見つけもの @ そこかしこ

ちょっと見つけて嬉しい事、そこら辺にあって感動したもの、大好きなもの、沢山あるよね。

カテゴリ: 音楽


なんだか週末からもう何度も同じ歌を耳にしている。お店に入ってもラジオからもあっちこっちで「ハレルヤ=Hallelujah」だらけなのだ・・・
何が起こっているかというと、土曜日の夜にホントにホントのファイナルが行われて優勝者が決まったオーディション番組のX-Factor

この12週間をかけて、毎週見慣れた顔が一人ずつ姿を消し、最終日に残っていたのは女性ソロのAlexandra Burke(アレキサンドラ・バーク)と16歳のEughan Quigg(オーエン・クイッグ)、そして初のグループでのファイナリストだったJLSの3組。最終日のお題はクリスマスという事で、クリスマスにちなんだ曲を数曲ずつ披露した時点で、3組から2組に絞られ、オーエンが去った。

最終対決はアレキサンドラとJLSが同じ曲を歌って競う一騎打ちだ。このファイナルソングがHallelujahだった。最終バトルで歌ったものがその場で録音され、後の視聴者投票で勝者が決まると同時にCDとしてのプロダクション開始、水曜日には全国のCDショッップに並ぶーという段取りだ。つまりこの決勝での歌唱がそのままデビューシングルになる。このファイナルを制したのがアレキサンドラ


個人的に好きだった人は他にもいたけど、彼女は初めからず〜っと安定していた。今すぐプロのシンガーとしてどんな歌でも歌いこなせる歌唱力と、売り出すのに必要な容姿を持っていた。(ところで、私はデビューするなら名字のBurkeを切り捨てて、単にAlexandraのほうが良いんじゃないかと思うんですけどね〜)

このX-factorの特徴は、モノになりそうな人を見つけて育てるというのではなく、優勝=デビューと、即プロとして売れる人材に機会を与える事だ。その為に必要な厳しい訓練をこの春からずっとこなしてきたファイナリスト達のレベルは高い。何でもありの中から光り物を見出すBritain's got talent とは少し違う。毎週、視聴者投票結果で最下位の2人が生き残り歌合戦をして、どちらか一人が落とされていく中で、アレキサンドラは一度もこの生き残りにひっかかった事が無かった。それだけ毎回確実に高い支持を得ていたという事だ。

私も最終3組になった時点で、この中でなら彼女が勝たなきゃおかしいとさえ思っていた。とてもソウルフルなシンガーだ。実は彼女はこのX-Factorに挑戦するのは2度目だった。3年前にトライした時は早い時点で落とされてしまったのだけれど、この3年間ひたすら夢をあきらめずに努力してきたのだ。そしてとうとう掴んだデビュー。

奇しくも、Britain's Got Talentの方の今年の優勝者、ジョージ・サンプソンもリベンジ組だった。去年に続いて再挑戦しての優勝だった。あれ、、そういえば彼のお披露目、Royal Variety Performanceはいつだっけ・・・?どちらの勝者も観ている人に「夢をあきらめない」勇気を与えたはず。あきらめなければかなうというもでは決してないけれど、あきらめたら永久に夢はかなわないーという事だよね。

アレキサンドラのハレルヤは、CD発売前にダウンロードと予約で既に最短セールス記録を打ち立てそうだとか。このままクリスマスNO1になるんだろうなあ〜〜
メロディーがすっかり耳についてしまった。

Ha~llelu~~jah~~, Ha~llelu~~jah~~




今年も大詰めになってきたオーディション番組のX-factor.
2年前の2006年にはLeona Lewisを生み出し、彼女はあっという間に国内のスターダムに昇りつめただけでなく、アメリカでもヒットチャートの1位になるという快挙を遂げた。(イギリス人の女性アーティストがアメリカで1位になったのは、1987年のキム・ワイルド以来20年振り)

今年もいよいよファイナルに向けてのカウントダウンが始まっている。ライヴ・ファイナルが始まって7週目、12人いたファイナリストはとうとう5人になった。ここまでくると、もう本当に誰が勝ってもおかしくないレベルなので「絶対この人」とはいえないけれど、私と彼の一番のお気に入りはこの子!17才のDiana Vickers


これはライヴ2週目の時の彼女だけれど、うちの彼はこれ一発で、以来彼女をMy girlと呼んでいる。あどけない少女のような夢見がちな目をしている彼女には、まだ未完成だけれど、自分の中から出したいと思ってるものがいっぱいいっぱいあって、それを表現する術を探しているような・・・彼女の声はsomething specialだ。「彼女をもっと観たい」と思ってしまう。

舞台裏での彼女はとてもとてもナーバスな人で、いつも緊張で歌う前には楽屋で泣き出してしまうそうだ。(X Factorはそれぞれの出場者の人となりを追って、ファイナルまでの合宿生活の様子なんかも裏番組で紹介している)でもダイアナが歌うと、それがいつも彼女独自の世界になってしまって元歌が誰のものでも彼女の歌になってしまう。特異なアーティストになる可能性を持った17歳だ。こういう子が大好きなのは私も同じ。彼と二人で応援している。

彼女の他に残っているファイナリスト達も、みんな個性があって、本当にだれが優勝してもおかしくない。14才のEoghan Quigg(オーエン・クイッグと読む)という男の子も素晴らしいものを持ってる。とても14とは思えないマチュリティーで、毎週危険なくらいのビッグな歌に挑戦しては必ず打破している。クリップはこちらで

