見つけもの @ そこかしこ

ちょっと見つけて嬉しい事、そこら辺にあって感動したもの、大好きなもの、沢山あるよね。

My Artists

ワイルド!ワイルド!=The Wild Party


久しぶりのミュージカル。なんだか最近はミュージカルよりももっぱら芝居の方が面白くて、なかなか「観たい!」と思う ミュージカルに出会わなくなっている。今だってもちろんミュージカルも好きなのだけれど、なかなか新作でピンとくるものが少ないのだ。大掛かりな(いわゆる観光客がお土産に観にくるタイプのもの)舞台は再演ものがほとんどで、しかも異常なほど値段が高い 最近観たのはミュージカルでも小劇場ものが多い。
で、行って来ました。The Wild Party
-Photo-Credit-Scott-Rylander


原作は1928年にJoseph Moncure Marchという人が書いた物語詩で、ポエムの形で書かれたのだが、あまりにも過激な内容で、発禁処分になってしまったそうだ。この作品が2000年に、ほぼ同じ時期にブロードウェイとオフ•ブロードウェイで2つのミュージカル作品になって上演されている。今回ロンドンで初演となったのは、ブロードウェイで公開されたMichael John LaChiusaのヴァージョン。
クイーニーは、ブロンドの踊り子で 、パートナーのバーズは同じヴォードビルショウに出演している芸人だが、少しヴァイオレントで危険なタイプの男。クイーニーとも時々激しく争う関係だが、クイーニーはおそらくこういう少し乱暴で危険な男が好きなのだ、、、ある日、二人はお互いの関係をリフレッシュするためにも、久しぶりにワイルドなパーティーを開くことにする。
少しさわりを、、、


 

パーティーのゲストが次々とやってくる。 レズのストリッパーと彼女の新しい恋人で重度のモルヒネ中毒のサリー、sexは誰でも何でもOKでお金持ちのジャッキー、オスカーとフィルは近親相関風な怪しい仲良しの兄弟。プロデューサーとしてアップタウンへ行こうとしているユダヤ系の二人組、黒人ボクサーと白人妻、その妹のナディーンはブロンドに憧れる16歳、、、、
ワイルドなパーティーが始まり、みんなで浴びるように飲み、踊り、コカインを吸いまくって大盛り上がりだ。そこへクイーニーの長年のライバルでもあり親友でもあるケイトがジゴロのブラックという男を連れてやってくる。

ゲストの一人一人を紹介する形で、役者たちが交互に歌い踊る。とにかくタイトル通りのワイルドなパティーだ。乱痴気騒ぎとはまさにこのこと!役者たちは所狭しと歌い踊り、そのパワーがとにかく凄い
このThe Other Palaceという劇場は以前はSt.James Theatreと呼ばれていたのだが、最近ロイド•ウェバー氏が買い取り、創造的なミュージカルの発信地になるような場所にしたい、と再オープンした。このThe Wild Partyは新しくなったThe Other Palaceのこけら落とし公演となる。舞台は半プロセニアム型(=舞台から客席が階段状にせり上がっていく形)で、段差が高めなので、どこに座っても前の人の頭で舞台が遮られることがない。これは本当に見やすくてありがたい。客席数は300ちょっとで、舞台と客席が一体感を感じられる空間だ。役者たちのエネルギーが劇場全体の空気になって客席を包む。良い劇場だわ〜〜

主演のクイーニーを演じるフランセス•ルフェルを始め、役者たちの力量がめちゃくちゃ高い。どの役者も一流の演技者で、シンガーで、ダンサーだ。もともとブロードウェイ版を作った時に、最高の技量を持つ役者たちが集まる事を前提として企画したそうだ。

パーティーは派手に続く、、、、お酒とドラッグで日常の仮面が剥がれていくにつれ、あちらこちらで淫らな乱行が始まる。今欲しいものを目の前で捕まえて、誘い、奪い、ジンのお風呂にコカインを撒き散らし、ほとんどオージーパーティーだ。その結果、皆がパートナーと言い争いになり、嫉妬と激怒で怒鳴り合い・殴り合いになっていくのだ。最後にはsexだけでなく、本当にロマンチックな関係になりそうなクイーニーとブラックにキレたバーズがピストルを持ち出す••••

人間の仮面を引き剥がすような、スキャンダラスな話だ。パーティーに集まってきた、かなり変な人間達が、やがてお酒とドラッグで日常の関係とは全く違う関係に発展していってしまう。メチャクチャな乱痴気騒ぎのあとには、昨日とは違う現実が待っているような終わり方で、前半の汗が飛び散るようなパワーが、後半ではジワジワと心が寒くなるような怖い空気になっていく。人間って、、こんなに簡単に揺さぶられてしまうのか、、、??

パワフルで、セクシーで、スキャンダラスなミュージカル。上に貼ったビデオでも、雰囲気を感じていただけると思う。エネルギーをもらえる舞台は本当に良いね!それでいて人間の心の闇を少し覗いてきたような気分。スキャンダラスな舞台って、大好きだわ〜〜


 

復活のLazarus / ドリアン・グレーの肖像


聖書の中にある、イエス・キリストがラザロ(ラザラス)という男を死後4日目にして蘇らせたという話は有名だ。ボウイーの死後、彼の50年近くに渡るキャリアに対するフィードバックが白熱している。70年代、80年代が青春期だった人達にとって、彼の影響力は計り知れないものがあった。音楽だけでなく、ファッションや金融、インターネットと、常に時代を先取りしてきたアーティストとして、好き嫌いはあるにせよ、彼の残した足跡の大きさは皆が認めている。

