もう10日になってしまったので、今更新年、、、というのもおかしいかな。
いつもなら、もう10月頃から「来年の初芝居は何にしようか」とチケットを厳選して楽しみにするのだけれど、今年はそれもかなわず。実を言うと、一時期だけ一部の劇場が空いて、(席数は制限されていたが)ベケットの芝居をやっていたので「どうしようかなあ〜」と思ったのだけれど、やっぱり仕事の後に電車で中心地まで出てまた夜遅くに電車を乗り継いで帰ってくるのはちょっとやめておくことにした。今のコロナの状況は最初の頃の比じゃない、、、、

で、ちょうどライヴ配信をやっていたのが、藤原竜也さんと柄本明さんがタッグを組んだ「てにあまる」だった。舞台のことは情報が入っていたけれど、ライヴで放送というのは直前になって知った。WOWOWで5日にあった舞台放送を今日ゆっくり観た。

初めてのタッグだ。知った時は「へ〜〜、柄本明と藤原竜也の舞台か」と思ったよ。柄本さんといえば「東京乾電池」。劇団畑で演出もやる方なのは知っていたけれど、舞台で見る機会は無かった。個性的は役をテレビでは色々と見ていたけれど、今回舞台で見て「ああ、やっぱり舞台畑の役者なんだな」と思った。異色な組み合わせのようで、実はすごく良いケミストリーが出た芝居になっている!

心理を深くえぐる話は結構きつい。でも現実にある事だし、今はロックダウンの世の中で、ここイギリスでも家庭内暴力が急増加している。みんなストレスギリギリになってきていて、いつ爆発するかわからない、、という人も多いのが現実だ。この芝居の二人=親子は怒り・暴力的な感情を抑えられなくなる、いわゆるキレ易い性格を共有している。普通はどんな人でもある程度の激情は抑えて冷静に戻る事ができるが、たまにそこから勢いのままに取り返しのつかない暴挙にでてしまう人がいる。

性格異常なのか、たまたまのアクシデントなのか、 長男を死なせてしまった父親と兄を失ってしまった次男はその後は違う人生を歩んでいたのに、ある時再び同居することになる。人生を見失ってしまったのは息子(勇気)のほうだった。ず〜っと心に抱え続けてきた暗い闇と向き合おうとしたものの、その闇はどんどん広がってしまっていく。

芝居が始まる時点では、勇気のほうは若いなりに成功してIT企業の社長、メディアにも取り上げられてちょっとした有名人、妻は元モデルで 8歳の娘と高級なセレブマンションに住んでいる。そして父親(この時点ではまだ親子関係は明かされない)は刑務所を出所後は、取り壊し予定のぼろアパートで生活保護を受けて暮らしている。20年ぶりに突然やってきたユウキは自分の高級マンションに住み込みの家事手伝いとして来ないかと持ちかける。
ところが、勇気は表向きはベンチャー企業の社長としてセレブなマンションにいるけれど、実際には仕事はほとんどまとまらず、妻からも離婚されようとしているのだ。さらに有能な部下(三島)はやがて独立して会社を立ち上げるために辞表を持ってくる。

躾か虐待か、にはじまり、カッとなった 瞬間の行為は殺意なのかアクシデントなのか、、、そしてそれ以降自分と向き合うことでどんどん追い詰められてしまう、、、コロナ渦でストレスが募っていく現在の状況にマッチしてタイムリーな芝居になっている。最初にこの芝居の情報を得たとき、「てにあまる」というタイトルがなんだか芝居の題名らしくなくて、ちょっと不思議な感じがした。抑えきれない怒り、激情、とまらない暴力、暴言、、、それらを嫌いながらも止められない、そんな意味での「てにあまる」なのか、、?

「あんた達の世界は私のものとは違うんですよ」というセリフが何度がでてくるが、世界が違うのははっきりと柄本明・藤原竜也の親子と、ユウキの妻、みどりと部下の三島の2対2にはっきり分かれている。役者の演技なのか、柄本さんの演出意図なのか、芝居のしかたも空気もこの2対2で歴然と違いがあるのだ。柄本明さんがやっぱり上手い。それでいてさりげなく藤原竜也を主演にしてくれているんだよね。演出しながらの出演は大変なはずだけど、流石だなあ〜と思って見てしまった。

柄本さんと竜也さんのケミストリーは素晴らしいものが生まれたね。今回の竜也さんは声がよく出ていて、喉に負担のないしゃべりだから聞きやすかったし芝居が生きていた。 シェイクスピアとかだと、やっぱり喉に負担がかかってるのが判っちゃたりすると聞いてて辛くなるからねえ〜〜。長年彼を応援してきて、一時は喉・発声が大丈夫かなと思った時期もあったけど、今回は「巧くなったなあ〜〜」と思った。彼ももう38歳になったんだね、、、信じられないよ〜〜!!実生活でもお父さんだし、これからまた役者として1段階大人になっていかなくちゃいけない過渡期だ。きっと蜷川さんも天国から「うん、竜也なかなかいいよ」と言っているかも。

精神的にはきつい部分もある本だけれど、すごく揺さぶられるものがある。現実なのか幻覚なのか微妙な部分があって、これは演出の狙いなのだろうか、、、はっきりと 結果を提示しないで、見る人に投げかけて終わる、、、途中で、部屋の壁にある絵をわざと斜めにずらす芝居があったんだけど、あれって、何か現実と幻想の境、、みたいな意味でもあったんだろうか、、??ちょっと目についた。まだ最長2週間は見返すことができるので、ちょっともう一度細かい所を見直してみようかな、、でも逆に、芝居は一度しか観ないのが基本なので、これはこれではっきりと解らなくてもいいのかな、とも思う。

芝居ってそういうものなんだよね、だから面白いんだ、作るのも観るのも、、、!!