残りはあと3週。誰が勝つのか・・・?!今すぐデビューしてルックス的にもそこそこ売れるだろうというタイプの人もいれば、ダイアナやオーエンのようにこれから磨けるアーティストもいるし、クループで残ってるのが一組。毎週誰かが落とされていくのは本当に残念だけど、最終勝者は1人しかいないのだから仕方がない。視聴者投票で決まるので、好き嫌いが分かれるタイプは不利になってしまう。

毎週テーマがあって、マイケル・ジャクソンだったり、ディスコミュージックだったりビートルズだったり・・・昨夜はTake Thatの週だった。ダイアナが歌ったのはPatience。これも元歌が判らないくらい彼女の世界になっていた・・・



10年程前、BBCテレビが突然27人ものアーティスト達を集めて、Lou Reed(元ヴェルヴェット・アンダーグラウンドのルー・リード)の名曲「Perfect Day」を1節ずつ交代で歌っていくというスペシャルヴァージョンを作って視聴者を驚かせた事がある。

参加アーティストはLou Reedを始め、David Bowie、Bono(U2), Elton john, Tom Jones , Boyzone, Suzannne Vega, Joan Armatrading, Laurie Anderson, Brett Anderson(Suede)等のポップミュージシャンから、オペラシンガーやBBCシンフォニーオーケストラまで・・・。ただ一人ずつ順に1節ずつ入れて行くだけなのだけど、Perfect Dayの穏やかな曲にこんなにも多才な顔触れが次々出てくるので、初めて観た時は「何事か・・?」と思った。


BBC及びBBC2の番組の変わり目に繰り返し入れられ、映画館でもトレイラーの合間に映された。 曲の最期に「皆さんの支えに対しての少しばかりのお返しです」みたいなメッセージが入っていた。

BBCは日本のNHKと同様コマーシャル無しの為、番組は私達の支払う視聴料で制作される。 このTV License Feeの取り立てはかなり厳しい。世帯ごとではなくテレビ1台につき課せられる。だから2階と1階の部屋にそれぞれテレビがある家は2台分支払わなくてはいけない。「うちにはテレビはありません!」と主張して支払っていない家に対しては、高性能の探知機を載せた車がある日こっそりやって来て、通りからでもその家にテレビがあるかどうかを見破ってしまう。視聴料を踏み倒す人は犯罪者です!」といった広告があちこちに出回り、TVアドでは「こんな事で犯罪歴を作りたいのか・・?」と言わんばかり。

だからこのPerfect Dayが公開された時は、「視聴料の無駄遣いだ!」という批判も出た。私も「まさか取り立てた視聴料でこんな豪華な顔ぶれのアーティスト達にギャラをバラ撒いたんじゃないでしょうね〜〜?」と最初はいぶかった。お金あまってるんなら、視聴料下げてよ」と言いたいのと、でも出来上がった4分程のビデオもまた観たいし・・・と困惑した。

結局参加したアーティスト達は£250(約5万円)相当のヴァウチャーをもらっただけだという事が判明。(それでも150万くらいになるけどさ、、)BBCから皆さんへのありがとうプロモーションという事で次には曲の問い合わせが殺到し、後日、BBCがいつも手がけている子供達の為のチャリティー(Children in need)への寄付を名目に正式にCDがリリースされた。

イギリスというのはチャリティーがすごく盛んな国だ。関心度も参加度も日本では考えられないくらい街中にチャリティーが氾濫している。 小さな善意で助けられる事は確かに多い。でも多すぎるといつも助けてる人といつもいつも恵んでもらってる人との差がどんどん大きくなるんだけどね・・・・・


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霧

昨日の朝は最初の霧が出た。 これがでると秋がやってくる。最近そろそろだなっていう匂いがしてたし、ここ数日朝晩と昼間の気温差が大きくなってたからね・・・
今週末はお天気は良くて快晴!

さてと、、また「ようつべの旅」(YouTube)に出てしまった・・・・ ほんとにこの旅は行き先が解らない。そして帰って来るのも難しいようなさすらい旅になってしまう。 あちらこちらとはまさにこの事。最初は一応目的を持って検索するんだけど、メイン動画のページにあるRelated Videosが磁石を狂わせてしまうのよね、、、

昨日は70年代ロックの旅になってしまった。大好きなLed ZeppelinDeep PurpleEmerson Lake&Palmerもリアルタイムには私は若すぎて、ライヴは観られなかった。 それが今やようつべの魔法にかかると貴重なデビューライブとかまで観る事ができる。私のアーティストNO1Daved Bowieのジギーの頃の来日インタビューとかね・・・

今回はZeppelinとELPを旅してしまった。Zepは去年再結成して(もちろん亡くなったドラムのボンゾはいないけど)ツアーもやったから、なんと最近のロバートやジミーのインビュー番組がいくつかあって、そういえば生で話してる彼らを初めて見た。 ジミー・ペイジはちなみに北京オリンピックの閉会式で次のロンドンへのハンドオーバーパフォーマンスでギターを披露したから、あれで「だあれ?このおじさん・・?」って思った人も多いはず。

そしてELP••! やっぱり好きだあ〜〜! 高校の時、聴きまくってた「恐怖の頭脳改革=Brain Salad Surgery」・・・タルカストリロジー、この3人はホントにそれぞれのテクニックのレベルが高い。 キース・エマーソンのキーボードは他に並べる人はいない・・・カールのドラムソロの気持ち良い事!そしてグレッグ・レイクの声。ロックミュージシャンっぽくないテナーな声質がELPのクラシカルな音源に上手く合ってて、独特の響きがあるんだよね。発音がとってもブリティッシュだし。

伝説と言われる彼らのワイト島でのデビューライブは素晴らしい!70年代のバンドってホントにテクニックも音楽性もクオリティー高かったよね。イギリスの代表文化だったんだもの、ロックミュージックは。ミュージシャンっていうのは、独自の音楽を創ってそれぞれの世界を表現するアーティストだったはずだ。今のへたれなポップスはいったい何・・・???

