見つけもの @ そこかしこ

ちょっと見つけて嬉しい事、そこら辺にあって感動したもの、大好きなもの、沢山あるよね。

カテゴリ: 映画の話


フランス映画には、時々私の波長とすごく良く合うものがある。ハリウッド映画って、作品としては「良いな!」と思うものはもちろん沢山あるんだけど、「すごく好き」って言える映画ってほんの少しかもしれない。「面白い」でも「良かった」でもなく、「私が好き」な映画・・・

中・高生の頃はなんとなく友達からの情報で「行こうよ!」とつるんで映画を観に行った。自分でこれが観たいからって一人で映画館へ行くようになったのは、もっとずっと後になってから。そのかわりあの頃は、テレビでよく映画が放映されていた。特に夜遅い時間とか、土曜日とかに昔の名作映画をよくやってた。

フランスにはその昔、アラン・ドロンっていうそれはそれはハンサムな俳優がいて、彼の「太陽がいっぱい」や「冒険者たち」はすごく好きだった。アラン・ドロンがハンサムなのはもちろんなのだけど、それだけじゃなくて、映画の持つ色や空気に、何とも言えず引かれた。音楽も忘れられない・・・

高校の時につるんでいた仲間に映画好きがいて、少しずつ名画座とかで昔の映画をよく観るようになった。中でもマルセル・カルネの「天井桟敷の人々」やゴダールの「勝手にしやがれ」「気違いピエロ」・・・・ ロードショー公開の最新話題作より、2本立て、3本立ての名画座のほうが好きになってしまった。安かったしね。勝手にしやがれ」はリチャード・ギアがアメリカ風に改造したヴァージョンで人気だったけど、オリジナルの持つ、人を殺して逃げているのにどこかノンシャランな空気が無くなっていた・・・まあ、アメリカ版もスピード感があって良いんだけどね。

タイムリーで新作を観るようになってからは、DIVA, Subway, そしてBetty Blue(
ベティー・ブルー)
Betty blueは初めに公開された時に2回観て、その後テレビでオリジナルより1時間も長いDirector's Cutが放映されたので迷わずビデオに録画して何度も観た。このテープは倍速録りな上に何度も観て、もう10年以上も前のテープだし、DVDを買い直そうかな。観る度に痛くて、でもその痛みがつらいんだけど、心地よくて見入ってしまう。そういえばもう何年も観てないけど、また引っ張り出してみようかな。今だったらまた違った感じ方をするかもしれない。

イザベル・アジャーニの「カミーユ・クローデル」も夜中にテレビでやっていてやめられなくなってしまった。彫刻家のロダンの弟子で愛人だったカミーユ。彫刻家として、女としてか彼女が痛く壊れていく姿が美しかった。これでイサベル・アジャーニを初めて観たんだっけ。そしてこの映画でロダンを演っていたのがジェラール・デパルデューだった。

彼はその後アメリカでも成功して名を馳せたけど、やっぱり彼はシラノシラノ・ド・ベルジュラック)だ!!  子供の時に本で読んだシラノの話が大好きだった。Panache心意気と訳したこの本は、世界の少年少女名作シリーズみたいな本だったけど、訳された詩のリズムも軽快で読み易く楽しかった。 私の回りには知ってる人はほとんどいなくて、フランスではとても良く知られた人気のキャラクターだと言う事も大人になってから初めて知った。デパルデューのシラノはまさにハマり役だった!

ここしばらく遠ざかっていたフランス映画だけど、今年になって2本観た。「La Vie en Rose(エディット・ピアフ)」と「The Diving bell and the Butterfly」ー邦題は潜水服は蝶の夢をみる(??)どちらも国際的な話題作になった。 作品の色は全くちがうけれど、どっちも私は好きだ。フランス映画の持つある種の空気と相性が良いのかもしれない・・・

ちなみにフランスでは日本のアニメがすごく人気で、アメリカだと向こうで勝手にアレンジし直して放送される事も多いけど、(ガッチャマンなんてひどいもんよ
フランスでは日本で放映されたものがそのまま吹き替えで流行ってるそうだ。 一緒に仕事していたフランス人の同僚は、「キャンディー・キャンディー」の大ファンで、よく一緒に主題歌を日本語とフランス語で歌った。 フランダースの犬も大泣きしたと言ってたっけ
心で感じるツボが似てるのかもしれないね・・・・


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良い映画を観た。うん、これは良いね。Into The Wild(原作題=「荒野へ」)

これが公開されたのは去年の終わり頃。見つけたのは彼で、映画館の近日公開リストを観て「これきっと良いから観よう」と言ってきた。 監督はショーン・ペン。うちの彼は結構良いものを嗅ぎ分ける嗅覚がある。この良いものというのは必ずしも褒められてるものという意味でなく、私たち、とりわけ私がきっと気に入るだろうという種類の嗅覚だ。 彼が選んで奨めるもので期待はずれだった事はほとんどない。「旅をしながらアラスカの荒野に一人で生活・・・」という作品紹介は必ずしも私にはピンとこなかったのだけど、彼が乗り気になる事は滅多にないので「じゃあ観ようか」という事になった。

ところが直前になって上映時間が2時間半と知って彼が尻込みしてしまった。うちの彼は、2時間以上の映画と字幕付きの外国語映画を観る辛抱が無い、というちょっとした根性無しなのだ。 結局その時は観ないで終わってしまったのを、やっとDVDで観た。DVDならうちでゆっくり観られるから、一度に2時間半頑張らなくても良いしね。で、結局最期まで二人して一気に観てしまった。彼は珍しく途中で寝てしまう事もなく、トイレにだって行かなかったくらい。

実話を再現映画化したもので、クリス・マカンドレスという青年が、恵まれた家庭環境や学歴を放棄して一人旅に出ていろんな人たちと交流し、自身の夢だったアラスカの荒野での一人サバイバル生活に入っていった足跡を追っていく。原作本はこちら.