亡くなった週末のUKチャートでは、遺作のBlackstarがロケット並みの売り上げで1位となり、トップ40に10枚、トップ100に19枚のアルバムがチャート入りするという凄い現象が起きた。そしてアメリカでも初のアルバム1位に。まあ、これも亡くなった勢いというものだけれど、2週目になっても、一位は変わらず、トップ40に9枚(と41位)、トップ100に 19枚のアルバムが入っている。チャートの20%を一人のアーティストが占めるなんて尋常じゃないよ、、、ボウイーらしい「ラザロの復活」だ

さて、今年初の芝居は座席数100のトラファルガー・スタジオでの「The picture of Dorian Gray
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オスカー・ワイルドの代表作だが、これは元々戯曲ではない。最初に文芸雑誌に掲載された際には、当時は違法だった同性愛の色が出ているという事で、編集者によって添削されてしまった

今回の台本は、ワイルドの孫でもあるマーリン・ホランド氏の協力でオリジナル原稿から削除されてしまった部分を取り入れた新しい本という事だった。
この配役、ヘンリー卿とドリアンのキャラクターが、見ての通り実際のワイルドと恋人だったダグラス卿に瓜二つ

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 よく言うと、完結でシンプル。大げさなエロティシズムや廃退的な空気は無くて、純真だったドリアンが快楽主義者のヘンリー卿に影響されてどんどん変わっていく、という従来の解釈とは少し違う。ヘンリー卿は確かにドリアンに新しい道を教えてしまうのだけれど、ドリアン自身が自分の悪を吸収してくれる肖像画を利用していく。

清らかで美しいドリアンの絵を描いた画家のバジルは、自分の愛(同性愛)のたけを込めて 最高の絵を描いたのに、どんどん変わっていってしまうドリアンに心を痛め、思いを打ち明ける。この部分が発刊時に削除されたようだ。

このドリアンは自分の夢の世界に生きる事を選んでしまったように思う。最初に恋した女優のシヴィルも、彼女自身ではなく、彼女の演じるジュリエットやオフィーリアに魅せられてしまったにすぎない。ヘンリー卿の言葉よりも、その思想を自分の中で幻想の世界として作り上げてその中で生きて行き、自身の肖像画にそのツケをなすり付ける、、、、

これが本当にオスカー・ワイルドが描きたかったドリアン・グレーだ」というホランド氏。今までのドラマチックで堕落なエロティシズム満載のドリアン・グレーとはかなり違う。ワイルド自身はこう言っていたそうだ、「僕自身は画家のシヴィル、ヘンリー卿は世間が僕だと思っているキャラクター、そしてドリアンは僕がなりたかった人物

なにせ客席100のスタジオだから、役者が動ける範囲はせいぜい5-6歩。その中で、少ない置道具を頻繁に転換しながら、シンプルな芝居に創っている。本来のドリアン・グレーが好きな人たちにはちょっと物足りないかもしれないね。でもちょっと違った見方ができて、初めてこの作品に触れる人には解り易いと思う

でもやっぱりもう少し、ヘンリー卿の名言を取り入れて、ワイルドらしい怪しい空気があっても良かったんじゃないかなあ〜〜・・・

Death in Work of Art


年も明けたし、さてまたブログを、、と思った所へ飛び込んで来たとんでもない訃報、、、、
常に私にインスピレーションを与えてくれた 唯一無二のアーティスト、David Bowie氏が逝ってしまった。覚悟した自身の死をも最期のアート作品に彩って、そのリリースのタイミングまでも計算した上での置き土産を残して。死の2日前、彼の誕生日にリリースされたアルバム、Blackstarのなんとパワフルで彼らしいことか!
 
ボウイーといえば、3年前の誕生日に10年もの沈黙を破っていきなり新曲を発表し、その後に出たアルバムはあっという間にチャートのNO1になって私たちをびっくりさせてくれた。 その年にV&Aミュージーアムで催された展示会、David Bowie Isは博物館始まって以来のチケットの売り切れ記録となった。私も行ってきたけれど、彼のほぼ50年に渡るアーティストとしての幅の広さをみるにつけ、長年のファンである自分を誇りに思った。

今のイギリスには、ミュージシャンがいなくなってしまった。X Factorもテレビ番組としては面白いといえるけれど、独自の言葉と音楽、その表現方法を全て一つの芸術作品にまとめあげられるアーティストが今はいなくなってしまっている。

昨日も今日もあちこちで特集番組が組まれ、デビュー当時から遺作まで、彼の足跡とその影響を繰り返し伝えている。今の奥様(スーパーモデルのイーマン)と一緒になってからはNYを拠点にほとんどメディアには顔を出さず、娘が生まれた後に心臓疾患で手術してからは、10年間息を潜めて、その間は娘との時間を大事にして健康に気を使って生活していたそうだ。(イーマン談)

いつもいつも時代の先を走っていたボウイー。他の誰とも違うことを恐れず、変化することを恐れず(むしろ望んだ)、ミュージシャンとしてだけでなく、俳優もやり、(私は演じている彼が好き)インターネットでも金融にも真っ先に新しいことを初め、50年以上もその才能の全てを駆使して誰もその位置に近づけなかったのは本当に凄い。

彼が出て来たとき、イギリスの批評家は声をそろえて、「今まで彼のようなアーティストはいなかった」と言った。そして、これからも出てこないだろう。女王から与えられる栄誉ある勲章を、「私がやっていることは勲章をもらう為ではありません」 と2度も辞退したのも彼らしい。(2度目はKnighthoodだったんだよ、、!)