昔、「どんな音楽が好きなの?」と聞かれて「デヴィッド・ボウイー、クイーン、ELP、レッド・ツエッペリン、ディープ・パープルの2期と3期、ショパン、ベートーベン、チャイコフスキー、YMO、矢野顕子、戸川純(ゲルニカも)、、、」と答えると「???!!」って顔をされた。 でも実は私の中では彼らは繋がっているのだ。音楽の糸というのは面白い。

例えば最初のイギリス勢のアーティスト達は、皆どこかでクラシックやバロック音楽に触れているし、そこからクイーンのメンバーがZepのファンだったり、ムーグのシンセサイザーを担いでツアーをしていたのがELPならYMOはもっと80年代に向けて進化させた音で成功したし、そのファミリーのアーティストがあっこちゃんや純ちゃんで・・・というように。 もっと後でも70年代の音に影響を受けてるな、と思うバンドで良い音を出していたのがB'zやEvanescence。

風が吹けば桶屋がもうかる」みたいだけど、そんな風にして自分にとっての好きな物をどんどん見つけてしまうのだ。 とりあえず一区切りという事で今朝の終着駅はエヴゲニー・キーシン。そう、ピアニストのKissinです。つながりは、ELPから彼らのライヴ「展覧会の絵」、そこからムソルグスキーの「展覧会の絵」、そしてキーシンのピアノソロライヴの「キエフの大門」に辿り着いた。

そして、終わろうとしてまたまた見つけてしまった・・・ドラマ「チャンス!(本城裕二)」 これもむか〜しのドラマで途中の2−3話しか観た事がない。ちゃんと通してみられる事はないだろうと思っていたのに、これは貴重! どこかで再放送でもあったのかな? 三上博史さんがすっかり本城裕二に化けていて、本城にしか見えないと思った記憶がある。最期がどうなったのかも気になってたし、マネージャー役はじめ数人しか記憶にないから、また夜にでも今度はこっちの旅に出ますかね・・・・

ようつべ旅人ってきっとすごく多いんじゃないだろうか。で、もっと詳しく知りたくなってさらにネットしちゃったりしてね。これも一緒のバーチャルな世界だよねえ〜。

ようつべ旅人のかた、1クリックを〜!
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Secrets of the beehive

David Sylvianのアルバム「Secrets of the Beehive」、もう20年も前のアルバムだけれど、今頃のこの空気夏が終わって朝晩の空気がヒヤッと冷たくて、でも日中はちょっとポカポカしていて、サンサンと陽は照っているのだけれどカラっとしてるわけじゃない(Hazy Sunshine)、きっともうすぐある朝に霧が出て、すっかり秋が来る・・・・そんな空気の匂いがすると、いつも思い出すのが、Septemberという短い曲ではじまるこのアルバム。

9月の午後の陽だまり、遠い音、笑い声、暖かいようで肌寒いような、ちょっと眠たい昼下がり。

SEPTEMBER

The sun shines high above
The sounds of laughter
The birds swoop down upon
The crosses of old grey churches
We say that we're in love
While secretly wishing for rain
sipping coke and playing games
September's here again   September's here again

(訳は省略、、、中学生でも解るはず)

このSecrets of the Beehiveは、何もしないでボーっとコーヒーカップを持ったまま、外の庭を眺めながら耳を傾けていると、一つ一つの歌が短い芝居になって目の前に見えてくる。 デヴィッド・シルビアンも、私のアーティストの一人だ。彼の詞に並ぶ言葉はそのまま小さな世界を創って胸に入ってくる。

私は昔から詩にはあんまり興味がなかった。詩集なんて読んだ事ないし。古文に出てくる和歌は好きだったけど、言葉で表すなら詩より文章の人だった。でも文章にする余裕が無い時、浮かぶ言葉を次々並べてつぶやきのような物を日記に書き留めたりはしていた。四字熟語が唐突に8つ位並んでいた事もある・・・・

デヴィッド・シルヴィアンといえば、80年代ビジュアル系バンドのJAPANで最初に出て来た訳だけど、JAPAN時代の曲でも、その歌詞には見た目のビジュアル系ポップバンドというイメージとは全く別の内面が垣間見えた。最初のソロアルバム、Brilliant Treesでは内面への追求が強く感じられた。

彼の詞にはいかにも詩らしい言葉が多く使われる。Brilliant treesなんて言い方もそうだし、Ghostsだのオルフェウスだのデヴィルだのエンジェルだの・・・inexorablyとかDead to the worldなんて歌詞に使われる事自体ほとんど無さそうだし。そういえばBrilliantっていう語はとってもイギリス英語だなあ〜。アメリカ人はほとんど使わないんじゃないのかな、何か素晴らしい時にBrilliant!っていうのは・・・・Great!と並んで良く使うよねイギリスでは。

Dead bees on a cke
このアルバムと、ずうっと後になって出したDead bees on a cakeというアルバムは曲だけでなく、アルバムカバーやイラストなんかもとてもアートしている。彼の2冊の詞集「Trophies/trophies2」は読むのがもったいないくらい素敵な小冊に仕上がってる。イラストデザインを手がけてるのはのRussell Mills