この映画は批評家から高い評価を得た反面、あまりポピュラーなヒットにならなかった。 映画館での上映も限られていたし、アカデミーでもいくつかノミネートされたけれど当たらず、、という感じだった。 でもこれはとても良い映画だと思う。 自然を撮ったスクリーンも奇麗だし、登場する人たちみんなにそれぞれクリス(アレックス)の人生に関わる意味があり、自分の目と耳と感触で生きるという事を知っていく青年の旅は、夢があり冒険であり、そして無知で残酷だ。

こういう映画を若者達に観てほしいと思う。ババ臭い意味じゃなくて
最近のイギリスでは毎日のようにナイフ殺人事件がおこって、先日も2日間で8人の若者がナイフによる喧嘩で命を落とした。 日本の秋葉原での事件にしてもそうだし、毎日バスの中で周りの迷惑を考えずに大きな音で携帯音楽をかけてる連中、ちょっとの事でつっかかって脅しをかける連中、そういった若い人たちに「この映画を2時間半観てみなよ」と言いたい。 観る辛抱もできないんじゃあ仕方ないけどね、、、救いようがないよ。

日本での公開が9月に決まったと聞いたので、一足先にお奨めします。けっして派手ではないけれど、この青年が見つけたかったものを、私たちは見つける事ができるのだろうか・・・?と考えてしまう。最期は本当に残念だ。この青年のストーリーにはもっと続きがあって欲しかった。 もっと何かを悟り、そしていつか自分から荒野を出て社会に戻り、その後の人生をどうやって生きていくのか・・・その続きこそが知りたかったのに・・・・

感動するというのとも少し違う。でも「良い映画を観たな」と思える一作 邦題はカタカナでイントゥ・ザ・ワイルドになるみたい。この秋機会があったら観に行ってみては、、?


去年、カセットテープを全部しまい込んでしまったので、いわゆる古い音楽は最近全く聞いていなかった。で、ホントに久々に映画「戦場のメリークリスマス」のメインテーマソングForbidden coloursのオリジナルヴァージョンを聞いた。この曲は坂本龍一氏の代表作であり、今までにもコンサートやCDでいろんなヴァージョンで演奏されている。でも私は今でも、このForbidden Coloursは最初の映画サントラ版に入っていたデヴィッド・シルビアンのボーカルによるヴァージョンが一番好きだ。っていうか、あの歌詞無くしてForbidden Coloursというタイトルはあり得ない。

大島渚監督がDavid Bowie、坂本龍一、たけしといったメンバーを揃えて映画を撮ったという話は、なによりも出演した当事者達の口からあちこちで撮影秘話などがこぼれていた。 丁度YMOが全盛期で坂本教授個人の音楽も大ファンだったところへ、私の永遠の別格中の別格アーチスト、デヴィッド・ボウイーが大島監督の映画に出るというので、これはもう噂を小耳にはさんだ瞬間からどきどきしていた。 普通は映画化が決まったからといってわざわざ原作本を読むなんて事はしないのに、当時暇ができると寄っていた渋谷東急プラザの紀伊国屋で、「影の獄にて」という本にでくわしたのだ。戦場のメリークリスマス原作本」というポップが付いていたから、多分映画公開の数ヶ月前だったんじゃないかな。

作者のヴァン・デル・ポストという人は全く聞いた事がなかった。 題名の「影の獄にて」も、評判になっていた戦場のメリークリスマスという映画のタイトルとはかなり違った印象だった。で、やっぱり好奇心には勝てず、いったいボウイー先生が今度はどんな役をやるのか・・・と思わず買ってしまった。 文庫じゃなかったので、固い表紙で持ち歩くにはちょっとかさばる単行本だ。私が単行本を買ったなんてほんとに数少ないのに・・・そして読み始めた私はそれから読み終えるまで本を手放せなくなってしまった。

3部構成の話は、ひとつひとつの違うエピソードが語り手役のローレンスによって繋がっている。最初の短編が映画でのハラとローレンスの話。二つ目が一番長く、この本の核になっているジャック・セリエズの物語。そして私はここまでの話に心が震えて震えて、最後の3つ目の話を最後まで読む事ができなかった。 ちなみにこの2つ目のジャックの話はThe Seed and The Sower=種と蒔く者というタイトルで、実はこれが本当のオリジナルの英語題なのだ。 そして映画ではほとんどはしょられてしまているこの本の中核は、キリスト教でいうこの「種を捲くもの」にある。「涙と共に種を捲くものは喜びと共に刈り取る」という意味だ。

せむしで生まれた弟をいつも可愛がり、成績も素行も優秀で、自分の容姿が充分に人を惑わす魅力を持っている事を知っているジャック。誰よりも愛していたはずの弟を、誰にもそれとは気づかれないように心裏切った彼は、そのたった一つの罪の許しを求めて生きてきた。人からすれば罪だの裏切りだのとはとうてい言えないようなたわいもない事が、彼にとって生涯の心に傷となっているのは、自分がかぶった偽善者の仮面を誰からも責められないばかりに許してももらえないからだった。 映画では寄宿学校でのエピソードしかなかったけれど、それ以前の、片輪の鹿をせむしの弟の目の前で撃ち殺すあたりのジャックの心情の描写は心が悲鳴をあげそうになった。

自分と神だけが知っている罪の許しを求めて、ジャックは高熱の夢の中で弟に会いに行く。やっと許された罪。そして彼は今度は自分が収容所で仲間の捕虜達の代表のように処刑される事で、新たな種をヨノイ達の胸に捲いていく。 この穴埋めでジリジリと死んでいく場面はキリストが人々の罪を背負って十字架で死んで行く姿のようだ・・・・ 映画でもこのシーンは奇麗に撮られていた。バックには捕虜達の歌う「詩編23編」。大島監督が映画からキリスト教っぽい要素をはしょったのは、日本VS西洋の構図を解りやすくしたかったからだろうか・・・?

