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久しぶりにミュージカルを観て来た。ナショナルシアターには劇場が3つあり、一番小さいスタジオで去年初演されて絶賛された「London Road」。去年は金欠で断念したのだけれど、今回メインのオリヴィエシアターでの再演が決まり、即チケットを取った。ちなみにナショナルシアターでは芝居に足を運び易いようにと、£12-00からのチケットがある。しかも3列目ど真ん中なのだ。オリヴィエシアターはローマンスタイルの劇場で、最前列でも舞台を見上げる事がないので、£12-00でこの席は夢のよう

さてこのミュージカル、すごく新しいスタイルで作られている。ミュージカルなのだけれど踊りは一切無い。歌もそれらしく歌い上げるという事は無くて、むしろ台詞にトーンが付いている、という感じだ。語る為に音程を利用しているといった作りで、これまでのMusicalの概念とちょっと違った新しい手法だ。台詞の殆どは確かに歌になってはいるのだけれど、旋律が耳に残らないのだ。メロディーラインも音楽というよりは効果音的な要素が強い。コーラスの掛け合いなんて、楽譜を頭に思い浮かべてみたのだけれど、どうしても聞いただけでは捉えきれない。そんなミュージカル/プレイが成功しているのは、音にあおられた台詞がより心情を膨らませて変化していくからだろう。

ストーリーは実際に数年前(2006年)にイギリスで起こった連続殺人事件を扱っている。イングランド東部、サフォーク州のIpswichという街での連続娼婦殺人事件が起きた。街娼として街に立っていた5人の女性達の遺体が次々と同じエリアで発見され、普段は平和で静かな街が騒然となる。このミュージカルはイプスウィッチのLondon Roadに住んでいる人達に焦点をあてて、地元住民としてのショック、不安、猜疑心、警戒心、そしてコミュニティーの繋がりを描いていく。歌という形で歌い上げるのではなく、音程の微妙な高低、テンポ、音量で心理描写を倍増させることに成功している
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事件発覚直後の驚き、そして犯人が捕まらない間の不安とお互いへの猜疑心、警戒心。女達は男性をみると「こいつが犯人か!?」と思い、男達はそんな女性達の冷たい視線を浴びる毎日に閉口する。ロンドンロードの79番に住んでいた男が容疑者として逮捕されると、街は連日連夜今度はメディアの目に曝される。平和だった住宅地の一角にテレビカメラや新聞記者、レポーターに、冷やかしで現場を見学に来るツーリストまで押し寄せて、地元住民達の穏やかだった日々がかき回される。彼等は家の出入りさえも、世界中から見られているような毎日にとまどう。

裁判が始まるまでの間も、「もしこの男が犯人じゃなかったら、真犯人は他に居るのか?」という疑問や不安、そして裁判が始まるとまたもや国中から押し寄せるマスコミの群れ。すっかり連続殺人の代名詞になってしまった地元の名誉を取り戻すにはどうすればいいのか、、、住民達の悩みは尽きない。

ロンドンロードに住む人達はこの事件をきっかけに強いコミュニティー意識を取り戻し、住民達でガーデニングのコンテストを開く。それぞれの家の前庭、後庭をいかに美しく草花で飾るか、というコンテストだ。前庭の芝をきれいに手入れし、家の窓際やドア、庭にも花を植えたバスケットを沢山つるし、ロンドンロードを美しく飾る。一介の殺人事件が地元住民の暮らしにどれだけ大きく影響してしまうか、そしてそこから近所同士の繋がりをどう立て直していくかをシリアスながらもコメディータッチに描いている。
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実際に事件当時に地元の人達に行ったインタビューを元に作られた本は現実としての説得力があり、台詞をあおる旋律やコーラスのパワーは派手に歌い踊る以上に効果的だ。観終わった後に音楽の旋律が全く頭に残らないというのも凄い。それだけ音が台詞に同化しているのだ。もちろん役者達の歌唱力、発声力が素晴らしいからこそ成功しているのだけれど。

まだ記憶に新しい事件だし、役者達も本当にお隣に住んでる普通の人達を地味に演じる事でリアリティーがある。劇中に使われているインタビューのテープは事件当時のメディアによる地元住民達、さらにはそのエリアで街娼をしていた女性達の実際の声だ。

私自身にも数年間に降り掛かった事だけれど、事件というのはどうしても「自分には起こらない事」と思ってしまいがちだ。毎日のようにテレビや新聞で観ているにもかかわらず、心のどこかで他人事にしてしまうものだ。でもこの舞台は語りかける。「次はあなたの街かもしれない」と。
事件前と事件後は決して元には戻らない。でもそこからどうやってポジティヴに普通を取り戻していくか、、、このミュージカルでは地元コミュニティーという形で人々の結束を固めていく。

観終わった後の不思議な感覚・・・大掛かりなステージとは全く違う、とても現実的で日常的なミュージカルだった