見つけもの @ そこかしこ

ちょっと見つけて嬉しい事、そこら辺にあって感動したもの、大好きなもの、沢山あるよね。

カテゴリ: 音楽


今年のX Factorは 今までと様子が違うようだ。「ああ、またこの時期なんだな」と思いながら今年のシリーズを見初めて、今までとは一新されていることに気づく。

まず、いつもは最初の数週はスタジオのジャッジ達の前で歌う、というところから始まり、この時点では上手い人たちだけでなく、どうしようもない音痴な人や、「おとといおいで」みたいな人達の様子も混ざっていて、まあ歌のコンテストとちょっとエンターテイメントみたいなおふざけ混じりのオーディションが放映されていた。この段階ではまだ真剣勝負になっていなくて、馬鹿みたいに笑える人達も多かった。

ところが今年は最初からウェンブリーアリーナの大観衆を前にステージでのオーディションだ。編集された人達もみんな一次オーディションをYes4つで突破する、といった人達に集中している。まあ、一言で言えば「レベルが高くなっている」のだ。

正解だね。実際ここ数年のX Factorは「逸材探し」からは遠くなっちゃっていて、私も「逸材を発見するのは毎年じゃなくて3−4年に一回でもいいんじゃないか」と思っていたのだ。プロデューサーのサイモンはちゃんと解っていたのだなあ〜と、やっぱりSimon Cowellは凄いな、と思ったのだ。

そして一新したのはジャッジ達も。ボスのサイモン以外、他の3人が新しくなった。90年代イギリスポップスの超アイドル、Take Thatのロビー•ウィリアムス、そのロビーの奥さんで、アメリカ人の女優・プレゼンターのアイーダ•フィールズ(ウィリアムス)、そしてX Factorから世界のアイドルボーイバンドとなったOne directionのルイ•トムリンソンだ。

実は私はアイーダの事は全く知らない。ロビーの奥さんだということも知らなかったし、アメリカではTVショウやドラマにも出ている人のようだが、、、、、彼女はさておき、今回コンテスタント達と同様に何となく目が離せないのが、ルイ•トムリンソンだ。最初に彼をジャッジ席で見たときは「ルイが一体何やってるんだ、、??」と思ったのだけれど、あのOne directionのX Factorから実はもう8年も経っていたんだね。信じられない、、、

8年前、あっという間に世界中のトップアイドルになって、まさに痛快なくらいの快進撃を見せたOne Direction。そりゃあ凄い勢いがありましたよ。ちなみに彼らはx Factorの勝者ではなかった。確か3位だったと記憶している。(ちなみにX Factor出身者は優勝者よりも、2位とか3位だった人達の方がその後に活躍している)やがてメンバーの一人が抜けて、少しスローダウンし始めたな、と思ったら、しばらくして休止を発表した。最初は17~18だった彼らもアイドルから次のステージへとそれぞれが自分の行き先を考えたのだろう。一応「解散」にはなっていない。

今回ジャッジとしてサイモンの隣に座ったルイは、週毎に目に見えて成長しているように思える。今回の挑戦者の中には実際に個人的に知っている人や、One directionと同じ年に一緒にオーディションに参加していた人が再度挑戦していたりと、ジャッジとしてかなり難しい立場を経験する羽目になっている。それでも自分の正直な意見と適切な判断で、回を追う毎に見る目・聞く耳を肥やし、時々隣のサイモンに「僕はこう思うけれど、合ってる?」というような視線を向けながらジャッジとして成長しているのだ。最近はキッパリとサイモンの意見に異を唱える事もあって、頼もしい。

サイモンのSycoの子会社という形で自身のレコードレーベルを立ち上げたり、サイモンに付いてガールバンドの結成に携わったりしているので、将来は自分もサイモンのような音楽プロデューサーを目指しているのかもしれない。サイモンもルイに勉強させようとしている姿勢が垣間見えて、この後オーディションからJudge's House(カテゴリーに分かれてジャッジ達の家で集中レッスンをする)になっていくにつれて、どう仕切っていくのかが楽しみだ。

ロビー•ウィリアムスのTake Thatも、最初のアイドル時代から10年経って再結成した時には立派なプロの大人のグループになっていたし、その成長と共に一緒に大人になってきたファン達を大喜びさせた。そう、「アイドル」をやるのは若い時だけで、そこから大人のミュージシャンとしていろんな方向に向かっていったのだ。そして自分たちの後に音楽への夢を持つ人達を応援・育成していく立場に回っている。

そんなわけで、かなり高レベルなオーディションも去年までと違って面白いし、新しいジャッジ達の仕切りにも期待したい今年のXFactorだ。去年はほとんど見ないで終わってしまったけれど、今年のは何年かぶりで見ごたえあるかも。

 


年も明けたし、さてまたブログを、、と思った所へ飛び込んで来たとんでもない訃報、、、、
常に私にインスピレーションを与えてくれた 唯一無二のアーティスト、David Bowie氏が逝ってしまった。覚悟した自身の死をも最期のアート作品に彩って、そのリリースのタイミングまでも計算した上での置き土産を残して。死の2日前、彼の誕生日にリリースされたアルバム、Blackstarのなんとパワフルで彼らしいことか!
 
ボウイーといえば、3年前の誕生日に10年もの沈黙を破っていきなり新曲を発表し、その後に出たアルバムはあっという間にチャートのNO1になって私たちをびっくりさせてくれた。 その年にV&Aミュージーアムで催された展示会、David Bowie Isは博物館始まって以来のチケットの売り切れ記録となった。私も行ってきたけれど、彼のほぼ50年に渡るアーティストとしての幅の広さをみるにつけ、長年のファンである自分を誇りに思った。

今のイギリスには、ミュージシャンがいなくなってしまった。X Factorもテレビ番組としては面白いといえるけれど、独自の言葉と音楽、その表現方法を全て一つの芸術作品にまとめあげられるアーティストが今はいなくなってしまっている。

