昨日の夜、ケーブルチャンネルでアンネ・フランクのドキュメンタリー番組をやっていた。「アンネの日記」で有名なオランダの少女。昨夜の番組は再放送で、実は数年前にも一度観たと思う。実際にフランク一家と関わった人達が生の声で思い出を語る。幼なじみ、親戚、隠れ家を支えた人達、そして収容所で知り合って生き残った人達・・・・唯一現存する、生きているアンネが映ったビデオフィルムもあった。映っているのはほとんど偶然でわずか数秒だけど。

アンネ達の隠れ家生活を命がけで助け続けた人達の中に、ミープ・ギースさんという人がいた。アンネの日記に関する事では必ず名前を聞いていたし、昨日の番組でもたどたどしいながらも一生懸命インタビュアーに英語で答えている穏やかな顔のミープさんがいた。そしたらなんと、今日彼女が亡くなったというニュースを聞いて、あまりのタイミングにビックリ!! 昨日の番組が数年前のものなのは知っていたので、私は実際の彼女はもう亡くなっていると思っていたので、今日、100歳で亡くなったと聞いて驚いた。

実は私が日記を付け始めたのもアンネの事を本で読んでからだ。たしか5年生(10歳)の時、クリスマスのプレゼント交換で鍵付き日記帳をもらったのをきっかけに書き始めたっけ。それからなんと14ー5年書いていた。ロンドンに来てからはぐっと頻度が落ちて何時の間にか途切れてしまったけれど、30代半ばになってからまた2年程思いついたら書いていたっけ

日記というのは、「記録」としての書き方をする場合と、「独白」としての意見を書く時と、「感情爆発/八つ当たり」的な目的で書く場合とある。私の場合は3番目が多い。先日読んだフェルゼン伯爵の記録的=ジャーナルとは全く違う。だから今になって読み返すと、何故自分がこの日にこんなに落ち込んでいるのか、怒っているのか訳がわからなかったりする。役者時代の私は喜怒哀楽が凄まじい、、、

アンネが日記を書き始めてかなりたってから、もう一度自分の日記をはじめから書き直したというのはよく知られている。戦争が終わった後に、日記等の記録が出版されるチャンスがあるかもしれないと聞いて、書き直し始めたのだという。だから彼女の日記は自分用=独白のものと、人に読ませるために書いたものとの2種類があるのだ。もちろんどちらもアンネ本人のものを認定されている。

フェルセンの日記にしても、日記自体は全く感情抜きの記録事項の羅列でありながら、同時に妹や父親に宛てた手紙には自身の感情を書いていて、同じ事柄でもトーンが大分違う。まあ、あの当時は手紙でさえも誰かに読まれる危険が常にあったわけだけど。

ブログで日記を書くというのも、それと同じようなものなのかもしれない。私はこのブログを日記だとは思っていないし、ここで日記を書くつもりは無い。もちろんその時によって(例えばパリ滞在の数日のように)その日の出来事を題材にするのは自然だけれど、どちらかというと、独白/エッセイ的な書き方にしている。私が今日何をどうしたかなんて、他の人にはどうでもいい事だ・・・フェルセン伯爵みたいに、残したジャーナルが歴史的に貴重な資料になるような立場にいるわけでもなし、、、

子供の時(10歳)からの日記は10年前に日本の実家からこっちへ全部持って来て屋根裏に置いてある。ロンドンに来る以前の私のものはこれだけだ。あ、あと貴重なカセットテープが数本と・・・ 一時復活したのに、いつの間にかもう日記を書くのは完全やめてしまった。どうしてだろう、、??ただ、単に手で書くという作業がもう面倒になってしまっただけなのかもしれないなあ〜〜 PCを購入してからは(1999年)もう手書きなんてできなくなっちゃった気がする。特に日本語は手がつりそうになる

でもね、日記って不思議なもので、自分だけの秘密のつもりで書いていても、実は密かにその内容を誰かに聞いて欲しいと思っていたりするんじゃないのかな。思春期の頃、親友に「誰にも言わないでね」と好きな男の子の事を打ち明けて、実はひそかに彼の耳に入る事を期待しているみたいな・・・


ブログでの日記っていうのもまた一つ違った意味がある。「私は元気でこうしてますよ〜」と一度に皆に伝える手段だ。知り合い達にブログを通じて近況報告をするというパターン。手紙の代用という意味での日記だ。コミュニティー形式の日記はこの典型だろう。ただ、誰の目にもとまるネット上での文章というのは、自分で責任を持たなくてはいけない

日記は自分が今ここに存在しているという証。残したいか残したくないかは二の次なのだ。残すとなるとちょっとヤバいんだよね・・・・でも存在している今はそこまでまだ考えられない。もし私が明日突然死んだとしたら、屋根裏の私の過去の日記はどうなる事やら、、、うちの彼には読めないし〜〜

e-mailもいいけど、たまには手書きの手紙も悪く無いかもね。クリスマスを期に、しばらく連絡の途絶えていた古い友人の何人かと連絡がついた。学生時代に毎日のように手紙の交換をした、懐かしい友からの懐かしい字の手紙・・・ 手紙って素敵な伝達方法だったよね。便箋だけでなく、ペン/インクの色なんかにも気を使って、一時は香り付きのペンなんてものを使ったりもしたっけ(赤いペンはストロベリーの匂い、紫はグレープ、、)便箋の折り方までちょっと変えてみたりして。

日記とブログは違う。e-mailと手紙も別物だ。たまにはPCを離れて、もう一度自分の手でペンを握ってみるのも良いかもしれない、、、手がつりそうになるまでは・・・・