同じアルバムじゃないけど、Septemberを聴くと必ず一緒に頭に出てくるのがBrilliant Treesだ。この曲もすごく秋の音がするからだろう。この曲を聴くと神聖な気分になる。オリジナルじゃないけど、Youtubeにとっても美しいスライドがアップされていたので引っ張ってきた。ホントに美しい。

Brilliant Trees



今の携帯に替えたとき、デジカメ並みのスペックで写真が撮れればと思ってサイバーショットにしたのだけれど、その時に決めていたのが「携帯で音楽を聞こうとは思わないからオーディオスペックは最低限でいいや」という事だった。電車やバスで割れ割れの音でわけ解んない音を撒き散らしてる連中にホントにキレてたし、私自身、もうずう〜っと音を聞きながら歩くという事をしていなかった。 ipodが出た時も「おっ!」とは思ったけど、でも要らないなと思ってずっと無視してきた。

でも、実は私は元祖ウォークマンの世代なので、昔は本当に眠ってる時意外はずっと音楽にひたっていた。 部屋ではいつも必ずその時に選んだ音をかけていたし、外出時はバッグに自分で編集したお気に入りテープを何本も入れて歩いていた。 いつからウォークマンしなくなったんだろ・・・?この携帯はラジオがついてるので前にブライトンに行った時電車の中で試してみたら、すごく良い音なのでびっくりしたのだった。

試しにiTuneから数曲携帯に入れて聞いてみると・・・・おお〜〜!今はこんなに良いクオリティーで聞けるのね!! とびっくり&感激。一発で気が変わって早速プレイリストを作成してしまった。 あくまでもこれはサイバーショット携帯で、追加したメモリーも1GBなのでiPodとまではもちろんいかないけれど、通勤時やお昼休みにはやっぱり音楽あると良いね〜!どうして今までずうっとこの幸せを忘れてたんだろ・・・?若くなくなるってこういう事なのかな?、いけないいけない、、、!

それにしてもやっぱりサウンドクオリティーは昔のウォークマンとは大違い。イヤフォンも自分ではかなりのボリュームと思っても周りに全く漏れないし。やばいよ〜これは・・・ただ困るのは、私は音楽が回りにあると体が動いてしまうのだ・・・・リズム取っちゃうし口が動いちゃうし歌っちゃうのだ。これを公共の場で抑えるのは結構苦しい。バスやカフェでじっとしながらMusicを聞くのはかなり意識してないと難しい。バス亭では他に人がいないと一人で歌ってるし、、、

音楽を聞く時はバックグラウンドとしてよりもちゃんと聞いてしまう。じっと集中して聞いて、ちょっと鳴ったパーカッションのちっちゃな音とかドラムのスネアの響き具合とか、ストリングスのアレンジとかヴォーカルのエコーのかかり具合とか、一つ一つ耳で拾っていくのが楽しい。 こんなところに・・・と思うような、小さいけど気持ち良い音を拾った時はとっても嬉しい。

この家を買う前に借りてた家は二人には贅沢な位広かった。リビング2部屋に3寝室のファミリーサイズの家で、庭がオリンピックサイズのプールくらいあった。知り合いのつてであんな家をたったの7万円くらいで借りてたんだから、もうあんな暮らしは二度とできないだろ〜なー)あの家に住んでた頃はよく音楽浴=Musicbathingをした。

リビングの真ん中に手足を思いっきり大の字に広げて寝転がる。ステレオのヴォリュームは「うるさい」と感じる少し手前、ちょうど音の波がカーペットに届いて背中に伝わり、音が皮膚の表面に降ってくるくらいの音量にして、全身で音楽を浴びる これはホントに気持ち良い!! 普段は気がつかなかったいろんな音が聞こえてきて、体の中から気持ちよくなれる。ポップスだとイマイチだけど、本当に音として聞きたい曲だと最高。 時期的にも一番よくやったのが坂本龍一さんの「1996」だった。あとは70年代のプログレ(死語?)とかね。ELPとかピンクフロイド、キング・クリムゾン・・・!あ〜、、ELPっていえば、どうーしてるんだろ、キース・エマーソン・・・?

そんなこんなでここ数日ずっとウォークマンしてるわけだけど、やっぱりいろんな音を聞いてるとアイデアやインスピレーションが湧いてくる。 何で今までずうっと忘れてたんだろ? そうだよね、本来こうだったはずじゃないか・・・何だかここ数年ぼ〜っと時間を無のまま過ごしちゃったような気がするなあ〜〜いけない、いけない。

今の家はちっちゃいから音楽浴するのはなかなかねえ・・・でもちょっとお隣さんに失礼してボリューム上げてみますかね、狭いけど床に寝転んで・・・・

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去年、カセットテープを全部しまい込んでしまったので、いわゆる古い音楽は最近全く聞いていなかった。で、ホントに久々に映画「戦場のメリークリスマス」のメインテーマソングForbidden coloursのオリジナルヴァージョンを聞いた。この曲は坂本龍一氏の代表作であり、今までにもコンサートやCDでいろんなヴァージョンで演奏されている。でも私は今でも、このForbidden Coloursは最初の映画サントラ版に入っていたデヴィッド・シルビアンのボーカルによるヴァージョンが一番好きだ。っていうか、あの歌詞無くしてForbidden Coloursというタイトルはあり得ない。

大島渚監督がDavid Bowie、坂本龍一、たけしといったメンバーを揃えて映画を撮ったという話は、なによりも出演した当事者達の口からあちこちで撮影秘話などがこぼれていた。 丁度YMOが全盛期で坂本教授個人の音楽も大ファンだったところへ、私の永遠の別格中の別格アーチスト、デヴィッド・ボウイーが大島監督の映画に出るというので、これはもう噂を小耳にはさんだ瞬間からどきどきしていた。 普通は映画化が決まったからといってわざわざ原作本を読むなんて事はしないのに、当時暇ができると寄っていた渋谷東急プラザの紀伊国屋で、「影の獄にて」という本にでくわしたのだ。戦場のメリークリスマス原作本」というポップが付いていたから、多分映画公開の数ヶ月前だったんじゃないかな。

