よく思う、、、この国(というよりヨーロッパ諸国)にあって日本には無いもの、それはヒーロー=英雄という存在だ。 Heroの定義は「強さと勇気も持って敵や困難と戦って打ち勝つ者、自己犠牲をはらって他人を救う勇気を示した者」といった説明がなされている。

2日前にヒースロー空港で起きた、あわや大惨事になりかねなかったBA機の事故・・・ ほとんど着陸態勢に入っていて、後は滑走路に降りるだけという時点でいきなり起きた事故だった。突然失速して滑走路の手前で胴体からドスンと落ちてしまった形で、空港脇の高速道路を走っていたドライバーによると、手が届きそうなくらい低い位置で空港内に侵入したという。 最初にラジオでそのニュースを聞いた時は、「滑走路に距離が足りずにクラッシュ」と言っていたので、てっきりパイロットの操縦ミスかと思い、一緒に働いていたA嬢と「考えらんないよね〜」と言っていたのだけれど、どうやら事情はちょっと違ったらしい。着陸直前に計器がすべてダウンし、エンジンも止まってしまったという事だ。

辞書には書かれていないもう一つの決定的なHeroの定義、それは、結果が良かった時、勝利に終った時にのみ誕生する。 今回の事故も、ともすれば全滅にもなりかねなかった状態で、一人の死者もなく乗客・乗員がすべて脱出に成功した事で、一夜開けるとパイロットはHeroになっていた。 まずキャプテンのPeter Burkill氏は44歳の大人の魅力あふれるクールな紳士。近所の人からは「ハンサムなファミリーマンで、いつもクールなジェントルマン」と言われ、同僚からは「緊急時に一緒にいられたら最高に心強い、冷静沈着で頼れる人」と信頼されている。 ジョージ・クルーニー似のこのキャプテンが、まず昨日の新聞のトップ写真となった。

HEROそして、事故調査のインタビューでキャプテンが、着陸の際に操縦桿を握っていたのはコパイロットのJohn Cowardだった事を明らかにすると、あっという間にこのCoward氏もヒーローになってしまった。 そして、冷静、迅速にすべての乗客を事故機から無事に脱出させたキャビンクルー達も・・・・・(真ん中がキャプテンのBurkill氏、左がコパイロットのCoward氏)

ヒロイズムというのは、何故か日本には存在しない。 アメリカのヒロイズムはちょっとあまりにも 陶酔 し過ぎで白けてしまう事が多いけれど、勝利と勇気、犠牲といったものに、ヒーローは付きものだ。 やはり、国同士で侵略、占領といった歴史を繰り広げてきた地続きのヨーロッパと、国内での天下取り合戦に終始していた島国日本との違いなのだろうか・・・? 毎年の戦没者記念の時にも思うのだけれど、勝てば英雄という扱いは、日本でマスコミがもてはやしたりするのとは、ちょっと質が違う。

飛行機事故は、助からない事のほうが多いと覚悟しなくてはいけない。 今回だって、滑走路を暴走して、他の飛行機にぶつかったかもしれないし、最悪の場合、空港手前の高速道路に落ちたかもしれないのだ。 むち打ちのような軽症の人が何人が病院に運ばれた以外は、死者も重傷者もなく終った着陸直前の事故としては、本当にラッキーだったとしか言い様がない。もしこれが大惨事になってしまっていたら、、、Heroの誕生は無かったと思う。同じように努力して、最期の力を振り絞っても、結果によってステータスが違ってしまう・・・・ 英雄といえば聞こえは良いけれど、ヒーローになった人となり損なった人との差はどれほどのものなんだろうか、、

新聞やテレビがヒーロー誕生に大騒ぎする中で、力及ばすにヒーローになり損なった人たちの事をふと考えた・・・・・


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