癌だとわかったのが1年半前だったそうだ。娘さんは15歳、きっともう少し、成長を見届けたかったことだろう。せめてあと10年くらい、、??ニューヨークでは彼が主演したThe Man Who Fell To Earthの続編として彼が製作に参加したミュージカルが先月幕を開けたばかりだった。そのミュージカル「Lazarus」 に使われた同名の曲がシングルとして12月に出たときには、まだビデオは公開されていなかった。そのラザラスは、キリストによって死から4日後によみがえったという話で聖書に書かれている。ミュージカルの曲として聞いていたものが、このビデオが7日に公開されたことで一気に別の意味があったことを私たちは知る。


胸が痛くて苦しくなるよ、これは、、、、でもこれがDavid Bowieからの最期のお別れのメッセージ。20年以上前にQueenのフレディー・マーキュリーが最期のビデオを残したように、彼もまた、怖いくらいにパワフルな最期の作品を残してくれた。そういえば、フレディーが亡くなったのも日曜日。私にとって若き日の大きな柱だった 二人のアーティストの死を、月曜日の朝のニュースで知るなんて、、、もう月曜日の朝はニュース見ないよ・・・・

ポップスターでもない、ロックスターでもフィルムスターでもない、ポルノスターでもなければギャングスターでもない(Blackstarより)、Blackstarとして最期の作品を残したDavid Bowie。
大丈夫、天国には昔の仲間もいるさ。Spiders from Marsのミック・ロンソン、マーク・ボラン、ルー・リードにアンディー・ウォーホール、ジョン・レノンもマイケル・ジャクソンだって、、、、 

奥さんのイーマンはインタビューの機会があると言っていた。「私が結婚したのはDavid Bowieではなく、デヴィッド・ジョーンズというイギリス人男性です」 残された家族の事を思うと、やっぱりあと10年くらいはのんびりでいいから生きていて欲しかった。

Now You are free like a bluebird, as you said. 

キャバレーで「Paris Original」


彼の誕生日に私の大好きなFrances Ruffelleのキャバレースタイルのショウに行って来た。 このショウは去年の秋に5日間あったのだけれど、丁度私が一人旅に行ってる時と重なって、唯一行かれる日のチケットは取れなかった。(っていうか、全日ソールドアウトだったのだ)再演が決まったとフランセス自身のツイートで知ったその日に今回の初日=彼の誕生日のチケットをゲット 彼女の前回のショウは、ちょっとセクシーでいろんな女の顔をクルクルと見せてくれたけれど(その時のブログはこちら)、今回のショウはParis Originalと題してる

ピカデリーサーカスに2年近く前にオープンしたキャバレーベニューのCrazy Coqs、ここはZedalというグループのカフェ、フレンチブラッセリー、アメリカンバー、そしてキャバレースタイルのCrazy coqsの4つのベニューが1カ所に集まっている。全体がフレンチ/アールデコスタイルの内装で、入り口のカフェを抜けるとポップアートに彩られた1930年代の世界だ

100人も入るか、、??という店内には4人掛けには絶対小さいテーブルに無理矢理椅子が4つずつ、どれもステージの方を向くように並べられているので、ほとんど隣の席と重なりそうな感じ。でもこの親近感が全体の雰囲気になっていくのだろう。彼と2人でドリンクを頼むと、いかにもマダムといった風のおばさまがテーブルに両手を広げてやってきた。ここのオーナー(雇われマダム?)だという。私たちが初めての客だと目ざとく見つけたのは明らかだ。(こういう人は一度/2度来た客の事は覚えているというタイプだね、銀座のママみたい・・・)私たちを場所に馴染ませる会話を交わして「フランセスのショウは本当は素晴らしいわよ、楽しんでね!」とまたあちらのテーブルへ、、、。

ショウのテーマはParisだ。「私の前世はフランス人だったと思うの」というフランセスは去年レスター市でミュージカル「Piaf=ピアフ」でエディット・ピアフを演じた。彼女のピアフは本当に観たかったけれどさすがにレスターまでは行かれず、その後、ロンドンを含むツアーの計画があるという事だったので、ひたすら待っている。(でも彼女は2~3月は新作のミュージカルに出るのでまだ具体化はしていない様子)今日は「ピアフ」からの曲も歌ってくれるはずだ。



オープニングは私もとても好きなcomment te dire adieu/さよならを教えて。フランソワーズ・アルディーのヒット曲として有名だけれど、実はこのオリジナルは英国歌手のVera Lynnの「It hurts to say Goodbye」だ。でも私にとっては80年代の戸川純バージョンが頭にこびりついている。最初からフランス語でキュートに歌うフランセス。このアールデコスタイルのキャバレーにぴったり。バンドはコントラバス/ギター、ピアノ、ドラム、時々サキソフォンやアコーディオンという構成でバンドは4人。クールなパリジャンを装っている

全編フランス語という事でなく、一番をフランス語/2番の歌詞を英語で、あるいは英語訳の歌詞で、というように飽きのこない構成だ。私はもちろんフランス語は解らないけれど歌=曲は知っているものがほとんど。なにしろ狭い空間で彼女が動けるのはほんの数歩だから舞台のような演出は無理だけれど、そのかわりとても身近な距離で話しかけるように歌う。店内の雰囲気もとってもIntimate

ポップな曲とちょっとジャズな曲、演出されたステージとは違う、素のシンガーとしての彼女の魅力が満載だ。衣装も何度が替えて、その間には彼女の娘でポップシンガーのイライザ(=Eliza Doolittle)が場繋ぎに一曲歌うシーンもあって、親子2代で暖かい声援を浴びる姿は微笑ましかった。今回は4日間のステージの初日だったので、劇場関係者や彼女の友人も前列テーブルにいた様子。観た事のある俳優さんやなんと、ウエストエンドの大御所プロデューサー、カメロン・マッキントッシュ氏もお母さんを連れて来ていた