昨日も今日もあちこちで特集番組が組まれ、デビュー当時から遺作まで、彼の足跡とその影響を繰り返し伝えている。今の奥様(スーパーモデルのイーマン)と一緒になってからはNYを拠点にほとんどメディアには顔を出さず、娘が生まれた後に心臓疾患で手術してからは、10年間息を潜めて、その間は娘との時間を大事にして健康に気を使って生活していたそうだ。(イーマン談)

いつもいつも時代の先を走っていたボウイー。他の誰とも違うことを恐れず、変化することを恐れず(むしろ望んだ)、ミュージシャンとしてだけでなく、俳優もやり、(私は演じている彼が好き)インターネットでも金融にも真っ先に新しいことを初め、50年以上もその才能の全てを駆使して誰もその位置に近づけなかったのは本当に凄い。

彼が出て来たとき、イギリスの批評家は声をそろえて、「今まで彼のようなアーティストはいなかった」と言った。そして、これからも出てこないだろう。女王から与えられる栄誉ある勲章を、「私がやっていることは勲章をもらう為ではありません」 と2度も辞退したのも彼らしい。(2度目はKnighthoodだったんだよ、、!)

癌だとわかったのが1年半前だったそうだ。娘さんは15歳、きっともう少し、成長を見届けたかったことだろう。せめてあと10年くらい、、??ニューヨークでは彼が主演したThe Man Who Fell To Earthの続編として彼が製作に参加したミュージカルが先月幕を開けたばかりだった。そのミュージカル「Lazarus」 に使われた同名の曲がシングルとして12月に出たときには、まだビデオは公開されていなかった。そのラザラスは、キリストによって死から4日後によみがえったという話で聖書に書かれている。ミュージカルの曲として聞いていたものが、このビデオが7日に公開されたことで一気に別の意味があったことを私たちは知る。


胸が痛くて苦しくなるよ、これは、、、、でもこれがDavid Bowieからの最期のお別れのメッセージ。20年以上前にQueenのフレディー・マーキュリーが最期のビデオを残したように、彼もまた、怖いくらいにパワフルな最期の作品を残してくれた。そういえば、フレディーが亡くなったのも日曜日。私にとって若き日の大きな柱だった 二人のアーティストの死を、月曜日の朝のニュースで知るなんて、、、もう月曜日の朝はニュース見ないよ・・・・

ポップスターでもない、ロックスターでもフィルムスターでもない、ポルノスターでもなければギャングスターでもない(Blackstarより)、Blackstarとして最期の作品を残したDavid Bowie。
大丈夫、天国には昔の仲間もいるさ。Spiders from Marsのミック・ロンソン、マーク・ボラン、ルー・リードにアンディー・ウォーホール、ジョン・レノンもマイケル・ジャクソンだって、、、、 

奥さんのイーマンはインタビューの機会があると言っていた。「私が結婚したのはDavid Bowieではなく、デヴィッド・ジョーンズというイギリス人男性です」 残された家族の事を思うと、やっぱりあと10年くらいはのんびりでいいから生きていて欲しかった。

Now You are free like a bluebird, as you said. 


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明けましておめでとうございます!

なんと、今年のBBCのカウントダウンテレビ中継は、1月中旬からツアーを行うQUEENのライヴコンサートという大サーヴィスだった

ヴォーカルに、アメリカ版のシンガー発掘オーディション番組、American idolで準優勝したというAdam Lambertを迎えてのツアーを行う、とQueenが発表したのはしばらく前。11月に発売したCD、Foreverの宣伝やらで、インタビュー番組にも出ていた。以前一緒にツァーをやってアルバムも作成したポール・ロジャース氏はロックヴォーカリストとしての声とパワーのある人で、全体にロックバンド=Queenという感じだった。今回のアダムはとてもcampで、(間違いなくgayだと思う)フレディーの持っていたフロントマンとしてのカリスマを持っている

誰が歌ったってフレディー・マーキュリーにはならないのだから、Queenの音楽を続けるにはヴォーカリストに何を求めるか、、、ブライアン・メイがオーディションで一番聴きたかったのは、「Queenの曲をどう理解、解釈して歌えるか」だったそうだ。アダムは凄くQueenに合っている。歌唱力もあるし、声の質はフレディーともポールとも違うけれど、すごくQueenらしく歌う

カウントダウン前の45分の後、15分の大花火をはさんで2015年に突入するとさらに締めの15分、大盛り上がりのミニコンサートだったよ。BBCさんに感謝!!
Under Pressureではロジャーがドラムを叩きながらのダブルヴォーカルを務め、ハスキーなのにキーが高い独特の声は60を過ぎても健在だった。こんなドラムを叩くバンドはもういないねえ〜〜 

フレディー亡き後、バンドを終わらせてしまわずに、誰が歌おうとQueenの音楽を残して行く選択をしてくれたBrian とRogerには本当に感謝。はじめは私も「フレディー無くしてQueenじゃないよ」という気持ちもあったけれど、どうしてどうして、彼の死から20年以上過ぎても、次の世代の人たちにとってQueenは間違いなくAll timeなバンドだ。ビートルズよりもその名を残すかもしれない・・・・

ご機嫌な2015の幕開けでした
今年も健康で、また一歩前進できる一年にしたいと思います。



今年もクリスマスの気配がやってきた。11月初めの花火の時期が過ぎると、街はあっという間にクリスマスモードに突入する。
この時期になると、クリスマスNO1を意識するいろんな曲がリリースされるのだけれど、今年はちょっと早めにチャリティーがらみの目玉ソングが相次いでリリースされている。今からクリスマスまでNo1をキープするのは大変だから、あえて、時期をちょっとずらしてでもNo1にしたい、という意図が見て取れる

毎年11月の戦没者記念と近い頃に行われるのがBBC主催の「Children in Need」というチャリティーで、これはその言葉通り、様々な障害があったり、不遇な環境にいる子供達を救う活動をしているいろんな団体をサポートするもの。特別番組の放映以外にもその時期を通じてあちこちでChidren in Needを支援する募金活動がおこなわれている

