見つけもの @ そこかしこ

ちょっと見つけて嬉しい事、そこら辺にあって感動したもの、大好きなもの、沢山あるよね。

January 2016

復活のLazarus / ドリアン・グレーの肖像


聖書の中にある、イエス・キリストがラザロ(ラザラス)という男を死後4日目にして蘇らせたという話は有名だ。ボウイーの死後、彼の50年近くに渡るキャリアに対するフィードバックが白熱している。70年代、80年代が青春期だった人達にとって、彼の影響力は計り知れないものがあった。音楽だけでなく、ファッションや金融、インターネットと、常に時代を先取りしてきたアーティストとして、好き嫌いはあるにせよ、彼の残した足跡の大きさは皆が認めている。

亡くなった週末のUKチャートでは、遺作のBlackstarがロケット並みの売り上げで1位となり、トップ40に10枚、トップ100に19枚のアルバムがチャート入りするという凄い現象が起きた。そしてアメリカでも初のアルバム1位に。まあ、これも亡くなった勢いというものだけれど、2週目になっても、一位は変わらず、トップ40に9枚(と41位)、トップ100に 19枚のアルバムが入っている。チャートの20%を一人のアーティストが占めるなんて尋常じゃないよ、、、ボウイーらしい「ラザロの復活」だ

さて、今年初の芝居は座席数100のトラファルガー・スタジオでの「The picture of Dorian Gray
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オスカー・ワイルドの代表作だが、これは元々戯曲ではない。最初に文芸雑誌に掲載された際には、当時は違法だった同性愛の色が出ているという事で、編集者によって添削されてしまった

今回の台本は、ワイルドの孫でもあるマーリン・ホランド氏の協力でオリジナル原稿から削除されてしまった部分を取り入れた新しい本という事だった。
この配役、ヘンリー卿とドリアンのキャラクターが、見ての通り実際のワイルドと恋人だったダグラス卿に瓜二つ

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 よく言うと、完結でシンプル。大げさなエロティシズムや廃退的な空気は無くて、純真だったドリアンが快楽主義者のヘンリー卿に影響されてどんどん変わっていく、という従来の解釈とは少し違う。ヘンリー卿は確かにドリアンに新しい道を教えてしまうのだけれど、ドリアン自身が自分の悪を吸収してくれる肖像画を利用していく。

清らかで美しいドリアンの絵を描いた画家のバジルは、自分の愛(同性愛)のたけを込めて 最高の絵を描いたのに、どんどん変わっていってしまうドリアンに心を痛め、思いを打ち明ける。この部分が発刊時に削除されたようだ。

このドリアンは自分の夢の世界に生きる事を選んでしまったように思う。最初に恋した女優のシヴィルも、彼女自身ではなく、彼女の演じるジュリエットやオフィーリアに魅せられてしまったにすぎない。ヘンリー卿の言葉よりも、その思想を自分の中で幻想の世界として作り上げてその中で生きて行き、自身の肖像画にそのツケをなすり付ける、、、、

これが本当にオスカー・ワイルドが描きたかったドリアン・グレーだ」というホランド氏。今までのドラマチックで堕落なエロティシズム満載のドリアン・グレーとはかなり違う。ワイルド自身はこう言っていたそうだ、「僕自身は画家のシヴィル、ヘンリー卿は世間が僕だと思っているキャラクター、そしてドリアンは僕がなりたかった人物

なにせ客席100のスタジオだから、役者が動ける範囲はせいぜい5-6歩。その中で、少ない置道具を頻繁に転換しながら、シンプルな芝居に創っている。本来のドリアン・グレーが好きな人たちにはちょっと物足りないかもしれないね。でもちょっと違った見方ができて、初めてこの作品に触れる人には解り易いと思う

でもやっぱりもう少し、ヘンリー卿の名言を取り入れて、ワイルドらしい怪しい空気があっても良かったんじゃないかなあ〜〜・・・

Death in Work of Art


年も明けたし、さてまたブログを、、と思った所へ飛び込んで来たとんでもない訃報、、、、
常に私にインスピレーションを与えてくれた 唯一無二のアーティスト、David Bowie氏が逝ってしまった。覚悟した自身の死をも最期のアート作品に彩って、そのリリースのタイミングまでも計算した上での置き土産を残して。死の2日前、彼の誕生日にリリースされたアルバム、Blackstarのなんとパワフルで彼らしいことか!
 
