ハロルド・ピンターの芝居を「ハロルド・ピンター劇場」でシリーズ上演している。観てきたのは 「Betrayal」。私は知らないのだけれど、主要キャストの一人は「アヴェンジャー」ものの映画で人気の人らしい。どうりで劇場は満杯、今回はサークル席の最前列を取ったのだけれど、見回すと後ろのギャラリーに立見が出ている。ああ、だからBox officeの前に長蛇の列ができてたんだね。「お客さま」が多いのかなあ〜??とちょっと不安。

主要キャストは3人。タイトルの Betrayal(裏切り)はこの比較的シンプルな芝居の中で多用に絡まってくる。まあ、簡単にいうとダブル不倫、いや、トリプル不倫というやつだ。
エマ(Zawe Ashton)とロバート(Tom Hiddleston)は夫婦で二人の子供もいる。そしてロバートの長年の親友、ジェリー(Charlie Cox)も家族もちで、お互いに長い友人関係を持っている。で、このジェリーとエマは7年間に渡る不倫関係を2年前に清算したのだが、今になって、ジェリーはエマからロバートと離婚することになったと聞かされる。

離婚の原因はロバートに何年も前から愛人がいたことが発覚したからなのだが、これをきかっけに、実はロバートはエマとジェリーの関係を4年も前から知っていたこと、ロバートが知っているという事を知っていたエマはそれをジェリーに話さなかったことが明かになる。

二人が深い関係になって、それをロバートが知ってから今まで知らぬ顔でジェリーと親友づきあいをしてきた様子、エマとジェリーの関係が少しずつ薄れていって終止符を打つ流れを時間を遡りながら台詞だけで見せていく。

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何もない舞台にあるのは二つの椅子だけ。これを回り舞台の構造をうまく生かして3人の微妙な心理のずれや表裏を表す演出がなかなか上手い。演出のジェイミー・ロイドの舞台は今までいくつか観たけれど、私の中で好き嫌いが二分されている。今回は本よりも演技よりも演出が光る。

台詞の中に絶妙な静止と静寂が随所にちりばめられている。台詞を畳み掛けるのではなく、返事を返すまでの少しの間にお互いの顔を見つめることで返事の一言の感情を何倍にも膨らませているのだ。この間の取り方が絶妙で、意味を持たせるギリギリのタイミングを維持しつつ、芝居のペースも崩さない。とてもデリケートな演出だ。

もう2年前に関係をやめたエマとジェリーが、久しぶりに飲みながら始まる開幕のシーンはぎこちなく、それでいてかつての親密さも隠せず、同じことを何度も聞いたり取り繕うとして見たり、、、、自分達がロバートを裏切っていたはずが、実はロバートもエマを何年も前から裏切っており、さらにロバートが二人の関係を知っている事をジェリーには知らせずにいたエマの裏切り。そして不倫を知っていながらジェリーと親友として振る舞ってきたロバートの仮面。遡る形で戻っていく過去のシーンは、「今思うと、、」という目線で見ることになるので、繊細な演技が求められる。ここでも抑えた言い回しやセリフの間の数秒の間合いが心理描写に効果的に使われている。

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もう一つ、演出で目を引いたのが舞台の後ろに映る影だ。ほぼ白い空間なので3人の陰が後ろの壁に綺麗に映るのだが、そこでもまた見えない心のセリフが呟かれているかのような効果を出している。時々、写っている影は別の動きをしているんじゃないかと思わず錯覚してしまうような鮮明な影絵。
最近は小さい劇場だとサークル席の最前列というのが結構お気に入りだ。今回もサークル最前席だったので、舞台上の役者の姿と後ろの影が重ならないでちゃんと見えたので正解だった、2重の回り舞台を使っ手の、お互いが行き来したり交差したりする様子もサークル席からの方がよく見えた。

ハロルド•ピンターというとちょっとひねくれたような「不条理劇」に分類される作品も有名だけれど、映画の「日々の名残」(カズオ•イシグロ)や「フランス軍中尉の女」等の脚本も手がけていて、このBetrayalも7年間の3人の関係をとても繊細に書いている。もちろん会話上の掛け合いから生まれる言葉の面白さも充分あるので何気ない会話に笑いも起こる。

休憩なしの1時間半はちょっと疲れた土曜日の仕事の後にはちょうど良い。劇場を出たらまだ薄明るさが残っていた。結婚生活に幾つのBetrayalがあるのかは人それぞれだ。別に不倫だけの話じゃない。心のどこかで、きっとお互いに必ずあるはずのBetrayal。大人の芝居はいいなあ〜〜