今回、このチャリティーの目玉としてリリースされたのがセレブ達による合唱で、指導・指揮は「Choir」シリーズでおなじみのカリスマクワイヤーマスター=ギャレス・マローンだ。彼は過去にも従軍兵士の奥さん達を集めたMilitary wives chiorでクリスマスNo1を勝ち取り、エリザベス女王の60周年戴冠記念の特別曲(アンドリュー・ロイド-ウェバーとTake Thatのギャリー・バーロウの作曲)を歌唱指導・指揮してこれも確かNo1になったっけ

それにしても今回選出されたセレブ達はみんな基本的に「歌った事がない」人たちばかりという事で、最初の顔合わせ時にはさすがのギャレスも「僕はミラクルワーカーじゃないんだけど、、、??」と困惑顔だったのが可笑しい。それでも、短い期間で忙しい人たちを叱咤激励して、なんとか本番の日まで引っ張っていった彼の指導力は本当にリーダーシップのお手本だ。見事に先週末のオフィシャルチャートで一位に輝いた


そして今週頭に発売されたもうひとつのチャリティーソング、30年後の新しい「Do They Know It's Christmas」。
1984年にブームタウンラッツ(なんて今の若い人は知らないだろうね)のボブ・ゲルドフ氏が発起人となってアフリカ救済の為に当時のトップアイドルミュージシャン達を結集させてレコーディングしたこの曲はその年のクリスマスNo1となり、その半年後、共感して同じような形でアメリカのミュージシャン達が結集した「We Are The World」と共にロンドンとフィラデルフィアでリレーコンサートを行ったLIVE AIDは伝説となっている

個々のバンドには詳しくなくても、音楽好きの人ならLive aidの伝説は聞いているだろうしビデオやDVDで観た人も多いはずだ。その当時のミュージシャン達はもう50~60代になっているけれど、ボブは今度は新しい人たちを集めてBand Aid 30を結成。大人気のOne Directionほか、オリジナルに参加したベテランも交えて新しいヴァージョンをレコーディングした。歌詞も一部ちょっと変わってるかな。

これも間違いなくNo1を目指してのリリースで、多分だからこそリリースをChildren in Needと1週ずらしたのだと思う。昨日の発売からロケット並みのスピードでダウンロードされているというから、今週末のNo1はこれかな


英国人のチャリティーに対する関心と協力は本当にいつも感服する。ボブが30年前にこの曲で世界中を駆け回ったとき、彼の事を「偽善者だ」と言う人もいた。でも影響力のある人たちが動くからこそ関心が集まり、お金も集まる。この30年間ずっとBand Aidを継続させてきた彼の熱意は、立派に結果を残して来ている。

80年代のミュージシャン達を知らない世代でもBand Aid は知っている、Do they know It's Christmasは毎年この時期になるとクラシックなクリスマスソングと共に町中に響く。新しいメンバーでのこのヴァージョンで、またこの曲がアフリカ救済チャリティーのテーマとして、そしてクリスマスソングとして次の世代に引き継がれて行く。きっとオリジナルメンバーのミュージシャン達が皆いなくなってしまった後も・・・・




実はこの数日、ちょっとYoutubeを徘徊していた。私のMacはもう古過ぎて動画サイトをちゃんと観る事ができない。だからYoutubeも今はほとんど観ないのだけれど、音だけならちゃんと聞こえる

まだ小学生の頃に「学生街の喫茶店」で一躍人気者になったGARO, なんでだったか、友達が教えてくれて子供心にファンになった。最初は人気者グループという意識で好きになって、特に私はトミーこと、日高富明さんのファンだった。「君の誕生日」や」「ロマンス」で歌番組やバラエティー番組に出ている彼らを一生懸命見ていたっけ。今のようにネットなんてなくて、「明星」や「平凡」に出ていたアーティスト達のスケジュール情報をチェックしてラジオ番組なんかも録音したりして・・・

あの頃はまだ意識して「音を聴く」という事はしていなかったのだけれど、3歳からピアノと、小学生の時には一応YAMAHAの専門コース(4年間)で音楽教育を受けさせてもらっていたので、自分の中で「この音楽が好きだ」という感覚はあった。ファンになると凝り性なもので、彼らのデビューアルバムから遡ってお年玉でレコードを買い集めた。そしてなんとなく、表向きにヒットしていた曲と彼らの初期アルバムの曲の感じがかなり違う、という事は私にも解った。好きだったのは3枚目の「GARO3」とデビューアルバムで、家ではほとんどこの2枚を毎日リピートしていたっけ。後半期のアルバムでは「吟遊詩人」。「サーカス」はアルバムとしては面白く聴いたけれど、これも私がとても好きなガロとはちょっと違う感じがした。

彼らが解散した頃には私の関心は既にブリティッシュロックに移っていって、彼らのシングル「姫鏡台」が出た頃にはもうあまりピンと来る物を感じなくなっていた。結局その頃には彼らは大ジレンマに陥っていて、目指す音楽の方向性と売れ線に乗ったレールとが食い違い過ぎてやがて彼らは解散する・・・・

実に40年近く経った今、そのガロのマーク、こと堀内護さんがなんとGAROの曲と新曲を会わせたCD「時の魔法」をリリースしたとネットで知ってビックリ仰天した。ガロ解散後もロック路線に向ったトミーやプロデュースの仕事を続けていたボーカル(大野真澄)さんの事はちょくちょく耳に入っていたけれど、私が「今はガロの3人はどうしてるのかな」なんて思った頃には確かマークさんはオートテニス場を経営する実業家に転身していたのだ

驚いてマーク(堀内)さんのサイトを尋ねてみる。アルバム発売に伴ってインタビューなんかも見つかった。私にとってはまだ子供心にしか覚えていなかったガロが急に懐かしくなって音探しにToutubeをさまよってしまった
やっぱり彼らのハーモニーは凄い!
ライブでさえも崩れない。しかもこの3人は声質が3様に違う。その違った声が見事に重なって醸し出すコーラスはやっぱり特別なものだったと思う。3人共ソロで歌える力があったからこそのハーモニー

今聴いてみるとやっぱり当時=70年代の歌謡界というものに翻弄されてしまったGAROの音楽がよくわかる。売れなきゃ意味がない歌謡界で、自分達の音楽を貫き通す事ができなかった彼らのジレンマは、成功との天秤で揺れた事だろう。女の子達にキャーキャー叫ばれて歌謡番組に出ていても、「実はこんな歌、歌いたくなかったんだ」という彼らの声が聞こえてくるようだ

