見つけもの @ そこかしこ

ちょっと見つけて嬉しい事、そこら辺にあって感動したもの、大好きなもの、沢山あるよね。

カテゴリ: 舞台・芝居全般


心がなんとなく曇っていたので、2月は書きたいことが頭にはあったものの、文字にするのが億劫なまま過ぎてしまった。でも3月になって「早生まれは一年得!」と思っていた自分も赤い誕生日の大台ということで、心機一転!。残りの人生のほうが今までの半分もあればラッキーなのだから、と心を取り戻すべく 自分の人生を大切にすることにした。

ロンドンはまだまだ劇場再開にならないけれど、ようやく春から少しずつロックダウン解除の調整がされ始めている。ここで間違ったら大変だから、政府の慎重な対策は無理もない。それでも夏頃には劇場も再び開けられる方向になってきていて、いくつかの芝居は夏のチケットを販売し始めている。でもまだどうなるかは確定じゃないので、まだしばらくは様子をみるか、、、、

この機会になるべく日本にいられない間のものを見たいと思ってチェックしている。実はもうず〜っと子役の時から応援している鈴木杏さんが今年の読売演劇大賞、紀伊国屋演劇賞を手にして、すごくすごく嬉しい。一人芝居の「殺意」の舞台をやるのは知っていたけれど、NHKのBSで放映があったのは知らなかった、、、う〜〜んすっごく残念、受章を機に再放送してくれないかしら、、?観たかった。せっかくBSやCSも観られるように有料サービスにしたんだから、しっかりとチェックしなくては。

そして今日見つけたのが、「いきなり本読み!」
岩井秀人さんプロデュースのこの企画は、俳優たちが初めて手にした台本の読み合わせを、そのまま観客に見せるというもの。昨年に何度か公演したうち、12月の国際フォーラムでの舞台がテレビ放映されていた。NHK BSありがとう!

いつも「シアターリーグ」のツイッターで、芝居関係の放映状況を把握するのだけれど、なんといってもキャストが大好きなひとたちだ。神木隆之介、松たか子、大倉浩二、後藤剛範の4人。実は後藤さんのことはピンと来なくて「何に出てたかな」とチェックしてみると、なるほど、ドラマなんかはちょこちょこで、ずっと舞台をやってきた方なのですね。声がとても良い役者さんだ。

初めての本読み、もちろん私も遠い昔に経験がある。でも普通は最初の稽古までに本を読む時間があるわけで、全くの初見で本読みをするわけではない。それがこの企画の恐ろしくて素晴らしいところ。しかも俳優は4人だけなので、2役読まなきゃいけないシーンもあれば、男女数が合わなければ女役・男役も。しばらく読んでから初めて自分が女役だと気付いたり、、爆笑もんです。

そうだね、確かに芝居の稽古って、本番より面白いことがたくさん起こる。初めのうちは役者たちもあれこれと試してみるし、演出的にオッケーだったら採用、ダメなら何度でも、、、となる。この舞台では岩井さんが進行役とあって、一場ごとに役のイメージや台詞の口調を考えて配役を変えながら作っていく。

人間の体を乗っ取った宇宙人が、自分たちが持っていない「概念」を人間達との会話の中で盗み取り、取られた人はその言葉の概念を失って理解できなくなる、、、ちょっとSFっぽい作品だ。
違う人のように性格が変わってしまった人を、同じように愛したり憎んだりできるのか、性格が変わったというのは、違う人間になったのとは違うのか、なんて事を実験的な読み合わせをきいて爆笑しながら考えてしまう。

だんだん話も佳境に入り、最後には「愛」という概念を与える=失くすという決意に辿り着く。愛するという概念を失くしたら、人はどう変わるのか、、、というところで、この企画はいつも最終場面までやらないというのがルールなのだそうだ。結末はわからないまま、ただ俳優たちが初めて出会った台本をあれこれと作り替えながら作品のイメージを作っていく、というもの。

本読みの先にあるのが立ち稽古だ。舞台に立った状態をつくる、この立ち位置、セリフの掛け合い位置、セットとの見え方なんかがまた試行錯誤の連続だ。そうだね、芝居を作るのはおもしろい。やってる時は本当に辛いと思う方が多かったけれど、それでもやっぱり好きで、辛いのも楽しかったからやってたんだね。こんな企画、ほんとうに今までなかったよね。5月からWOWOWでレギュラー番組になるらしい。必ずチェックしよう。

BSやCSも見られるのはうれしいのだけれど、本当にいつ何をやっているのかが追いつかない。映画チャンネルや衛星劇場、ライヴなんかのチャンネルを全部チェックしたら相当いろんなものが見つかるんだけど、なかなか時間もない。そうこうするうち、あと2週間でフィギュアスケートの世界選手権だ。ロシアは不調のコストルナヤちゃんに勝ったリーザ姉さんが6年ぶりに出場する。これは嬉しいことだ。

ISUはシニアの年齢を17歳に引き上げることも検討しているそうだけれど、私はその方が良いと思うな。ジュニアからシニア1−2年でトップになってそのまま次の世代に交代なんて、やっぱりスポーツとして選手の成熟期間が短すぎる。男子だって、大人の筋肉がちゃんと出来上がる年齢を考えたら、シニア競技の年齢引き上げには私は賛成だ。

コーチを行ったり来たりと、コストルナヤも今年は大変だったけれど、まずCovid−19がちゃんと完治しているのかどうかが先決だ。後遺症についてもいろいろ言われているのだから、スポーツ選手にとっては命取りだ。まあ、エテリさんにとっては、もう既にオリンピックでメダルを狙える次の子達が何人もいるのだから、彼女一人が今更どうなってもあんまり痛くはないんだろうなあ〜、、、

どうか世界から集まる選手たちが安心して力の限り戦える世界選手権になりますように。スウェーデンはまだ感染者が増えている状況の様子。イギリスはやっと死者数がグッと減ってきた。明日からは学校が再開する。あ〜〜道が混むよー、朝の通勤が今まで静かだったんだけど、それも終わりか〜。

それにしても寒すぎる、、最高で5-6度って3月には異常だ。水仙も一応咲いてるんだけど、「あら?間違えました?」っていう感じがする。早く春らしくなって欲しい。



もう10日になってしまったので、今更新年、、、というのもおかしいかな。
いつもなら、もう10月頃から「来年の初芝居は何にしようか」とチケットを厳選して楽しみにするのだけれど、今年はそれもかなわず。実を言うと、一時期だけ一部の劇場が空いて、(席数は制限されていたが)ベケットの芝居をやっていたので「どうしようかなあ〜」と思ったのだけれど、やっぱり仕事の後に電車で中心地まで出てまた夜遅くに電車を乗り継いで帰ってくるのはちょっとやめておくことにした。今のコロナの状況は最初の頃の比じゃない、、、、

で、ちょうどライヴ配信をやっていたのが、藤原竜也さんと柄本明さんがタッグを組んだ「てにあまる」だった。舞台のことは情報が入っていたけれど、ライヴで放送というのは直前になって知った。WOWOWで5日にあった舞台放送を今日ゆっくり観た。

初めてのタッグだ。知った時は「へ〜〜、柄本明と藤原竜也の舞台か」と思ったよ。柄本さんといえば「東京乾電池」。劇団畑で演出もやる方なのは知っていたけれど、舞台で見る機会は無かった。個性的は役をテレビでは色々と見ていたけれど、今回舞台で見て「ああ、やっぱり舞台畑の役者なんだな」と思った。異色な組み合わせのようで、実はすごく良いケミストリーが出た芝居になっている!

