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ありそうであまりなかったかもしれない、、、、

この芝居は1944年=世界大戦の最後の年に書かれ、初上演されて以来一度も再演されていなかったという。 作者のTerence RattiganはLess Than Kindというタイトルでこの芝居の元本を書いたそうだが、これはそのまま上演されることはなかった。そして当時のスター俳優を主演に上演することになった際、その役者の為に政治的要素をかなり削ってホームドラマタイプの本に書き換えタイトルも、Love In Idlenessに変えて上演された。今回この埋もれた作品を上演するにあたり、演出のトレバー•ナン氏はこの二つの本を付き合わせ、初演時に削られた政治思想的なやり取りの部分も適度に復活させて本を仕上げたそうだ。

終戦も間近なロンドン、オリヴィア•ブラウンはいかにも上流層な家でハイソな友人たちをパーティーに招くべくあちこちに電話しては連絡を取っている。彼女は、大金持ちのビジネスマンで政治家=軍事大臣でもあるジョン•フレッチャーのいわゆる愛人。と言ってもスキャンダラスな関係ではなく、妻との結婚が事実上破綻しているジョンはオリヴィアを新たなパートナーとして 、落ち着いた大人の生活を築こうとしているのだ。ハイソな奥様風情がなかなか板に付いたオリヴィアだが、実は彼女はもともと庶民の未亡人で、以前は歯科医だった夫と一人息子と小さなアパートで暮らしている普通の奥さんだったのだ。

終戦の気配が見えてきた頃、カナダに学生疎開していた一人息子のマイケルがロンドンに戻ってくる。泣く泣くカナダにやったときは13歳だった マイケルも今やほぼ18歳になっている。そして戻ってきたマイケルは、なかなか母親の「今の状況」が飲み込めない。今のオリヴィアが政治家の愛人として囲われの身になっていると知ると、オリヴィアを挟んで息子と義理の父(になりたい男)の三角関係のコメディーが繰り広げられる。

母の転身に驚き、怒り、傷つき、ジョンに嫉妬するマイケルはハムレットよろしく混乱してみせる。一方ジョンには敵対心や、ましてやオリヴィアを権力で囲い者にしているというような意識は全くない。純粋に彼女とこれからの人生を共にしたいと思っているのだ。
この50近い男と18歳の若者のやり取りがおかしく、理想主義の左翼的なマイケルと実利的で保守派のジョンの意見の対立が最初のLess Than Kindに書かれていた政治的な要素なのだろう。ほどよく取り込んで二人の対立に拍車をかけている。

そして二人の間で引き裂かれそうになるオリヴィア。ジョンのことも息子のことも愛しているのに、相入れてくれない二人の間で右往左往する。さらにジョンと離婚協議中の妻、ダイアナまでが現れて余計にややこしく、、、このダイアナ、ジョンよりも20歳ほども年の離れた上流階級のお嬢さんで、どうやら本来ならいけ好かないタイプのはずなのに、マイケルはなぜか彼女に惹かれてしまう、、、??

結局ハムレットばりの苦悩をぶつけて母に詰め寄ったマイケルが勝利し、オリヴィアは身を切られる思いでジョンと別れ、マイケルと二人、元の安アパートに戻って質素な生活を始めるのだった。

が!?、それでは終わらない。二人のアパートにある日ジョンがやってくる。マイケルが出かけたのを見計らってオリヴィアに会いにきたのだ。そしてどうやらマイケルにも最近付き合ってる女の子がいるらしい。そして、マイケルの相手が実はダイアナだと判明、、、
初めは突っぱねていたマイケルだが、やがて母とジョンの関係を認めるべく、ジョンに歩み寄る。(どうやら、ダイアナにマイケルを誘惑するように頼んだのはジョン、、、??)最後には3人での新しい生活が始まりそう、というシーンで終わる。

母を巡って義理の父と息子の火花が散るというのは、ありそうであまりなかったかもしれない。人間の感情によるコメディーだ。人生で何を求めるのか、それがどうして許せないのか、正しいと思って前に進もうとするのに、過去の感情に罪の意識を感じたり、あるいはお金と地位以外に興味はなかったり、、、こういう本は時代に左右されずに受け入れられるのに、今まで上演されてこなかったのが不思議だ。

演出のTrever Nunnはイギリスでは最も幅広く舞台を作ってきた人だ。まだ20代の時にロイヤルシェイクスピアカンパニーの芸術監督になり20年以上RSCの顔だった。そのあとはナショナルシアターの芸術監督になり、イギリス演劇を代表する二つの大役を務めた人だ。古典だけでなく、「キャッツ」や「レミゼラブル」のようなミュージカルの演出も手がけ、今までにイギリスのローレンス•オリヴィエ賞やブロードウェイでのトニー賞をいくつも受賞している。 シェイクスピアに関しては、蜷川幸雄さんがあと3作、、で成し遂げられなかった37作全作品の演出を達成している。

新作ももちろんだけれど、こういった埋もれていた作品に目をつけて掘り出すというのは演出家としての目利きなのだろう。今現在も毎年数作品を演出している。

数人のカンパニーでの芝居は観やすい。オリヴィア役のEve Bestは賞もいくつも採っている女優さんだ。ハンサムで悩めるマイケルも、大人で物静かなのだけれどちょっと画策的なジョンも、あっけらかんとして深く考えていなさそうなダイアナも、それぞれの役がとてもわかり易い。日本で上演しても面白いんじゃないかな。シンプルだけど見応えがあって、やっぱり役者たちの技量がモノを言ってる。

考えて作られてるなあ〜〜と思わず唸っちゃうよね。