売れ線として発売されたガロのシングルの中で、私が一番好きだったのは実は「一枚の楽譜」だった。最初のギターのイントロがもうカッコ良くて、トミーのボーカルだったし、オリジナルのガロらしい曲では無い(作詞は山上路夫氏、作曲が村井邦彦氏)けれど、この曲はすごく耳に気持ち良くて、私の好きなだった。実はこのギターを弾いていたのは日高さん本人だという事を当時は知らないで聴いていた。子供だったもので、テレビでは生ギターで歌っている彼らしか見なかったから、レコーディングには別のミュージシャンがバックの音楽をやるのかと思っていたのだ。

今聴いて、なんだか胸が痛くなった。そうだね、トミーはロックがやりたかったんだよね、彼はギター青年だったんだから、そう、こんなギターをもっともっとかき鳴らしたかったんだ・・・・「姫鏡台」??はい、解散して正解です、って感じ。ガロ以降の日高さんをもう少し追っていれば良かった、、、そう思うとなんだか胸が痛む。でも私はガロ解散の頃はもうすっかりQUEENにのめり込んでいて、Led Zeppelin, Deep Purple、EL&P,あたりに10代後半を費やしたのだ。

今聴く、ガロ以降の日高富明さんの音、やっぱり好きだなあ〜〜。まあ、今聴くと確かにちょっと古くはあるけど、あの時代の音だね。もう一つ、彼の声そのものも音の一つだと思う。ちょっと高めの声で、音程の取り方もはずさずに高め。(低めの音は私の耳にはもの凄く気持ち悪い)ああそうか、こういう音楽をやりたかった人なんだね、、、ギターリストとしてももっと評価されても良かった筈だ・・・もうひとつ当時の私が知らなかった事、元ディープパープルのリッチー・ブラックモアのバンド、Rainbowの日本公演でトミーのバンド=Ma Ma Dooが前座をつとめていたそうだ。多分レインボーになって初来日の時かな。

実は私はレインボーの2度目の来日公演に行ったのだ。武道館のアリーナ席8列目だったのだけれど、始まって5分もしないうちにアリーナのパイプ座席はすべて踏み荒らされて、舞台に向って押し合いへし合いのまさに人津波。呼吸困難で圧し潰されるかと本気で怖くなって、押し寄せる人をかき分けて少し下がって非難したほどだ。そしてその数日後、札幌公演で女性が死亡し、コンサートでのセキュリティー体勢が大幅に見直される事件になったっけ・・・

マークさんの「時の魔法」のアルバムをMP3でダウンロード買いしようと思って、そうか、日本のアマゾンからはダウンロード購入ができない事を思い出した。視聴してみるとGAROの曲のアレンジも堀内さんらしいヴァージョンになっていて、多分売れ線を抜きにして彼らがオリジナルに作りたかった音に近いんじゃないだろうか。そして参加しているミュージシャン達の豪華な事 40年近くも経って、各々に活躍している人達がこのアルバムの為に集まってくれたというのは本当に素敵な事だ。マークさんの人柄なのかな。

時の魔法によって蘇った懐かしい曲達、そしてMark from GARO。でも、歌/音楽を蘇らせる事ができても、人の命を蘇らせる事はできないね・・・今頃になってやっぱり胸が痛む。日高さんが亡くなったニュースはロンドンに来てからだった。ビックリ仰天した。今のようにネットなんてなかったから詳しい事は解らなくて、「マンションから転落死、自殺?」という事だけしか私は知らない。36歳なんて、男の人が人生で一番カッコ良く活躍できる時だったはずなのに・・・ただ、ただ残念だよ、、、

ガロついでにYoutubeで昭和を徘徊。奥村チヨさんとか、広田三枝子さんとか、遠い記憶で実際にはちゃんと覚えていなかった人達をもう一度見てみると、やっぱり昭和の歌手の人達は「歌が巧い」。当たり前なんだけど、歌唱力/表現力が今の時代とレベルが違う。プロの歌手として売れるためには何ができなくてはいけないか、を厳しく教え込まれてきた人達だ。作詞家/作曲家の先生達の力が大きく、事務所やレコード会社の商戦等、本当に自分の歌いたい歌を好きに歌えた人はどれだけいたのだろう?それでも売れるために積み上げて来たプロの力は明らかだ

「マーク復活」とはいっても堀内さんだってもう64、、、時の魔法のプロジェクトの途中で大病をされて数カ月も入院し、麻痺してしまった手でギターが弾けるようになるまで数カ月のリハビリをされたとか。でもなんだかすごく嬉しいなあ、、マークさんがもう一度ガロの音を届けてくれた事が。あの3人でのハモリはもう聴けないけれど、彼らの音楽をよみがえらせてくれた事が

生きていてこその時の魔法だ。死んでしまったら、、、そこから先へは行かれない
日高さんが生きていたら、再びライヴでの時の魔法もあり得たかもしれないのに。やっぱり今さらながらすごく残念
久しぶりに大昔の自分に戻ってちょっと感傷に浸りながらのガロ徘徊の日々・・・



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20年以上ぶりか、V&A(ヴィクトリア&アルバートミュージーアム)に行ったのは・・・
ロンドンに来た頃は何度も行ったのに、今は北に住んでるので、ウェストエンドよりさらに西/南にはとんと足が向かなくなってしまった。本当は大好きなエリアなんだけどね、サウス・ケン(South Kensington)

さて行って来たのは、デヴィッド・ボウイー展。今年の初め(彼の66歳の誕生日)に10年もの沈黙を破って突然新しいシングルを発表し、さらに3月にはアルバムも配信販売するというニュースでビックリ仰天させてくれたボウイー。業界関係者の中には、ボウイーのオフィスからメールが来てるのをみて、「死んだのか!?」と思ってしまった人もいたそうだ。私が今まで彼の事をブログに書かなかったのは、とにかくこの10年話題が無かったし、書くとなるとあまりにも歴史と思い入れが多過ぎて書けなかったから。でもMy Artistsの筆頭に挙げるのはこの人なのです