心理を深くえぐる話は結構きつい。でも現実にある事だし、今はロックダウンの世の中で、ここイギリスでも家庭内暴力が急増加している。みんなストレスギリギリになってきていて、いつ爆発するかわからない、、という人も多いのが現実だ。この芝居の二人=親子は怒り・暴力的な感情を抑えられなくなる、いわゆるキレ易い性格を共有している。普通はどんな人でもある程度の激情は抑えて冷静に戻る事ができるが、たまにそこから勢いのままに取り返しのつかない暴挙にでてしまう人がいる。

性格異常なのか、たまたまのアクシデントなのか、 長男を死なせてしまった父親と兄を失ってしまった次男はその後は違う人生を歩んでいたのに、ある時再び同居することになる。人生を見失ってしまったのは息子(勇気)のほうだった。ず〜っと心に抱え続けてきた暗い闇と向き合おうとしたものの、その闇はどんどん広がってしまっていく。

芝居が始まる時点では、勇気のほうは若いなりに成功してIT企業の社長、メディアにも取り上げられてちょっとした有名人、妻は元モデルで 8歳の娘と高級なセレブマンションに住んでいる。そして父親(この時点ではまだ親子関係は明かされない)は刑務所を出所後は、取り壊し予定のぼろアパートで生活保護を受けて暮らしている。20年ぶりに突然やってきたユウキは自分の高級マンションに住み込みの家事手伝いとして来ないかと持ちかける。
ところが、勇気は表向きはベンチャー企業の社長としてセレブなマンションにいるけれど、実際には仕事はほとんどまとまらず、妻からも離婚されようとしているのだ。さらに有能な部下(三島)はやがて独立して会社を立ち上げるために辞表を持ってくる。

躾か虐待か、にはじまり、カッとなった 瞬間の行為は殺意なのかアクシデントなのか、、、そしてそれ以降自分と向き合うことでどんどん追い詰められてしまう、、、コロナ渦でストレスが募っていく現在の状況にマッチしてタイムリーな芝居になっている。最初にこの芝居の情報を得たとき、「てにあまる」というタイトルがなんだか芝居の題名らしくなくて、ちょっと不思議な感じがした。抑えきれない怒り、激情、とまらない暴力、暴言、、、それらを嫌いながらも止められない、そんな意味での「てにあまる」なのか、、?

「あんた達の世界は私のものとは違うんですよ」というセリフが何度がでてくるが、世界が違うのははっきりと柄本明・藤原竜也の親子と、ユウキの妻、みどりと部下の三島の2対2にはっきり分かれている。役者の演技なのか、柄本さんの演出意図なのか、芝居のしかたも空気もこの2対2で歴然と違いがあるのだ。柄本明さんがやっぱり上手い。それでいてさりげなく藤原竜也を主演にしてくれているんだよね。演出しながらの出演は大変なはずだけど、流石だなあ〜と思って見てしまった。

柄本さんと竜也さんのケミストリーは素晴らしいものが生まれたね。今回の竜也さんは声がよく出ていて、喉に負担のないしゃべりだから聞きやすかったし芝居が生きていた。 シェイクスピアとかだと、やっぱり喉に負担がかかってるのが判っちゃたりすると聞いてて辛くなるからねえ〜〜。長年彼を応援してきて、一時は喉・発声が大丈夫かなと思った時期もあったけど、今回は「巧くなったなあ〜〜」と思った。彼ももう38歳になったんだね、、、信じられないよ〜〜!!実生活でもお父さんだし、これからまた役者として1段階大人になっていかなくちゃいけない過渡期だ。きっと蜷川さんも天国から「うん、竜也なかなかいいよ」と言っているかも。

精神的にはきつい部分もある本だけれど、すごく揺さぶられるものがある。現実なのか幻覚なのか微妙な部分があって、これは演出の狙いなのだろうか、、、はっきりと 結果を提示しないで、見る人に投げかけて終わる、、、途中で、部屋の壁にある絵をわざと斜めにずらす芝居があったんだけど、あれって、何か現実と幻想の境、、みたいな意味でもあったんだろうか、、??ちょっと目についた。まだ最長2週間は見返すことができるので、ちょっともう一度細かい所を見直してみようかな、、でも逆に、芝居は一度しか観ないのが基本なので、これはこれではっきりと解らなくてもいいのかな、とも思う。

芝居ってそういうものなんだよね、だから面白いんだ、作るのも観るのも、、、!! 


3月以来、一度も劇場に足を運んでいない。こんなことはもう40年間なかった事だ。自分が芝居をやっていた頃はもちろん、ロンドンに来てからだって少なくとも1ヶ月に1本は観ていた。多い時は年に15-6本、そのために働いていると言ってもいいくらい。(私の仕事のモチベーションは芝居と日本行きと夏のホリデーだ。)コロナ騒ぎであっという間に今年が過ぎて行ってしまう。何もせず、何も起こらず、の一年になってしまった感じ。かろうじて体重を落として筋肉をつけたくらいが収穫と言えるかな、、、

仕事を再開してからは忙しくてネットでの舞台中継もあまり観られなくなっているけれど、それでもたまに目をつけたものはチェックしている。先週WOWOWライヴで放映された三谷幸喜氏の舞台、「大地」をやっと観た。これは今年の夏に新しくなったPARCOでの公演ということで、最新版。演出もなるべくSocial distanceを考慮したとのこと。

