カフェに座って本を読んでいたら誰かの携帯が鳴った。いつもの事だ。でもちょっと違ったのは、その携帯のメロディーが鳴ったとたん、「あ、帰らなくちゃ!」とせき立てられるような奇妙な気分に襲われて、一瞬自分でも「なんだこれは・・・?」と思ってしまった。

鳴っていた曲は聞き覚えのあるバッハの曲。正確には「バディネリ」と呼ばれる、「管弦楽組曲No2-7楽章」だ。


実はこの曲が私の中に染み付いているのは、遠い昔の学生時代(確か中等部)からで、この曲は学校の下校時刻にかかっていた。これが鳴ると「全校生徒の皆さん、下校時刻になりましたので教室から出てください」という放送が流れる。

なんという事!!
あれからはるか数十年も経ったというのに、今だにこの曲に席を追い立てられるような気分にさせられるとは・・!条件反射とは洗脳の裏返し、、そうか、私達はあの下校時の曲に洗脳されていたんだわ、、!

ちなみに高等部時代の曲は確か、、と思って調べたら、バッハだと思っていたのは実はヴィヴァルディだったと初めて知る。こちらはヴィヴァルディの「ヴァイオリン・コンチェルト A-minor」こっちのほうが出だしがドラマチックなので、よけいに焦燥感をあおられる・・・ いかにもバタバタと出ていかなくちゃならない気分にさせられる。(このブログを書いてからずっと後になって、このヴィヴァルディのコンチェルトはバッハがキーボード用に編曲したヴァージョンがあるのを確認した。バッハだと思っていたのは実は正解だった。私が覚えていたのは確かにパイプオルガンの演奏だったと思う)

この気分はきっとあの頃から身体に染み付いていて、知らないうちにず〜っと洗脳されたままになっていたのだろう。九九を覚えたのとさほど変わらない時期に学校で覚えた「主の祈り」と「詩編23編」もそうだ。九九を忘れないのと同様、これらも今でも忘れていない。なんだかこれって怖くない?

ちょっと想像してみた。例えば私がある日事故にでもあっていっさいの記憶を無くしてしまったとする、、、自分の名前もどこからきたのかもはっきりとしない中で、ある日このバッハやヴィヴァルディーの曲がラジオから流れて来る、、、途端に「帰らなきゃ、帰らなきゃ!!」と立ち上がって、でも何処へ行けばいいのかも解らずに半狂乱になっている私・・・

うわあ〜〜 ぞっとするわ〜〜!

覚えたら生涯忘れないと言われている事、例えば泳ぎや車の運転なんかもそうらしい。やっていないうちにぎこちなくはなっても、忘れるという事は無くて身体が反応する。そうだよね、イギリスで30を過ぎてから取った運転免許、前の車がダメになってから丸3年運転してなくても、レンタカー借りたら何とかなったもんね。(最初はかなりヤバかったけど←車はマニュアルです)

夏の夕べにクラシックコンサート、なんてちょっと優雅にお出かけして、演奏が始まったら「あ、帰らなきゃ」って席を立っちゃったりして・・・
ヴィヴァルディのほうはこちら。