実は私はボウイーのキャリアの後半から追いついた世代だ。彼を世に知らしめた「Space Oddity」やその後のグラムロックの代表となるジギー・スターダストアラジン・セインの頃はリアルタイムでは知らなかった。クイーンやレッド・ツェッペリンに夢中になっていた70年代半ば頃も、もちろんDavid Bowieの事は知っていたけれど、当時彼はアメリカに住んでいて、丁度ドラッグ中毒でヘロヘロになっていた頃だ。私が初めて彼に追いついたのはニコラス・ローグ監督の「地球に落ちて来た男」という映画と、その後のアルバム「Station To Station」からだった。ドラッグで、いつ死ぬかという状態から抜け出し、ヨーロッパに戻って再生した彼は80年代に再びピークを迎える。この頃からが私のリアル世代だ

このエキシビションは3月から6ヶ月間開かれていて、チケットは毎日入場時間が15分毎に決められている。半年間のチケットはすべて売り切れで、当日券は毎日数百枚が出るらしい。何故入場制限があるのか、行ってみて納得。入り口で全員にイヤホーンガイドが配られる。さすがは21世紀、、、このガイド、会場内を歩くうち、各々のスポットの前に立つと自動的に解説が入るようになっている。順番という事ではなく、後からまた戻っても先へ飛ばして進んでも、ちゃんとそのスポットでの解説が流れるのだ。インタビューやステージショットも多く、どうしても各所で立ち止まる時間が長くなる。入場してから10m程進むのに15分くらいかかる・・・

来ている人達の年齢層がとても広い。老若男女とはこの事だ。でもやっぱり圧倒的に多いのが40~60代だろうか。ボウイーになりたくてなれなかった苦い青春を過したかのような男性達や、70年代のジギー・スターダストのコンサートで泣き崩れながら叫んだ少女時代がありそうな御婦人達・・・そして彼等の孫か、、?と思うようなまだ10代になったばかりの子供達まで。みんなひとつひとつのコラムを時間をかけて見て行く。書かれた解説を端から端まで読み、展示物をしげしげと見つめ、随所にあるVDUスクリーンの前に立ち止まって見入っている。だから進むのに本当に時間がかかるのだ・・・

有名になる以前のアコースティック時代から、グラムロック時代、アメリカ時代、ベルリン時代、そして80年代のポップな時代、その後のバンド時代、そして熟年の90年代、、、、彼が生み出して来た世界のなんという幅の広さ 音楽だけでも一人のアーティストとは思えないバラエティーだ。そして彼の凄いところはその発想のひらめき。他の誰もデヴィッド・ボウイーのようなキャリアも持った人はいない。作詞、作曲だけでなく、ステージでのビジュアルや表現するための手段とカリスマ性は稀少な才能としかいいようがない。ダンスやマイムから学んだ表現力は後に役者としても活用される。実は私は役者の彼が好きだ

ちょっとした言葉の組み合わせで面白い語ができると、そこからもう歌が一つできあがってしまうくらい想像力が膨らむ、と本人が言っている。そしてそれを表現するために自分を別の人格にしてしまう事も厭わなかったチャレンジ・・・コカイン中毒で何度か危機を迎えながらも彼は生き延びて、エネルギーに溢れて復活する。彼はサバイバーだ。
今回10年ぶりにアルバムを発表したのだって、誰も予想もしていなかった。まったく情報漏れのなかったビックリニュースでいかにも彼らしい。

展示会場の最期はちょっと広いスペースの3方が天井までのスクリーンで、いろんな時期のコンサートの一部を流している。みんな歌に合わせて体を揺すったりちょっと口を動かして一緒に歌ったりしているのだけれど、音はあくまでも全員のヘッドホンで聞こえるだけなので、ヘッドホンをはずすと沢山人がいるスペースに音楽は全く流れていないのだ、変なかんじ・・・ここには座れるようにベンチがあって、立ち疲れたせいもあって、みんな結構長く座っている。

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隣のコーナーは彼が出演した映画/舞台を、作品毎に3ー5分くらいずつ映像を流している。「戦場のメリークリスマス」のポスターもあって、処刑の朝、マイムで髭を剃るシーンをやっていた。貴重だったのが、ブロードウェイで彼がメリックを演じた「エレファント・マン」の一部。これは見た事がなかったので嬉しかった 
数々のコンサートでの衣装の展示や歌詞の書き付け、ツアーの照明プラン、ビデオの絵コンテのスケッチ、ボウイー自身の膨大な量の手書きの資料が並ぶ。写真でしか見た事なかった彼が描いた三島由紀夫のポートレート(油画)も。
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実は特に新しい物があったというわけではない。彼の歴史、歌詞の制作過程、衣装、インタビュー内容、それらはファンならば皆知っている。知っているのだけれど、それでももう一度見入ってしまう。絶対無二のアーティストが40年の間にやってきた事は膨大なアイデアとインスピレーションに溢れていて、時代がいくつ廻っても追いつかないんじゃないだろうか・・・結局私は2時間半も会場にいた。その後はショップでここでも20分程うろうろしたから、なんと一つの展示会に3時間。お腹が空くのも忘れていた。

それにしてもちょっと気になるよ、、、アルバムを出してこんな大掛かりな展示会があって、、、なんだかこれが本当に最期なんじゃないだろうかって。最近テレビやラジオで彼の特集番組がいくつもあったけど(若い世代は多分デヴィッド・ボウイーを知らないからか?)、リアル番組でのインタビューとかは全くやってない。本人が表に出て来ないのは何でだろう??去年のオリンピックの開会式も、演出のダニー・ボイル氏が直談判で頼んでも出るのを断ったそうだ

でも彼はDavid Bowieだからね、まだ何か企んでるのかも・・・


仕事ー夕食ー寝るの連続だった2週間からやっと復活。何もしないままに過ぎてしまった時間をいまさら悔やんでも仕方がない、、、ちょっと休憩していたという事で、やっとこさ現実に戻って来た感じ。
で、目覚めてみれば・・・いつもと違う時期に日本に行っていたのでなんだか今でも秋気分でいたけれど、気が付けばもう12月!見回せば街はクリスマスに向けて一直線という空気になっている