デヴィッド・シルビアンの歌詞は映画よりも、原作の本を読んで書いたのだろう事はすぐに解った。タイトルのForbidden Coloursがこの歌では「禁じられた色彩」になっていたけれど、実は他に有名なのが三島由紀夫氏の「禁色」も同じ英訳だ。そのせいか、やたらとホモセクシャルな色合いが取りざたされていたけれど、これはキリストに向かって祈っているような気がしてならない。 この歌詞の中のYouはキリストの事だと思って読むとすごくよく解る。出だしのWounds on your hands never seem to heal、この「あなたの手(複数)の傷」というのは、十字架にかけられて釘で打たれたキリストの両手の穴の事だとすぐに思った。この歌は、苦しんでもがいている中での祈りの歌だ。

デヴィッドの詞の感性は本当に素敵。JAPAN時代の歌にも、彼の心につきささるような歌詞が沢山ある。 そういえば、一般非売品の彼の歌詞集を2冊もっているけれど、これは私の宝物。映画の「戦場のメリークリスマス」はあれでうまくまとめてはあるけれど、本を読んでそれまでにないくらい心打たれた私としてはちょっと消化不良だった。でもあれはあれで一般的に高い評価で受け入れられたわけだから、まあ成功といっていいのでしょうね。なんといってもDavid(ボウイー)は一番かっこ良くノッテル時でしたしね〜〜。 あれをきっかけに、たけしさんも坂本さんも後々世界に認められるようになる訳だし・・・

でもひとつだけ、ちょっと残念だったのは、実はあのラストカットのたけしさんの笑顔の後には続きがあったのだという事。 あの最後の笑顔を見てローレンスは、ハラをしっかり抱きしめ、額にさようならのキスをして、戦争中の数々の不幸なでき事は個人のせいではないのだと言ってやりたい衝動にかられる。でもどうしてもそうしてやる事ができずにローレンスはそのまま長い道のりを帰っていく。けれど途中でどうしても、どうしても何かを言わなければならない気がして、夜明け前の道をまた刑務所まで猛スピードで取って返すのだ。でも戻った時には既にハラは処刑されてしまっていた。ローレンスはつぶやく「僕たちはいつも遅すぎなければいけないのだろうか・・・?

この最後のくだりが私はあって欲しかった気もするのだが、もしかしたらあのたけしさんアップの顔を撮った監督が、それ以後には何もいらないと決めたのかもしれない。


Forbidden colours=禁じられた色彩    David Sylvian


The wounds on your hands never seem to heal
             あなたの手のひらの傷は永遠に癒えることがない
I thought all I needed was to believe
      私は信じてさえいればいいのだと思っていた 
Here am I, a lifetime away from you
      いまここに、あなたから生涯を隔てて私はいる
The blood of christ, or the beat of my heart
      キリストの血、それとも心臓の鼓動か
My love wears forbidden colours
      私の愛は、罪の色を帯びてしまっている
My life believes
      この命が信じている
   
Senseless years thunder by
                         無意味な年月が矢のように過ぎ
Millions are willing to give their lives for you
      あなたの為に何百万もの人々が命をさしだす
Does nothing live on?
      永遠なるものは何も無いのか?

Learning to cope with feelings aroused in me
      自分の中にわき上がる感情を押さえようと
My hands in the soil, buried inside of myself
      土くれに両手をつっこんで胸の内を葬り去る 
My love wears forbidden colours
      この愛は禁じられた色を帯びる
My life believes in you once again
      この命はもう一度あなたを信じます

Ill go walking in circles
      自分のすぐ足下の地面すら確かめられずに
While doubting the very ground beneath me
      同じ場所をぐるぐると歩き回る
Trying to show unquestioning faith in everything
      すべてに偽りのない信仰を示そうとして

Here am i, a lifetime away from you
      生涯の距離を隔てて私はここにいる
The blood of christ, or a change of heart
      キリストの血なのか、改心なのか

My love wears forbidden colours
      私の愛は罪の色に染まる
My life believes
      この命が信じてる
My love wears forbidden colours
      この愛は禁じられた色を帯びる
My life believes in you once again
      私の命がもう一度あなたを信じるのです


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本当は先週観たのだけど、すぐに感想を書いてしまうのがなんだもったいなくて書けなかった「死神の精度」
里帰りの前に文庫本を実家に届けておいてもらったので、観る前に読むか、観てから読むか迷ったのだけれど、結局読み始めて途中で映画を観ることになった。

筧監督はこれが初めての長編物ということだけれど、「素敵な映画を撮ったなあ」というのが正直な感想。おしつけがましくない、とでもいえばいいのか・・・とてもあったかい映画だ。もちろん伊坂さんの原作が持つ世界がそうだからなのだろうけれど、その空気を壊さないようなやさしい温度のある映画になったと思う。

金城武さんは本当にいつも、「良い映画に出るなあ」と思わずにいられない。
彼が(もちろん最終的には事務所として決めているのだろうけれど)選んで出演した作品はどれも好きだ。この死神=千葉役は中でもハマり役と言って良い。こんな不思議な、空気のような存在感を出せる役者って他にいないんじゃないだろうか・・・ 金城さんは不思議な人だ。だからいろんな監督が彼を使いたがるのかもしれないね。あの不思議な温かい空気はどこから出てくるんだろう・・・?演じようとしても技術では出せないものなんだねきっと。

3つの話のつながりがとても良い。これは原作にはない繋がりなのだけれど、これがあるからこそこの映画が映画として魅力あるものになっている。 冒頭で10歳の少女に「おじさん、なんにも解ってないんだね」と言われた死神は、一度見送りにした藤木一恵と再会する事で、死に至るまでの人生についてちょっとだけ知ることができる。


この3話での千葉の表情がすごく良い。そして富司純子さんの演じる、愛する人達を失い続けながらも生きてきた一恵は、見事に1話での一恵とリンクしている。 死神の千葉と一恵との決定的な違いは、死神は何の感情も無くその日の気分で「実行」か「見送り」かを決められるけれど、誰かを愛する度にその人を失ってきた一恵は、愛する人を生きながらえさせるためには(「見送り」にする)自分の愛を断ち切らなければならなかったということ。それを聞いた時に、千葉は人間を少し理解する・・・その時の千葉の表情がすごく良い!。3話では思わず胸に熱いものがこみ上げてくる。

どうしても、小西真奈美さんと富司純子さんが前宣伝には取り上げられてしまったけれど、私は2話の光石研さんがすごく良いと思った。あんなにカッコ良い光石さんを観たのは初めてだ。何度かドラマとかで見かけていたけれど、あんなに良い味を出してるのは観たことがないのでびっくりした。藤田、カッコ良いです。

実はものすごいタイミングだったのだけど、先週初めてこの映画を観ようと思ってもう出かける支度をしていた時に、従兄から電話があり、伯母が亡くなったという知らせだった。 そんな知らせを聞いた直後にこの映画を観て、なんとその翌日から雨続きになってしまった・・・・ おかしなもんです。