作者のヴァン・デル・ポストという人は全く聞いた事がなかった。 題名の「影の獄にて」も、評判になっていた戦場のメリークリスマスという映画のタイトルとはかなり違った印象だった。で、やっぱり好奇心には勝てず、いったいボウイー先生が今度はどんな役をやるのか・・・と思わず買ってしまった。 文庫じゃなかったので、固い表紙で持ち歩くにはちょっとかさばる単行本だ。私が単行本を買ったなんてほんとに数少ないのに・・・そして読み始めた私はそれから読み終えるまで本を手放せなくなってしまった。

3部構成の話は、ひとつひとつの違うエピソードが語り手役のローレンスによって繋がっている。最初の短編が映画でのハラとローレンスの話。二つ目が一番長く、この本の核になっているジャック・セリエズの物語。そして私はここまでの話に心が震えて震えて、最後の3つ目の話を最後まで読む事ができなかった。 ちなみにこの2つ目のジャックの話はThe Seed and The Sower=種と蒔く者というタイトルで、実はこれが本当のオリジナルの英語題なのだ。 そして映画ではほとんどはしょられてしまているこの本の中核は、キリスト教でいうこの「種を捲くもの」にある。「涙と共に種を捲くものは喜びと共に刈り取る」という意味だ。

せむしで生まれた弟をいつも可愛がり、成績も素行も優秀で、自分の容姿が充分に人を惑わす魅力を持っている事を知っているジャック。誰よりも愛していたはずの弟を、誰にもそれとは気づかれないように心裏切った彼は、そのたった一つの罪の許しを求めて生きてきた。人からすれば罪だの裏切りだのとはとうてい言えないようなたわいもない事が、彼にとって生涯の心に傷となっているのは、自分がかぶった偽善者の仮面を誰からも責められないばかりに許してももらえないからだった。 映画では寄宿学校でのエピソードしかなかったけれど、それ以前の、片輪の鹿をせむしの弟の目の前で撃ち殺すあたりのジャックの心情の描写は心が悲鳴をあげそうになった。

自分と神だけが知っている罪の許しを求めて、ジャックは高熱の夢の中で弟に会いに行く。やっと許された罪。そして彼は今度は自分が収容所で仲間の捕虜達の代表のように処刑される事で、新たな種をヨノイ達の胸に捲いていく。 この穴埋めでジリジリと死んでいく場面はキリストが人々の罪を背負って十字架で死んで行く姿のようだ・・・・ 映画でもこのシーンは奇麗に撮られていた。バックには捕虜達の歌う「詩編23編」。大島監督が映画からキリスト教っぽい要素をはしょったのは、日本VS西洋の構図を解りやすくしたかったからだろうか・・・?

デヴィッド・シルビアンの歌詞は映画よりも、原作の本を読んで書いたのだろう事はすぐに解った。タイトルのForbidden Coloursがこの歌では「禁じられた色彩」になっていたけれど、実は他に有名なのが三島由紀夫氏の「禁色」も同じ英訳だ。そのせいか、やたらとホモセクシャルな色合いが取りざたされていたけれど、これはキリストに向かって祈っているような気がしてならない。 この歌詞の中のYouはキリストの事だと思って読むとすごくよく解る。出だしのWounds on your hands never seem to heal、この「あなたの手(複数)の傷」というのは、十字架にかけられて釘で打たれたキリストの両手の穴の事だとすぐに思った。この歌は、苦しんでもがいている中での祈りの歌だ。

デヴィッドの詞の感性は本当に素敵。JAPAN時代の歌にも、彼の心につきささるような歌詞が沢山ある。 そういえば、一般非売品の彼の歌詞集を2冊もっているけれど、これは私の宝物。映画の「戦場のメリークリスマス」はあれでうまくまとめてはあるけれど、本を読んでそれまでにないくらい心打たれた私としてはちょっと消化不良だった。でもあれはあれで一般的に高い評価で受け入れられたわけだから、まあ成功といっていいのでしょうね。なんといってもDavid(ボウイー)は一番かっこ良くノッテル時でしたしね〜〜。 あれをきっかけに、たけしさんも坂本さんも後々世界に認められるようになる訳だし・・・

でもひとつだけ、ちょっと残念だったのは、実はあのラストカットのたけしさんの笑顔の後には続きがあったのだという事。 あの最後の笑顔を見てローレンスは、ハラをしっかり抱きしめ、額にさようならのキスをして、戦争中の数々の不幸なでき事は個人のせいではないのだと言ってやりたい衝動にかられる。でもどうしてもそうしてやる事ができずにローレンスはそのまま長い道のりを帰っていく。けれど途中でどうしても、どうしても何かを言わなければならない気がして、夜明け前の道をまた刑務所まで猛スピードで取って返すのだ。でも戻った時には既にハラは処刑されてしまっていた。ローレンスはつぶやく「僕たちはいつも遅すぎなければいけないのだろうか・・・?

