する人生を生きたかどうかーー

やっぱり思う。一恵は自信なさげに、「こんなに長く生きてきてよかったんだろうか?」と千葉に聞いていたけれど、生きてきてよかったのだ、と。

生きていれば、こんな日もあるんですね。」そのとおりだ・・・・

 

 

 


急に寒くなったよ〜〜!まあ、ジトジトずう〜っと雨ばっかりなのよりは、カラっと寒い方が良いけど。冬晴れの朝は濡れた舗道の表面が凍ってるもんだから、すべるすべる・・・・・ おっかなびっくりでしか歩けないので時間がかかる=あやうく遅刻するところだった。

ところで、今まであんまりちゃんとは考えてなかったのだけど、気が付いた事。

私って、ポニーテールの男に弱いかも・・・・

男の人が髪を結んでると目がいってしまう。
もちろん長い髪を結んでれば何でも良いってわけじゃありません。オジー・オズボーンがポニーテールにしてたらドキドキするかって言われても無理なのだけど、同じ男性でも髪を束ねてると私の中で1ランクupするかも・・・

髪を結ぶ時、頭の中程まで上げて束ねるいわゆるポニーテール、首のところで束にして括る、邪魔な前髪だけを後ろに流して結ぶ、といったパターンがあるけれど、男の人が髪を束ねてるのって、シャツの腕まくりが「ちょっと良いな」と思ったりするのと似ている。

カールっ気のある髪が伸びてくると結構収集がつかなくて、それを首の処でまとめると頭にも少しボリュームが出るし、結んだ尻尾もフワッとウェーヴしていて可愛いーーこれはヨーロッパ人のパターンだ。癖気の人が多いから前髪なんかもちょっとカールして顔にかかる感じが良かったりして。中世ヨーロッパのスタイルは、かつらも使ったみたいだけど、基本的には自毛も長くて、リボンで束ねてたりするのも貴族的。

昔々、うちの彼も1時期だけ伸びて来てしまった髪をちょっと括っていた事があった。長くは無かったのだけど、あの頃の彼は私の髪より黒いカーリーで、ちょっと手に追えなくなって結んだーという感じだった。(彼には1/8イタリア人の血が入ってるらしい)実はそれが結構私は好きだったのだけど、実際は次に髪を切るまでの数週間だけだった。 昨日ひょんな事でその話を持ち出して、「覚えてる?結構可愛いと思ってたんだよ」と言うと、「何であの時に言わないんだよ!」と怒られた。It's too late now!!・・・・そうですよね、今や彼の髪はほとんどシルバーに近いゴマ塩で、猫毛の髪は乾き易いからバサバサになりがちで、ちょっと伸びるとアインシュタインベートーベンみたいになってしまう。確かにToo Late だわね〜〜〜

ボリュームカーリーのヨーロピアンももちろん可愛いけど、やっぱりSexyなのは黒髪のポニーテールでしょうか・・・?ちょっと高めに縛ったやつ。
ミュージカルのThe Lord of the Ringsで、エルフのレゴラス役の役者さんに目がいって、舞台での立ち居振る舞いが美しいのでずっと見てたのだけど、実はあの役も見事な黒髪をポニーテールに結んでいた。(ん・・・?目がいったのは実はそのせいだったのか・・・?)Lovers=House of Flying Daggersが公開された時、あちこちの雑誌にレビューと一緒に出ていた金城さんの乱れポニーテールのstillはとても美しかったし、(あの映画の記事には金城さんの写真が一番使われてた)新選組!で物議をかもした藤原竜也君の月代も、若武者ポニーテールとセットだったので良しとした。

西洋でも日本でも、古来から男達は皆髪を結んできたのに、いつから短くするようになったんだろう?良いのになあ〜男の人のポニーテール・・・

さて、そろそろ来年のプランを立て始めないと・・・舞台のチケットや映画のチェック。日本行きは何時にしようか。やっぱり3-4月かなあ〜?身毒丸に竹野内さんの映画と金城さんの映画もあるし。でも藤原君の舞台を1つを選ぶなら、トレープレフをどこまで演れるか観てみたい・・・こちら公開の映画で楽しみなのは、1月がアン・リー監督Lust・Caution(色戒)と映画版Sweeney Todd、2月にウォン・カウアイ監督のMy blueberry Nights

おお〜っと!!ここで何と最新の情報が、、、!