私たちと同じテーブルになった女性とも気さくに話をすると、フランセスの個人的な友人で、普段はヨークに住んでいるのに、今日はホリデーから帰ってきたところでロンドンに着いたので観に来たのだそうだ。ショウの後では、声を掛け合っては写真を取り合っている人達があちこちに・・・さっきのマダムもぬかりなくまた私たちの所に来て、「楽しんでくれた?ここではいろんな才能ある人達が毎日ライヴをやっているから、いつでもまた来てくださいね」と両手を広げてハグ。今度は隣のブラッセリーで食事してその後こっちに移動というのもいいね。終演後はこれまた隣のアメリカンバーでナイトキャップ・・・?地上のカフェも待ち合わせやちょっとコーヒー一杯によさそう、カフェティエでもスタバーのコーヒーと同じ値段だし

マッキントッシュ氏、フランセスのPiafをロンドンプロデュースしてくれないかしらね。レスター市での「ピアフ」のPRヴァージョンはこちら



う〜〜ん、観たい ツアーでも良いから観る機会がある事を祈って・・・





 

時の魔法ー昭和浸り


実はこの数日、ちょっとYoutubeを徘徊していた。私のMacはもう古過ぎて動画サイトをちゃんと観る事ができない。だからYoutubeも今はほとんど観ないのだけれど、音だけならちゃんと聞こえる

まだ小学生の頃に「学生街の喫茶店」で一躍人気者になったGARO, なんでだったか、友達が教えてくれて子供心にファンになった。最初は人気者グループという意識で好きになって、特に私はトミーこと、日高富明さんのファンだった。「君の誕生日」や」「ロマンス」で歌番組やバラエティー番組に出ている彼らを一生懸命見ていたっけ。今のようにネットなんてなくて、「明星」や「平凡」に出ていたアーティスト達のスケジュール情報をチェックしてラジオ番組なんかも録音したりして・・・

あの頃はまだ意識して「音を聴く」という事はしていなかったのだけれど、3歳からピアノと、小学生の時には一応YAMAHAの専門コース(4年間)で音楽教育を受けさせてもらっていたので、自分の中で「この音楽が好きだ」という感覚はあった。ファンになると凝り性なもので、彼らのデビューアルバムから遡ってお年玉でレコードを買い集めた。そしてなんとなく、表向きにヒットしていた曲と彼らの初期アルバムの曲の感じがかなり違う、という事は私にも解った。好きだったのは3枚目の「GARO3」とデビューアルバムで、家ではほとんどこの2枚を毎日リピートしていたっけ。後半期のアルバムでは「吟遊詩人」。「サーカス」はアルバムとしては面白く聴いたけれど、これも私がとても好きなガロとはちょっと違う感じがした。

彼らが解散した頃には私の関心は既にブリティッシュロックに移っていって、彼らのシングル「姫鏡台」が出た頃にはもうあまりピンと来る物を感じなくなっていた。結局その頃には彼らは大ジレンマに陥っていて、目指す音楽の方向性と売れ線に乗ったレールとが食い違い過ぎてやがて彼らは解散する・・・・

実に40年近く経った今、そのガロのマーク、こと堀内護さんがなんとGAROの曲と新曲を会わせたCD「時の魔法」をリリースしたとネットで知ってビックリ仰天した。ガロ解散後もロック路線に向ったトミーやプロデュースの仕事を続けていたボーカル(大野真澄)さんの事はちょくちょく耳に入っていたけれど、私が「今はガロの3人はどうしてるのかな」なんて思った頃には確かマークさんはオートテニス場を経営する実業家に転身していたのだ

驚いてマーク(堀内)さんのサイトを尋ねてみる。アルバム発売に伴ってインタビューなんかも見つかった。私にとってはまだ子供心にしか覚えていなかったガロが急に懐かしくなって音探しにToutubeをさまよってしまった
やっぱり彼らのハーモニーは凄い!
ライブでさえも崩れない。しかもこの3人は声質が3様に違う。その違った声が見事に重なって醸し出すコーラスはやっぱり特別なものだったと思う。3人共ソロで歌える力があったからこそのハーモニー

今聴いてみるとやっぱり当時=70年代の歌謡界というものに翻弄されてしまったGAROの音楽がよくわかる。売れなきゃ意味がない歌謡界で、自分達の音楽を貫き通す事ができなかった彼らのジレンマは、成功との天秤で揺れた事だろう。女の子達にキャーキャー叫ばれて歌謡番組に出ていても、「実はこんな歌、歌いたくなかったんだ」という彼らの声が聞こえてくるようだ

売れ線として発売されたガロのシングルの中で、私が一番好きだったのは実は「一枚の楽譜」だった。最初のギターのイントロがもうカッコ良くて、トミーのボーカルだったし、オリジナルのガロらしい曲では無い(作詞は山上路夫氏、作曲が村井邦彦氏)けれど、この曲はすごく耳に気持ち良くて、私の好きなだった。実はこのギターを弾いていたのは日高さん本人だという事を当時は知らないで聴いていた。子供だったもので、テレビでは生ギターで歌っている彼らしか見なかったから、レコーディングには別のミュージシャンがバックの音楽をやるのかと思っていたのだ。

今聴いて、なんだか胸が痛くなった。そうだね、トミーはロックがやりたかったんだよね、彼はギター青年だったんだから、そう、こんなギターをもっともっとかき鳴らしたかったんだ・・・・「姫鏡台」??はい、解散して正解です、って感じ。ガロ以降の日高さんをもう少し追っていれば良かった、、、そう思うとなんだか胸が痛む。でも私はガロ解散の頃はもうすっかりQUEENにのめり込んでいて、Led Zeppelin, Deep Purple、EL&P,あたりに10代後半を費やしたのだ。

