P1010070

パリに着いた日だから11月19日。パリ市庁舎が3色のリボンでおめかししていた。何かの記念日なのかな??2日後には無かったから、、、でもすごく可愛い、、、エレガントだよねこの建物も。ChateletからこのHotel de ville周辺はいつもけっこう渋滞気味なんだけど、それでもロンドンみたいに全く動かなくて20~30分、、、なんて事は無い。

ベルサイユ宮殿はもう人だらけで、他の人が写真に入らないというのは不可能だったけど、トリアノンまで行く人はずっと少なくてゆっくりと廻れた
PB180123アントワネットがプチトリアノンの回りに創らせた田舎家は12あって、実際に羊や牛を飼い、畑を作っていた。ここは宮殿から歩いたら30分くらいかな、、でも別世界だ。繰り返される宮廷での、決められたしきたりとエチケットにうんざりしていた王妃が逃げ込んだ素朴な世界・・・でもこれらの増築費も革命への火種になってしまったのだから皮肉なものだ。でも一つ一つの農家がそれぞれすてきなデザインで設計されてる。確かにプチトリアノから村里周辺は一日いても飽きないかも、、、



PB180139こんなスフィンクス像もホントにエレガントだよね。ふくよかな胸に髪だって、さすがはおフランスのスフィンクスだわ、、、!ほとんどちゃんと見てもらえる事なんかないだろう所に、細かい彫刻がしてあったりしてびっくりする。町中の建物でもそう。「誰も見ないだろう!?」と思うのにつつましくそこに在るというのが凄い




PB210208サン・ドニの王達の墓にもみごとな彫刻がされていて、前にも書いたように真上からでないと綺麗な写真が撮れないのが残念だった。大きな物は逆にディテールを撮るのが難しいし、、、像や彫刻を観る時は私はいつも後ろへ回る。後ろからみた姿というのが大事なのだ。これはフラッシュを使わなくて撮ったからちょと暗いけれど、祈っているルイ16世のローブの下に見える足元のディテイールの細かい事、、、ここの墓所は見事な彫刻美術館だ



PB210201
これはおまけ。サン・ドニ聖堂の墓所の出口の看板。各国語で「出口」を示しているのに突然日本語で「解放する」 思わず笑っちゃったよ・・・

面白表示としては、もうひとつシャンゼリゼのクリスマスマーケットの中にもあった。ホットワインを出しているストールに、「ぶどっ酒、暑い」とあったのだ
写真に撮ってみたけど、ちょと暗くて文字がうまく映らなかった。ストールの内輪の人達が前で飲んでいて私をじろじろ見てたから、さすがに何度も撮る勇気はなかったしね

観光スポットらしい写真は他でも沢山あるし、ベルサイユのきらびやかな写真は、ベルサイユ特集の写真集でもみたほうがずっと素晴らしいと思うのでここには載せません。



PB190155レアールのフォーラム(ショッピングセンター)の裏から撮ったもの。こんな建物のコントラストが面白い。最期の2日は曇り/小雨で今回は全体に写真が暗め。それがちょっと残念だったかな。そういえば今まで3回来たパリはいつもいつも何故か11月だ。偶然なのだけれど。最初の時は滅茶苦茶寒くて凍えそうだった記憶がある

ベルサイユの庭園内は門が開いてる時間帯は誰でも普通に入れて、ジョギングコースにしている人なんかもいる。もちろん赤ちゃんや犬のお散歩も・・・初めて来た時、行ったのが遅くて宮殿からグラン・トリアノンまで歩いていったらもう真っ暗で門が閉まってしまった。もう入れないトリアノンのマーブルの外装だけ見て外に出ようと思ってもどこから行けばいいのか解らない。宮殿までまた歩いて戻るには距離がありすぎるし、どうしたものが同行した友人とうろうろしていたら、東洋系の家族が通りかかった。

明らかに迷っている観光客の私達をみて、一緒に来なさい、みたいな事を言う。ご夫婦は英語を話さないけれど、ティーンエージャーの息子さんと妹は上手な英語を話した ご主人は何か身分証明のような物を門の所で見せて、私達も一緒に外に出る事ができた。「どこまで行くのか」ときかれたので、「これからパリに戻るんです」と言うと、「じゃあパリまで送って行くから」と言う・・・! 途方にくれていた私達はびっくりしたけれど、ご主人はさもこんな真っ暗な所からどうやってベルサイユの駅まで戻るんだといわんばかりの顔で、当然のように私達を車まで案内してくれた。なんとメルセデスベンツ!

話を聞くと、ご主人はインドネシア大使館の書記官らしい。息子さん達とおしゃべりしながら(あの当時はまだ私の英語もつたなかったけれど)パリまで送っていただいた 私には劇団時代に、インドネシア国籍のミュージシャンの友達がいて、日本生まれの日本育ちで日本語しか話せない彼が、父に連れられてわけの解らない選挙投票をしにインドネシア大使館に行かされた話をしてくれた事や、スカルノ大統領第三夫人だったデビ夫人の話題で打ち解けた。「私あの人好きよ」と娘さん、考えてみればそれは実際にデビ夫人を知っている上での発言だったのだ。

全く通りすがりの私達をモンパルナス駅まで送ってくださったあのインドネシア大使館の家族の事を本当に久しぶりで思い出した。旅先で触れた親切。まだ英語が通じなくて泣きそうだった初めてのパリ週末での話