8669-fitandcrop-560x350

18世紀の中〜後半ヨーロッパには面白い人達が沢山いた。科学・産業が大きく進展していく直前、まだ電気もなく抗生物質も無い時代に、それでも当時の最高の能力・技術を生かして、後の産業革命や医学の発展に繋げていった時代だ。 そんな時代にロンドンで大人気だった俳優/コメディアンのSamuel Foote(サミュエル・フット)の事は実は今はほとんど知られていない。私も知らなかったし、イギリス人だって聞いた事が無い名前だ。「忘れられた名優」にスポットを当てた伝記を元に舞台化したのが、「Mr Foote's Other Leg」だ。

ピューリタン革命によって一時王政が廃止されてからは劇場でのパフォーマンスは禁じられていた。チャールズ2世の時に王政が復古すると、ロンドンのあちこちで貴族だけでなく民衆が手を叩いて喜べるコメディーや風刺劇が広まった。「三文オペラ」のオリジナル、「Beggers Opera」がその代表といえる。18世紀のロンドンではあちこちでコメディー劇やパントマイム(派手な化粧や衣装で、今でいう子供ミュージカルのような色の芝居)が演じられたが、シリアスなストーリーのドラマを演じる事ができたのは、国王からRoyalのタイトルを付ける事が許された3劇場のみだった。

借金の為に2度も刑務所に入った事のあるフットは、オックスフォード大学を、贅沢な金遣いや、規則を破っての度重なる外泊等によって除籍されてしまったという経歴の持ち主。それでもロンドンのコーヒーハウスで各方面で活躍するアーティスト達と出会い、独特の奇抜な色使いの服装と、皆を爆笑の渦に巻き込むウィットな会話で交遊の輪を広げて行く。プロの俳優になるべくチャールズ・マックリン(Charles Macklin)の元で学ぶうち、ロンドンの舞台に出るようになる。そしてそのユーモアのセンスで独自の戯曲も書き、コメディアンとしても俳優としても大人気を得て行く。特にハンサムというわけでは無いけれど、一度会ったら覚えているだろうな、という印象の肖像画がこちら

205px-Samuel_Foote_by_Jean_Francois_Colson

当時、シリアスな名優として人気のあったデヴィッド・ギャリック(Daved Garrick)や女優のペグ・ウォッフィントンとチームを組んで、数々のショーで活躍する中、35歳の時に落馬事故で右足を負傷し、切断しなければならなくなった。麻酔も抗生物質も無い時代に大の大人の足を切断する手術が、いかに危険で、苦痛を伴う大仕事だったかは想像を絶する・・・・・

それでもフットは回復し、国王の外科医だったジョン・ハンター(John Hunter)によって作られた義足を付けて舞台に復活する。彼のユーモアのセンスは自分が片足を無くした事までネタにして笑いを提供した。この自分をネタに笑わせるというのは、イギリスのユーモアの特徴でもある。自分をバカにできない堅物は「ユーモアのセンスが無い」という事になるのだ。ちなみにまだ23歳の時に彼が最初に注目されたのは、自分の叔父同士が遺産がらみで相手を殺してしまった事実をネタに書いた本によってだった。

この芝居には俳優として人気のあったギャリックやマックリンの他にも、ベンジャミン・フランクリンや国王ジョージ3世も登場して、当時のロンドンの楽屋裏を見せてくれる。なによりも、フットはこの芝居が上演されているTheatre Royal Haymarketのオーナーでもあったのだ。落馬した時に乗っていた馬が国王の弟、エドワード王子のものだった為、片足を無くしたフットに国王は(しぶしぶ?)ロイヤルライセンスを許可したのだった。こうしてRoyalの名称をもらったHaymarket劇場で、今私たちがこの芝居を観ているというのは何とも感慨深い
mr-footes-other-leg-at-ha-009

主演のRuss Simon Bealeはローレンス・オリビエ賞を始め、英国での数ある演劇賞を一度は取ったであろうベテランだ。カツラを替え、女物のドレスを着、化粧を変えて「舞台でのフット」をいくつも演じる。ギャリックやペグとの友情、科学者フランクリンからの影響、熱気の籠る劇場楽屋での話し合いや舞台裏で、お客を楽しませる芝居に情熱を込めた彼らの姿が生きている

この芝居でジョージ3世役を演じているのは、この芝居の脚本と、オリジナルになったフットの伝記を書いたイアン・ケリー(Ian Kelly)自身だ。私はこの芝居を観て初めてサム・フットの事を知ったので、早速AmazonのKindleで見つけたケリー氏による伝記本をダウンロードして読み始めた。脚本も面白かったけれど、この本がまた当時の18世紀の空気満載で面白いそういえば、カサノバがロンドンにいた時期にも重なる。

またまた18世紀の掘り出し物に出会った感じ。まだまだ面白い事が見つかりそう、、、、