晴れた・・・
朝から晴れてるのは久しぶり!でも今日から早く暗くなる
毎年、夏時間が終ってグリニッチ標準時に戻ると、「うわ〜〜、暗い冬がやって来る〜!」と憂鬱になる。
実際冬の間は鬱病になってしまう人がすごく多いのだそうだ。
今はまだ良いけれど、これからどんどん陽が短くなって、12月は3時半頃からもう暗いからなあ〜
これだけは何年いても慣れるという事はないのだ、けっして!

あ、でも北海道出身の人は、「そんなもんですよ」なんて言ってたっけ。むしろ冬の気温は北海道のほうがずっと寒いし、こちら(ロンドン周辺)はめったに雪も降らないので、特に「寒さ厳しい冬」って訳じゃないのだけれど、なんせ冬の間は天気が暗い

どっよ〜〜〜〜ん

とした灰色の日が延々と続く。小雨が降ったりやんだりして、傘を持ってても、さしたものかどうか迷っている間に霧雨にぬれて歩いている。

イギリスに来て、着るものに「季節感」というものが無くなってしまった。素材だの色合いだの関係無しで、肌に感じる気温に合わせて服を着る習慣がついてしまった。

去年、9月の終わりから2週間日本に行った時、10月初めに30度を超えた日があった。当然私にとっては堪え難い気温でなわけで、持って行った中で一番薄くて露出の多い、ノースリーブのトップを着て出かけようとしたところ、母の一言

もう10月なんだから、そんな格好して出かけたらみっともないわよ

はあ〜〜??? だって、だって、暑すぎる! おかまいなしに私はpracticalなほうを選んで出かけてみると
確かに、皆さんせめて半袖か、ノースリーブでも色が黒っぽかったり肩にちょっと羽織っていたりする。そう、生地素材と色が違うのだ。

服の色で四季を感じるのって、私達の中には生まれた時からインプットされているものなので、確かに私もこちらに来たばかりの頃は違和感だらけだった。
夏なのに黒の皮ジャンを来ていたり、真冬に真っ白な半袖シャツだったり、地下鉄で、タンクトップのお兄ちゃんの隣に毛皮のコート来たおばちゃんがいたりする空間・・・
季節感の無い奴らだなあ〜  
と横目で見ていたのも最初の1年目だけ。すぐに私もそんな空間に溶け込んでしまった。



太陽がさんさんと照ってるのは嬉しいもんです。

で、イギリス人は太陽が出ていると、気温に関係なく肌を露出したがる。
冬でも、気温は明らかに低くても、 お日さまが輝いてると、いぎなりTシャツ一枚で歩いてる人が増えるのだ。タンクトップのお姉さんもいる。「いくらなんでもそれじゃ寒いだろ、、とは思うのだけど、まあそれは余計なお世話なので、見なかった事にする。

そう、イギリスでは「個人主義」がかなり徹底的に浸透しているので、「皆がこうだから、あなたもね」という理屈がなかなか通らない
人が何を着ていてもこちらに害があるわけじゃないので関知しない。「個人の自由」なのだ。 でもこの個人主義は、ある意味でものすごく「非協力的な社会」を作ってしまっている。

バスの中でイヤホーンなしに、MP3プレーヤーを友達同士で大きな音量で聞いている10代の子達。電車に乗ってすぐ携帯で話し初めて、降りる駅までしゃべり続ける人。
私個人はバスや電車で携帯を使うのは「良し」と思っている。本来、いつでも連絡が取れる為のものなのだから。でもそれは用件を伝える、という事で、ずう〜〜っと大声で半分怒鳴るようにしゃべり続けるという事とは違うつもりだ。 たまに誰かが遠慮がちに注意しようものなら、

What's your problem??  Mind your own Business,  Fxxk off!

と言われてしまう。それ以上突っ込むのは身の危険にも繋がるので誰もしない。

うちの夫はよく戦後に日本の復興期にアメリカがどんなに驚いたか、という話をする。何かの本で読んだらしい。敗戦後の日本人が、驚くばかりの一致団結精神でアメリカと協力的に新しい時代を作り始めたその国民性に、アメリカ軍の上層部はとても驚いたという事だ。
確かに、原爆を2個も落とされて、落とした当のアメリカの言う事を聞いて戦後の復興に励んだ日本人というのは、他国の人間には理解できないものがあるらしい。

イギリスに来て、あえて言葉を選ぶなら「自由」を感じて、楽しくて仕方なかった時期があった。あの頃はその「自由」という感覚が何からくるのかがよく解らなかったけれど、今はわかる。

日本っていう国は、何かに所属していなくちゃ行けない所なのだ。
家族の一員、XX学校の生徒、○○会社の社員、名前と一緒に「何々の」と付けて、初めて存在を認めてもらえる。敢えてポジティブに言うと、それはとても心 強いことで、皆に協調性を持たせる事だ。秋になると衣替えでみんなの服が秋っぽくなり、自分もその中に埋没する事で、自分がone of themである事にホッとする。

こちらで人と知り合うと、その人のファーストネーム以外は、歳も仕事も既婚者か離婚者かも、名字すら知らずに何ヶ月も経っていたりする。かなり後になって個人的なバックグラウンドを知って、びっくりしたり大笑いしたりする事がある。
「何々の」という肩書きが無い分、自分をちゃんと持って相手と接しないと受け入れてもらえない。でもそれで受け入れてもらえた時、「自由な自分」に自信がもてるようになるんだ。