金城武の怪人・二十面相だそうな!

昨日お風呂に入りながらふと考えてた事・・・・金城武さんと松たか子さんコンビの映画かドラマ。当たっちゃったよ〜〜! 私って結構こういうのってあるんだよね、今までにも。びっくり。!! それにしても諸葛孔明の後に二十面相だなんて、やっぱり金城さんって・・・・

投名状のプロモーションにアジア中を回ったようだけど、やっぱりすごくキラキラしてる。 楽しみですね〜!決して人を殺さない変装の名人にして大怪盗。明智小五郎シリーズは小学生の時に文字通りハマった。ちょっとおどろおどろしいドラマシリーズも見てた。中村トオルさんが明智かな。でも原作は江戸川乱歩氏のシリーズではなくて、北村想氏による二十面相の伝記のような形らしい。北村さんってTPOの人だよね・・・?

映画って本当に、企画のニュースがあってから、実際に出来上がって観られるまでが長すぎる・・・・ 再来年にかかる話じゃないの? それにしてもHa-JinのWaitingだの鬼武者の実写化だのいろんな噂のとびかう中で、二十面相と来たか!まだまだキラキラは続くんでしょうね!


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アニメの吹き替えと外国映画の吹き替えが決定的に違うのは、外国映画の場合、既に演じている俳優の呼吸とリズムがそこにあるという事だ。 台詞を決まった秒数で納めるだけでなく、力の入る音や声のトーンによる顔の表情にできる限り合わせたい、というのは吹き替える俳優(声優)の誰もが努力する所。 もちろん言葉の並びが違う外国語の場合、ぴったりいくというのは本当に難かしいのだけれど、声優仕事でベテランと呼ばれる人たちは、本当にその辺の呼吸のつかみ方が素晴しく上手い。 昔、その手の仕事でスタジオに行って、大先輩達の録りを聞いてると、本当に1回のテストでぴったりとリズムをつかんでしまうのでびっくりした。

私としては、吹き替えというのはあくまでも映画を少しでも違和感なく観る為の非常手段であって、やっぱり監督や俳優達がオリジナルを創るに当たってこだわった演技と台詞の1つ1つが一番だと思っている。いや、、思っていた・・・香港映画をこんなに観るまでは。

前のブログでまじょさんからコメントをいただいて、Chungking Express=恋する惑星での金城武さんの台詞が北京語と広東語のちゃんぽんだったと知り、他もちょっと調べてみた。 ウォン・カーウァイ監督の「2046」で、木村拓也さんがひたすら日本語の台詞を繰り返していたのはまだいいとして、チャン・ツイイーとトニー・レオンの2人のシーンが北京語と広東語のやり取りになっていたとは・・!! まあそこまでごっちゃなのはウォン・カーウァイ監督だから許すということになるんだろうけど、違う言語で撮って後で吹き替え直すというのはよくあるらしい。

最近は香港と中国本土と、監督や役者が入り交じって作品を創る機会が多くなってきてるからだろう、、、そして最終的に映画はやっぱり監督の物という事か 演技と台詞術というものを「2つの違う効果」と切り離して考えて初めて成立する。相手役同士が違う言語で演技して、後でどっちかの台詞だけ吹き替えちゃうなんて・・・ 俳優の演技を優先するには、役者が一番comfortableに台詞を言えるように、というのは解る。だけどそこで役者が創った声のトーン、台詞のリズム、呼吸のタイミング、それらが後の編集で無かった事になってしまうのは、、う〜ん、、、私は悲しいよ! やっぱりそこまでが役者の仕事だと思うから。