原作本はあと3話ある。読んでいると、死神千葉はもう金城武さん以外に想像できない位ハマっている。 本のほうは、最終章だけ(死神と老婆)まだこれからだけれど、映画では最後に千葉が一恵に「実行」と「見送り」のどちらの判定をしたのかは出てこなかった。
2度目の一恵への判定は千葉はどちらにしたのだろう・・・?
もう思い残す事はない」と笑顔で言い切った一恵にふさわしいのは、死神の下す「実行」と寿命を全うする事のどちらなのだろうか。

この映画は死について問題提議をしているわけでも、なんらかの解釈を主張しているわけでもない。ただ静かに死神の目を通して私たちに何かを気付かせてくれる。だれにでも必ず訪れる最期の時・・・ ある時突然訪れる不慮の死、その時に死を迎えるに値する人生を生きたかどうかーー

やっぱり思う。一恵は自信なさげに、「こんなに長く生きてきてよかったんだろうか?」と千葉に聞いていたけれど、生きてきてよかったのだ、と。

生きていれば、こんな日もあるんですね。」そのとおりだ・・・・

 

 

 

 

もう10年以上も一度観てみたいと思っていた演劇集団キャラメル・ボックス
最初にこの劇団のことを耳にした頃は、まだ知る人ぞ知るといった感じだったのが、上川隆也さんがメジャーに売れ始めたのをきっかけにどんどん人気劇団になってしまった。

きみといた時間・ぼくのいく時間」すっごく楽しかった!

何度も思う、一番の基本「芝居を観た後に幸せな気持ちになる」・・・・味わわせてもらえました!
決して難しくなく、ちょっと非現実的なテーマを、見事に日常の感情で表現している本、劇団の皆さんは本当に鍛練されてる。 今回は客演ヒロインという事で参加していた西山繭子さんも、ゲストということを全く感じさせないくらいに溶け込んでいる。
ひとりひとりの登場人物がはっきりと解るキャラクターになっているので、スピードのある舞台の中でいろんな人が出てきても混乱がない。上川さんは本当に上手い役者さんだ。 あのスピードの中で、9年後、19年後、39年後という時間を暗転ひとつで飛び越える演技ができるというのは素晴らしい・・・・


たったひとりの愛する人を事故で亡くし、主人公は自分が研究開発に加わっていたタイムマシンに乗って過去に戻り、彼女が死んだ日の歴史を変えようとする。でもまだ研究途中のタイムマシンは、39年前にしか行くことができず、行ったら戻って来ることもできない。主人公は39年間、ひたすら運命の日がまたやって来るのを待ち続けるのだ。


人生を2度やりなおして、39年間待ち続ける・・・・ セリフは面白く、テンポもよく、沢山笑った後で、決してわざとらしく泣かせるような作りじゃないのに、終盤はあちこちからすすり泣きが劇場中に広がっていった。 人としての思いが伝わるから泣けるのだ。もう一度言うけど、上川さんは本当に巧いし声も良い。 声といえば劇団の皆さん全員が発声と滑舌が素晴らしい。訓練の賜物だと思う。既に幕が開いて一か月以上だけど、誰一人として崩れていない。これは集団としての大きな強みだ。

沢山笑った。 私は知らなかったのだけど、今回の公演がキャラメルボックス始まっていらい初の休憩入りだったそうだ。 前にビデオで観た公演でもスピーディーに飛ばしていたので、休憩無しとは気がつかなかった。
今日は開演直前にハプニングが・・・・ 関東周辺の方は気づいたと思うけれど、ちょうど7時頃に地震があった。今まさに開演するという時で、開演アナウンスの最中だった。


この開演前の場内アナウンスは「前説」といってキャラメルボックス公演の名物になっているらしい。毎回その日の時事ネタを取り込んだ生アナウンスで、観客に携帯電話の電源を切ってくださいとしつこくしつこくお願いする。
このアナウンスがユーモラスだからこそ、みんな笑いながら電話を確認し、気持ちよく芝居に集中することができるのだ。これはやっぱり劇団という集団の持つ、観客と役者たちとの楽しいつながりだ。


電源を切っていただいた方も、今一度ご確認ください。怖いのは油断と過信です・・」というアナウンスの最中に場内が揺れ始めた。大きくはないけどけっこう長い揺れだったよね。地震が来ると、どれくらいかな・・・とちょっと様子を見て身構える。その数秒を縫ってアナウンスは続く。


「皆様どうぞ落ち着いて、お席に留まってください。当劇場は大変頑丈に創られています。照明が落ちたり、天井が崩れたり、上から誰かが降ってくるというような事はございません、、」


この臨機応変な前説はカーテンコールとリンクしているのも特徴なのだそうだ。これも私は知らなかった。私も劇団公演の前後アナウンスを生でやったりしたことがあったけれど、こんなにウィットで楽しい芝居へのイントロは、始まる前から楽しくなる。 終演後には、上川さんが、「え〜、休憩時間に調べた方もいらっしゃるかと思いますが、、」とさっきの地震情報を提供してくれた。震度3、、思った通りだ。

楽しい芝居を観た後はほんとにしあわせな気分になれる。素敵な舞台だった。 久し振りにサンシャイン劇場に行ったのも感慨深い。むか〜し昔に公演で使ったサンシャイン。劇場ロビー奥と、2階席に上がる階段のギャラリーに、過去の劇場での上演作品の写真が飾ってある。席が2階席の最前列だったので、階段を昇りながらそれらの写真もゆっくり見てきた。あれ観た、これも・・なんて思いながら、すごく懐かしくて、そんな昔の公演写真を飾ってくれてるサンシャイン劇場さんに感謝したりして。
そして終演後、ロビー奥のギャラリーに、懐かしい私たちの公演写真を発見!! これは感激だった。サンシャインさんありがとう!もうむか〜しのことなのに・・・私たちがここにいた足跡が残っているなんて。


今回は2週間のうち、最初から飛ばしている。 おととい観た映画の「明日への遺言」はとてもよかった。ドラマの東京大空襲のあまりのこけ振りがにショックだったので、もう戦争ものは観るのはよそうかとも思ったのだけれど、そこはやっぱり小泉監督、レビューも良かったので見に行ったら、やっぱり良い映画に仕上がってた。 藤田まことさんは、以前は好きな役者さんではなかったのだけれど、とても自然で説得力のある演技をしていて流石だ。裁判の進行を一気に見せてから後半で、岡田中将の人となりをつづっていくあたりの構成も良い。

