久しぶりに行って来たHampstead Theatre、演目は2ー3年前にニューヨークでトニー賞を取った(ノミネートも数部門)Good People。アメリカ、ボストンの南部、労働階級でアイルランド系カソリックの人達が多い街が舞台になっている。
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幕が上がるとディスカウントショップ(100円ショップ)の裏口でマーガレット(Imelda Staunton)が必死にマネージャーのスティーヴにいいわけしている。彼女の度重なる遅刻に、とうとう会社の上司から「彼女をクビにしろ」と言われたスティーヴは、自分の亡き母親の友人でもあるマーガレットをクビにしなければならない任務を押し付けられたのだ。マーガレットはシングルマザーで成人した娘は障害を持つ。ヘルパーの女性が時間にルーズなため、何度も仕事の時間に遅れてしまう事になったのだ。どんなに生活が大変か、障害者の娘をもって仕事を失ったらどうなるか、必死にまくしたてるマーガレットだが、聞き入れてはもらえずにクビになってしまう

友人達と話すうちに、学校時代の仲間で、ちょっとだけ(2ヶ月程)つき合った事のあるマイクが今は医者になって羽振りの良い人生を送っているときいたマーガレットは、何か仕事を算段してもらえないものかと彼を訪ねる。久しぶりの再会に懐かしそうに親しく接するマイクだが、マーガレットのほうはとにかく「なんでもいいから仕事のツテが欲しい」という事しかないので、少しずつ2人の会話もぎくしゃくして来るのだった。マイクは週末に誕生日パーティーをするのでだれか友人達の中に仕事のつてを見つけてくれる人がいるかもしれない、とマーガレットを招待するのだが、マーガレットのいかにも「あんたの人生は運が良くてうまくやってるわよね」という態度にかなり不愉快な思いを隠せない。

労働階級の娯楽の定番といえば「Bingo」。ビンゴセンターで友人と女3人でだべりながらビンゴに興じているとスティーヴがやってくる。彼はビンゴが大好きで、おばさん達からすると、「若い男でビンゴが大好きなのはゲイだ」という定義になってしまうのだった。そこにマイクから連絡があり、パーティーは娘の具合が悪いのでキャンセルになったという。マーガレットは咄嗟にキャンセルは嘘で「やっぱり私を呼びたくないんだ」と解釈し、かまわずに当日パーティーに出掛けて行く事にする。

第1幕では労働階級者のいい分や価値観、生活感をとてもリアルに出していて、台詞も現実味があって面白い掛け合いが続く。頑固で自分の思った事をそのまま言葉にするマーガレットは正直でいて辛辣でもあり、やがて人を苛つかせる危険性をはらんだキャラクターだ。でもこれってイギリスでも30年目になるソープオペラ、「Eastenders」にも重なる。ズバズバ言い過ぎるのだ。正直なだけが良いとは限らない=口は災いのもと、だよね。

2幕は高級住宅地にあるマイクの家にやってきたマーガレットが彼の妻、黒人のケイトにケイタリング会社のスタッフに間違えられるというシチュエーションで始まる。パーティーがキャンセルになったというのは本当で、別にマーガレットをうとんでマイクが嘘をついたわけではなかったのだ。とりあえず3人でワインを飲みながら、ケイトの「彼の昔の話をきかせて」と言われるままに10代の頃の彼を暴露しだすマーガレット。ギャング同士の喧嘩で相手を罠にかけてボコボコに叩きのめした事や、果ては自分ともちょっと関係があった事まで・・・エリートでスマートな医者としての彼の事しか知らなかったケイトは少なからず衝撃を受ける
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マーガレットというキャラクターの背景には、運に恵まれずに厳しい人生を歩いて来た労働階級の現実がある。この「階級」というのはイギリスではもっとはっきりとしていて、労働階級に生まれた人間が中流/上流階級に交ざって行く、あるいはなっていくというのは余程の運の良さと自分を変える努力が必要だ。マーガレットが「あんたは医者になる為にサポートしてくれる人がいたから勉強できたのよね」とマイクに言えば「俺は必死で勉強して働いて、今の生活を手に入れたんだ」とマイクが主張するのもうなづける。でも自分はシングマザーで、しかも生まれた娘が障害者で、働いても働いてもギリギリの生活しかできずに、またしても仕事をクビになってしまったマーガレットにしてみれば、ほんの少しのきっかけで人生の方向性が変わってしまった昔の仲間がやっぱりうらやましいしねたましいのだ。

ビンゴ会場で「後一つ、、、」とひたすらBの53を待っていた時にはちょっとの差で番号は呼ばれず、最期のビンゴのシーンでは全く関係ないゲームの時にB53が声高に呼ばれる。人生の分かれ道がどこでどう訪れるのか、という事を考えさせられる。

労働階級出身でももちろん出世して大金持ちになっている人達はいる。自分の出身をなるべく大きな声では言いたがらない人もいれば、逆にそれを売りにして人気を得ている人もいる。ヴァージングループのリチャード・ブランソン氏はその後者だ。お金や成功にかかわらず、労働階級出の匂いを無くしていない。かえって頑張って中流階級になろうとして身なりや話し方を変えてポッシュに振る舞う人はpretentiousといわれて敬遠されるのだ

何かが起こるという芝居ではなく、日常のごく普通の人間の葛藤や忍耐ややりきれなさ、そんなものがにじみ出て来る台詞劇だ。主演のイメルダ・スタウントンがとにかく素晴らしい。タフで頑固で言われたら言い返し、やられたらやり返す雑草のようなマーガレットを小柄な身体一杯でエネルギッシュに演じている。彼女は150センチもあるかどうか、、という位に小柄だ。舞台ではローレンス・オリビエ賞も受賞しているし、映画「Vera Drake」ではアカデミー賞にもノミネートされた実力派だ。ハリー・ポッターでのピンクのフリフリドレスで思い切り残酷なドロレス・アンブリッジが強烈だった。今回の役でも批評家達から絶賛されている

Hampstead Theatreはやはり客席200弱の小さな所だけれど、この芝居のウェストエンド進出が決まったそうだ。私が行った日も満席でリターンチケットに行列ができていた。今年のメジャーな賞の候補になるかも。
現実を突きつけられる芝居は時にちょっと胸が痛くなる。でもそれが人間の心理を描くということなんだよね