芝居や芸術は「反体制」とみなされて禁じられてしまったある国という設定。それまで活躍していた芝居畑の人々が収容所に送り込まれて、畑の手入れや豚の世話を毎日させられている。その1つのバラックでのお話。国を代表するベテラン俳優の「座長」ことバチェク、物真似上手な大道芸人のピンスカ、女形の人気俳優ツルベチェク、役者兼演出家のツルハ、世界的に活躍するパントマイムの名手プルーハ、 そしてそこに入ってきた映画界の大スター、ブロツキー。芝居よりも裏方仕事が得意で、キャリアとプライドの高い役者たちをあれこれとまとめているのがチャペック、そしてまだ学生で、これから演劇の世界を学ぼうという時にセミナーに参加していた為に逮捕されてしまったミミンコ。この其々に癖の強いキャラクターが集まって寝起きを共にしている。

労働の後は、各班ごとに思想の再教育=偉大なる国の指導者を崇拝するような半ば洗脳的なセミナーが待っているのだが、彼らにとって幸いだったのは、この班の指導員 ホデクが実は演劇大好きな男だということだ。セミナーよりも囚人達=自分の尊敬する役者たちと芝居について語ったり、あげくには自分の書いた本で芝居の稽古をしたりするのが楽しくて仕方がない。囚人たちにとっては願ってもない監視官ということだ。

ある日、好意を持っていた大学の友達が別の女子収容舎にいることが偶然にわかったミミンコの為に、二人の時間を作ってやろうと皆んなでとんでもない計画を立てる。演劇やアートには全く興味も魅力も感じていないくせに、女形のツベルチェクに言い寄ろうとしている政府役員のドランスキーを出し抜いて、若い男女に密会の時間を持たせてやろうと画策する。 ツベルチェクがドランスキーを誘い出して、その間にドランスキーの居心地の良い部屋のベッドを使おうじゃないか、というのだ、、、

収容所での毎日、そこでの制限だらけの毎日の中で、彼らが貫いているのは「芝居への愛情」だ。芝居ができないことの辛さ、たとえ半分遊びでも台本を読んで稽古する喜びを、キャラクター達がそれぞれの立ち位置で爆発させる。今まで築いたキャリアの誇りと、先が見えない未来への絶望感 は、今まさにCovid-19の為に舞台に上がれない俳優たちの思いそのものと言ってもいい。

芝居を愛する心が書いた、芝居を愛する俳優たちによる、芝居を愛する観客の為の舞台

まさにそんな思いが詰まっていて、三谷さんはじめキャストの皆さんの愛情が舞台に満ちている。 事の次第を語って場面を繋ぐのは一番若いミミンコで、演じている池田龍臣さんはこれが初舞台だそうだ。大泉洋、山本耕史、浅野和之、相島一之、辻萬長、藤井隆、竜星涼、と名前が並べば、それだけでいかに個性豊かで実力派が集結しているか見る前から判る。政府側の二人、ドランスキーの小沢雄太さんも芝居好きの気のいい監視官役の栗原英雄さんも、よくあるいじめ役ではなく、ちゃんと愛嬌のある「立場が違うだけ」の役柄を見せていて憎めない。そう、みんなが愛すべきキャラクターなのだ。

結局ドランスキーを騙したことが発覚し、彼らにその罰が下る。 交渉し嘆願するが許される事はない。彼らが受けた罰は、誰か一人を犠牲にすることだった。誰にするのか、、、、、誰がどうやって選ぶのか、、、犠牲になっても良い人間の価値はどうやって決めるのか、、、
三谷幸喜の筆が冴える。ハッピーエンドにならないのが良い。苦い思い出と胸の痛みと共にこれからも生きていかなくてはならないのが現実だ。

それぞれの寝場所を間隔を開けて配置するという舞台装置でさりげなく取られているSochial distanceだが、見ている分には全く気づかないくらいだ。この演出も巧い。

この公演は8月だったそうだが、ロンドンのWestEndはまたしでもロックダウンになってしまった。やっといくつかの公演が再開に向けて動き始めていたところだったので、本当に歯痒い。このロックダウンは来月頭までだけれど、それ以降がどうなるかはまだ解らない。とりあえず人々にとっては、クリスマスに家族と会えるのか??というのが最大の関心事だ。

アメリカではすったもんだでバイデン氏が大統領になるようだけれど、それもまだトランプの往生際が悪いようで正式発表の一歩手前になっている。そして忘れちゃいけないのがBrexitだ。EUとの合意交渉期限は12 月31日。それまでに進展するのか??

来年からの暮らしはどーなるんだ〜〜?? 


WOWOWで放映されていた野田地図の「Q ーA night at the Kabuki」 を観た。野田マップは本当に久しぶりだ。野田さんは以前ロンドンで「Red Deamon」や「The Bee」、「One Green Bottle」など小劇場での公演を何度もやっていたので結構観ていたのだけれど、野田マップとしての公演は本当に最期に観たのって「ロープ」?だったかも、、?

観始めるに当たってちょっと驚いたのが「結構長いな」という事だ。でも展開の早い野田さんの舞台のこと、グイグイ回転していくのだろうなと、、、。そしてタイトルに使われている「Q」はQueenの曲をフィーチャーして構成されているとのこと。それも彼らの4作目のアルバム、「A nihgt at the Opera」の曲で、、、

私はリアルタイムで筋金入りのQueenファンだ。来日公演には中学生だった76年から何度も行ったし、雨の中で出待ちしていた高校生の春、76年のときは雑誌撮影の様子をホテルの垣根の隙間から見ていたり、本当にQueenと一緒に青春時代を送った。初めて彼らの来日公演に行かれなかった83年の時は、私自身の劇団の舞台と重なったからだ。あの時は本当に不思議な気持ちだった。中学生の時から死ぬほど好きだった彼らのコンサートと、私の舞台が同時にあるという事が、、、(規模は大幅に違いすぎるが)

ストーリーは源平両家をロミオとジュリエットに重ねて、戦国時代の背景になっている。これはなかなかのアイデア。源頼朝の妹という設定のじゅりえと、平清盛の息子ということになっているローミオの悲恋がそのままシェイクスピアの芝居と重なる。けれどここに登場するのが30年後のローミオとじゅりえだ。実は生きていたこの二人が時間を超えて、過去の自分たちの運命を変えようと戻ってくる。前半は完全にロミオとジュリエットのストーリーを源氏と平家の目線でなぞってくのだが、30年後の二人はなんとか結末を変えようと要所要所に現れては軌道修正しようとするのだが、実はほぼ修正されずに進んでいくのが面白い。