賛否両論耳にしていた竹野内豊さんの力の入ったナレーションは、あきらかに監督の意図じゃないかと思う。ちょっと昭和っぽい淡々としたしゃべり方で、少し怒りをこめて声を大にしている。あれがさあ泣いてくださいみたいなナレーションだったら、あの映画は成立しないと思った。少なくとも、映画のナレーションで彼は竹野内豊をちゃんと消している 演じる役ではなかったけれど、映画の趣旨を伝える役割をしっかり果たしていたと私は思う。とても良い映画に仕上がっていて、安心した。


それにしても、、、そっくりすぎる・・・検察側のベネットを演じたフレッド・マックイーンさん。スティーブ・マックイーン氏に瓜二つじゃあありませんか・・・!!! 息子ってホント・・・??

 

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日本、寒いね〜〜!

ジャケットは持ってこない事にしたので、ちょっと寒いよ、、、成田に着いたのは朝の8時過ぎだったので、着陸時の機長のアナウンスで「気温は6度」って聞こえたときは聞き間違えたかと思ったくらい・・・まあ、日中はカーディガンを羽織ってしのぎました。桜が満開でうれしい!着陸前に富士山も見えたし、出だしは上々

今回は満席で、春休み旅行の時期とあって乗客は99%日本人だった!

機内映画で観たのは「CONTOROL=コントロール」と「SLEUTH=スルース」の2本。どっちも観たいと思いつつイギリスでの公開時に見逃して、DVD待ちしていた映画だ。

どちらも派手さはないけれど、私の好きな映画だ。

コントロール」のほうは、実際に自殺してしまったイギリスのバンド、JOY  DIVISIONのボーカリスト、イアン・カーティスの話だ。JOY DIVISIONと聞いてもピンとこない人でも、80年代のバンド、NEW ORDERのほうが名前を覚えている人はいるかもしれない。でもこのニュー・オーダーはイアンの死後に残りのメンバーが続行したバンドなのだ。

とても孤独で寂しい・・・・ 愛し合って結婚した妻、自分がやりたかった音楽、バンドの成功、、でも彼の姿はスターになりつつあるバンドのボーカリストというイメージからは程遠く、持病に悩み、女性関係を断ち切れず、苦悩し続ける。歌から聞こえてくる孤独感や絶望は本人の心の叫びだったのだ。決して大げさでなく、静かに淡々と、それでいて現実的な描写で描かれてるのが良い。私はこういう地味だけど心に入ってくるイギリス映画が好きだ。イギリス映画には時々こういう良質の小作品がある。なんといっても主役のSAM RILEYは実際のイアン・カーティスにそっくりなのだ・・・!

 

「スルース」のほうは、またちょっと毛色が違う。 これは昔、ローレンス・オリビエとマイケル・ケインがやった映画を今度はオリビエのやった役をマイケルが演じて、若手の役をジュード・ロウがやっている。 このオリジナル版は今もイギリス映画の傑作として評価されているので、このリバイバルにも期待がかかったのだが、イギリスではコケしまった・・・・ でもこれは、私が思うによくあるイギリスの典型的な評価の仕方で、(はじめからこれ以上にはならないと決めつけて、実際に低い点しかあげない)個人的にはすごく面白かった。

まず2人の俳優だ。がっちり4つに組んで熱い火花が散っている。マイケルの方は年齢にともなう大人の余裕と同時に老人のような弱さを見せ、ジュードは、ちょっとびっくりの見事な変身演技だった。 この映画を見て、来年の彼のハムレットの舞台がとても楽しみになってきた。 ケネス・ブラナーの監督としての撮り方も面白いと思った絵が随所にあり、私はすごく楽しめた。 これは舞台向けの芝居だ。ハロルド・ピンターの脚本もうまくできているし、この二人の俳優だったら、映画よりも舞台で観てみたい!

 

どちらの映画も日本で現在上映中という事がわかった。お勧めです!

 


「死神の精度」が公開前という事で、あちこちにインタビュー記事や試写会の感想が出てる。 同時に藤原竜也君の「身毒丸」もいよいよ埼芸での最終公演に入って、あれこれと情報が耳に届く。復活と銘打って2月のワシントンからやってる事を考えると、けっこうな長丁場だ。死神・・」は、若い監督の長編デビュー作という事や、原作との比較とかいろいろな意見があるみたいだけど、監督や金城さんのインタビューでの言葉でちょっと考えた。

主演の金城武さんは、現場であれこれとアイデアを出しては、いろんなシーンで違う事を試しながら創っていったという話。 彼自身、「僕は現場であれこれやって、ちょっと台詞も変えたりしてその場で創っていくという映画の撮り方でやってきた。日本のやり方とは違うかもしれないし、失礼なのかもしれないけど、そういうやり方でずっとやってきたので、その中で良いものを出していけたらいい」みたいな事を言っていた。今さら「失礼かもしれないけど・・・」とことわりを入れるあたり、まだ日本での仕事に慣れていなかった頃に、そういうやり方を批判されたり、反発されたりした事があるのかもしれない。(ってか、絶対あったんだろーな〜と想像できる

でも逆に舞台を創る時にはそれが普通だ。稽古場は、演出家と役者みんながアイデアを持ち寄って試すために集まる場所。毎日稽古の度にあれこれとやってみては、採用もあれば却下もある。 アイデアを持たずに稽古場に来るなんぞもってのほかだった。 舞台と映画の大きな違い・・・それは、映画は最終的に完成された作品であり、舞台には決して完成という事はあり得ないのだ。映画はであり、舞台は空間この違いは役者の演じ方の大きな違いでもある。絵にする為の演技と空間を埋める演技はまったく違う。

もちろん舞台だって、最終的には舞台の上に絵を創るのだけれど、1冊の台本に書かれた文字を肉付けして舞台空間に置くには無限の可能性と解釈があり、また現実的に生の舞台で可能なセットや仕掛けの中で創るという制限がある。 映画の監督さんっていうのは、もう頭の中にはじめからがあって、その絵をいかに現実にするかーという事に時間と労力を費やす。 役者に対しても、動きのひとつひとつを細かく演技指導するタイプの人は多いようだ。実際に「こういう風にやってください」と自分で演じてみせる監督さんもいらっしゃるし、撮影が終ってからは、切ったりはったりの編集作業で監督の理想の絵を作りあげて、映画は完成というゴールをみる。

