また2月からはエネルギーを取り戻すぞ!! という事で、今年第一弾の舞台はベケットのWaiting for Godot(ゴドーを待ちながら)。去年、3ヶ月限定で上演されたヴァージョンの再演で、イアン・マッケルンのエストラゴン、ウラジミールは昨年のスタートレックの艦長さん=パトリック・ステュアートから変わってロジャー・リーズが演じている。
邦題「ゴドーを待ちながら」、サミュエル・ベケットのこの芝居はむか〜しから聞いていて、当時「不条理劇」なんて言葉も聞いた。アルベール・カミュとか別役実とかと並べられて語られる事が多かった部類の作品だ。実は昔の私はこの手の芝居はあまり好きなタイプではなく、もちろんいろんな分野で演劇の面白さはあるのだけれど、アングラっぽいものや、よくわからない系の芝居は二の次に考えていた。観客が劇場で頭を使わなくちゃいけない芝居というのは、私の目指していた演劇とは違っていた。
そんなわけでまさに、やっと観たという感のあるこのWaiting For Godot。イアン・マッケルン氏がとても好評だったので、楽しみだった。
2人の浮浪者がゴドーという人物に会うために彼を待っている。待つ間に冗談を言ったりとりとめのない話しをして時間を潰す。何も起こらない。会話の内容も殆ど意味が無い。そこへ召使いの首に縄をつけて金持ちの男が通りかかる。長年仕えてくれたこの男を売りに行くのだ。まるで奴隷か犬にでも命令するように年老いた召使いを扱う大男。ヘンな奴らとのヘンな時間を2人の浮浪者は分かち合うのだが、相変わらず何もストーリーらしい事は起こらない。金持ちと召使いが去る頃はもう夜になっている。すると少年がやってきて、「今日はゴドーさんは来られません、明日来ますのでまた明日待っていてください」と言う。2人の男はその夜の寝床へと分かれて行く。
そして2幕、同じように2人は同じ場所でゴドーを待ち続ける。そしてまたしても昨日と同じ2人連れに会う。夜になるとまた同じ少年がやって来る。状況は昨日=一幕と同じ事の繰り返しなのに、すべてがずれている。エストラゴンは昨日も同じ場所でゴドーを待っていた事を覚えていない。さらに昨日は大いばりの風体だった金持ち男は盲目になっている。昨日は主人に言われるまま行動し、あげくに歌ったり踊ったり哲学的演説まではじめた召使いは、聾だという。「昨日は違ったじゃないか、何時からだ!?」と問いかけてもまるでずっと昔からそうだったかの様子だ。
一幕を通して「何だこれは、、何も起こらない」と思い続けていた観客はこのあたりから芝居の仕掛けに気付き始める。正直、演出の悪さ加減では、一幕で出て行ってしまう客がいたとしても不思議じゃない。それくらいなんてことない台詞の掛け合いが延々と続くのだ。
でも2幕では、同じ場面の繰り返しが、実はまったく別世界のものになっている。昨日の事は現実だったのかどうかもはや解らなくなっている。何度も「ここでゴドーを待っていなくちゃいけない」と繰り返すこの浮浪者達が、実は本当にゴドーを待っているのかさえも、最期には疑わしくなる。昨日と同じ少年がやって来て、これまた同じ事=ゴドーさんは明日来ます、を告げる。どうみてもホームレスにしか見えない彼等にYes sir、 No sir とサー付けでいちいち返事するあたりも実はおかしい。
よく見てみると、最初に「立体感のあるセットだな」と思った舞台セットさえも、なんだか工事予定地なのか、廃墟なのか、地震あるいは戦争の直後なのか・・・とよくわからない。ただゴドーとの待ち合わせ場所として指定された一本の木だけが居場所として存在している。
2人の浮浪者は最期に自殺をしようかと試みるが、それさえもうまくいかない。ボロボロのズボンの紐はヨレヨレで簡単に切れてしまう。結局「明日ちゃんと自殺しよう、もしゴドーが来なかったら、、、」という事になる。
昨日と今日が夢と現実なのか、今の真実は明日の真実なのか?昨日生きていた者が今日死んでいるとしたら、今日死んだ人間は明日生きているのか・・・?
な〜るほど、こういう仕掛けか・・・と思い始めると2幕はかなり面白く観られた。イアン・マッケルンの演技のチャーミングな事!!巧い。
最初に登場した時から彼の名演に目がいってしまう。1幕の何のヘンテツもない台詞の応酬に笑いをもたらし、退屈という落とし穴から観客を救う。細かいよ、演技が。流石です!少年以外の登場人物は皆それなりに年配なのだけれど、とてもチャーミングだ。
ベケットの原作はフランス語で書かれたというのも初めて知った。彼はアイルランドの人だと思ってたら、フランスに長い事住んでたんだね。こういう芝居を観たのは本当に久しぶり。20代の事には「よく解らない」と素通りしがちだったけど、こうしてちゃんと観てみると演劇を通しての問いかけが見えて来て面白い。答えは無数かゼロか、なんだけどね。
無駄のない演出で、観易い作品に仕上がっている。「ゴドーを待ちながら」の次になんと続けるか・・・
待ちながら観た世界は昨日の現実で今日の夢で幻想で真実、、?劇場でしか味わえないといえば確かにそうだね。この不思議感が楽しめた。ベテラン勢の名演で引っ張られる舞台だ。