相変わらずテンポの良い野田さんの本。日英の古典をうまく重ねて、お得意の言葉遊びも随所で光る。この辺りのセンスはさすがだな〜。言葉のつなぎ方が巧いよね。ただ、私としてはどうしても芝居がQueenの曲とうまく合わない。このA Night At The Operaというアルバムに入っている曲は本当にバラエティーに富んでいて、名曲「ボヘミアン•ラプソディー」はあまりにも有名だが、他にも知られざる名曲がいくつもある。B面の「The Prophet's song」なんかは、昔ダンスの振り付けに使おうかと思った事もあるし、短くてもストーリー性のある歌や、もちろん個人的な憎しみや愛情や、いろんな要素が詰まっている、このアルバムを芝居に使おうというアイデアは凄く良い。でも、一つ一つの曲を知りすぎている私には、どうしても目の前の芝居とこの45年前のアルバムとが重ならない。

芝居が面白く進むたびに、入ってくるQueenの曲がどうしてもしっくり収まらない感じが拭えないままに舞台が進んでいく。仕方がないので、自分の中で「これは転換の際の効果音楽」と思いながら観ることにした。Kabukiと謳っているのだが、これもそこまで歌舞伎らしい要素が重要とは思えず、普通に「芝居」で良かったとも思うのだが、野田さんにしてみると、このアルバムコンセプトと芝居に重なるものがあったのだろう。「やってみたくなる」のは演劇人の本能だ。

松たか子さんと上川隆也さんの「30年後のローミオとじゅりえ」そして、広瀬すずさんと志尊淳さんの若きロミオとジュリエット、このキャスティングはとても良い。広瀬さんはこれが初舞台だそうだ。声の使い方は確かに「苦しい」と感じる事もあったけれど、良い芝居をする人だ。ベテランの松さんと上川さんはもう安心して観ていられるし、アンサンブルのテンポも絶妙なので、野田さんの本を楽しめる。

後半は、生き残った二人のその後なのだが、やっぱり野田さんの本はお安いハッピーエンドにはならない。私はだから野田さんの芝居が好きだ。いつも現実を突きつけて、決してお安い結末にしない。結局はこの二人も墓場からは生き延びたものの、その後は2度と会える事なく、ローミオは名を捨てて戦に加わり、最果ての地で「俊寛」のように哀れに故郷を乞いながら死んでいく。輝くような青春を演じる広瀬・志尊コンビのキラキラした若さの恋と、熟年になっても変わらぬ愛を秘め続ける大人の二人の姿が美しく、悲しい。

若さには未来は見えていない。見えないないからこそ希望と、勢いと、無謀さがある。未来から見る過去は、美しく、辛く、暖かさと絶望が。敵味方の立場から「あなたの名前を捨てて」というジュリエットのセリフをここまで膨らませた芝居が出来上がるとは、流石に野田秀樹さんだ。乳母役もピッタリで、まだまだ体が動く役者でもある。竹中直人さんを舞台で見るのも本当に久しぶりでこれで2度目かなあ〜〜?テレビで見るよりも、ずっと良い役者だ。

Queenと歌舞伎は特にフィーチャーしなくても十分面白い舞台だ。Queenの曲でのステージ化といえば、昔、モーリス•ベジャールがモダンバレエを振り付けた素晴らしい舞台があった。歌詞を全て知り尽くしている私にとっては、それが芝居のセリフとぶつかってしまって違和感を感じてしまったけれど、それと気づかずに見ると結構馴染んでいたのかな、、、??

日本での芝居は本当に滅多にみられないのに、このコロナ騒ぎとネットサービスのおかげで、「日本にも危機感を告げるような芝居があるじゃないか」と思わせてくれる舞台を見られるのは本当に嬉しい。もちろん舞台は舞台で観てこそ、なのだが、何しろ世界的に劇場がほとんど開いていないのだから、舞台映像でも充分だ。

 


やっと明日(15日)から一般のショップが再オープンすることができる。今まではスーパーや薬局以外は全部閉まっていたので、多少散歩に出かけてもウィンドウを見られるでもなし、立ち寄れるところも無しの2ヶ月半だった。先週からカフェのお持ち帰りなんかもできるようになって、タウンセンターのスタバもテイクアウェイの人で行列ができていた。(私はスタバのコーヒーは好きじゃないから別にいいけど)

週末の間、各店舗は新しい体制でのオープンに向けて店内を一方通行にしたり、入り口の列用に間隔を開けて印をつけたり、レジのところに衝立をつけたり、、、と準備に追われている様子だった。明日になったらどんなだろうか、、、混み合うのか、それとも大事をとって必要以上には買い物に行かない人たちの方が多いか、、?う〜ん、解りかねる、でもなんとなく後者のような気もするなあ〜〜。

私の職場も一応店舗としてのオープンはできるようだけれど、眼の検査がまだ解禁になっていない。検査せずには新しいメガネは売れない、季節的にはサングラスとか売りたい時期なのだが私とM嬢がフルタイムで仕事に戻るのはいつなのか、、、??そろそろ先が見えないのもイラつくなあ。

もうだいぶ前に観た芝居、「The Madness of Goerge III」の舞台をナショナルシアターのヴァーションで観た。同じ本でも違う配役、演出で観るのは面白い。この芝居は映画版もとても好きなので尚更だ。以前に見た時の感想はこちらです。ちなみに今回のジョージ3世はBBCのシャーロックで兄のマイクロフトを演じていたMark Gatiss氏。90度の角度に建て込んだドアと壁を何度も角度を変えて場面転換する。装置の角度と照明の色でかなり幅広い場面転換になっていた。

日本のWOWOWでも結構舞台をやっている。いつもチケットを買って劇場に行くときには、私は観る芝居を厳選する。私は舞台は良い席で観る、ということにこだわるのでチケットはお高い。今は月1本と思っているのだが、まず本、演出、出演者を見る。もしも簡単な宣伝・イントロがサイトにあればそれも考慮する。だって、劇場に行ってから「好きじゃないな」とは思いたくないよね。面白いかどうかは観ないとわからないので、まずは題材と顔ぶれを見て好きそうかどうかで決める。ロックダウンになってから本当にあれもこれもネット配信されていて、シェイクスピアなんて同じ演目が3つくらいあったりする。でも見初めて5分でやめたものも多い。ピンとこなかったら他を探す。

長塚圭史さんの本で「アジアの女」と言うのをやっていて、これも石原さとみさんだったので観てみた。長塚さんのことは聞いてはいたけれど作品を見たことがなかったので「やっと」と言う感じがする。演出は吉田鋼太郎さん。鋼太郎さん、大活躍だなあ〜、特に蜷川さんが亡くなってからは本当に精力的に役者としても演出も頑張っていらっしゃる。出演者5人の芝居、セットも変わらないと言うのは私の好きなスタイルだ。