舞台は、稽古で創りあげたものを本番でキープしていくというのが最も難かしい。 稽古中に何をやっても演出家の気に入らなくて、そのうちアイデアも出てこなくなって、アップアップしながら無駄な事を毎日繰り返してしまう辛さは役者にとっては本当に苦しいのだけど、まだ自分で良し悪しの判断がつく。 でも本番が開いてからの評価というのはもっと判らない。自分では調子が良いと思っていたら、終演後に思いっきりダメをくらったり、今日はダメだったかな、、と思うと回りからお褒めの言葉をもらったりするものだ。 自分では芝居を変えていないと思っても、やっぱり舞台は生き物で、全く同じ芝居を全員ができる事なんて無い。舞台は、その日の自分の体調でも、共演者の気分でも、スタッフの機嫌でも、お客さんの反応でも、さらに演出家がソデにいるかどうかでも変わってしまうというモロイものだからだ。

本番になって舞台で稽古をするな。稽古場ですべてのアイデアを出し切れ」とは言われたけれど、やっぱり同じ舞台をキープするって大変だ。日本と違ってWest Endでのロングラン公演は、評判が良ければ何年も続く。役者も契約によって1年くらいで変わっていくけれど、客席から観た舞台の仕上がりを変えずに続けるというのは、本当にすごいプロの仕事だ。絶対に「完成」する事のない舞台での芝居、、、それをひたすら繰り返す。 何年経ってもどこででも、安心して同じ完成作品を観る事のできる映画と比べて、観る時の緊張感が違う。

この一球は絶対無二の一球なり、されば心身を挙げて一打すべし と言ったテニスの選手はどなただったか、、、テニスに限らず、「完成」がないものすべてに言える言葉だ。

日本に行ったら観たい映画や舞台が待ってる。 安心して鑑賞できる映画と、劇場内の空気の動きにちょっと緊張しながらみる舞台・・・・どっちも楽しみだ(でも私的には、やっぱり舞台だなあ〜)


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そういえば、藤原竜也君が久しぶりにドラマをやったんだ、と思い出した。東京大空襲」で2夜連続っていってたから、てっきり今日、明日あたりかと思っていたら来週だそうで・・

広島・長崎の原爆投下や、沖縄のひめゆり部隊は今までにも多くの形で映画やドラマ化されてきた。でも3月10日の東京大空襲を扱った企画は考えてみたら少なかったんじゃないだろうか。東京の3分の一を焼け野原にした大空爆。 米軍機は初めに火の手で逃げ道を塞ぐように周囲に焼夷弾を落とした後で、300機にも及ぶB29が集中爆撃を行ったという。 10万人以上の一般市民が亡くなったのだから、本来なら指揮官は戦争裁判ものだ。それなのに、この指揮官は後に日本の自衛隊発足に関して貢献したとかで、勲一等旭日章を受けたというのだから驚ろきだ・・・・

どうも戦争の話になると私は居心地が悪いっていうか、納得できないものが込み上げて気分が悪い。 戦後の日本で、「世界に平和を、戦争の悲劇を2度と繰り返さないように」とインプットされて育った世代なわけだけれど、なんか、うまく丸め込まれて育てられたような気分の悪さだ。これはやっぱり日本にいた間には気が付かなかった。日本における戦争っていうと、悲劇、涙、無念、、、そんなパターンばかりで、主張がないように感じるのは何故だろう、、、 所詮負けた側には主張など存在しない、という事なんだろうか?? 原爆を2度も落とされて敗戦した後しっかりアメリカのお世話になって、高度成長期を経て先進国のひとつとして復興した日本だけれど、こっちに来てから英語学校で戦争についての討論をした時に、「お前達はバカじゃないか?なんだってあんな負け方の後でアメリカの腰巾着になれるんだ?」とはっきり言われた事もある。9・11のテロが起こった時も、「あのテロは、原爆後の日本がやったのなら納得できる」とも言われた。

小泉堯史監督の「明日への遺言」が公開されている。 岡田中将のストーリーがどんな映画になっているのかとても興味がある。立場が逆なら、無差別爆撃を行った敵兵を処刑したのだから英雄のはずだ・・・もし来月まだどこかで上映されていたら是非観たいと思っている。

この東京大空襲の際の話で、昔おばあちゃんに聞いた話がある。私は小学生の頃だ。

私の父は江戸っ子3代目で、祖父母はずっと深川に住んでいた。おばあちゃんは江戸っ子によく言われる、の発音が区別できない江戸弁女性で、口調も〜するかい?とキップが良かった。出かける仕度をする祖母に

私  おばあちゃん、どこ行くの?
祖母  Sh-B-ya
私  ・・・し、ぶ、や?(渋谷)
祖母  Sh-B-ya
私  え、、?ひ、び、や?(日比谷)
祖母 Sh-B-ya
私  おばあちゃん、どっち?!
祖母 、、Sh-B-ya

といった具合で、子供の私には結局判らなかったりしたものだ(ま、今考えれば、あの年代の女性が着物で出かけるのだから、渋谷じゃなくて、国立劇場なんかがあって銀座にも近い日比谷だったのだろうとは理解できるけど) 祖父母の所へ遊びに行くとよくお寿司を取ってくれるのが楽しみだったので、「お腹すいただろ?おしる食べるかい?」と言われて、「、、、今日のお昼は汁物なのか・・?」とがっかりしかけた事も・・・

大空襲という阿鼻叫喚地獄の出来事なのに、なんでそんな話をしてくれたのかは判らない。多分子供相手だったからだろうけど・・・・

空襲で逃げまどうハメになったのは真夜中で、ほんとうに外は寒いし暗いし、それでいて火の手があちこちに上がっていて、とても普通の火事のように家から物を運び出せる状態じゃなかったそうだ。 それでも人間っていうのは、何かを守ろうとしてしまうものらしい。お向かいの家の人が、江戸時代から家に伝わる昔の小判やら由緒ある紋の入ったなんたらやら、とにかく家にあるお宝を一式にまとめて横を流れる川(横十間川)に投げ込んだのだそうだ。 四方を炎に巻かれた人々はその後どんどん川に飛び込む事になり、深川地区を取り巻くようにいくつもに別れて流れる川という川は、生きているのか死んでいるのかわからない人間達の身体で埋まったという。