でもHouse of flying Daggers=Loversを観ていて、どうしても金城武さんの声が本人の声とそうじゃなく聞こえてる時があったので、これも調べてみると、この映画は中国語の古語みたいな言い回しが多い為、なるべく本人の声を残しながら、監督が気になった部分は吹き替えを使ったそうだ。「うっそ〜〜!」って言いたくなるような作り方・・・ でもそれが監督のこだわりというなら、それも有りって事なのかー。

ちなみに傷城=傷だらけの男たちをオーディオを切り替えながら場面毎に観てみた。スーザン役のシュー・ジンレイさんは北京語で撮影したという事だけど、確かにオリジナルの広東語版からオーディオを北京語にしてみると、「あ、こっちが本当の彼女の演技の台詞だ」と解る。 他の皆さんは広東語でオリジナルを撮っているので、やっぱり広東語バージョンのほうがナチュラルだ。アフレコっていうのは、どうしても声のトーンが変わっちゃうからね、、、只、スー・チー嬢と金城さんのシーンは北京語バージョンも良いなと思ったら、このお2人はどちらも本人が北京語を入れたそうで、成る程ネイティブ同士だからかーと納得。

でもね〜〜、オリジナルの台詞と吹き替えをチャンポンに使うなんて、その発想がなんていうか、、いいかげんだよ香港・・・? Sayuri」とかも吹き替えちゃえばよかったのにね。その発想でいくと映画界での言語がバリアーフリーになるじゃない? そういえば、1992年に映画になった「嵐が丘」、レイフ・ファインズの映画デビュー作で、今回は原作に忠実に親子2代にわたる愛憎を最期まで描くという事で話題になった。キャサリンにジュリエット・ビノシュ、音楽は坂本龍一さんで、私個人としてはかなり好きな作品です。 ところが、この映画は封切られる前から今ひとつ、イギリス人に受け入れられなかった。

役者の演技力、映像の美しさ、なんといってもイギリス文学を代表する名作の初めての完全版の映画化という事で、作品に対する期待はかなりあったのだけど、イギリス人がどうしても気に入らなかなった事、、、それは、キャサリン・アーンショウを演じるのがフランス人女優だという事だった。 ジュリエット・ビノシュの演技力とレイフ・ファインズとの化学反応のような演技の相性はかなりの人が評価したものの、「どうしても時折耳につくフランスアクセント」を許す事ができなかったのだ。 イギリス文学を代表するブロンテの「嵐が丘」のヒロインが外国訛りでは話にならないという事だ。 彼女はこの映画の為に徹底的にイギリス英語を特訓し、実際映画を観て私もびっくりした。それ以前の映画での彼女の英語とはまるで違っている。確かに完璧じゃないよ、、、でも、評価するに充分だったと私は思うのです。そこがイギリス人のスノッブな所。 自分達は他の言語なんかまるでできないくせに、英語を話せなけりゃ人にあらずみたいな態度をとる・・・ 香港式に吹き替えちゃったらよかったのよね!そうすればスノッブなイギリス人も納得したのかしら、、、?

国際的に活躍するというのは、普通ではなかなかできない、、、どんな人でも、私達の見えない所で泣きながらものすごい努力をしてるはずだ。 そんな事は言わなくてもちゃんと観れば解る。せめて、解ったならそれを認めて評価してあげなくちゃフェアじゃないよね。アントニオ・バンデラスやジェラール・デパデューにしてもそう。金城さんだって、昔の香港映画は全編吹き替えられてたけど、最近のものはそのまま本人の台詞が使われてる。 「金城の広東語でもOKだ」と認めてもらえたからこそのはず。本人の努力無しにはあり得ない・・・・
監督がチャンポンの言語に編集するんじゃなくて、役者自身の努力の賜物としての言語バリアーフリーになる時代が来るかもしれないね。


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