なんだかすっかりブログが週1ペースになってきた、、、本当はもっと書きたい事もあるのだけれど、いかんせん独りでMacに向かう時間がこのところあまりないので・・・もう少し、もう少し我慢して新しいペースになるまで・・・

今月は芝居を我慢する、、という事で、ネットで映画でも観る。
新しい「Jane Eyre」なんと先週の金曜日に劇場公開になったばかりの作品がもうネットで観られるというのがすごい!

実 はつい先週、テレビのオン・ディマンド(無料/有料で以前に放映された番組や映画をテレビで観る事ができる)で5年程前にBBCが制作したドラマの Jane Eyreを観たばかりだった。

_SL500_AA300_こちらは4話もののミニシリーズという事で、こういうシリアスなBBCのドラマは本当に質が高い。このシリーズでロチェス ターを演じたToby StephensはとってもニヒルでSexyなのだった・・・・彼は素晴らしい役者ですよ、、、陰のあるちょっと偏屈な感じで登場するこのロチェスター役をすごく深く演じてる。どうしてこういう男になったのか、その過去から今までの間の人生がジェインと出会った事でどう変わっていくのか、「人」としてのロチェスターを驚く程巧く演じている。演技力っていうより、、演じる」という高い技術を持った役者さんなんだよね。私好きだわ、この人〜〜

実は私はこの作品は本で読 んだ事は無い。正当文学作品というのはなんだかあまり読まないなあ〜。それと私にはどうしても女性作家の作品がいまひとつピンとこなくて、小説の類は女性の 書いた物はあまり読まない。イギリスで本屋さんに行くと女性作家の本の多さに驚かされる。日本の比じゃないね。

「ジェイン・エアー」が刊行された当初、それまでの女性の社会的な位置づけを覆す程のインパクトがあったというのは知っていた。初めこそ、その畏れを知ら ぬ主張を通す女主人公を野蛮礼儀知らず、と批判する声も多かったものの、やがてこの作品は当時の女性達の必読書となり、これを読むのがレディーのたしな み、とされるまでになったという。

それまでの上流社会のお嬢さん達といえば、親に逆らう、自分の意見を主張する、神を畏れない、男性と対等に並ぶ、女性から愛の告白/求婚をする、、等という事はしないのが当然、そんな事をする娘は本人のみならず一族すべての名誉を傷つけるものと見なされた。18世紀ヨーロッパの女性達は、誰と結婚するか、もしくは誰の愛人になるかで幸せの価値が決まったのだ。

丁度今読んでいる(もう1年も読んでる、、)カサノヴァの自叙伝には、後から後からカサノヴァのMistress=愛人が出てくるのだが、これは決して許されない/不倫という形のものではない。そもそもカサノヴァは生涯正式な結婚はしていなかったのだから。愛人になった女性は家の女主人として扱い、召使い達にもそうさせる。ちゃんと月決めで生活手当を支払い、ドレスやアクセサリー等も外で恥をかかないような物をあつらえる。毎夜ベッドで愛の証を与えるのはもちろんの事、場合によっては彼女の家族の面倒もみる。貧しさの為に殆ど身売りのような形でカサノヴァに差し出された娘達もいれば、いいとこのお嬢さんでカサノヴァが教育の面倒もみてあげた人もいる。

ただ、みんなどの女性達も、誰かしら夫なりマスターなりに付いていないとやっていけない、という社会だったのが解る。恋愛サイクルの短いカサノバは長くもってもせいぜい2年、短い関係は2ー3週間という恋愛を繰り返すのだが、その別れ際もちゃんと心得ているのだ。そろそろ、、と飽きてしまった愛人はポイと放り出すのではなく、ちゃんと自分の後釜を用意し、彼女達は次のマスターに引き継がれていくのだ。どの女性も別れを嘆きはするものの、「そういうものだ」と心得ているふしがあり、新しい愛人契約に移行していく。当時の上流社会では愛人経歴がまさにセレブ級のご婦人も多かった。このカサノヴァの時代は18世紀のまっただ中。

その後、19世紀に入って書かれたのがジェイン・オースティンのPride and Prejudice (高慢と偏見)で、これはイギリスのジェントリー階級(貴族ではないが、広大な土地を所有する地主のような資産家階級)の娘5人の嫁ぎ先探しの話。良い結婚こそが女の幸せ、その為には良いお婿さんを見つけなくては、、という事で躍起になるお母さんや娘達。この段階でもまだ良い結婚というのが、ある程度つりあいの取れた家柄と財産のある、できればもうちょっと良い所とのご縁という事になっている。ただ、18世紀からちょっと進んでいるのが、娘達にも男を観察する力があるんですよ、という事

家柄や財産だけでなく人柄も見なくちゃね、という事で5人の娘達も各々違った角度で結婚/男性を見ている。良いお話なら何でも良いから、、というお母さんのちょっと愚かな愛情も笑える。ここでは次女の目を通して初めの印象=冷たくで高慢で嫌な奴が、だんだん本当はちょっと不器用でお愛想を言えない誠実で愛情深い男だと理解していく過程と、それを受け入れて愛するようになる気持ちの変化が綴られる

そして19世紀半ばに書かれたのがシャーロット・ブロンテの「ジェイン・エア」だ。孤児で叔母にひきとられたジェインは自分の正義を貫く強さを持ち、正しく無いものに真っ向からそう言う事ができる勇気を持った少女だ。子供の頃からのそうした彼女の主張は大人達には時として生意気で、傲慢で、手に負えない偏屈と見なされた。それでも自分を信じる心を持ち続けて、彼女は自分で仕事を見つけ、雇い主である貴族のロチェスターと対等な友人になろうとする。それがお互いに愛情となり、身分も環境も気にせずに結婚という話になったまでは良いけれど、実は彼には気がふれた法律上の妻がいた事を知って打ちのめされる

事実上は妻とは言えない結婚をしていた事をジェインに打ち明けたロチェスターは、法的な結婚はできなくても一緒にいたい、=愛人になって欲しいと愛情込めて訴えるが、彼女はこれを受け入れる変わりに身を切られる思いで館を出る。男の庇護に入るよりも、荒野をさまよって自分の道を探す

このJane Eyreが当時の女性達の間で「生き方のお手本」にまでなったのは、孤児で叔母宅で虐げられて育ったジェインが、それでもきちんと教育を受けたが為に自分の仕事を見つけ、自分一人の足で生きる道を探して行くという女性自立社会の中で新しかったからに他ならない。家も財産も親戚もなくたって、夫や愛人がいなくたって生きて行ける、、、今ではもう当たり前の事が、この当時には初めて世に響いた叫びだったのだ。最期にはジェインはロチェスターと結ばれる。妻の狂行で館が火事になり、妻は彼の目の前で塔から飛び降りてしまったのだ。火事で視力と片腕を失ったロチェスターにジェインは静かに寄り添う事を誓う

自分で選んだものだけが幸せとは限らない。与えられただけのものでも、偶然降って沸いたものでも自分にとって幸せだと思えるものはあるはずだ。大切なのは、それを自分が「幸せだ」と思うかどうかという事。そう思える心があれば、それが何であれ自分から幸せになる事ができる。でも幸せを感じられる心がない人には、どんなにあれこれ与えても無意味なのだ。ましてや「あなたを幸せにします」って・・・おカド違いもいいとこ! 幸せはなるもので、してもらうものじゃないのよね

カサノヴァの愛人達、、、ヨーロッパ中を旅したカサノヴァは、何年も経ってからヨーロッパのあちこちで昔の女性達と再会するけれど、恨みつらみを言う人は、、、ほとんどいないみたいだね