大地震後の立入禁止区域で一階が潰れた家に留まって住んでいる兄妹。妹のまき子は以前に心を病んで、自傷行為を繰り返し、心配した兄がずっと付き添ってやっと治ってきているのだが、この兄もまたちょっと過去の傷があるようで、毎日酒を飲んでいるアル中のようだ。、何故か理由を言わないままにいきなり兄を探し当ててやってきた一ノ瀬という男は実は作家で、兄はその編集者だったらしい。本当は書く才能なんてこれっぽっちもない一ノ瀬と兄妹との3人の奇妙な暮らしが始まる。そして過去のことが判るにつれて、少しずつ各々の心に隠していた恐れや恥や恐怖がだんだん姿を表していく。一番心を病んでいたはずの妹は闇のボランティア(おそらくは身売り)をするうち、一角に取り残されていた中国人コミュニティーの中に新しい恋を見つける。

石原さん演じるまき子が初めはちょっと知能が弱そうな(まだ心が少し壊れている)イメージだったのが、後半でどんどん浄化して、救いの女神のような神々しさを出していく。綺麗だ。彼女に思いを寄せる警官も、まき子を巧みに丸め込んで怪しいボランティアに担ぎ出す鳥居さんという女性も、どこかしら一途さのあるキャラクターで魅力的だ。

ラストで鋼太郎さんは、このシアターコクーン での蜷川幸雄の得意技を使った。舞台正面の搬入口の扉を開ける。その向こうに光に吸い込まれるように歩いていくまき子の姿はルネッサンスの絵のようだった。

偶然に最近2本も見た石原さとみさんの舞台だけれど、良い女優さんだな。

ドラマでは、WOWOWの「太陽は動かない」が骨太で面白い。30代後半になった藤原竜也の線の太い芝居が見られる。キャストも市原隼人さん、佐藤浩一さん、そしてここにも吉田鋼太郎さんがいる。まだ3話でちょうど折り返しなのかな。そのWOWOWの番組の前後に「バトル・ロワイヤル」や「ダイナー 」「インシテミル」なんかもあって、なんだか藤原竜也祭りだ。「インシテミル」を見てみたかった。昔、どうしてもネットで上がっているのを見つけられなくて、今までみられなかった映画。これもキャストが興味深い。日本のテレビは2週間まで遡ってみられるので、慌てなくても時間はある。明日はこれにしようかな。

明日は散歩がてらちょっとタウンセンターを覗いてみようか、でもきっとどの店も入り口に行列なんだろうなあ〜〜、、、、
 


ネットで色々と観られる劇場ライヴ/アーカイヴがよりどりみどりなのは嬉しいけれど、実際に2時間macの前に座ってみるものは厳選している。TVでもYourubeは観られるのだけれど、ロックダウンで彼と二人とも家にいるようになってからは暗黙の了解で、テレビは彼、Macは私の領域になっている、、、

シェイクスピア祭りのようになってきて、あっちもこちもシェイクスピアなのだが、私は新作を観たい。
去年だったか、タイトルと宣伝は観たものの、子供向けのファミリードラマかと思ってパスした舞台が「A Monster Calls」だった。ロンドンではThe Old Vicで上演されていたのは知っている。ちょうど今年の2月から全国をツアーのはずだったのが、 コロナウィルスの影響で、3月には中止になってしまっていた。原作は確かに青少年向けに書かれた本ではあるけれど、とても心に響く素敵な舞台になっている。
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13歳のコナーは母と二人暮らし。父親は今では別の人と再婚してアメリカに住んでいるようだ。「おはよう、よく眠れた?」「大丈夫だよ、ママ」といういつもと同じ会話で始まる日々には、それぞれが取り繕っている恐怖にも似た思いが隠されている。母は末期の癌で、治療はどうもうまくいっていない様子だ。けれどその事実を息子には告げずに笑顔を作っている。一方コナーはうわべの「大丈夫」とは裏腹に、母を失うかもしれない恐怖を抑え込んで、夜になると悪い夢を見ている。さらに学校ではいじめに遭っているのだが、これまた友人にも先生にも相談することを拒否して自分の中に閉じ込めている。

ある夜から、夢のように夜の12時過ぎになると家の前にある老大木のモンスターが現れて、コナーに3つの物語を聴かせる。このモンスターは、3つのストーリーが終わったら今度はコナーが4つ目の話を自分に聴かせろと言う。3つのストーリーはどれも謎かけのようで、良い人が悪事を行ったり、信じなければいけないものの為に信仰を捨ててしまったり、人間の中にある葛藤を顕すものばかりで、コナーはますます混乱する。

やがて母の容態は悪化し、最後まで「大丈夫」と言い張っていたコナーの中で、モンスターの言葉が膨れ上がっていく。「真実を話せ!正直に話せ!」と、、、、

簡素な舞台にセットらしきものはなく、組紐体操のような紐を使って大木とその精のようなモンスターを表現し、日常の家族や学友たちを演じるアンサンブルがパイプ椅子を巧みに使ってシーンを作る。バックの音楽も生演奏の姿が見えるようになっている。

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 初めは傷つけない、傷つかない為に本音とは違うことを言う。けれど本当の心との葛藤がどんどん膨れていくにつれ、やがて正直な気持ちを言わなくてはならない。良いも悪いも、残酷さも寛容も、無欲もずる賢さも、一件反対の全てを併せ持つ人間のストーリーを聞いた後で、コナーが話さなければならない最後のストーリーは、、、、、本当の心。

とてもデリケートな13歳のコナー役を演じているMatthew Tennysonは9年前にデビューして「Best Newcomer=最優秀新人賞」を獲っている。母を失うのを恐るあまり口に出せずにいるコナー、クラスでいじめに遭っても抵抗する気もなければ戦う気もない抜け殻のような態度、アメリカから久しぶりにやってきた、今は他に家庭を持つ父への複雑な気持ち、どうしても合わなくて打ち解けられない祖母との突然の同居、どうしても認めたくない母の迫りくる死、それらの複雑な思いを抱えた13歳をとてもナチュラルに演じている。

簡素なセットと照明はむしろファンタジーのような不思議な空間を作り出し、真夜中のモンスター(それはコナーの夢かもしれない)とのシーンはグイグイと心に迫ってくる。
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ちょっとお説教めいた理屈が語られるのはやっぱり原作が青少年用に書かれた本だからなのだろう。でもそれを差し引いてもよくできた作品だと思う。とても心に響く。生きていく為に、様々な矛盾を乗り越えていかなくてはならないすべての人にとって、シンプルでありながら一番困難なことを幻想的に描いている。良い芝居を観てしまった。子供向けかと思って劇場で観るのをパスしてしまったのが悔やまれる。ツアーがいつか再開されてまた上演されるのを願っている。
 


