3ヶ月ぶりの芝居!! 日本行きで散財したのと、夏の間はあまりピンとくるものが無かったのでちょっと我慢していたけれど、秋にはいくつか観たいものがあって、まずは楽しみにしていたFlorian Zeller氏の新作、「The Son」。
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これはゼレール氏の「The Mother」「The Father」に次ぐ3作目という事になっているけれど、別にストーリーや人物設定に関係があるわけではない。あくまでもタイトルだけの話。前回に観た「The Height Of The Storm」では突然妻を無くした半分認知症の父と事後処理(家の売却と父の施設入り)にやってきた娘たちの話で、心に問いかける作品を打ち出した。それに続いて今回は作者自身がインタビューで「今回は、はっきりと言いたいことがあって書いた」と語っている。

両親が離婚した時期から少しずつ精神的に不安定になってしまった息子=ニコラス。閉じこもり、一人でぐるぐると歩き回ったり落書きしたり、そうかと思うといきなりキレたりという完全に鬱状態の彼を親として案じる両親。離婚の原因は夫のピエールに愛人ができたからで、結局妻と息子の元を去ってその愛人=ソフィアと再婚してしまったのだ。学校で問題を起こしたニコラスの事を相談しにピエールの元を訪ねた母親のアンは、親としての責任と一人では抱えきれない状況を訴える。
ソフィアも含めて話し合った結果、ニコラスはピエールとソフィアの所で暮らす事になり、学校も転校して新しい生活を始めてみる。 父親と暮らし、ソフィアとも少しずつ話をするようになっているかに見えても、ニコラスの心の病みは頑なに彼を支配している。一生懸命に両親やソフィアに取り繕うとしたこともあったが、転校以来実は一度も登校せず、毎日学校へ行くふりをしては時間を潰して帰ってきていたのだ。
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母親としてニコラスを守り、立ち直らせたいとは思うものの、自分も生活の為に仕事に出なくてはならず、一人では抱えきれずに苦しむアン、結婚していながらも、一人の男性としてソフィアを愛して新しい人生を選んだ事を正直に話して聞かせるピエール、父親の元愛人・現在の妻という立場に引け目を感じる事なく、素の自分でニコラスに接するソフィア。大人たちにも其々の考えや愛情の示し方があり、みんながそれなりにニコラスの事を何とかしてあげたいと思っているのはわかるのだが、ニコラスの病んだ心は癒えず、とうとう自殺を図ってしまう。
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 命を取り留め、病院で精神鑑定を受けたニコラスについて、精神科の医師ははっきりと「今家に帰すのは大変危険です」と告げる。時間をかけて、しっかりと治療をするのが先決だと。もしどうしても家に連れて帰るなら、「何があっても病院側は一切の責任を追いかねる」という書類にサインをしてもらいます、という医師の強い言葉を聞いて、アンもピエールも流石にまた自殺騒ぎを起こしてはいけないと、ニコラスに治療を受けるように説得しようとする。それに対してニコラスは子供のように必死に「家に帰りたい」と懇願する。「ここはみんながおかしいんだ、こんな所にいたら自分もおかしくなっちゃう、こんなところに僕をおいていかないで」と泣き叫ぶように哀願するニコラスに、心を鬼にして「ここに残って治療を受けるんだ」と突き放そうとするピエールとアンだったが、スタッフに押さえつけられ、まるで犯罪者が引き立てられるかのように病棟に連行されて行くニコラスの悲鳴のような叫びを聞いて、最後の最後でとうとう書類にサインをしてニコラスを家に引き取って帰ってくる。

久しぶりに親子3人で家にいる嬉しさを隠せないニコラスは、子供の頃の3人での思い出を話して少し落ち着いたかに見えたが、、、「お風呂に入ってくるね」と言って消えて行った浴室から、一発の銃声が、、、、、

大人たちに罪があるわけではない。父も母も、個人としての人生があり、責任があり、何よりも息子を愛している。それでも深い傷を負った子供の心は出口を見つけられずに苦しみ続けてしまう、、、、とても苦しい現実がある。助けたい、でもどうすればいいのか、助けたいという思いが気持ちでは届いていても救いにはなれない。

作者が言っていた「はっきりと言いたかった事」ではないかと思うセリフが後半にあった。精神科医が、ニコラスを病院に残すか家に連れて帰るか迷う両親にきっぱりと言った。「愛しているだけではダメなんです。=Love is not enough」。はっきりと心に残るセリフだった。心の病は病気であって、きちんと時間をかけて治療法を模索し、投薬やカウンセリング等、医学として必要な治療を施さなければ治せないのだ、と。劇中で何度も言われるセリフ、「It's going to be all right」でも決して大丈夫ではないのだという現実をひしひしと突きつける。

とても現実的で、日常的で、だからこそ考えている人たちにはっきりと苦しい現実を突きつけるような芝居だ。前作の「The Height of the storm」のような、見た人に考える余韻を与える作品と少し違って、厳しいインパクトがある。芝居の最期はもっと寂しい。息子を救えなかったピエールは少しずつ後悔と罪の意識に苛まれて、慰めるソフィアの腕の中で、彼自身も心を病み始めているのだ、、、、、

まだやっと40になったばかりのゼレール氏の筆の勢いは止まらない。翻訳はいつものクリストファー・ハンプトン氏。このコンビもすっかり定着した。そういえはハンプトン氏自身の書く芝居はなかなか新作が出ないなあ〜〜。翻訳もので忙しいのかな。
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すっかり名コンビになりつつあるお二人のツーショット。いつものように休憩なしの2時間そこそこの芝居。結末がキツイから、ちょっと苦しい感じも残ったけれどど、劇中のセリフの掛け合いは面白い。場面の終わりと次の場面の始まりが少しオーバーラップするような演出もスムーズで、大きな転換でなくても場面の切り替わりが繋がっていた。少ない登場人物の芝居は一人一人の比重がバランス良くて、見ている方も何かしら共感できる部分が必ずある。時代も国も関係なく上演できる芝居だからいろんな国で翻訳されるといいな。