今回の里帰りでの観劇はこれ1本、清水邦夫の「タンゴ 冬の終わりに」。三上博史さんがこの作品をやると聞いては観ないわけにはいかない!! 蜷川さんの「Ninagawaマクベス」も、これが最期の機会かな〜と思ったのだけれど、なんせお高い。で、配役等すべて検討して、これ1本に絞った。

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初演は1984年、その時は私は観ていなかった。私が観たのは91年だったか、ロンドンのウェストエンドで蜷川さんの演出で英国人俳優による英語ヴァージョンで上演されたものだ。日本人演出家の舞台が本当のウェストエンドで上演されたのは初めてだったと記憶している。しかも、当時「危険な関係」等で人気急上昇だったアラン・リックマン氏の主演でだった。登場人物の名前は日本名のままで、演出も日本が舞台のまま、それを英国人俳優でやるというのは凄く勇気のいる制作だったと思う。

狂気の世界に足を突っ込んだ元俳優の話だ。スター俳優だった彼も今は田舎に引退しているのだが、それでも栄光の舞台で輝いていた日々を忘れられない。そのくせ、自分と関わっていた人達の事はどんどん解らなくなっていってしまう。その妻、弟、元不倫相手、その現在の夫、誰かの人生の中での自分の存在を確かめるべく、、いろんな思惑が交錯する中、当の本人はどんどん自分の中の舞台に入っていってしまう・・・・

正直いって、古い本だ。私が演劇養成所、劇団時代には清水邦夫や別役実、寺山修司、それから唐十郎とか矢代誠一の戯曲をよく読んだし、観た。今から思うと、いかにも70年代の匂いがする作品達。私はこの芝居をロンドンヴァージョンで観た後に、本を探して戯曲を読み、(あの当時は英語の台詞劇はまだちゃんとは理解できていなかった)いつかまた観たいとずっと思っていた。

今年はハムレットを2本みて、やはり「狂気」を演じる芝居の違いを感じていたところにこの芝居。正常な人間には想像するしかない「狂気の世界」を演じるのは難しい。狂った人間がどんな声で話すのか?、そのテンポは?、間は?、呼吸は?、、、そしてどんな風に人を見るのか?、その目の動き方は?目線は?振り向き方から歩き方まで、どう創ればその役が表現できるのか・・・・??

この芝居は2日間に渡る話で、時間にしたら実は1日半分しかない。徐々に進行していく過程を描く暇もない。

幕が開いてから最初の10分程はこの芝居のテンポに乗れずにいた。間延びしているように感じて。これは多分私が日本語の、しかもこういうちょっとレトロな空気の芝居を見慣れていないせいだと思う。「こんなにテンポ遅いのか、、??」とちょっと首をかしげながら観ていた。三上さんの声は澄んでいて、台詞はきっちりと聞こえるものの、心が病んでいる人間の台詞に聞こえない、、、、

でもだんだん解ってきたのが、彼はもう自分の世界の中でしかものを見ていないのだという事。だから周りに反応しないで、自分だけのテンポを貫いている。そうか、これが三上博史の演じる清村盛なのだ。この周りを見てない演技が後半になって輝いてくる。

周りのキャストが皆良い。ユースケ・サンタマリアさんは舞台で観たのは初めてだったけれど、テレビで観るよりずっとずっと良い 弟役の岡田義徳さんは出てきた時から光っていた。声が素敵だ。この岡田さんとユースケさんが見た目がちょっと似ていて、最初は「ユースケさんにしちゃあ、若いな、、??」と思ってしまっていた。おばさん、時代遅れだわ、、、、

あの頃のなんだろう、、?埃臭いっていうのか、泥臭いっていうのか、そういう匂いのする芝居を今の時代に再演するのって、難しいんだろうなあ、と思わずにいられない。もちろんもっと現代風にしても芝居は成り立つ。でもシェイクスピアのようにオリジナルの匂いを消しても作品を残すか、時代の流れと共に少しずつ上演されなくなってしまうのか、、、なんだかあの頃に読んだ、観たカビ臭い芝居がとても懐かしくなってきた。

本で読んだだけで観ていない芝居っていうのも沢山あるなあ、、、この「タンゴ 冬の終わりに」みたいに、いつか観られる機会はあるんだろうか・・・??