ネットで毎日のようにいろいろなものを漁っていると、かなり前の物も見つかる。 
今回見つけたのは1993年のDonmar Warehouseのプロダクション「Cabaret=キャバレー」だ。何故かはよく覚えていないけれど、これは観ていない。 そうか、ちょうど今も続けている仕事の国家資格試験の年で、結婚もした年だ。資格取るまでの三年間ってほとんど芝居も行かなかったからなあ〜〜、、、今になってこれを見つけるとは!! (Youtubeはこちら
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この「キャバレー」はその後97年にブロードウェイに渡り、メンデス氏とロブ•マーシャルの共同演出で再制作され、ここでもエムシーを演じたカミング氏始め4つのトニー賞を取っている。なんと!この時のサリーがナターシャ•リチャードソンだったんだ〜〜!!ちょっとイメージ違う気もするけれど、彼女もこれでトニー賞を取っている。若くして事故で亡くなってしまったのは惜しかった、、、、

キャバレーの舞台といえば、86年か87年のロンドンリバイバル版を観た。劇場も演出ももちろん違って、この時のは映画で知っていたキャバレーのイメージに近かったように記憶している。 

このメンデス氏のキャバレーはミュージカルというより芝居の要素が強い。歌のシーンでも「どんな心情でこの歌を歌っているのか」という演技が重視されているように思う。 ジェイン•ホロックスはこの前に「リトルヴォイス=The rise and fall of Little Voice」で絶妙な歌唱力と幅の広い声質を披露しており、その歌唱力は誰もが知るところ(映画版の「リトルヴォイス」でも堪能できる)。でもこのキャバレーでは「巧く歌おう」とはしていない。それはアラン•カミングも同様だ。もちろんみなさん歌唱力は素晴らしいのだけれど、それ以上に小さな小屋だからこそ、綺麗に歌い上げるよりも役者から迸る感情がダイレクトに伝わってくる。

不穏な空気が世間に漂い始めた第二次大戦直前のベルリン。この先どうなるかわからない運命の中にそれぞれがどの生き方を選択していくのか。この後に起こったベルリンの様子を今の時代だからこそ知っている私たちに、最後は重くのしかかる。ちなみにラストシーンでMCが着ている強制収容所の格子服には3つのマークがついている、ユダヤ人の黄色、政治犯の赤、そしてゲイのピンク。それらがぜーんぶ詰まったKitKat clubの煙くさい空気が漂う舞台だ。これは実際に舞台を観たかったなあ〜〜

Donmarでの芸術監督以降、ロンドン、ブロードウェイ、さらには映画でも大活躍のメンデス氏。私は彼の映画の作り方も好きだ。メンデス氏の映画は好きなものが多い。

芝居とミュージカルの違いを私の中であげるとすれば、基本的に同じ芝居は何度も観ない。(違うプロダクションは別)でもミュージカルは同じものを何度も観るという事がある。映像になっていれば尚更だ。ロンドンに来て、4−5回同じ劇場に行って観たのが、La Cage Aux Follesだった。午後にフラっとレスタースクエアーの半額チケットのブースに行って、安く良い席を買っては観に行ったっけ。
Cabaretも何度も観やすい作品だ。こんな匂いのする芝居が好きだなあ〜〜

今気がついたけれど、2月に観たベケットのEndgameではカミング氏とジェイン•ホロックスの共演だったんだね。またフラっと観たいから、Youtubeから消えないといいな。
 


ロックダウンしてもうすぐ2ヶ月になる。劇場も映画館もロックダウンの前日にはもう閉まっていたから、新しいプロダクションは全て中止だ。そんな中、ロックダウンだからこそのウェブカメラで撮ったショート映画のような作品が出ている。

セットも作れないし場面転換も難しいとあれば、どうしても規模は限られる。今やネットの時代、会わなくてもパソコン一つで顔を見ながら話もできるし、録画もできる。私が子供の頃は「テレビ電話」というのがまさにSFの世界の出来事だったのだから、本当にこのコロナ騒ぎでの自粛が今の時代で良かったよ。

人気のスタジオシアター、Donmar warehouseが公開している一人芝居、「Midnight your time」の前宣伝が面白そうだったので観た。公開は5月20日までyoutubeにてフリーで観る事ができる。それ以降は有料になるのか、配信されなくなるのかはちょっと不明。Youtubeサイトはこちら


たった今ニューイヤーの乾杯をしました、といった様子のジュリーがビデオ通話を娘のヘレンにかけている。ヘレンは不在で仕方なくジュリーはビデオメッセージを吹き込んでいる。どうやらヘレンはパレスチナに住んでいて、設定も今から10年ほど前のようだ。最初のメッセージで「いないのね、まあいいわ、これ観たら連絡頂戴ね、」とごく普通の留守電メッセージを置いてほろ酔いのジュリーはベッドへ。
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次に映るのは、またしてもジュリーからヘレンへの留守電ビデオ。ヘレンが連絡をしてこないので気になっている。そして次のメッセージ、そしてまた次、、、とジュリーからヘレンへの一方通行のビデオが続く。どうやら二人はクリスマスに会った時に言い争いになってしまったらしい。娘のヘレンは何かと自分の人生に干渉してくる母親を相当「うざい」と思っている様子。実際ジュリーの話す内容から、彼女は元法律家で、仕事を辞めることになったのは意に反した状況だったようだ。今も地域での人権問題に意見したりや婦人会に顔を出して政治的発言をしたりしている、ちょっと押しの強い、干渉型の母親のようだ。

ヘレンは全く返信してこない。毎週木曜日に決まってジュリーはビデオメッセージを残すのだが、 娘は母親とのコミュニケーションを拒否している。ビデオのトーンは回を追う毎に変わっていく。始めは「元気でいてくれればいいのよ」と取り繕っていたものの、数週間のうちには娘の不通に怒り、苛立ちを隠せない。涙ながらに真夜中に連絡を乞う母の姿となり、、、、
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やがて、ジュリーはヘレンが自分でなく父親に通じて誕生日に本を送って欲しいと頼んでいた事を知って激怒する。どんな喧嘩だったのか、とにかく今の時代の親子のコミュニケーションの断切を、とても現実的に、それでいて感情的に見せていく。やっとヘレンがジュリーと話をするまで3ヶ月もかかるのだ。

演じているのはDiana Quickという女優一人で、演出はドンマーのMichael Longhurst。この芝居自体は2011年に舞台で演じられていて、だから設定がその頃なのだろう。それを今回配信用にリモートカメラで収録したそうだ。3ヶ月にわたる、母から娘へのビデオレターは、親子関係の現実や、母としての様々な感情の側面を見事に描いている。取り繕って笑う様子、イライラしながら見えない相手に愚痴る様子、絆を修復できない悲しさと寂しさ。さらには絶望感、そしてちょっと親の権限で脅してみたり、、、とたったの30分なのに盛りだくさんの芝居が観られる。