今聴く、ガロ以降の日高富明さんの音、やっぱり好きだなあ〜〜。まあ、今聴くと確かにちょっと古くはあるけど、あの時代の音だね。もう一つ、彼の声そのものも音の一つだと思う。ちょっと高めの声で、音程の取り方もはずさずに高め。(低めの音は私の耳にはもの凄く気持ち悪い)ああそうか、こういう音楽をやりたかった人なんだね、、、ギターリストとしてももっと評価されても良かった筈だ・・・もうひとつ当時の私が知らなかった事、元ディープパープルのリッチー・ブラックモアのバンド、Rainbowの日本公演でトミーのバンド=Ma Ma Dooが前座をつとめていたそうだ。多分レインボーになって初来日の時かな。

実は私はレインボーの2度目の来日公演に行ったのだ。武道館のアリーナ席8列目だったのだけれど、始まって5分もしないうちにアリーナのパイプ座席はすべて踏み荒らされて、舞台に向って押し合いへし合いのまさに人津波。呼吸困難で圧し潰されるかと本気で怖くなって、押し寄せる人をかき分けて少し下がって非難したほどだ。そしてその数日後、札幌公演で女性が死亡し、コンサートでのセキュリティー体勢が大幅に見直される事件になったっけ・・・

マークさんの「時の魔法」のアルバムをMP3でダウンロード買いしようと思って、そうか、日本のアマゾンからはダウンロード購入ができない事を思い出した。視聴してみるとGAROの曲のアレンジも堀内さんらしいヴァージョンになっていて、多分売れ線を抜きにして彼らがオリジナルに作りたかった音に近いんじゃないだろうか。そして参加しているミュージシャン達の豪華な事 40年近くも経って、各々に活躍している人達がこのアルバムの為に集まってくれたというのは本当に素敵な事だ。マークさんの人柄なのかな。

時の魔法によって蘇った懐かしい曲達、そしてMark from GARO。でも、歌/音楽を蘇らせる事ができても、人の命を蘇らせる事はできないね・・・今頃になってやっぱり胸が痛む。日高さんが亡くなったニュースはロンドンに来てからだった。ビックリ仰天した。今のようにネットなんてなかったから詳しい事は解らなくて、「マンションから転落死、自殺?」という事だけしか私は知らない。36歳なんて、男の人が人生で一番カッコ良く活躍できる時だったはずなのに・・・ただ、ただ残念だよ、、、

ガロついでにYoutubeで昭和を徘徊。奥村チヨさんとか、広田三枝子さんとか、遠い記憶で実際にはちゃんと覚えていなかった人達をもう一度見てみると、やっぱり昭和の歌手の人達は「歌が巧い」。当たり前なんだけど、歌唱力/表現力が今の時代とレベルが違う。プロの歌手として売れるためには何ができなくてはいけないか、を厳しく教え込まれてきた人達だ。作詞家/作曲家の先生達の力が大きく、事務所やレコード会社の商戦等、本当に自分の歌いたい歌を好きに歌えた人はどれだけいたのだろう?それでも売れるために積み上げて来たプロの力は明らかだ

「マーク復活」とはいっても堀内さんだってもう64、、、時の魔法のプロジェクトの途中で大病をされて数カ月も入院し、麻痺してしまった手でギターが弾けるようになるまで数カ月のリハビリをされたとか。でもなんだかすごく嬉しいなあ、、マークさんがもう一度ガロの音を届けてくれた事が。あの3人でのハモリはもう聴けないけれど、彼らの音楽をよみがえらせてくれた事が

生きていてこその時の魔法だ。死んでしまったら、、、そこから先へは行かれない
日高さんが生きていたら、再びライヴでの時の魔法もあり得たかもしれないのに。やっぱり今さらながらすごく残念
久しぶりに大昔の自分に戻ってちょっと感傷に浸りながらのガロ徘徊の日々・・・

「David Bowie is」ーヴィクトリア&アルバート博物館



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20年以上ぶりか、V&A(ヴィクトリア&アルバートミュージーアム)に行ったのは・・・
ロンドンに来た頃は何度も行ったのに、今は北に住んでるので、ウェストエンドよりさらに西/南にはとんと足が向かなくなってしまった。本当は大好きなエリアなんだけどね、サウス・ケン(South Kensington)

さて行って来たのは、デヴィッド・ボウイー展。今年の初め(彼の66歳の誕生日)に10年もの沈黙を破って突然新しいシングルを発表し、さらに3月にはアルバムも配信販売するというニュースでビックリ仰天させてくれたボウイー。業界関係者の中には、ボウイーのオフィスからメールが来てるのをみて、「死んだのか!?」と思ってしまった人もいたそうだ。私が今まで彼の事をブログに書かなかったのは、とにかくこの10年話題が無かったし、書くとなるとあまりにも歴史と思い入れが多過ぎて書けなかったから。でもMy Artistsの筆頭に挙げるのはこの人なのです

実は私はボウイーのキャリアの後半から追いついた世代だ。彼を世に知らしめた「Space Oddity」やその後のグラムロックの代表となるジギー・スターダストアラジン・セインの頃はリアルタイムでは知らなかった。クイーンやレッド・ツェッペリンに夢中になっていた70年代半ば頃も、もちろんDavid Bowieの事は知っていたけれど、当時彼はアメリカに住んでいて、丁度ドラッグ中毒でヘロヘロになっていた頃だ。私が初めて彼に追いついたのはニコラス・ローグ監督の「地球に落ちて来た男」という映画と、その後のアルバム「Station To Station」からだった。ドラッグで、いつ死ぬかという状態から抜け出し、ヨーロッパに戻って再生した彼は80年代に再びピークを迎える。この頃からが私のリアル世代だ

