私が覚えている頃は、癌患者には告知はしない時代だった。せいぜい身内のごく限られた人だけに伝えられて、それを皆で当人に知られないようにするのがどれだけ大変か・・・という事がよく取り上げられていた

今では癌の治癒率も昔よりはずっと上がった。それでも早期発見が絶対の条件で、発見/治療が遅れると手遅れになってしまう事実は変わらない。でも癌という病気との向き合い方はかなり変わってきている。

まず当人への告知、そして治療法の選択、そしてどうしても手遅れになってしまった場合にはホスピスを選ぶという人もかなり増えた。うちの彼のお父さんが再婚した相手の人も、癌で最期はホスピスで亡くなった。彼女は看護婦さんだったので、自分の病気も飲んでいる薬の事もよく解っていて、亡くなる3週間前まで体調の良い時は勤務についていた。

先週、英国人の夫婦がスイスの安楽死を承認するクリニックで、一緒に命を絶ったというニュースが話題になった。80歳と70歳のご夫婦。二人とも既に末期の癌で、クリスマス頃からは夫人のほうが特に弱り始めたそうだ。イギリスは安楽死を認めていない。自殺の手助けをした場合も罪になる。この夫婦のケースが投げかけた問題は、スイスのクリニックに行くための手配を助けた事が、犯罪なのかどうかと言う事だ

彼等は自殺(=死を選んだ)したのではない。死ぬ事はもう決まってしまっていたのだ。彼等が選んだのは死ぬという事ではなく、何処でどんな最期を迎えたいかを選択したのだ。長い人生を一緒に過ごしてきた二人が共に末期の癌であるとわかって、年老いた彼等が選んだ人生の終え方・・・

私は自殺は考えられない。自分で健康な命を絶つというのは、私の中では理解できない心理だ。私の回りにも自ら命を絶ってしまった友人が居た。本人にしか解らない苦しみがあったのだろうとは思う。でもどうしても、「やっぱり違うよ、絶対ダメだよ!」と思わずにいられないのだ。自殺してしまうというのは、それまで生きてきた人生のすべてを否定してしまう事だと思うから・・・人生には、否定しちゃいけない小さな幸せが沢山あるはずだと思うから。

でもこの二人の場合はどうだろう・・・?どちらかが先に亡くなったら、残されたほうは相手の死を間の当たりにして、悲しみを乗り越える時間もなく自分も死んでいかなくちゃならないのだ。家族にしてみても、悲しみとお葬式は立て続けにやってくる・・・だとしたら、このお二人のように、最期の旅行でスイスのクリニックに行き、二人一緒に安楽死で人生を閉じるという選択は、罪になるのだろうか

娘さんの声明では、「スイスのクリニックで二人一緒に人生を閉じました」とだけ発表された。こういう場合、死亡証明書の「死因」はどうなるんだろうか・・・?
安楽死が認められていないイギリスから、スイスの安楽死クリニックまで旅をした高齢のお二人。その手続きを助けた人達は罪を犯したといえるだろうか??

イギリスのバラエティー番組で知られていたタレントの女性が、末期の癌でおそらくあと2週間もない人生を終えようとしている。残り少ない時間の中で、先月結婚した。彼女はタブロイド紙に一部始終の報道を託し、残される二人の息子達の為に少しでもお金を残してあげたいという。彼女の結婚が正しい選択だったかどうかは今の時点では解らないけれど、母親が幼い二人の息子を残して逝かなければならないというのは、どれだけ悔しい事だろう・・・

それでも、自分の死期を知るというのは、選べる予知があるぶんだけ幸せな事なのかもしれない。いや、、、幸せとは絶対に言えないね、でも突然予期せぬ時に命を奪われてしまう事に比べれば、「人生の終わりを自分で決められる」というのは誰にでも与えられる事じゃないもうすぐ死ぬという現実に直面して苦しまなければならなくなった人達の、唯一の特権だ。誰も罪に問われるいわれは無いはずなのだ。