やっとのことでヘレンと会話した後のビデオで、別人のように生き生きとはしゃいで喋るジュリーは、愚かしくもまた元のお節介焼きで干渉家の母親に戻ってしまいそうな気配を見せて幕を閉じる、、、、
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モノローグ芝居と聞いたときは、ちょっと「飽きるかも、、?」と思ったのだが、30分の作品だというので観てみたら、もうずっと最後まで引き込まれてしまった。余計なセリフはなくても、聞いていれば自然と背景がわかる台本で、「ああ、そういうことか」と思いながらジュリーの心情についていくことができる。ダイアン•クイックのセリフ術は言わずもがな。舞台で観るよりこの方が良いのでは無いか、とさえ思う。

実は先週、NHKがリモート制作した3夜ドラマも観たのだけれど、1話目はなんとか観たものの、2話目からはなんだかもう観ていられなかった。同じウェブドラマでもこんなにクオリティーが違うのか、、?もちろんロックダウン中だから、カラッと楽しく漫画の世界のような作品もありだ、とは思うけれど、芝居としてのクオリティーの違い、、、

日本のテレビでは舞台を観たくてWOWOWなんかをチェックしている 石原さとみさんの「密やかな結晶」は面白かった。原作がちょっと架空の世界の設定なので、「どうかな」と思ったけれど、とても独特の空気の漂う芝居だった。
実は石原さとみさんはまだ出たての頃、「赤い疑惑」のリメイク版での一生懸命な演技を見て「いい女優さんになる」と思ってはいたけれど、あまり観る機会がなくて、ドラマを数本しかみていない。でもいつもキチッと演じているのでいつか舞台を見たいな、と思っていた。「いろんなものが一つずつ消滅していく世界」で、消滅したものを忘れずにいられる編集者の男と作家の女性。彼女の方は(普通に)消滅したものを忘れていく中で、最後には身体・命が消滅していくという世界。面白い本を芝居にしたな、と同時に何か感じさせるものを重く残す芝居だった。

さて、これからもサイモン•マクバーニーのCompliciteの作品ややDonmarの昔の「キャバレー」、日本では蜷川さんのシェイクスピアと、まだまだロックダウンが続いて欲しい毎日だ。


 


何と!!ロックダウンで1日家にいるというのに、テレビが突然死んだ!!
夜、普通に観ていていきなりフッと真っ暗になってしまってそれっきり、、、、、うちの彼はエレクトリシャンで、ホテルのメンテナンスも20年近くやっていたからテレビのチェックも慣れている、が、!どうやら単にケーブルやヒューズではなくてトランスミッターに原因がありそうだと言う。「それって直せるの?って言うより、直す価値あるの?」と聞くと、「あんまりないかも」とのことなので、ここは仕方がない、、、新調するしかなさそうだ。

この休職時に何でこうなるかなあ〜〜!!??お給料8割分しか出ないんだよ〜〜!! 


まあ我が家のテレビはほとんどうちの彼用で、私はマックでネットしたりする方多いのだけれど。日本のテレビで今まで見られなかった舞台中継の様な番組が沢山観られるのが嬉しい。昨日観たのは三谷幸喜氏の「日本の歴史」、オリジナルミュージカル。

自分が劇団で芝居をやっていた当時は、「毎日がミュージカル!!」だった。実際に上演していたし、毎日が歌って踊っての日々で、そもそもロンドンに来たのだって、当時の劇場・ミュージカルといえばもうロンドンが世界最高の地だったからだ。 でも不思議なことに、最近はミュージカルをほとんど観なくなった。もちろん好きなのだけれど、「ミュージカル=歌って踊る」という手法を使わないストレートな芝居の方が面白くて、もう何年も観る作品はミュージカルではなく芝居が中心だ。なぜなんだろう、、、歳をとったと言うことか、、、??

何より日本語での翻訳ミュージカルにものすごく違和感を覚える様になった。やっぱり原語で観たものを、何かで日本語訳されてるのを聞くとすごく変に聞こえる。「日本の歴史」がミュージカルと知って「うまく入っていかれるかな」とも思ったけれど、以前観た「オケピ!」は素晴らしく面白かったし、三谷さんなのでそこは間違い無いかな、と期待しつつ観た。

でも心配は無用だった。やっぱりオリジナルはしっくり来るのだね。翻訳して音ハメしようとするから変に聞こえるので、初めから本に合わせて書かれた音楽と歌詞は心配しなくても生き生きと聞こえてきた。

いや〜〜、驚いた!まあ三谷さんだからつまらないものは書かないと思ったけれど、「日本の歴史」とタイトルしてあんな構成にするとは!
まず、これは絶対にミュージカルでなくてはできない。本が成り立たない芝居だ。ミュージカルだからこそ、3−4分の歌と踊りで何十年間を表せる。

何と言ってもたった7人の役者たちが持ち回りで全62役を演じている面白さ。中井貴一さんが今まで見たことのない姿で歌い踊っている!場面場面が寸劇の様で、7人の役者たちの芸達者ぶりに笑いが止まらない。皆さん、本当に楽しそうに生き生きと演じているのがよく判る。

数曲のメロディーが何度も何度も繰り返して使われ、それが歴史の繰り返しの象徴の様に耳に残る。そして何と言っても三谷さんの筆の妙は、歴史に合わせて一家族の物語が並行して綴られていくことだ。歴史の流れの中で、普通に人間が持つ様々な感情、迷いや喜び、悲しみや夢、争いや権力、それらは実は私たちの人生に全て凝縮されている。そして
すっとびの歴史でかいつまんである部分も、よく知られた史実と共に、全く聞いたことのなかった様な人物にまで焦点を当てているのが三谷幸喜さんらしい。

綿密に作られているので唸ってしまう。ミュージカルでなければ作れないストーリーを、日本の歴史とテキサス開拓時代の一家という二重構成で長い歴史を人生の繰り返しに見事に重ね合わせている。

芝居はエンターテイメント、小難しくなくて良いのだ。私は結構重いテーマの芝居も個人としては好きなのだが、やっぱり三谷さんの舞台は、「面白い!」の感想一言でスッキリする。キャスティングが素晴らしいね。歌唱力では女性陣が男性陣を少し上回っていたと思うけれど、芝居、歌、ちょっと踊り、と7人の役者たちのバランスが良くてさすがは当て書き。やっぱりあて書きに勝る本はない。「それをこの人にやらせるか?!」と思う様な事を書いてしまうのが三谷幸喜の魅力。そしてそれに挑戦した役者がまた一味違う顔を持つことに成功するのも。この芝居は一人6-7役をこなしているので、役者の芸の広さに思わず拍手を送りたくなる。

元々ミュージカルは海外からの輸入物から始まった様なもので、私の劇団時代もオリジナルのミュージカルをやっている劇団は本当に少なかったし、「東京キッドブラザーズ」とかが人気があったけれど、どうしても小劇団の「一部マイナー」な粋を出ていない時代だった。だから日本語のセリフのリズム、テンポにちゃんとハマる音楽での一流クオリティーなオリジナルミュージカルが欲しいと思っていた。

日本のオリジナルだって面白いミュージカルになるじゃないの!!