このエキシビションは3月から6ヶ月間開かれていて、チケットは毎日入場時間が15分毎に決められている。半年間のチケットはすべて売り切れで、当日券は毎日数百枚が出るらしい。何故入場制限があるのか、行ってみて納得。入り口で全員にイヤホーンガイドが配られる。さすがは21世紀、、、このガイド、会場内を歩くうち、各々のスポットの前に立つと自動的に解説が入るようになっている。順番という事ではなく、後からまた戻っても先へ飛ばして進んでも、ちゃんとそのスポットでの解説が流れるのだ。インタビューやステージショットも多く、どうしても各所で立ち止まる時間が長くなる。入場してから10m程進むのに15分くらいかかる・・・

来ている人達の年齢層がとても広い。老若男女とはこの事だ。でもやっぱり圧倒的に多いのが40~60代だろうか。ボウイーになりたくてなれなかった苦い青春を過したかのような男性達や、70年代のジギー・スターダストのコンサートで泣き崩れながら叫んだ少女時代がありそうな御婦人達・・・そして彼等の孫か、、?と思うようなまだ10代になったばかりの子供達まで。みんなひとつひとつのコラムを時間をかけて見て行く。書かれた解説を端から端まで読み、展示物をしげしげと見つめ、随所にあるVDUスクリーンの前に立ち止まって見入っている。だから進むのに本当に時間がかかるのだ・・・

有名になる以前のアコースティック時代から、グラムロック時代、アメリカ時代、ベルリン時代、そして80年代のポップな時代、その後のバンド時代、そして熟年の90年代、、、、彼が生み出して来た世界のなんという幅の広さ 音楽だけでも一人のアーティストとは思えないバラエティーだ。そして彼の凄いところはその発想のひらめき。他の誰もデヴィッド・ボウイーのようなキャリアも持った人はいない。作詞、作曲だけでなく、ステージでのビジュアルや表現するための手段とカリスマ性は稀少な才能としかいいようがない。ダンスやマイムから学んだ表現力は後に役者としても活用される。実は私は役者の彼が好きだ

ちょっとした言葉の組み合わせで面白い語ができると、そこからもう歌が一つできあがってしまうくらい想像力が膨らむ、と本人が言っている。そしてそれを表現するために自分を別の人格にしてしまう事も厭わなかったチャレンジ・・・コカイン中毒で何度か危機を迎えながらも彼は生き延びて、エネルギーに溢れて復活する。彼はサバイバーだ。
今回10年ぶりにアルバムを発表したのだって、誰も予想もしていなかった。まったく情報漏れのなかったビックリニュースでいかにも彼らしい。

展示会場の最期はちょっと広いスペースの3方が天井までのスクリーンで、いろんな時期のコンサートの一部を流している。みんな歌に合わせて体を揺すったりちょっと口を動かして一緒に歌ったりしているのだけれど、音はあくまでも全員のヘッドホンで聞こえるだけなので、ヘッドホンをはずすと沢山人がいるスペースに音楽は全く流れていないのだ、変なかんじ・・・ここには座れるようにベンチがあって、立ち疲れたせいもあって、みんな結構長く座っている。

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隣のコーナーは彼が出演した映画/舞台を、作品毎に3ー5分くらいずつ映像を流している。「戦場のメリークリスマス」のポスターもあって、処刑の朝、マイムで髭を剃るシーンをやっていた。貴重だったのが、ブロードウェイで彼がメリックを演じた「エレファント・マン」の一部。これは見た事がなかったので嬉しかった 
数々のコンサートでの衣装の展示や歌詞の書き付け、ツアーの照明プラン、ビデオの絵コンテのスケッチ、ボウイー自身の膨大な量の手書きの資料が並ぶ。写真でしか見た事なかった彼が描いた三島由紀夫のポートレート(油画)も。
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実は特に新しい物があったというわけではない。彼の歴史、歌詞の制作過程、衣装、インタビュー内容、それらはファンならば皆知っている。知っているのだけれど、それでももう一度見入ってしまう。絶対無二のアーティストが40年の間にやってきた事は膨大なアイデアとインスピレーションに溢れていて、時代がいくつ廻っても追いつかないんじゃないだろうか・・・結局私は2時間半も会場にいた。その後はショップでここでも20分程うろうろしたから、なんと一つの展示会に3時間。お腹が空くのも忘れていた。

それにしてもちょっと気になるよ、、、アルバムを出してこんな大掛かりな展示会があって、、、なんだかこれが本当に最期なんじゃないだろうかって。最近テレビやラジオで彼の特集番組がいくつもあったけど(若い世代は多分デヴィッド・ボウイーを知らないからか?)、リアル番組でのインタビューとかは全くやってない。本人が表に出て来ないのは何でだろう??去年のオリンピックの開会式も、演出のダニー・ボイル氏が直談判で頼んでも出るのを断ったそうだ

でも彼はDavid Bowieだからね、まだ何か企んでるのかも・・・

早過ぎた「This is it」・・・?


