抱腹絶倒の即興劇だった

芝居の出来が、とか、役者がとか、本や演出がどうのとか、そういう次元ではないのだ。とにかく全てがぶっつけ即興の笑いっぱなしの舞台。仮のタイトルはLights!Camera! Improvise! それ以外には作者も演出家もストーリーも無い。
先日観て来た芝居、「The play that goes wrong」を上演中のカンパニーが、毎月第一月曜日に同じ劇場でこの日は「その場で作る即興映画」なるものを上演している。このMischeif Theatreはもう数年前からこの手の即興劇をエジンバラフェスティバルやツアーで演じていて、固定のファンがいるようだ。行く前に解っていたのは、その日の演目やジャンルは観客が決め、総上演時間は休憩無しの2時間弱という事だけだった。
まず、始まる前から観客層がちょと違う。ツーリストのような人たちはいなくて、みんな服装もカジュアル

始まると、進行役(今日作る映画の監督役をする)の役者が観客に「皆さんのリクエストで今日の芝居が決まりますので、どんどんアイデアを出してください」と語りかけると場内はもう参加気分満々だ。一通り盛り上がると、本題の作品決めに入る。
「最近観た映画でどんな作品がよかったですか?」と問いかけるともう場内はものすごい勢いで皆が口々に映画のタイトルを叫ぶのだけれど、ひときわ多かったのが「Fifty shades of Grey!!」の声



続いての、「どんなジャンルの映画にしましょうか」にはあちこちから「Porn!」の絶唱が・・・これには進行役もさすがに「いや〜、今日の観客は変態ばっかりか〜〜」と苦笑していると、2階席からひときわ大きな男性の声が「Western~~!」と叫んだ。これには一部の観客がブーイングを起こして場内爆笑

すると客席中央から「ちょっと待ってくれ、子供と来てるんだ」の声がした。「いくつだ?」「16」。これが進行役を救った形になった。「まあ、ポルノは置いておいて、ウェスタン・ロマンチックという事で、、、」と取りなす。
次にはストーリーの中にどんな要素を取り込むか、を決める。ここでも場内割れるような大声が飛び交い、進行役がいくつか拾って「ウェスタン、ロマンチック、スリラー・ミステリー、ボリウッド」が組み込まれる事になった


そして最後にタイトルを決める時には、一女性の大声で満場喝采。この日のタイトルは「Fifty Shades of Hay」。これらが決まるとカンパニーの役者達が舞台に出て来てスタンバイに入る。進行役がタイトルや要素の確認をしながら観客を盛り上げている間、役者達は暗転の中でものすごく真剣な顔でスタンバイしていた。みんな必死で考えているのだろう。舞台袖で役者達が相談して筋書きを決める時間は全く無かったのだから

最初の役者の台詞でストーリーの背景が決まる。
「大丈夫?ジェイソン、今週はもうロデオの落馬が3度目よ」
これで、この男優の役名はジェイソン、ロデオのライダーで何度も落馬している駄目選手という事が決まってしまった


監督(進行役)は役者の台詞で少しストーリー背景ができる度に「ポーズ!」と叫んで場面を止め、「では、どうしてそんな事になったのか見てみましょう」と言って、役者達に次の場面を提示していく。メモを取っては、ストーリーに食い違いがないように、でも即興なのでちょっとずれてしまった時は「実はその真相は別の所にあったのです


この劇団がやっているのはコメディーだ


ロデオ一家に生まれたジェイソンはなかなか上達しないため、かつての名選手でコーチの父にも認めてもらえずに自信を無くしていた。名選手だった兄が落馬事故で死んで以来、なんとか自分が、、とは思うものの、父には相手にされず、いつか認めてもらいたいと努力するものの、うまくいかない。そんな彼を見つめて(実際にいつも家の窓からのぞいている)励まし続けるお隣さんのスーザン。兄が死んだ事故は落馬した際に頭から積んであった干し草の束におちたのだが、運悪く積まれた干し草の下に固いバスケットボールがあって、頭を強打してしまったのだ。でもジェイソンはその日に馬具装備をした自分の責任だと思っている。
一方、ロデオに命をかける競技会荒らしの女ライダー、アン・ウェルは恋人も作らずとにかくロデオの勝つ事だけに執念を燃やしている。やがて全国大会が催される事になり、アンは勝つためにジェイソンの馬具に細工をするように仲間に命じるのだが、、、
次々と新キャラクターが登場する度に、監督が裏付けを提示して、どんどんストーリーにも深みが出てくる


それでも即興のデュエットがあったり、もちろんボリウッドダンスも盛り込まれた


芝居の稽古では「相手の台詞を聞け」と何百回も言われたものだ。覚えた台詞を言うのではなく、相手の言葉を聞け、と。会話の中からストーリーが生まれ、そこに感情が生まれ、人間関係が出来上がって行く。芝居はこうして生まれるのだという最高傑作のお手本だ。抱腹絶倒とはまさにこの事!
毎月の第一月曜日にやるそうなので、また行きたい