この最後のくだりが私はあって欲しかった気もするのだが、もしかしたらあのたけしさんアップの顔を撮った監督が、それ以後には何もいらないと決めたのかもしれない。


Forbidden colours=禁じられた色彩    David Sylvian


The wounds on your hands never seem to heal
             あなたの手のひらの傷は永遠に癒えることがない
I thought all I needed was to believe
      私は信じてさえいればいいのだと思っていた 
Here am I, a lifetime away from you
      いまここに、あなたから生涯を隔てて私はいる
The blood of christ, or the beat of my heart
      キリストの血、それとも心臓の鼓動か
My love wears forbidden colours
      私の愛は、罪の色を帯びてしまっている
My life believes
      この命が信じている
   
Senseless years thunder by
                         無意味な年月が矢のように過ぎ
Millions are willing to give their lives for you
      あなたの為に何百万もの人々が命をさしだす
Does nothing live on?
      永遠なるものは何も無いのか?

Learning to cope with feelings aroused in me
      自分の中にわき上がる感情を押さえようと
My hands in the soil, buried inside of myself
      土くれに両手をつっこんで胸の内を葬り去る 
My love wears forbidden colours
      この愛は禁じられた色を帯びる
My life believes in you once again
      この命はもう一度あなたを信じます

Ill go walking in circles
      自分のすぐ足下の地面すら確かめられずに
While doubting the very ground beneath me
      同じ場所をぐるぐると歩き回る
Trying to show unquestioning faith in everything
      すべてに偽りのない信仰を示そうとして

Here am i, a lifetime away from you
      生涯の距離を隔てて私はここにいる
The blood of christ, or a change of heart
      キリストの血なのか、改心なのか

My love wears forbidden colours
      私の愛は罪の色に染まる
My life believes
      この命が信じてる
My love wears forbidden colours
      この愛は禁じられた色を帯びる
My life believes in you once again
      私の命がもう一度あなたを信じるのです


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ホントは順番からすれば、昨日観たミュージカルの事を書こうとしてたんだけど、やっぱりYMOが先!
やっとやっとお三方が揃っての、「Yellow Magic Orchestra」のコンサートが観られたよ〜〜! 武道館での散開コンサートから25年。私は93年のテクノドンや、最近のAudio sponge, HASはCDで曲を聴いただけでほとんど知らない。そういえば、今回もYMOという略称は使われず、「イエローマジックオーケストラ」の名前になっている。

実は今日の予定はいろいろあって、着いた時はもう5分前位だった。きっちり時間通りには始まらないのが普通だけど、明かりがおちて前座のバンドが始まったのが8時少し前。そうよ、、実は忘れてたわ、ポップコンサートにはサポートバンド(前座)があるんだって事。 どうりで始まった時には席があちこちガラガラ空いていた。皆トリはすぐには出ない事を見越して来るんだね〜。でも私はやっぱりサポートから聴きたい人なので、注目してみると、この人たち結構良い。 Pivotっていうオーストラリア出身のバンドらしい。かなり良い音出してたので、ちょっとチェックしてみようかな。トリオバンドです。

休憩が入ってトリのお三方が出てきたのは8時45分。オープニングは「以心電信」。 シンセサイザーといえば、昔は巨大なタンスみたいなムーグのシンセサイザーだったのが、今やステージには個々のメンバーの前にスマートにラップトップが置かれている。(Macですね〜

今思うと、最初に彼らが呼びかけっぽい事を曲に乗せたのは、散開直前のアルバム「Service」でのこの以心電信だった。 それまではメッセージ的な歌詞はほとんど使わず、音楽を聴かせるバンドだったのが、最後の最後に初めて「世界を見回してみようよ」と呼びかけて散開した。 ちょうどエイズという病気の事が初めて人々の耳に入り始めた頃で、また,バンドエイドがアフリカ救済の為に「Do They Know It's Christmas」をレコーディングした時期だった。

それから20年以上の間に、世界のあちこちで戦争が起き、テロが起き、災害が起こった。 最初の呼びかけをして散開した後、個々の音楽活動を経て再結成した彼らは、今度ははっきりとしたメッセージを携えて戻ってきた。「War & Peace」や「Rescue」、プロジェクターを使って音とビジュアルで訴えかけてくる。

今回は全くのコメント無し。曲紹介もあいさつもいっさい無しで黙々と演奏している。 往年の曲では「Ongaku」をやってくれて嬉しかったな〜。坂本さんが当時3−4歳だった娘の美雨ちゃんの為に書いた曲・・・その美雨さんも今はすっかり大人で、彼女自身素敵なアーチストになっている。(私は美雨さんのファンでもあります!彼女のブログは心がぽかぽかしてくるので大好きだ)最後は「Rydeen79/07」もう席でほとんど踊りかけていた。

アンコールを求めて人々が立ち上がり出す。口笛が飛び交い拍手がやまない。2度目のアンコール要求ではほとんど後ろまで皆立っていた。舞台でがっちりと肩を組む3人。ホントはいけないはずなのに、この時点ではあちこちで携帯やデジカメのフラッシュが乱舞していた。

それにしても、私はロンドンのこのポップコンサートの空気が好きだ。このRoyal Festival Hallは普段はクラシックのコンサートやバレエに多く使われる。だから創りはオーケストラ用のホールなのだけれど、たまにポップコンサートをやると雰囲気が変わる。 
なにせコンサート中でも人の出入りが多い。これは、みんな外のバーに飲み物を買いに行くからだ。ビールやワインを飲みながらコンサートを楽しみ、トイレにだって普通に行く。一杯飲み終わるとまた外に出てバーでビールを買って戻ってくる・・・・演奏中は黙って静かにしていなさい、みたいな雰囲気じゃないのだ。皆がリラックスしてコンサートを楽しんでいる。

