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日本に行ったりしていたから、芝居を観たのが久しぶりの感じがする。

「Let The Right One In」。初めはあまり興味をそそられなかったのだけれど、レビューがとにかく良かったので観る事にした。最初にピンと来なかったのは、これがヴァンパイア物だという事だった。もちろん嫌いな訳じゃない。でもヒューマンドラマというよりも、エンタテーメントになりがちな題材なのでスルーしていたのだ。

ヴァンパイアの物語はどんな時代にも、必ず次から次へと映画やドラマが出現する。まだ白黒映画の時代から本当にいくつのヴァンパイア映画が作られたことだろう・・・?!!私も物心ついた頃から、クリストファー・リー氏のドラキュラシリーズは何度となくテレビで観たし、ドラキュラに限らず、80年代にはデヴィッド・ボウイー/カトリーヌ・ドヌーヴ/スーザン・サランドンによるThe Hungerなんて映画もあったし、最近ではTwilightシリーズが人気だ。役者としてはちっとも好きじゃないトム・クルーズを唯一「良い」と思ったのがInterview with the vimpireだった。

何故ヴァンパイアという架空の存在がこんなにも長い間途切れる事なくいろんな形で現れるのか??

この芝居を観てまず「美しい」と思う。暗く、寒々とした北欧の冬、舞台はずっと森の中のセットを維持したまま、必要に応じて最低限のスペースで会話の場が家の中や学校のロッカールームだったりする事を解らせる。森の中での連続殺人に、人々はおそれおののき、必要以外は森には近づかないようにとの警告を受けて夜はひっそりとしている。そんな雪がちらつく森の中で出会った少年と少女。

気弱で大人しいオスカーは友達もなく、学校ではイジメにあっている。ことあるごとにネチネチとオスカーに絡むジョニーとミッキーに対して、学校では刺激しないようにしている彼も、森の中で一人になると木を相手にナイフを振りかざして反撃に出る自分を描いてみるのだ。一人で木を相手に立ち回りしている所を少女に見られていた事に気付いて驚愕するオスカー。少女はエリ、最近引っ越して来たのだという。

おずおずと会話を始める2人。なんとなく噛み合ないようなぎこちなさ。それは少女がちょっと浮世離れしたような感じだからだ。老人のような古めかしい言い回しをしたり、考える事を飛ばして率直に返答する様子は、子供なのか大人なのかわからない。そして空を舞うような身のこなしと、足音さえたてずに飛び回る軽やかさ。それでも何度が森で出会ううちにミステリアスなエリにオスカーは少しずつ打ち解けて行く。

ところが次第に彼女が何者なのかが明らかになって行く。彼女はもう何百年も生きているバンパイアで、一連の殺人事件も彼女によるものだったのだ。友達を作れない2人が、夜の森の中でひととき無邪気にたわむれ、笑い、心を寄り添い合う。そんな2人の様子は本当に美しくて、なによりイノセントだ。でもそれは同時に破滅を呼び込む危険も含んでいる。

人間の男に恋をしてはいけないはずのエリがオスカーと出会い、好きになってしまった・・・「恋をする」というよりは、まさに「好きになってしまった」というのがふさわしい。好きになってしまったので、また会いたくなってしまう。「また私と会えて嬉しい?」とまっすぐにきいてしまう。オスカーの事を知りたくてあれこれ質問してしまう。余計な事は考えずに好きになったオスカーにどんどん近づいてしまうのだ。

彼女は父親と暮らしている。でも観ているとすぐに解る。この父親も昔は若き青年で彼女に恋をしたのだ、と。彼女の為に人の血を用意するのは彼の役目だった。何人も何人も、彼女が自分で人を襲わなくてもいいように、自分の手を汚して血を集めて生きてきたに違いない。そして次第に老いて力弱くなった今、自ら破滅の道を選ぶしか無くなるのだ・・・

彼女の正体を知ったオスカーは驚き、戸惑いながらも彼女を受け入れて行く。一度は別れを覚悟したオスカーだったが、イジメが高じて学校のプールで瀕死の危機に陥った時、風のように現れて彼を救ったエリと一緒に歩んで行こうと決める。日が昇っている間はトランクの中で眠るエリをかかえて、遠い街へと旅を続けるのだ。そして私たちには彼らの未来が解ってしまう。オスカーはあくまでもやがては年を取り、エリの父のようにいつか彼女の恋人ではいられなくなってしまうのだ・・・おそらくこれまでも何人もそんな男達がいた事だろう。オスカーもその運命を受け入れて彼女との旅に出たのだ。

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このスウェーデンの作品は数年前に映画になっていて、かなり高い評価を得たらしい。その舞台版とあって、注目していた人達もいたそうだが、レビューはどれも「美しい」「切ない」「イノセントな愛」と絶賛だ。確かにヴァンパイアの映画というよりも、禁じられた幼い恋という感じだ。まだ大人になっていない少年と少女のままで時が止まった少女の切ない恋が、突然血飛沫をあげて人を襲う残酷なシーンと重なって、胸を突かれるような衝撃を受ける

ヴァンパイア映画が途切れないのは、この「切なさ」所以ではないだろうか。どんなヴァンパイア物語も哀愁に満ちていて、物悲しく、長い長い時の狭間を生き続けて行く苦しさが伝わってくるのだ。人はやがては死ぬ。その日は必ずやってくる。それを恐れながら生きて行くのが人の人生だ。永遠に死なないという事に憧れを持てるのは子供の頃の話であって、普通に大人になった人間なら、それがどんなに苦しい事か理解出来る筈だ。

よくあるヴァンパイアものだと、恋人になった相手もヴァンパイアとなって共に長い時を・・・みたいな設定が多いけれど、この話はオスカーは普通の少年のままだ。つまり、やがて彼はエリの恋人から年の離れた兄という事になり、さらには彼女の父、そして祖父にもならなければならない・・・その前にエリにはまた次のパートナーに行ってしまうかもしれない。永遠の未来はそこには無いのだ

全員の台詞がが何故かスコティッシュのアクセントなので、「これは舞台がスウェーデンだから、北の感じを出すためにスコットランド訛りなのか?」と最初思ったけれど、プログラムを見て納得。この作品は去年最初にスコットランドで制作されたものがロンドンの小劇場で上演され、ウエストエンドに上がってきたものだ。オスカー役の役者はこれがプロとしての初舞台だそうで、プログラムには年齢ものっていない。去年からやってる事を考えても現在17−18かな・・・

映画版を観てみたくなった。ちなみに日本語タイトルは「僕のエリ、200歳の少女」というらしい。外国語映画賞のノミネートになったりしたそうだから評価は高いみたいだし