この週末はもうずっとマイケル・ジャクソンだらけ、、、、ホントにびっくりした。まさか亡くなっちゃうとは、こんなに突然!しかも3週間後にはロンドンのO2アリーナで50回にもわたるコンサートシリーズが幕を開けるっていう今になって・・・! 最初8日から予定されていたコンサートが13日初日に延期になった時、マイケルの健康状態を懸念する声もあったけど、「大規模なステージなので、演出的にも安全性確認の為にももう少しリハーサルが必要」という説明には特に疑問も感じなかったんだけど

This is it」(これが最期ーこれで終わり)と名付けられたこのコンサートシリーズ、これがいけなかったんだろうか・・・? 始まる前にThis is it になっちゃったよ・・・ 800000枚というsold outのコンサートチケットの払い戻しは大変だ、、、この幻のチケットが後になってプレミア付きでeBayとかに出るんだろうなあ〜

なんだかね、納得できない。彼には、今回の復活コンサートをやって、アーティストとしての彼の力を再認識させる機会が与えられるべきだったと思う。この大コンサートの話が発表された時は「He deserves it」と思った。40年間に渡って第一線で活躍してきたKing of Popとはいっても、ここ10年程の彼はアーティストとしてよりも転落的なスキャンダラスな話題が多過ぎて、今の若い世代は、彼の音楽と実際に耳にする話とが結びついていないんじゃないだろうか

だからこそ最期にもう一度、今までのネガティヴな話題を吹き飛ばしてポップスターとしての底力を見せて欲しかったな。50歳という年齢は彼のほとばしるようなエネルギーを必要とするステージにはギリギリだとは思うけれど、それでももう一度世界にKing of Popの輝きを残して欲しかった。今ここでの突然死はアンフェアな気がしてやりきれない

私自身の今までの人生を振り返っても、マイケル・ジャクソンの音楽が無かった時は無かったよね。子供の頃からいつもいつもどこかにマイケルの歌とダンスがあった。最初に彼の歌声を意識して聞いたのは「Ben」だったか、、、もうずうっと昔、ジャクソン5という名前も意識していなかった頃だ。マイケル・ジャクソン個人をちゃんと認識したのは、ミュージカル映画の「ウィズ=The wiz」の映画版。其の後姉がマイケルのアルバム「Off The Wall」を買ってきてこれは私もよく聞いた。そして世界最高売り上げを記録した「Thriller
スリラーは振り付けをコピーしてよく踊ったっけ。このアルバムはBeat itBillie Jean等、本当に何時どこのディスコに行ってもかかってない時は無かったね。ホントよく踊ったよ・・・

そういえば今思い出した、Beat It!のパロディー版があったっけ。アル・ヤンコヴィックという人がEat It!というタイトルでビデオもオリジナルのパロディーにして結構人気を博した。マイケル自身もこのパロディーの企画には大笑いで許可したそうだ。youTubeで見つけました(ホント、なんでも見つかるね〜)こちらです!

なんだか信じられない、、マイケル・ジャクソンの歌が、話題が、もうこれからは新しいものは無いのだという事が。またこれもガセネタなんじゃないの、、、って思いたくなる。ホントに,ほんとにこれで終わっちゃったの・・・?? 
Is This Really It !??


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突然に・・・


素晴らしい役者さんだった。

自分が役者を志していた頃、いつもいつも「すごいなあ〜・・・」と思って出演作は出来る限り観た。太い演技、強い演技、柔らかな演技、コミカルな演技、何をやっても圧倒的な存在感。大好きだった。

昨夜、寝る前にネットしてて飛び込んで来た突然の訃報・・・
信じられない。

まだまだいろんな役を観たかった。職業俳優に成り下がる事なく、何十年もの間、役者として走り続けてきたのに・・・
まだまだ役者としての輝きは衰えていなかったのに、身体はそうじゃなかった・・?

本当にショックだ・・・残念・・・
遺作の秋ドラマは倉本聰氏の富良野シリーズもので、奇しくも死を目前にした医者を中心にした話だとか・・・

病気は数年前からでも、先週まで製作発表にも顔を出していたという事は、まさかこんなに突然最期の時が来るとは思ってらっしゃらなかったようだけど、きっと最期のこの作品でも(いつものように)思いのたけを込めて演じていらっしゃる事だろう。オンエアーが楽しみ。

名優・緒方拳さん、、、心からご冥福をお祈りします。

沢山の素敵な芝居をありがとうございます!

September ~ Brilliant Trees

Secrets of the beehive

David Sylvianのアルバム「Secrets of the Beehive」、もう20年も前のアルバムだけれど、今頃のこの空気夏が終わって朝晩の空気がヒヤッと冷たくて、でも日中はちょっとポカポカしていて、サンサンと陽は照っているのだけれどカラっとしてるわけじゃない(Hazy Sunshine)、きっともうすぐある朝に霧が出て、すっかり秋が来る・・・・そんな空気の匂いがすると、いつも思い出すのが、Septemberという短い曲ではじまるこのアルバム。

9月の午後の陽だまり、遠い音、笑い声、暖かいようで肌寒いような、ちょっと眠たい昼下がり。

SEPTEMBER

The sun shines high above
The sounds of laughter
The birds swoop down upon
The crosses of old grey churches
We say that we're in love
While secretly wishing for rain
sipping coke and playing games
September's here again   September's here again

(訳は省略、、、中学生でも解るはず)

このSecrets of the Beehiveは、何もしないでボーっとコーヒーカップを持ったまま、外の庭を眺めながら耳を傾けていると、一つ一つの歌が短い芝居になって目の前に見えてくる。 デヴィッド・シルビアンも、私のアーティストの一人だ。彼の詞に並ぶ言葉はそのまま小さな世界を創って胸に入ってくる。

私は昔から詩にはあんまり興味がなかった。詩集なんて読んだ事ないし。古文に出てくる和歌は好きだったけど、言葉で表すなら詩より文章の人だった。でも文章にする余裕が無い時、浮かぶ言葉を次々並べてつぶやきのような物を日記に書き留めたりはしていた。四字熟語が唐突に8つ位並んでいた事もある・・・・

デヴィッド・シルヴィアンといえば、80年代ビジュアル系バンドのJAPANで最初に出て来た訳だけど、JAPAN時代の曲でも、その歌詞には見た目のビジュアル系ポップバンドというイメージとは全く別の内面が垣間見えた。最初のソロアルバム、Brilliant Treesでは内面への追求が強く感じられた。

