熱を出したのは私だけではないみたいです!

インフルエンザが流行ってるみたいで、今週はWest Endのシアターでも主役俳優が倒れるというケースがあった。 Understudy というのは、日本語でいうところの「代役」だけれど、ちょっとニュアンスが違う。大抵の舞台では主役クラスの役にはアンダースタディーがいる。「代役」というと、いかにも急遽取って変わった俳優が数日で舞台を仕上げるという感じだけれど、正式なUnderstudy,あるいはStandbyと呼ばれる人たちは最初から主役の「いざという時の交代俳優」としてキャスティングされている。

出演者の比格的多い芝居の時は、普段はマイナーな役にキャスティングされている人が、いざという時の主役のアンダーになっている事が多い。出演人数の少ない芝居では、普段は舞台には出ないけれど,いざという時の為に常に控えている役者が別にいて、Standbyと呼ばれる。この、アンダースタディー、あるいはスタンドバイと言われる人たちこそ、実際の主演俳優よりも厳しい現実を背負っていると言える。

そもそも、リハーサルの間、アンダースタディーの為の稽古というのは、ほとんど無いのが実態だろう。もちろん万が一の為に支障が無い様、合わせ稽古のようなものはするのだろうけれど、アンダースタディーの為の稽古期間なんて、ほとんど無い。 実際には、主役の稽古を常に観ている事で台詞の位置や舞台での動きを覚え、ほとんどの場合は全くないであろう万が一の出番に備えるのだ。 精神的にも技術的にも、これはとても厳しい。ほとんどのスタンドバイのケースは、毎日劇場入りして開演を待ち、無事に1幕が終って2幕に入り、もう大丈夫だろうと思われる頃に帰るという毎日だ。出番がある事のほうが遥かに少ない

アンダースタディーの場合は、自分の役をやりながら主役の動き、台詞も覚えなくてはならないので、余計に負担が大きい。 万が一アンダーが代役で立つ場合には、他の脇役も順にカバーしなくてはいけないので、全体の芝居にも関わってくる。

今週、2つの舞台で代役劇があった。ハリー・ポッターのダニエルが出ている「エクウス」のもう一人の主役、精神科医役のRichard Griffithsがインフルエンザの為休演を余儀なくされた。 代役に立ったのは、スタンドバイのColin Haigh。この芝居は幕が開いたばかりだ。2週間のプレビュー(公開舞台稽古)期間を終えて、先週初日の幕を開けた。このプレビューの間にも調整が繰り返され、最終的に芝居が固まったのは初日直前だったそうだ。 このため、代役のColinの為の合わせ稽古は先週の木曜日から数回しかできていなかったそうで、急に舞台に立たなくてはならなかたColinは最終決定の台詞を書いたノートをさり気なく手に持っての舞台になってしまった。これは、本当にプロとしては屈辱的な体験だったろう。スタンドバイの辛さの典型的な例だ。

初日以降のお客は、シビアだ。プレビューの間はチケット代も其の分安いので、多少の事は気にしない客が多いけれど、初日が開いてからは、チケット代分の芝居のレベルをキープしなくてはならない。 それがプロの仕事だから・・・・アンチョコ片手にアンダーの役者が舞台に出て来た日には、チケット代の返金を要求する客もいる。支払った分の見返りを受けられなかった観客の当然の権利という訳だ。

アンダーからチャンスをモノにしてスターにのし上がった人たちもいる。古くは、アントニー・ホプキンズ。彼はローレンス・オリビエのアンダーだった。「オペラ座の怪人」で主演していたサラ・ブライトマンが盲腸で緊急入院した際、コーラスガールの一員だったクレア・ムーアがオーディションで一時代役に選ばれた。 彼女は其の後サラの契約が終了後、正規にクリスティーン役で舞台に立ち、2年後に「ミス・サイゴン」で米兵クリスの妻役のオリジナルキャストに抜擢された。

「エクウス」のColin Haighとは対象的に、やはり今週インフルエンザで倒れた主役に代わって「サウンド・オヴ・ミュージック」の舞台に立ったアンダーのSophie Bouldは、スタンディングオベイションを受けて絶賛された。
イギリスの観客が立ち上がって拍手をする事は実はあまり無い。 イギリスの観客は、舞台が良かっただけでは立ち上がらない。口笛や指笛を鳴らし、拍手の手を頭の上まで上げて「よかったぞ〜!」という気持ちを表すのが通常で、立ち上がるというのは、もっと「敬意を表するに値する」ものを認めた時だ。

坂本龍一さんが世界的に活躍し始めた頃、「イギリスの観客を立ち上がらせる」というのをひとつの目標にしている、と語っていた時期があった。それ程イギリスの観客は滅多な事では立ち上がらない。

もう10年以上前、観に行ったミュージカルで主役が舞台でばったり倒れるというアクシデントがあった。主役はイギリスでは人気の女優さんで、観客は皆彼女目当てでチケットを買ったと言って良い。開幕して15分位の頃だったか、いきなり彼女が舞台で倒れてしまったのだ。

一緒に舞台に立っていた共演者達も一瞬凍り付き、すぐさま幕がひかれ、場内がざわつく中アナウンスが入った。「スタンドバイを代役に立てて、15分後に再開します」という。15分後に舞台は再開され、とても楽しいステージだった。 この時のスタンドバイの女優さんは、其の後テレビのコメディーシリーズで一躍人気になり、其の後はWest End の舞台やテレビで幅広く活躍している。

あるかないか解らないチャンスの為に待機しているのが、アンダースタディーだ。たまたま巡ってきたチャンスを生かす事ができる機会は本当に少ない。 でも、いつでも主役に代われる実力と精神力を備えた役者は沢山いるという事だ。ほんの一握りのチャンスの為に死にもの狂いで努力している役者達がどれだけいる事だろう。彼等すべてが陽の目を見るとは限らない。名前も知られずに終ってしまう人達がゴマンといる。厳しい、本当に厳しい世界だ。


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