クリスマス前1ヶ月というのはいろんな商戦が盛んになる。クリスマスに向けて人々がカードやプレゼントの買い物に走り回るのはもちろんだけれど、この時期クリスマスNO1に向けてのヒットチャートの駆け引きが始まるのだ

毎年恒例になったオーディション番組のX factorもいよいよ大詰めで、今日最期の3組が決定して来週はファイナルだ。今年は私が日本にいる間に女性陣が全滅してしまい、ラスト3週は男性歌手のみでの争いになっている。それなりに残るだろうなと思われた人達が残ってはいるのだけれど、途中から敗者復活の形で一般投票で呼び戻されたクリストファー・マロニー氏(28歳以上)がここまで残ったのは凄い。最初のオーディションの時、手がガチガチに震えていて、見てるだけでこっちが手に汗をかきそうな位だったのに、歌い出したら素晴らしくのびのある声で歌い上げて会場を沸かせた。年齢的にもちょっと一昔前の歌が合うので、どうしてもちょっとディナーショウの感じになってしまうのだけれど、彼の声にはもっと聴いていたくなる何かがある。ステージで通る声だし・・・優勝できるかは解らないけど、もしアルバムをレコーディングしたらきっとダウンロードして聴くだろうな

X factorの優勝者がクリスマスNo1を狙っているのは毎年の事だけれど、最近はそればかりでなくなってきている。X factorの優勝者を一位にしない為に、わざと別の曲の売り上げ/ダウンロードを呼びかけて阻止してしまったのが数年前。去年は戦地に駐屯する兵士の夫人達が感動的なコーラスで見事にX factor優勝のガールバンドを抑えてクリスマスNO1に輝いた。今年もRihannaの新曲が凄い勢いでチャートを昇ってるし、もうひとつ、私が個人的にすごく好きなのがこれ。



大手デパートのJohn Lewisのクリスマス用のテレビCM。John Lewisは毎年ちょっと良いCMをこの時期になると商戦に持って来るのだけれど、今回のタイトルは「Journey」クリスマス前のある日、スノーマンが彼女の為にプレゼントを買いに旅に出る。のどかな田舎から森を抜け、危険な目に遇いながら街へと旅するスノーマン。汚れ、疲れて彼女の元に戻った彼は素敵なプレゼントを送るのだった・・・というショートストーリー。このCM曲は80年代のヒット曲、Frankie goes to HollywoodのThe Power Of Loveという曲で、今回歌っているのが若干20歳になったばかりのアコースティックなシンガーGabrielle Aplin。2ー3年前からYoutubeにいろんなカバー曲をアップしていたという彼女は去年レコード契約をしたばかりでまだ無名だったのが、今回のCM曲での抜擢でチャートを上昇中だ

直前のどんでん返しを狙って来週あたりからいきなり仕掛けて来るものもあるかもしれない。毎年イギリスのクリスマスNO1というのはちょっと特別で、思わぬ所から予期しないものが一位になってしまう事がよくあるので要注意なのだ

ホリデー事実上の行動1日目は、まず友人と丸ビルでランチ。新しくなったという東京駅を眺めながら、滅多に行かない丸の内を見回してみる。私の記憶にある東京駅とどこが違うのが良く分からないままにとりあえず写真を撮ってみる。 思ってたよりちょっと寒い東京だけど、雨なのはこの日だけでまた晴れるというので我慢の一日
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夜は妹と六本木ヒルズへThe BeatniksのDVD発売記念上映会に行ってきた。いや〜懐かしい!!
80年代のYMOから繋がるミュージシャンや当時のYENレーベルのアーティスト達、大好きだった
The Beatniksはムーンライダースの鈴木慶一さんとYMOの高橋幸宏さんが結成したユニットで、最初の時の曲を聴いたきり、イギリスに来てしまった身としてはその後聞く機会がなかった。不定期に数回行われたコンサートも今まで正式なDVDにはなっていなかったそうだ。

懐かしいなあ〜、こういう音を今でも作っているというのが嬉しい。上映会の合間にはお二人の舞台挨拶があって、そろって登場。幸宏さん若い!! 60には見えないわ、、、、鈴木さんは私は本当にもう25年くらいお姿を見ていなかったので、ちょっとそのユニークな変貌ぶりに驚いた。でももう還暦越えてるんだものね・・・・

今ではすっかりソフトウェアーで音を作れるようになったから、シンセサイザーもコンパクトになったよね。ラップトップのコンピューターで操れるから、舞台上のメンバー達も良く見える。もう長い間聴いていなかった音。電子音が好き、という事ではなくて、音楽の中に沢山の音を導入させて作られたサウンドのコーラスが心地よいのだ

音を作るミュージシャンというのが最近はすっかりいなくなってしまった。70〜80年代は、それぞれのバンドの音そのものに個性があって、ミュージシャンというのは音楽を創り出す職人だったのだと思う。今の時代はなんだかアイドル歌手ばかりが出てきてしまって、音を一から作る職人技を持ったミュージシャンがいない。イギリスでもX-Factor出身の歌のうまい歌手というのは次から次へとでてくるけれど、その昔イギリスが誇った音楽文化としてのミュージックはもはや存在しない状態だ。オリンピックの閉会式が物語っていた。

トークでのお二人はなんだかお笑いのようだった。10年前のThe Beatniksのスタジオライヴとその間のインタビューも上映されたのだけれど、10年前と今日と同じことを言っているので会場には笑いが・・・・
人気やチャートに左右されない音楽職人によるミュージックが、今も確実に存在していることが嬉しかった
還暦すぎても、また10年後でもいつまでも素敵な音楽を作り続けて欲しい。

第一日目は雨の東京だったけれど、今週はこれからはずっと晴れるそうだし、美味しいもの食べまくりの毎日になりそうだわ〜〜


12~13日は英米での2つの賞がニュースになった
一つはロサンゼルスで行われた音楽のグラミー賞、そしてロンドンで発表になった英国アカデミー賞

なんとも残念な事にグラミー賞前日にWhitney Houstonがホテルで亡くなっているのが発見された。グラミーがらみのパーティーや授賞式に出席するために滞在していたのだから、亡くなる理由なんてどこにもなかったはずなのに、本当に残念。どうして希有の才能に恵まれた人達がその道半ばでいなくなってしまうのか・・・?!