彼の詞にはいかにも詩らしい言葉が多く使われる。Brilliant treesなんて言い方もそうだし、Ghostsだのオルフェウスだのデヴィルだのエンジェルだの・・・inexorablyとかDead to the worldなんて歌詞に使われる事自体ほとんど無さそうだし。そういえばBrilliantっていう語はとってもイギリス英語だなあ〜。アメリカ人はほとんど使わないんじゃないのかな、何か素晴らしい時にBrilliant!っていうのは・・・・Great!と並んで良く使うよねイギリスでは。

Dead bees on a cke
このアルバムと、ずうっと後になって出したDead bees on a cakeというアルバムは曲だけでなく、アルバムカバーやイラストなんかもとてもアートしている。彼の2冊の詞集「Trophies/trophies2」は読むのがもったいないくらい素敵な小冊に仕上がってる。イラストデザインを手がけてるのはのRussell Mills

同じアルバムじゃないけど、Septemberを聴くと必ず一緒に頭に出てくるのがBrilliant Treesだ。この曲もすごく秋の音がするからだろう。この曲を聴くと神聖な気分になる。オリジナルじゃないけど、Youtubeにとっても美しいスライドがアップされていたので引っ張ってきた。ホントに美しい。

Brilliant Trees


「身毒丸」と「耳なし芳一」の妙縁


まさかこれが観られるとは思わなかったよ・・・92年放送の「Kwidan-怪談」シリーズの「耳なし芳一のはなし」しかも、こんなにクオリティーの高い作品だったとは・・・!! 原作・小泉八雲、脚本・岸田理生、演出・久世光彦、芳一役・三上博史で面白くならないはずがないのだけれど、それにしてもこの作品の出来は素晴らしいね・・・

小泉八雲の本を岸田さんの脚本でドラマ化というのはすごい案だったね。このシリーズのうち岸田さんは4本の脚本を手がけている。この「耳なし芳一」の話は原作から若干ひねって、怪談話が愛の物語に作り替えられた。 耳に経文を書き忘れて取られたのではなく、愛の証として芳一が命の耳を差し出したーという風に。

三上博史さんと中村久美さんの相性は素晴らしい。シリーズになってる他の話も観たけれど、この「耳なし芳一の話」はなんだか別格だ・・・ 舞台劇を観ているような脚本だし、台詞の一つ一つのテンポ、間、声のトーン、台詞の表情が、とても細かくそして的確に発せられる。 微妙なトーンをはずさない三上さんと中村さんの台詞の掛け合いには思わず唸ってしまったけれど、このあたりは久世光彦さんの演出との共同作業か、、、? CGのカニさん達がちょっと笑えるけど、まあそのあたりも当時のテレビドラマとしては新しい試みだったんだろうし、興ざめするほどハズレてるわけでもない。

びっくりしたのは、身毒丸の中の台詞がそっくりそのまま聞こえてきた時だ。 どちらの話も二人が結ばれる事は本来許されない関係だ。お互いの気持ちを知って、その二人の愛の行方を決める瞬間の女からの台詞。藤原竜也君の身毒丸でもうすっかり馴染んだ撫子の台詞。

世の中の事は見まじ、聞くまじ、語るまじ。忘れるがいいんです。ほら、ここは暖かな真昼。陽射しが降るよう、溢れるよう。空よぎる陽炎のように、沢わたる風のように、さあ、お抱きなさい、私(の体)を。

このシーン、舞台の上での撫子と身毒、そして二位の尼と芳一の図が不思議と対をなして重なったからびっくり仰天! 撫子と向き合った身毒丸はこの時、家も継母子の絆も世間の声も飛び越えて撫子を抱き二人は結ばれる。 そして芳一は、、、愛しい人を前にハラハラと涙をこぼしながら、絞り出した声で「できません、、、」と拒絶する。 決して越えてはならない「あの世」と「この世」、「人の男」と「」・・・・

岸田さんは寺山修司さんとの共同作業で似たようなコンセプトでいくつも本を書いてきたから、この台詞も天井桟敷の身毒丸あるいはどこか他にあったのかもしれない。 身毒丸にある「もう一度お前を妊娠してあげる」という台詞は映画の「草迷宮」にも出てきた。けれど、同じ台詞を寺山作品とは全く別のテレビドラマの短編に使うとは思いにくい。 この「耳なし芳一のはなし」は、岸田さんが新たに書き直した蜷川演出の「身毒丸」より数年前だ。結ばれなかったあの世とこの世の二人の代わりに、撫子と身毒を同じ台詞で結びつけたのだろうか?

それにしてもね〜、、耳を差し出してもぎ取った後の二位の尼と芳一の二人が、まさに至福の表情で泣き濡れてるのが凄い・・・ 久世さんの演出力も大きいと思うし。久世さんはお茶の間ドラマだけじゃない。を引き出すのがすごく巧い人だったのだから。岸田さんも久世さんももうあの世の人になってしまったけれど、こんな顔合わせでのドラマがあった事が凄い。

それにしても二位の尼/中村琵琶法師/三上、、、エロいよ!! 
おいおい、尼と坊さんだぜ?いいのかよ〜?! ってな位・・・でもすごく美しい。二人とも神々しいくらいに奇麗。 あと岸田さんの書く本の日本語は美しい。私は日本語が美しく聞こえる芝居がとても好きだ。 だから日本語を美しく聞かせてくれる役者が好きだし、自分も日本語は奇麗に話したいと思ってる。このドラマは怪談シリーズの一つの短編だけれど、とても質の高い作品だと思う。もう16年も前なんだね。覚えてる人も少ないんだろうか・・・・?16年経ってからでも観られたのは嬉しいね。

こちらで観られます。なんのこっちゃ?と思われた方はどうぞ。


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