ボウイーといえば、3年前の誕生日に10年もの沈黙を破っていきなり新曲を発表し、その後に出たアルバムはあっという間にチャートのNO1になって私たちをびっくりさせてくれた。 その年にV&Aミュージーアムで催された展示会、David Bowie Isは博物館始まって以来のチケットの売り切れ記録となった。私も行ってきたけれど、彼のほぼ50年に渡るアーティストとしての幅の広さをみるにつけ、長年のファンである自分を誇りに思った。

今のイギリスには、ミュージシャンがいなくなってしまった。X Factorもテレビ番組としては面白いといえるけれど、独自の言葉と音楽、その表現方法を全て一つの芸術作品にまとめあげられるアーティストが今はいなくなってしまっている。

昨日も今日もあちこちで特集番組が組まれ、デビュー当時から遺作まで、彼の足跡とその影響を繰り返し伝えている。今の奥様(スーパーモデルのイーマン)と一緒になってからはNYを拠点にほとんどメディアには顔を出さず、娘が生まれた後に心臓疾患で手術してからは、10年間息を潜めて、その間は娘との時間を大事にして健康に気を使って生活していたそうだ。(イーマン談)

いつもいつも時代の先を走っていたボウイー。他の誰とも違うことを恐れず、変化することを恐れず(むしろ望んだ)、ミュージシャンとしてだけでなく、俳優もやり、(私は演じている彼が好き)インターネットでも金融にも真っ先に新しいことを初め、50年以上もその才能の全てを駆使して誰もその位置に近づけなかったのは本当に凄い。

彼が出て来たとき、イギリスの批評家は声をそろえて、「今まで彼のようなアーティストはいなかった」と言った。そして、これからも出てこないだろう。女王から与えられる栄誉ある勲章を、「私がやっていることは勲章をもらう為ではありません」 と2度も辞退したのも彼らしい。(2度目はKnighthoodだったんだよ、、!)

癌だとわかったのが1年半前だったそうだ。娘さんは15歳、きっともう少し、成長を見届けたかったことだろう。せめてあと10年くらい、、??ニューヨークでは彼が主演したThe Man Who Fell To Earthの続編として彼が製作に参加したミュージカルが先月幕を開けたばかりだった。そのミュージカル「Lazarus」 に使われた同名の曲がシングルとして12月に出たときには、まだビデオは公開されていなかった。そのラザラスは、キリストによって死から4日後によみがえったという話で聖書に書かれている。ミュージカルの曲として聞いていたものが、このビデオが7日に公開されたことで一気に別の意味があったことを私たちは知る。


胸が痛くて苦しくなるよ、これは、、、、でもこれがDavid Bowieからの最期のお別れのメッセージ。20年以上前にQueenのフレディー・マーキュリーが最期のビデオを残したように、彼もまた、怖いくらいにパワフルな最期の作品を残してくれた。そういえば、フレディーが亡くなったのも日曜日。私にとって若き日の大きな柱だった 二人のアーティストの死を、月曜日の朝のニュースで知るなんて、、、もう月曜日の朝はニュース見ないよ・・・・

ポップスターでもない、ロックスターでもフィルムスターでもない、ポルノスターでもなければギャングスターでもない(Blackstarより)、Blackstarとして最期の作品を残したDavid Bowie。
大丈夫、天国には昔の仲間もいるさ。Spiders from Marsのミック・ロンソン、マーク・ボラン、ルー・リードにアンディー・ウォーホール、ジョン・レノンもマイケル・ジャクソンだって、、、、 

奥さんのイーマンはインタビューの機会があると言っていた。「私が結婚したのはDavid Bowieではなく、デヴィッド・ジョーンズというイギリス人男性です」 残された家族の事を思うと、やっぱりあと10年くらいはのんびりでいいから生きていて欲しかった。

Now You are free like a bluebird, as you said. 
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