グラミー賞は、嬉しい事に私も大好きなAdeleが六冠。彼女の声はとてもソウルフルで、デビューして話題になり出した頃からうちの彼がイチオシしていた。おデブちゃんな人だけど、深い声と彼女の書く曲には説得力がある。最初は30過ぎかと思ってたら、なんと88年生まれの現在23歳という事でこれまた驚き。あのマチュリティーはどこから出てくるんだ・・??

英国のシンガーソングライターでグラミー賞をいくつも穫ったアーティストといえば、去年亡くなったエイミー・ワインハウス(Amy Winehouse)を思い出さずにはいられない。彼女も他にいないアーティストだった。女性でR&Bを歌える声を持った若いアーティストというのは今ほとんどいない。自作の曲はどれもユニークで、まだまだその才能を発揮していくものと思われたのに、自身の中に才能を咲かせる畑を耕せなかったという事か。酔っぱらい、薬でフラフラになってステージに上がる姿は痛痛しかったし、旦那の逮捕や奇行等ばかりが話題になってしまって、本当に悲しい最期だった。

そしてウィットニーも・・・歌唱力では他の追随を許さないとまで言われた歌姫が、まだ50にもならないで突然で発見されるなんて 彼女も結婚してからはあまり幸せではなかったようで、ドラッグ/アルコールと戦いながらの晩年だったそうだ。薬物/アルコール依存は本当にやっかいだ。「や〜めた!」と言ってやめてしまう事ができいない病気だからだ依存症になってしまったら、完全に断つまでは決して幸せにはなれない。これはどんな人でも同じだ。お金がある人は尚更。なぜならいつでも欲しいだけ(必要なだけ)あるいはそれ以上を手に入れる事が可能だからだ

Adele嬢は今のところその心配はなさそうで、いつまでも健康的な歌手であって欲しい。それにしてもさすがにハリウッドのメイクは凄いわあ〜〜・・・だってメイクアップだけで5キロは痩せて見えたよね。さすがにダイエットもしてるんだろうけど、身体はそれほど変わらないのに、顔がとにかくメリハリばっちりで、一瞬見違えたわよ。よく知ってる彼女の顔じゃなかったもので・・・

BAFTA(British Academy of Film and television Arts)のほうは映画賞の発表。英国アカデミー賞は映画だけでなく、テレビ部門も別の機会に授賞式がある。
最近は映画館で映画を観る事はめっきりなくなった。公開された時のレビューをチェックして、後でDVDで観るというのがパターンになってしまった。前から目をつけていたのが、Tinker Tailor soldier spyThe Artistの2本で、思ったとおりこの2本はいくつものノミネートに入っていた。受賞の手応えはThe Artistの勝ち。白黒のサイレント映画という異色なスタイルで監督賞、映画賞、主演男優賞、さらに脚本賞も含む7冠という快挙だった。「(サイレント映画なので)脚本は無いと思った人もいるかもしれません」とあいさつして笑いをさそった

Tinker Tailor•••のほうは、007とは全く対称的な70年代のスパイもの。英国情報部にソ連のスパイが紛れ込んでいるとの情報から、その正体を割り出そうと容疑者達にコードネームをつけて裏切り者をあぶり出す使命に奔走する。一筋縄ではいかない2重スパイ探しの話で、イギリスではテレビドラマになったのを知っている人が多いようだ。うちの彼もテレビシリーズを覚えてると言っていた

こちらはやっぱりキャスティングが面白いので是非観たい。主演にGary Oldman, 他にもJohn Hurt, Colin Firth, Tom Hardy, Benedict Cumberbachと、面白い実力派が並ぶ。アメリカスパイ映画とは一味違うイギリスらしい映画になってるようだ。受賞数ではThe Artistに負けたけれど、興業ではトップだった映画だ。DVD待ちのトップリストに入れておこう

メリル・ストリープがその演技力で賞を穫ったのはもう何度目なのだろう? 今更、、ていう感じもするけれど、彼女のマギー・サッチャーはクリップを観ただけでもそっくりだ。何と言ってもイギリス人の背筋をゾワっとさせる(ある人は吐きそうだとまで言う)あのアッパークラスもどきなアクセントを見事に再現している所が凄い。彼女は昔から役の度に英語のアクセントを忠実に変えて演じて来た。デンマーク訛りやスランス訛り、アメリカ国内でも地域の設定でその州の訛りを見事にこなして演じるので定評がある。これも一種のマルチリンガルに近いかもね。言語のセンスが素晴らし良い人なのだと思う

主演女優賞を受けたメリル・ストリープがなんと壇上に上がる際に階段で靴が片方脱げてしまった。さすがは大女優、一瞬困って振り向いたものの、かがんで拾うなんて事はせずにそのまま胸をはって壇上へ。合図を受けた女優賞プレゼンターのコリン・ファースがスマートに靴を拾い、彼女のロングドレスの足元で履かせてあげた。「プリンス・チャーミングがシンデレラの落とした靴を履かせてあげたようです」という司会のスティーヴン・フライのユーモラスなしきりでなごやかな笑いになった。恥ずかしそうに笑いながらスピーチをするメリル・ストリープがチャーミングだった。もう60を過ぎているのにね。少女のようで、それでいて貫禄たっぷりのベテランだ。確かな演技にはハズレがない、これって凄い事だと思う

日本のドラマもちょっと追いついて観ている。大河は正直面白く無いなあ〜〜。言葉に魅力が無い脚本は聞いていて違和感を感じてしまう。台詞自体がなんかヘンな感じがするだけでなく、清盛の物言いもおかしい・・・台詞をこなしているのは中井貴一さん、上川隆也さん、あと阿部サダヲさんかな。鳥羽上皇(三上博史さん)がお隠れになったらその先は観ないかも、、、、