お宝を川に投げた家のご主人はこの空襲で亡くなったのだそうだけど、その時一緒に行動していた近所の人がその事を覚えていて、大分後になってから、その家ゆかりの人達と川底をさらってみたのだそうだ。 でも結局見つからなかったのだとか。 川で亡くなった人の数は膨大で、その遺体を上げる作業がかなりあったはずだし、川の流れで東京湾に押し流されていってしまったかもしれない。 でもおばあちゃん曰く、「絶対どこかにあるはずだよ。」
この話は、当時明智小五郎怪盗ルパンにハマっていた私には「おお〜〜、宝探しができるかも、、」と思うに充分なインパクトがあった。一緒に話を聞いた従兄弟達と、「ちゃんと探せば1発千金かもしれないよ」と不謹慎な相談をしてしまったりして、、、

考えてみたら、関東大震災も、大空襲を含む2つの世界大戦も生き抜いた祖父母達・・・・ 2人とも逝ってしまった今になって、もっといろんな話を聞いてみたかったな、と思う。それとも、いまさら昔の惨事については語りたくもなかったのだろうか・・・? この63年であまりにも世の中が平和に変わり過ぎてしまったために、もう記憶も薄れてしまっていただろうか? あまりにも無惨な現実は過去に封印してしまっていたのだろうか?

粋でチャキチャキしたおばあちゃん達の人生には、大正時代から、皆が携帯電話を持って小学生がコンピューターを使いこなす現代までの、歴史という大きな時間があったのだ。私の人生はそれと比べたら幸せな事に平和だ。

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今年に入って3回目の日曜朝一映画鑑賞「My blueberry Nights=マイ・ブルーベリー・ナイツ」です。・・・・今日は11時からだったよ、、、なんだか映画レビューが多くなってきたなあ〜〜 っていうか、ここの所続いてるもので・・・

imagesウォン・カーワイ監督の最新作は、初の英語版で舞台もアメリカだけれど、なんだかやっぱり監督らしい色調だ。 この作品はとても解り易い。2046みたいに、あっちこっちに話が飛んだりする事なく、はじめから終わりまでストーリーとしてつながっている。ネオンやカフェ/バーの店内といった場面の色使いがカーワイ監督っぽくて、なんだか懐かしくなる色調だ。

主演がNorah JonesJude Lawって銘打ってるけれど、この2人でストーリーが成り立っているというわけではない。 というよりこれは、この2人が数日だけ知り合った冒頭部分から、1年後に再び会ってお互いを本当に好きになる為の2人に必要だった時間を描いたものだ。 

恋人に裏切られたエリサベスはカフェを経営するイギリス人のジェレミーと出会う。でもこの時点では、2人ともまだ恋に落ちる準備はできていない。 失恋の痛手を追った彼女は旅に出て、昼夜働きながらいろんな人と出会って少しだけ変わっていく。彼はニューヨークの片隅でカフェを営みながら、彼女の所在をあれこれと探すけれど、自分はその場を動かずに待っている。 毎日が同じようでいても、カフェにはいろんな人が来ていろんな事が起こるうちに、彼もまた少しだけ変わっていく。そして最期にこの2人は、今度はきっと恋人同士になる為にもう一度このカフェで再会する。

その間のストーリーを埋めているのは他の役者達だ。この人たちが皆さん良い。 特にアルコール依存症の警官と別居中の妻の部分はとてもパワフルだ。この2人の演技は素晴しいもんがあります!(Rachel WeiszとDaved Strathairn)私はジュードとノーラ以外の出演者に関しては何も知らずに行ったのだけれど、演技素人のノーラは大した芝居はしなくても良いようにできている。 監督が彼女を起用したのは正解だ。彼女はストーリーの中では受け手だからだ。回りで起こる事、回りの人を観ていろんな事を吸収していく役割なのだ。すごく自然で飾らず、イノセントな役柄で、それが彼女の持つ素直な魅力と一致する。 感情表現の激しい芝居は回りの役者達がちゃんとやってくれているのだ。

Natalie Portmanが出て来た時に、「ああ、どこで観た人だっけ、、?」と思ったきり思い出せずに、最期のクレジットを観て、やっとCloserでもJudeと共演していたNatarieだったと思い出す。 実はCloserという映画、途中でDVDがフリーズしてしまって最期まで観る事ができなかった。(うちの彼が友達から借りたDVDだった)なんとなく見始めて、面白いな!思ったのに最期まで観られなかったので、また借りてこようかな。このCloserでのジュード・ロウの演技が、すごく良いな〜と思って観てたのだけれど、今回のMy Blueberry Nightsでもすごくあったかい芝居をしている。この人がここにいるなら、またここに戻って来よう」と自然に思わせてくれるような広さがある。 内面的にはいろんな感情で走り回っているのに居場所を変えずにいる・・・このキャラクターが「鍵の集まる場所=戻れる場所」の象徴なのかな、、?

説明的な台詞が最低限なのは、やっぱりカーワイ監督だからか・・・?でも最低限の台詞の中で、ちゃんと背景が解るようになっているあたりはすごく上手い。 余計な台詞が無い代わり、背景を裏付けた芝居を役者達がちゃんとやってくれている。 ふっと登場した女が一言ジェレミーに話しかけたアクセントの訛りで、彼が言っていたロシア人の元カノだと1発で解らせるあたりは流石だ・・・ ちょっと細かい所で気が付いたのは、彼女の名前はエリザベスなのだけど、行く先々の職場(カフェやバーといった、ウェイトレスの仕事)で付けている名札が、Lizie, Beth, Betty、と変わっているところ。どれもElizabethの愛称には違いないけれど・・・・