三谷さんは再来年のNHK大河の本を手がける事が既に決まっているそうだ。小栗旬さんの北条義時で、鎌倉幕府時代の話だとか。大河の本ももう3本目、凄いなあ〜。

日本のオリジナルの良い芝居がどんどん出てくる時代になったんだなあ〜と思わずにいられない。私ももう少し頻繁に日本に行かれれば色々と見たいなと思うものもあるんだけれど、、、、まあこればっかりは仕方ない。仕事をリタイヤするまでは我慢して頑張るしかないよね。

現在はロンドンの劇場は全て閉まっている。もちろん映画館やレストラン、カフェでさえ、、、、中には映像でネット配信してくれる芝居も結構あり、普段よりももっとたくさんいろんな芝居を観られる様だ。もちろん舞台は舞台・劇場で見たいけれど、とにかくこのコロナ騒ぎが何とかなってくれるまでは致し方ない。それでもネットとテレビ(新しいのがきたら)があれば、少なくとも退屈はしなくて済みそうだ。



 


日本のテレビを見られるアプリを入れて一番嬉しいのは、地上波でないチャンネルも入っていること。昔からWOWOWで収録・放映される舞台作品は「ああ、観たい!」と思うものがいくつもあった。もちろん舞台は舞台で観るのが一番で、それは私の中でも絶対なのだけれど、観に行かれない時には最近増えてきたTheatre Liveが頼りだ。 

「渦が森団地の眠れない子たち」の公演に関して聞いていたのは、藤原竜也さんと鈴木亮平さんのダブル主演で小学生を演じる、という事だけだった。
実は鈴木亮平さんの事は私は「精霊の守り人」で観るまで知らなかった。日本にいない身なので勘弁していただきたいのだが、「精霊」でのヒューゴ役を見てすぐに、「この人、誰!?」と思って調べた人だ。ドラマ経歴も長く、年齢ももう30半ば、主にテレビドラマの仕事で出てきた人のようだけれど、元々は学生時代から芝居をやっていたという。体格も所作も舞台向きだし、 声も滑舌も良い役者というのは私はすぐに目が行く。藤原くんとは「安針」で共演したという事だけれど、ロンドン公演にはいなかったと思う、、、、

「渦が森団地の眠れない子たち」がオリジナル作品だというのは今回の放映に際して初めて知った。なるほど、当て書き台本ほど心強いものはない。本と演出の 蓬莱竜太さんはご自身の劇団で本を書き、演出も手がけてきている、でも舞台を観る機会はなかったので、こちらも私は初めてだ。ただ、経歴を見ていて「あ!」と思ったのが、以前にネットで観たテレビドラマの「平成細雪」の脚本を書いたのが蓬莱さんだった。とても独特の空気感のある本だったので覚えている。

さて、小学生だ、、、、地震があったエリアから渦が森団地へと引っ越してきた一家。啓一郎はこのとき初めて、母には(双子の)姉がおり、叔母と従兄弟が同じ団地のどこかに住んでいるらしいと告げられる。 でも関わり合いにはなってはいけない、お母さんによく似た人に会っても無視しなさい、と。
出逢ってしまった従兄弟の鉄志は団地の小学生軍団のキング。ガキ大将で、強くて、強引で、でも親戚がいたことを喜んでくれたので、二人は親友の誓いを交わす。そこから数年、子供たちの目から見た団地という世界の力関係、素直だったり、嘘をついたり、友達の見方になったり喧嘩をしたり、、、その中で、本当は嫌いなのに、本当は好きなのに、勝ちたいのに、やっつけたいのに、悪いと思っているのに、謝りたいのに、、、、と様々な心の葛藤が子供の目を通して描かれる。もちろん子供を見守り、また振り回される大人達の姿も。

メインのキャラクターはほとんどが小学生役で、大人役は鉄志と敬一郎の母親を二役で演じる奥貫薫さんと団地の自治会長の木場勝己さんだ。このお二人がガッチリ支えている。
やっぱり当て書きされた本は役者を十分に生かしていて、藤原竜也と鈴木亮平という全く違うタイプの役者をそれぞれの多面性を引き出していて見応えがある。

鈴木さんはどちらかというと正統派な演技をする人だ。声も滑舌も良いし、演技もなんだろう、、しっかりと構成されている、と言えばいいのだろうか。演技が「きちんとしている」のだ。それに対して藤原竜也という役者はやっぱり技術よりも感性が滲み出て来る演技をする人だ。 竜也くんはう〜ん、掠れ声で叫んじゃうのがやっぱり気になるなあ〜。大人になったら息の使い方も上手くなるかなと思ったんだけど、蜷川さんはあんまりそういうことには拘らなかったんだね。もちろん演技力というか、なんだろう、竜也くんの芝居にはオーラがあって、今回のような当て書き本だとそれが本当に生きて来る。

良い本だ。素直に「良い芝居だな」と思って観た。大人だから判る子供時代の微妙でデリケートな心境、それが子供の目で描かれ、それを大人の役者が演じる、、、、「小学生を演じる」と一言で言うにはあまりにも複雑なのだ。蓬莱隆太さんは素敵な芝居を書くなあ〜。

考えてみたら、今の子供達って、こんなふうに外に出て、戦争ごっことかもうしないんだろうな、とふと思った。今の子供達は家でゲームしたりネットしたり、ガキ大将がキングって呼ばれてるなんて事、今となってはもう架空の世界の事なんじゃないだろうか、、、?それとも、まだ地方にいけばこう言う子供達の姿も少しは残っているのだろうか?

後半は涙が出てしまった。芝居で泣くのって久しぶりだ。そして、芝居の最後に大人になった啓一郎が鉄志の事を懐かしく懐かしく、たまらなく会いたくなる気持ちが判る、、、、

子供達は眠れないのだ。考え、苦しみ、喜び、傷つき、後悔し、わけが分からなくて眠れない、、、、とてもリアルなようでいて、それでいて空想の中の話のような、不思議な空気感のある芝居だ。この感じって、前にドラマで見た「平成細雪」でもちょっと感じた。蓬莱さんの本、良いね。

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