再結成してからの曲は1−2度しか聴いてなかったけど、またCDをちゃんと聴いてみよう。ベテランミュージシャンとしてもう一度タッグを組んだ音を、ちゃんと聴いてなかったような気がするからなあ〜。でも、、、しあわせ! 良いミュージックは良い芝居と同じ位私を幸せにする。いつでもずっと私に元気をくれていたもの。20年以上前、彼らの音楽からもらったものが沢山沢山あった。今また出会えて本当に嬉しい。

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坂本龍一さんの「美貌の青空」が入っているのは95年のCD、Smoochy 私はイギリス版が発売されてからこちらで買ったので当然日本語解説は入っていない。で、1曲目の「Bibo no aozora」という曲名を見て、ビボのあおぞらってなんだろう、、、?と思ったのだった。 ビボのあおぞら・・・なんだか子供向けの絵本のタイトルみたいじゃない?って感じだったのだ。 この曲には歌詞があって教授自身で歌っているのだが、なにせモゴモゴの教授の発音に加えて、多分わざと歌詞を強調しないような歌い方(けだるい曲の空気に上手く乗せている)なので、はっきり歌詞が聞き取れるというわけでもなく、だから歌詞にはほとんど気づかずにしばらく聞いていた。

何度か聞いてるうちにBibo no aozoraが美貌の青空だと解って、口の中で繰り返してみる。美貌の青空、美貌の青空・・・・なんだかすごく美しい日本語のような気がしてくる。 坂本さんのお父様は文芸界では名の通った編集者だった方だ。教授も「小さい頃から山のような本の背表紙を見て育った。意味も解ってないのに目についた本のタイトルをさも自分の言葉みたいに使ってみたりした」と何かのインタビューで語っていた。音楽だけでなく、文学や政治についても若い頃にはよく対談なんかで話していたっけ。

美貌の青空」という言葉が何故か私の中でチェ・ゲバラと結びついていたのは何故なのだろう・・?何かゲバラの書いた本とか、関係したものにそんな表現があったのだろうか・・・? とにかく、この「美貌の青空」というタイトルは、どことなく文学的でそして思想的で、さらにこのCD全体に漂う背徳感があった。 おまけにこの曲自体は穏やかな午後の青空を彷彿とさせる静けさがある。

チェ・ゲバラの事が気になったので、「美貌の青空」という言葉がどこから来たのが探してみた。びっくりしたのが、この坂本さんの曲の詩を書いた売野雅勇氏が書き下ろした朗読/音楽劇があった。  同じ「美貌の青空」のタイトルでゲバラをモチーフにした朗読形式の脚本だそうだ。 歌舞伎界を代表する俳優さん達で上演されたものがDVDになっている。でも公演日程を見てみると2005年だ・・・私の頭の中にあったゲバラのイメージはもっとずっと前からなんだけど・・・?

さらに時を遡って調べてみると、思いがけない所に着地する。
土方巽さんだった。

もう、ほとんど忘却の彼方になりつつあったその名前を見た時、思い出すのにちょっと時間がかかった程だ。 当時、パントマイムともダンスとも違う肉体表現の演技を形容する言葉は無かった。 後になって舞踏=Butohと呼ばれるようになり、日本ではむしろマイナーなアングラっぽいイメージとして、そして海外では日本のアヴァンギャルドな表現芸術として認められていったジャンルだ。 80年代にはイギリスでもリンゼイ・ケンプ・カンパニーが主にアーティスト達の間であがめられるようになり、その後、日本の山海塾というグループは何度もヨーロッパ、アメリカで海外公演を成功させている。 その走りとも言える「暗黒舞踏」を築いたのが土方巽氏だ。

その土方巽さんは86年に亡くなっている。 私は丁度芝居の世界にどっぷり浸っていたので、土方さんの名前やそれに近いパントマイムや舞踏の世界の人たちの事も知ってはいたけれど、演技そのものを身近に観た事は無かった。 だから今になって土方さんの名前を観てもピンとこなかったのだ。 そして彼の死後、土方巽遺文集として発売された本のタイトルがなんと「美貌の青空」だったのだ! 動画サイトで30年も前の彼のパフォーマンスを見つける。う〜ん、、すごい・・・こんな所に辿り着くとは・・・・

坂本さんの美貌の青空は1996のトリオ・ヴァージョンでさらに磨きがかかる。 このヴァージョンは去年公開された映画「バベル」の最後で滅茶苦茶効果的に使われていて、おそらくこれでこの曲の事を知った人も沢山いるんじゃないだろうか・・? 教授の曲のインスピレーションがどこから来たのか、文学的な言葉からなのか、思想的な背景があってなのか、はたまた前衛的な表現芸術を意図したのかは解りかねるけれど、なんだかこの一言の為に長い旅をしたような気分になった。だからインターネットはやめられないんですよね〜〜!

<美貌の青空>  詩・売野雅勇

眼差しの不実さと、気高さに溺れていた

狂おしい夏だった・・・


これ以上愛さない    禁じる愛おしさで

瞳は傷口と知る    魂の・・・


別々の惑星に僕たちは住む双子さ

野獣の優雅さで        沈黙を舌で味わう
芥子のように


切なさで胸を痛めながら

君の可憐な   喉笛から

溢れ出した虹の果ては

    美貌の青空


・・・・

手に触れるすべて  欠片の死のように

君の血が透き通る  野蛮な瞳見ては

途方に暮れる  真夏の楽園





友達からのビデオ定期便で、最近亡くなった作詞家の阿久悠さんの追悼番組を観た。
70年代はまさに「歌謡曲」の時代。ポップスでもロックでもなく歌謡曲、歌っているのはシンガーでもアーティストでもなく、歌手だ。 そして実際に歌った歌手本人よりも、歌を創った作詞・作曲家の力が大きかった。歌手達は「先生の曲を歌わせていただいていた」時代だった。