疑問に思ったのが年齢指定だ。この映画は12A(12歳以上で大人=Adult同伴)になっている。 Sweeney Toddの時には、血だらけの残忍なシーンはあるけど、15指定でも良いんじゃないかと思ったけど、今度は逆の意味で15指定の方が良いんじゃないかと思った。 普通はバイオレンスやSexシーンといった視覚的な部分だけでなく、ストーリーの内容やプロットなんかも査定基準になってるはずだ。この映画では、登場人物の感情面を理解するには12-3ではちょっと無理じゃないかな。ロマンチックなようでいて、とっても大人の話だ。

アイスクリームを添えたブルーベリーパイが食べたくなる! 画面一杯のドアップで、アイスクリームが熱々のパイに溶けてからまっていく様が映し出されたら、甘い物嫌いの私でも思わず「たまには食べたいな〜」と思わずにいられない・・・! 帰りに近くのスーパーに寄った際、丁度お昼だし、、という事でコーヒーと一緒に頂くブルーベリーマフィンを買ってしまいましたとさ・・・

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頼んでおいた「投名状」のDVDがやっと届いた。 発売日は2月4日だったのに、やっぱり注文過多で入荷が遅れていたそうだ。アジア圏のDVDを扱ってるサイトはどこも売り上げランクトップになってる・・!

で、投名状です・・・・なる程、、良いね〜!

・・・て、それだけか〜〜!?ってカンジですが、、、 まず、戦闘シーンのリアリティーは凄いです。 群衆の使い方も良いし、リアリスティックな迫力で描かれてる。主役3人のバランスはうまく均等に取れていて、おそらく監督はこのバランスにものすごく気を使ったのだろう。

ストーリーは解り易い。生きるも死ぬも共に、互いを最期まで裏切る事なく、と義兄弟の誓いを立てた3人が、長引く戦闘生活の中で少しずつ価値感がずれ始め、義兄弟の妻を奪い取ろうとするあたりから一気に誓いは崩れていく。 主演3人の演技はとても良い。それぞれの思い入れの違いを3俳優ともきっちり表現していて、説得力がある。ピーター・チャンさんは感情表現を画面に出すのが上手い監督だ。全ての役の心情に納得できる。

只、、、その感情面で、ちょっと幅が足りないようなカンジもする。 愛憎の幅といっても良いかもしれない。何ていうか、皆が良い人なんだよね〜それがちょっと解せない。私としては、ジェット・リー氏の演じた龐青雲がもちょっと悪い奴の方が面白かったと思う。 野心と欲の為に義兄弟を裏切るーという設定のほうが、金城さん演じる姜午陽が彼を刺す理由が生きてきたんじゃないだろうか。 青雲が悪い奴ではないからこそ、殺す理由が「投名状の誓いを破ったから」という所にしがみついているのは、ちょっと弱いかなと思った・・・・でも、これまたそこが監督の意図なんだとは思うけど。

最期まで投名状を信じていた姜午陽が、「誓いを破ったら死ななくちゃいけないんだ!」と泣いて繰り返しながら龐青雲に向かっていく場面は、子供が大人のずるさを責めているような純粋さがある。これはチャン監督が金城武をこの役に起用した一番の見せ場だと思う。憎しみではなく、裏切りを許さない午陽のBig brotherへの精いっぱいの制裁だ。

アンディー・ラウさんの趙二虎は良い役だなあ〜。無骨で粗野なんだけど、山賊の長としての魅力がある。趙二虎が、妻と龐青雲の関係を知らないまま死んで行くのは悲しいものがあった。 この雨の暗殺シーンでの、ジェット・リーのテーブルでの一人演技はもっと愛憎が入り乱れてても良かったんだけど・・・やっぱりもっとやな奴の方がスッキリいったんじゃないかしらね。

蓮生と龐青雲の関係もなんだか感情面でちょっと足りない気がした。 夫の所から何度も逃げ出してはまた戻って来るー、っていう無力な女の心の揺れがいまいち弱い。 龐青雲に対してどんな気持ちで不倫するのかが解りにくい。夫には拾ってもらったようなもので、特に好きで結婚したわけじゃなかったのかもしれない。 でも「仕方がない」とあきらめる事に慣れてしまっていた女が今度は本当に恋に墜ちたのか、それとも、これまた夫よりも出世しそうな勢いの男に強引にひっぱられて、成り行きに身をまかせたのか・・・いまひとつはっきり見て取れなかった。 そういえば、ジェットさんのラブシーン(ベッドシーン)がなかなかうまくいかなくて・・・とかって話が事前に出ていたけど、

そんなシーンあったっけ??!

もしかして、、あのシーンの事?あれがあ〜?・・・ あれが「恥かしがってうまくできなかった」シーンなの〜〜?! おいおい・・・しっかりしてくれよ〜〜ジェット兄さーん

戦闘シーンも細かくリアルに描かれてるし、感情表現もすごく良い。日本の戦国時代ものとも共通する部分があって、日本人には解り易く観られる映画だ。 でも何故だろう、、?今ひとつ、空気っていうか、スケールっていうか、、広がりきってないように思った。壮大さに欠けるって言えば良いのかな。

カメラのフレームにスペクタクルな場面が広がってるんだけど、奥行きを感じないっていえば良いのかなあ〜。 監督がわざと意図したセピア系のモノトーン調のせいかもしれないし、画面に太陽の明るさが全くといって良い程出て来ないせいかもしれない。 色調を狭くすると、どうしても空気感が小さくなる。閉じこもった世界のような雰囲気だ。この前観た、Sweeney Toddみたいな映画だとそれがすごくうまく生きるんだけど、この投名状では、逆にスケールダウンになってしまったかも。(いや、監督の意図に文句をつけるわけじゃありませんけど)画面に奥行きが感じられないんだ・・・・

欧米向きとは言えないかもしれないなあ〜・・・? 義理人情ってやつは、東洋特有のものじゃないのかしらね・・・?西欧的にはもっと宗教がかったもののほうが理解され易いかも。そういえば、映画の中で十字架が出て来る。姜午陽が「敵から取ったんだ」と義姉の蓮生にあげたものだ。あと、歴史によると龐青雲のモデル、馬新貽はイスラム教徒だったそうだ。

う〜ん、、、やっぱりね、これは映画館の大スクリーンで観るべき映画かもしれないね。 DVDだともったいない。もしかしたら、映画館で観ると全然違って見えるのかも・・・・そんな印象の残る映画だ。そして、監督の主役3人に対する愛情がとても伝わってくる・・・

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