家康と按針」のロンドン公演に行って来た。

Anjin

初演は数年前だったけれど、今年はジェームス1世と徳川幕府による日英貿易の開通から400周年目という事で、タイムリーなロンドン公演。この舞台以外にも今年中にアングロ/ジャパニーズの催しがいくつかあるらしい。

日本では去年再演されているけれど、初演の時から本がどう変わったのかは解らない。でもとてもイギリスに馴染み易い舞台になっていたRSC(ロイヤル・シェイクスピア・カンパニー)とあって、台本自体がちょっとシェイクスピア色が入っている。というのも、三浦按針(ウィリアム・アダムス)と家康の時代はそのままシェイクスピアの時代と重なるのだ。イギリスではエリザベス1世からジェイムス1世になり、カソリックとプロテスタントの争いはガイ・フォークスの議事堂爆破計画を引き起こす。家康は天下を取り、やがて最期の豊臣勢をも倒して徳川時代を確立する。アダムスとシェイクスピアは同い年だ。さらにシェイクスピアと家康は同じ1616年に死んでいる。

ウィリアム・アダムスに関しては、丁度日本での「按針」初演の頃に偶然見つけた古本で詳細を読んだ。ドキュメンタリー本なので、この舞台の背景になっているエピソードはすべて書かれていた。(本の紹介/感想はこちらこちらに詳しく書きました)この舞台の本はRSCのマイク・ポールトン氏とシェイクスピアの翻訳を多数手がける河合祥一郎氏の共作だ。ヨーロッパでの歴史的な王達や戦争をモチーフに作品を書いたシェイクスピアが、地球の反対に存在するの小さな島の事を知っていたら・・・?戦国時代から抜け出そうとする時代の将軍と、ほとんど難破状態でやってきた初めてのイギリス人航海士との交流を芝居にして書いたかもしれない、、、、そんな発想から生まれた作品だそうだ

セットに使われる屏風を思わせるような背景が美しい。あくまでも舞台は広く取れるように細々したセットは置かずに効果的に色を出している。見知らぬ国にやってきてしまったアダムスの戸惑いや不安、後には2つの国の間で悩む様子も重苦しく無く、むしろユーモラスな台詞でこのあたりがシェイクスピアっぽい。いや、シェイクスピアならもっと独白が長いか・・・

武家の出でありながら宣教師となったドメニコ役の古川さんはカナダ育ちという事でネイティヴなイングリッシュスピーカーだ。彼の台詞は8割以上英語だったけれど、これは初演の藤原さんの時から変えたのだろうか、、、??流暢な英語(ちょっとアクセントが北米流ですが)なので他のイギリス人キャストとの違和感も殆ど無い。淀君のキャラクターはなんとなくマクベス夫人を彷彿とさせる。戦争、王/君主、跡継ぎという図式は洋の東西に関わらず共通しているのだ。
異なる文化、言語、しきたりの中で確実に見出す事のできる共通点。この芝居はその共通点を観客にうまく伝えている。どの世界にも嘘つきや正直者がいて、時代を担う良き君主は、未来を見つめる目と世界を広げようとする向上心と、正しいものを見極める才覚を持っていなくてはいけない

自分にとって、未来の日本にとって何が必要かを見極めてアダムスを手元に置き、旗本として取り立てながら西洋の技術を学ぼうとした家康。そして異国文化の礼儀を尊重し、見知らぬ国の魅力を素直に認めて溶け込んでいった異邦人のアダムス。ドメニコも「神と侍」の間で揺れる重要な役どころだ。信頼していたイエズス会の司祭達が、プロテスタントであるオランダ人達を「彼等は海賊です」と嘘の通訳をして抹殺しようとする事に失望し、アダムスと家康の通訳として真実の言葉を伝えようとする。神に仕えようと決めたものの心は侍を捨てられず、武士として死ぬべく侍に戻ったものの、最期にはキリシタンとみなされて死んで行く・・・

休憩込みで3時間10分は結構長い。でもちっとも長さを感じなかった。本当はもっともっと盛り込みたかったエピソードが沢山ある筈だ。本の感想にも書いた通り、アダムス達のイギリス商会時代はかなり記録が残っているそうだから。(館長のコックスが詳しい日記を書いていた)戦国時代の武将達の関係が、こちらの観客にはちょっと解りづらかったかもしれない。私達日本人には、「そうだ、真田幸村だ」とか「大阪夏の陣と冬の陣ね」と、昔懐かしい学生時代の歴史の授業を思い出しながら観るかんじ

William Adams=三浦按針の事はもっとイギリスの人に知ってもらいたいな〜と思う。幕末のトーマス・グロバーは開国から産業革命時代の日本に貢献した事で旭日章 をもらったけれど、按針の事はその後の鎖国で閉ざされてしまった感じがするよね。この舞台の最期も、その後の闇を象徴していた。家康の死後、領地と家系の存続は約束された按針だったが、消息を案じたドメニコがキリシタンとされて張り付けにされているのを前に肩を震わせるラストシーン。これからは時代が代わり、築いて来た商会も閉館され、日本は鎖国の時代に入るのだ

むか〜〜し、「Shogun」っていう本がベストセラーになって、日米合作のドラマ/映画にもなったっけ。あれもウィリアム・アダムスをモデルにした小説だったけれど、当時の海外での日本の描かれ方というのはちょっとヘンな感じで、あのドラマも史実ではない創作だった。あれがもっとちゃんとWilliam Adams=三浦按針として、そして将軍も徳川家康として史実を元に作られていたら、按針の名前はあの時点でもっと知られたかもしれないのにね。まあそれでもあれ以来Shogunという英語が定着したのだけれど・・・

実はこの舞台を観る前は、ちょっとどんなものか半信半疑だった。日本の友人からは「観なくてもいいよ、あんなの・・」と聞いていたので。でもRSCのドーラン氏がどんな演出で見せてくれるのか興味があったので、ダメもとの覚悟で行ったのだけれど、私は凄く良かったと思う。これはイギリス向けの舞台だ。実際各紙の劇評は星4つと結構良い。いっそのこと、すべての役をイギリス人俳優で全編英語にしてはどうだろう?シェイクスピアの芝居だって、登場人物は外国人が多いんだし。(ハムレットはデンマーク人、ロミオとジュリエットはイタリア人、、、)日本の将軍がメインキャストの歴史劇があったって良いよね