今週始めにマギー・サッチャー氏が亡くなって、にわかにイギリス中が賛否両論の嵐になっている。亡くなった事で、サッチャー政権当時の彼女を誉め讃える派忌み嫌う派に別れて世論が駆け巡っているのだ。来週には壮大なお葬式が行われる。デモやセキュリティーが気になる所だ

マーガレット・サッチャー女史は1979年に英国史上初の女性首相としてこの国の舵取りをする事になった。経済低迷、高い失業率、アイルランド問題のテロ、全国規模のストライキ、まさに「病める英国」だった時期に保守党の党首として選挙を勝ち取った。彼女の政治的な功績は今も英国で賛否両論だ。彼女の行った政治改革は確かに目に見えて大きな変化をもたらした。

内閣の初期にはあまりに経済が不振で相変わらずストライキや失業率に悩まされていて、内閣議員としての敬虔は浅かった女性党首による新政権を不安視する声も多かった。それでも82年のフォークランド紛争に勝利してからはサッチャー支持率は急上昇した。84年の保守党大会を狙ったブライトンのホテル爆破テロでは、議員や家族達に犠牲者を出しながらも本人は無事で、翌朝にはテロに対する痛烈な非難演説で拍手喝采を浴びた。私がイギリスに来たのはまさにそんなサッチャー政権のまっただ中だった

実際にイギリスに来て、テロがどんなに身近なものかを痛感させられた。大通りのゴミ箱に爆発物らしいものがあるとあっという間にエリア一帯が封鎖されてしまう。デパートの爆弾予告電話があると即非難。そんな事は暢気で平和な日本ではありえなかった。サッチャー氏は国営だった電気、ガス、水道、電話等を次々と民営化して株を解放した。所得税が大幅に引き下げられ、代わりにいわゆる消費税が大幅に15%に跳ね上がった。(今は20%)人頭税とも呼ばれる新しい税金が課せられて、この反対運動も当時は大変だった。これらの変化は私にとっても直接生活に関わってくるので、「イギリスではこんなにも政治が生活を左右するのか・・!」と焦ったくらいだ。(当時の日本は戦後からずう〜っと自民党の一党政治で、誰がいつ首相になってもね、、、という感じだった)

EUが拡大され、フランスとの間にユーロトンネルが開通し、大陸ではユーロが導入された。今となって彼女の政策で最も懸命だったのは、イギリスがユーロに加入しなかった事だろう。世界中に「鉄の女=Iron Lady」の名を知らしめ、当時の米レーガン首相と共に旧ソ連の解体に貢献した。国際的にも彼女が行った事は大きい。この国を変え、この国を良くしたいという思いは確かに間違ってはいなかったはずだ。

もちろん政治家が国民全部から支持される事はあり得ない。こっちを助ければあっちが沈み、あっちを先にすればこっちが総崩れ・・というのはどうしても避けられない。変わりつつあるイギリスだったが確かに失業率は一時は8%なんて時もあったし、元々あったクラス(階級)社会がますます顕著になり、貧富の差が大きくなったといわれた。一部の優秀なエリートだけが入学できた「大学」の幅を広げ、それまではポリテクニックと呼ばれていた高等教育機関においても大学と同じ学位が貰えるようにしたため、それまで特権階級だった大学卒業生のレベルが下がったという声も

でも政治家としても彼女のやり方が正しかったのかどうかはきっとあと2〜300年経ってから歴史が決めてくれるのだと思う。今はただ、初めて女性として様々な政策を施して11年間も首相を勤めた政治家が亡くなったと言う事なのだ。それでもサッチャリズムが引き起こした賛否両論は少なくとも来週のお葬式が済むまでは止みそうもない。いかにもイギリスらしいの現象で、今週のイギリスのヒットチャートがちょっとヘンな事になっている

反サッチャー派は彼女が亡くなってからすぐに「ざま〜みろ」といった声を張り上げて、それに賛同する人達でアンチ・サッチャームードが広がった。「Iron Lady rust in peace」なんてグラフィティが大きく新聞の一面を飾る。(私個人としてはこれは巧いから座布団一枚!?)それに対して「死者鞭打つなんて英国人の恥だ」という声があがり、今度は彼女の貢献を讃える人達が反論。それがとうとうヒットチャートにまで及んでしまった。

前にも書いたけれど、イギリスの面白い所は人々が遠慮なく声を挙げるという事。そしてそれに賛同/反対する人達がどんどん付いて行く。今回は反サッチャー派が昔の映画「オズの魔法使い」で東の悪い魔女が死んだ後、マンチキン達がそれを喜び合う「Ding Dong The witch is dead=鐘をならせ、悪い魔女は死んだ」という歌を、チャートの1位にしようぜ!と呼びかけ運動を開始したのだ。あっという間に話は伝わり、あれよあれよと言う間にダウンロード数の1位になってしまった。この分では日曜日に集計されるオフィシャルチャートでも上位に入ってしまいそうな気配なのだ。そして保守派もこれに対抗して、昔のパンクソング「I'm in love with Margaret Thatcher」をチャートに入れようと呼びかけて、こちらのダウンロード数も急上昇という状態

来週のお葬式はサッチャー派、反サッチャー派、ニュートラル派に別れて見守る事になりそうだ。国葬ではないけれど、ダイアナ妃やエリザベス皇太后と同等の儀式的なものになるようで、プロテストは必須だ。彼女はウェストミンスターに葬られるそう。初の女性首相として、歴代の著名人と共に英国の歴史に残る人物として眠る事になる。