それにしても5000とも6000ともいわれる数の曲を作詞したというのはスゴイ・・・今になってちゃんと聞いてみると、阿久悠さんの詩は歌の中にちゃんとストーリーがある。キャラクターにはちゃんと性格と意志があり、「こう歌いたい」という歌い手の意想が伝わって来るように創られている。 1曲が小さなドラマになっていて、歌手はその主人公を演じているわけだ。スタジオで歌ったゲストの方達の歌は、人生を経た分、30年前よりもそのドラマを歌いこなしていて、昔聞いた歌が「ああ、こんな歌だったのか」と新鮮だった。他にも、ちょっとぶっ飛んだような歌詞もあるのが阿久さんのユニークなところ。山本リンダさんの「ウララ〜、ウララ〜」で始まる曲とかね。

それにしても、あの頃のスーパースターといえば、、、ジュリー(沢田研二さん)ですよね!!

いや〜・・・今の時代でも通用する位の格好良さ!そして、今の時代のどんな歌手にもないだろう色気! ジュリーの事はもちろん覚えているけれど、私にとってはやっぱり違う世代の大人の男性で、いわゆるアイドルではなかったから、「カッコ良いスター」としての記憶なのだ。で、昨日は一日ネットでジュリー探しをしてました。 阿久悠さんの追悼があったからか、動画サイトにはかなりの数が上がっていて、丸一日観ちゃったよ・・・ ちなみにうちのお母さんもあの頃ジュリーのファンで、きゃ〜!っというタイプのファンでは無かったけど、「お母さん、ジュリーが出てるよ〜」と言うとお父さんのお茶を放っておいてテレビの前に飛んで来た。 樹木希林さんの真似して「ジュリーィィ!!」なんてやっていた・・・?!

ジュリーの色気は、何ていうのかな、、、「濡れてる」感じって言えばいい、、?
まず、声の質が濡れてる独特のちょっと寂しげな悲しげな声質で、アンニュイな色気があるよね。そして3分の1位鼻にかけながら喉でビブラートを微妙に付けて歌う・・・だから鼻濁音がすごく合う。これがまた濡れたような歌い方になるんだね。ジュリーの色気は「中性的な色気」って言われたけど、男にも女にも見せられる線の細い身体。決してゲイっぽいのとは違う。 実は彼の主演映画、長谷川和彦監督の「太陽を盗んだ男」が私は大好きで、数年前に日本でDVDを買ってしまった。この中で女装しているシーンがあるのだけれど、判らないくらい自然だ。(ちなみにこの長谷川監督は、2本しか撮っていないのだけれど、もう1本の水谷豊さんの「青春の殺人者」もお薦めです!

歌の中で、年上の人あるいは愛してはいけない女性を「あなた」と呼ぶ時の切なげな色気。カッコ付けた男が突き放すように「お前」と言う時のちょっと甘えたような色気。 グループサウンズ時代のアイドルから独立して、彼の全盛期は20代後半から30代後半の10年間だ。丁度30を過ぎる時期に80年代に入って、男が派手なメイクをしてビジュアルに訴える傾向がごく自然に受け入れられたのも良いタイミングだったんだろうね。年代を追ってビデオを観ていくと、やっぱり75年頃からが急に輝きだしてる。時の過ぎゆくままに」のあたりから。そして大爆発になった「勝手にしやがれ」が77年・・・今見ても、本当にキラキラしてる。私がここ1-2年の金城武さんに見てとったのと同種類のキラキラだ。そしてその後10年程そのキラキラは続く・・・・

今の奥様との事が取り沙汰された頃からが転換期だったのだろうけど、最近は舞台に出てたりするみたいだし、コメディーっぽい沢田研二さんも好きだ。ちなみに三池崇史監督の「カタクリ家の幸福」もすごく好きなんですよね! 最初に観た時は「なんだあ〜〜!?」って思ったけど、面白い!昨日見つけた志村けんさんとの鏡のコントは大爆笑した→こちら。 歌うスター・ジュリーとは違う沢田研二さんは、素では関西弁の(京都)面白い人だったり、藤原竜也君と共演した「SABU」では重みのある役で存在感を出してたりする。でもやっぱり75年から82-3年の頃のジュリーのキラキラは、他の誰にも真似のできないスターの輝きだ。 あんなに色気のある歌手なんて多分これからも出て来ないんじゃないだろうか・・・?あの頃、お母さんがテレビの前に飛んで来た気持ち、解るわあ〜〜!!

阿久悠さんのおかげで、なんだか久しぶりに良き懐かしき日本の歌謡曲を沢山思い出した。あの番組で出てきた昭和歌手の皆さん、全員が鼻濁音をきちんと発音している。(私は鼻濁音と無声音に厳しいんです)そしてブレスの使い方やビブラートの効かせ方も、ちゃんとレッスンした通りに歌ってる。 大先生の作詞家や作曲家あっての歌だから、「きちんと歌わせていただきます」という姿勢が見て取れる。まあ一昔前と言ってしまえばそれまでだけど、歌謡曲って、歌がドラマだった時代の日本の文化だよね。日本の歌謡曲/アイドル時代を築いた人がまた一人いなくなってしまった・・・・

そういえば、深作欣ニ監督の「魔界転生」をもう一度観たいなあ。DVD探してみようか。確か沢田さんと、真田広之さんだったよね・・・?しばらく観てなかったけど、久しぶりに「太陽を盗んだ男」を観てみようかな。長いけど・・・


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