今年のUK クリスマスNO1はこちら!Military Wives Chiorによる「Wherever You Are



てっきり今年もX-factorの勝者がクリスマスNO1を穫るものと思っていたら、別の所から人々の心を捉えてわずか数日でどんでん返しの一位になったのが「Wherever you are」、歌っているのは素人の主婦達。彼女達はみんな英国軍に所属してアフガニスタンに赴いている兵士達の妻だ

イギリスに住んでいて、日本では絶対に感じた事の無いものというと、soldiers=兵士達の存在だ。
日本にも一応自衛隊というものはあるけれど、自衛隊は軍隊として参戦して敵と銃弾を交える事はない。

テロ事件が続発して、タリバン政権を倒したアフガニスタンの戦争から10年。あれが正しかったのかは賛否あるところだけれど、以来アフガンの治安維持のために英軍はずっと駐屯している。昨日(クリスマスイヴ)も、現地で負傷してイギリスに急送された兵士が病院で亡くなった。彼がこの10年で393人目の殉職兵士だ

英国では毎年11月にRememberance dayというのがある。第一次大戦以降の殉職兵士達を追悼する行事だ。Rememberance Sundayと呼ばれる日曜日には、女王及びロイヤルファミリーが戦没兵士の記念碑に花輪を捧げ、黙祷する。各地の地元でも献花やパレードが行われ、私の 住む地元でも小規模ながら毎年行われている。

テレビ番組シリーズに「The Choir」という番組がある。30代の若きコーラス指導者、ギャレス・マローン(Gareth Malone)が、ほとんど歌えない素人達を集めては歌う喜び、コーラスグループの連帯と友情を築いていく、というドキュメンタリーシリーズだ。今回ギャレスはプリマスでアフガンに赴いた兵士達の妻を集めてコーラスグループを結成し、半年後に任務を終えて帰国する彼等の歓迎会で歌おうと企画する。

歌は全く素人の主婦達が、毎日の日常(子供の送り迎え、洗濯、掃除、買い物)の合間をぬって集まり、ギャレスの指導のもと、なんとかコーラスらしくなっていく。そしてどんどん話は大きくなり、11月にロンドンのロイヤル・アルバート・ホールで行われるロイヤルファミリー列席の追悼セレモニーで歌う事が決まる。BBCで全国放映もされるこのフェスティバルの為に正式に歌を作るため、ギャレスはメンバー達に、夫と家庭に残った妻達の間に交わされた手紙のやりとりを見せてもらえないか、と持ちかける。その中に詰まった思いの数々、不安、励まし、希望、悲しいニュース、何気ない日々の報告,、、何百通もの手紙に目を通した作曲者は、Wherever You Areという歌を書き上げた

ミリタリーのバラック内に住んではいても、お互いにはほとんど知らない同士だった妻達が、夫の所属する部隊やランクに関係なく新しい友情の絆を結んで行く。初めは感情がこみ上げて歌詞を見ただけで泣いてしまって練習にならなかったりしたのを、ギャレスは皆を抱きしめ、励まし、持ち前の明るさで引っ張って行く。彼は本当に情熱を持った指導者だ。半年後に帰国した夫達は、歓迎の場で妻達の自信に満ちて歌う姿に驚き、感動する。11月のロイヤルフェスティバルホールでのセレモニーでは、感動の拍手喝采を浴びた。上のクリップはこの時のもの。指揮をして皆をリードしているのがギャレス。(この他にCDになってからオフィシャルなビデオもできたけれど、こっちのほうが歌が感動的)

この曲がチャリティーCDになって発売されたのは7日前だ。おそらく初めはそこまでの予定は無かったのかもしれない。ただ時期がタイムリーだったのと、このドキュメンタリー番組の他にもBBCラジオで人気DJがプッシュした影響もあってか、CDの販売やダウンロードがうなぎ登りに。2週間前にX Factorで優勝したLittle Mixが、先週一位になりながらも今ひとつセールスが伸びなかったところへ、アッいう間に追い抜いてしまった

ギャレスがアルバートホールのフェスティバルの後で言っていた。「今まで軍人の妻達の声を人々に届ける機会というのはどこにも無かった。今回はがそれを実現させた。」歌うという事で結びついた彼女達の晴れやかな顔が、何よりも危険な任務に赴く兵士達の誇りになるはずだ。

日本での私の世代は子供のころから戦争の思い出は悲惨なもの、二度と繰り返してはいけないもの、起こってはいけないもの、という意識を植え付けられて来た。今でも日本で毎年夏になるとお涙頂戴の戦争ドラマが出て来る。特攻隊で死んで行った若い兵士達の話を涙、涙で語るわりには、彼等を誇りにするという意識はない。それは日本が間違った戦争の仕方をしてしまったからだ。最期まで戦って負けた事を誇りにできない過去があるからだ。日本には戦争のヒーローはいない

今年だけでも50人近くの兵士達がアフガニスタンで命を落とした。それも殆どは20代から30代前半の若い兵士達だ。このコーラス隊のメンバー達もまだ小さな子供がいる人達がほとんど。メンバーのひとりが言っていた。「移動の度に何度も引っ越すし、彼が危険な場所に配属される時はいつも本当に心配で、このGood byeが最期になりませんようにって祈っています。でも私達が選んだ生活なので、日々をしっかり守っていくしかないわ」

主婦達の声が人々の胸に届いたクリスマス NO1

どこにいても

あなたがどこにいようと 私の愛があなたを守る
私の心で 時と距離を繋ぐ光の橋を架ける
どこにいても 私達の鼓動はひとつ
あなたが任務を終えるまで 毎晩夢で抱きしめる
あなたは暗闇に光を放つ星
私達の希望と夢は永遠に光り続ける

闇に光を照らして あなたは平和の騎士 
あなたの回りで星が輝きますように
あなたの勇気がくじけませんように

私はどこにいても 日々あなたを愛し続ける
暗くて辛い道でも 信じる心をもってあなたを守る
どこにいても 夜の間でも離れない
毎日祈り続ける 無事に帰ってくる日を 新しい光を






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