見つけもの @ そこかしこ

ちょっと見つけて嬉しい事、そこら辺にあって感動したもの、大好きなもの、沢山あるよね。

December 2014

日本晴れ


クリスマスまでは12−3度あったのに、急に寒くなった!
でもお天気の良い冬晴れの日はキリっとして気持ちがよい。温暖化のせいだと思うけれど、最近はロンドンでも青空の広がる清々しい冬晴れの日をみる事が多くなった。以前は真っ青な空なんてこの国には無いんだと思っていたもの・・・

クリスマスはとにかく夜更かし〜寝坊〜食べて飲む、、、の繰り返しで3日間を過ごしてしまったよ、、、、まあ、それこそがクリスマスというものなのだけれど。
クリスマスディナーは今年はローストポーク。詰めはオレンジとクランベリー入りにしたのでグレイビーソースもオレンジ風味で。
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まあ、ローストディナーというのはなんの変哲もないもので、お肉も野菜も一緒にローストして(温度が違うので、時間差を使う)ローストからでたオイルと焼き汁でグレイビーを作るだけ。芽キャベツは別に蒸してベーコンとバターソテー。
お肉を切るカーヴィングナイフが無くて、スライスというよりはザクザクに切ってしまった。それでもオレンジグレイビーのおかげでちょっとはクリスマスっぽくなったかな。

友人がロンドンに来たので彼も一緒に中華を食べに久しぶりでウェストエンドに出た。まあなんとすごい人だこと、、、もちろん観光客ばっかり。海外からの人たちだけでなく、今は学校のホリデー中という事で家族連れで一杯だ。ほんと、こうしてみるとロンドンは狭い。道幅ひとつとっても東京の半分くらいだから、人をよけてすたすた歩くのが本当に難しい。

友人はドイツに数日滞在してから来たので、ドイツ土産にミュンヘン名物の白いソーセージを頂いた。本来は豚腸に子牛肉と豚肉、豚脂、ハーブ等を混ぜ込んだもので、煮込まずにお湯で暖めて、皮は剥いて甘いマスタードをつけて食べるのだそう。

頂いた物は缶詰になっていたので、皮は薄く、別にむかなくてもよかったかもしれないけれど、そこは一応教えられた通りに皮をむいて頂いた。ふわふわした食感で一番近い所でハンペンみたいな感じ。一緒についていた「甘いマスタード」が本当によく合って、ビールがどんどん進んでしまいそう。

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ミュンヘンっ子はこのホワイトソーセージは朝食(遅くともお昼まで)に食べるそうだけれど、イギリスのどっしりしたソーセージと違ってとても軽い。イギリスの朝食に出てくるソーセージは生肉だからいかにも「肉の塊」という感じで、私には朝たべるのは重すぎる。

アングロ・ジャーマンスタイルで、ビールの代わりにイギリスのサイダー(リンゴ発泡酒)で頂きました。まだあと2缶あるから、別の時にゆっくり食べよう。

クリスマスはイギリス式だけれど、やっぱり新年というとなんとなく日本のお正月の気分が恋しくなる。でもおせちを作るのは材料も暇もないから、いつもなんとなく日本食もどきで済ますのだけれど今年はどうしようかな。年越し蕎麦がなつかしい・・・お蕎麦はスーパーでも買えるけど、うちはほとんど食べないからなあ〜〜

今年は本当に山あり谷ありでブログもかなりスローペースになっていた。でもとりあえず無事に安定した新年になりそうでホッとした。来年は谷より山のほうが多い一年になりますように。

つたないページを訪れてくださった皆様もどうぞ良いお正月をお迎えください。来年が幸せな年になりますように!!


それでもMerry christmas!

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 長くイギリスにいると、新年よりもクリスマスのほうが大きな日という感覚になる。日本では祝日ではないけれど、それでもクリスマスは年末の忘年会とも相まってプレゼントやパーティーのシースンだ。こちらはそれよりもむしろ家族との日。

24日はまさに帰省ラッシュ。今年はクリスマスも新年も週中なので、ギリギリまで仕事の人が多く、今日の混雑は例年以上かもしれない。スーパーの行列は延々と待たなくちゃいけないし、ラストダッシュでカードを買う人の列も半端じゃない。みんなぶつかり合いながらワサワサと歩いている。

もちろん皆がみんなクリスマスを祝うわけではない。日本もそうだけれど、宗教的な意味でクリスマスを祝わない人たちにとっては、この喧噪も人ごとのようだ。それでもこの国に住んでいる多くの他宗教の人たちも、祝日としてのクリスマスはいわば習慣だ。

今年は昨日で仕事納めだったので、来る人みんなが「Merry christmas & A Happy New Year!」と挨拶を交わした。イスラム教の人たちでもこの国に住んでいる人たちはほとんど抵抗なく挨拶としてそう言う。それでも自分からは「メリークリスマス」と言わなそうな人たちには「Have a nice Christmas break」とか「Have a happy new year」とホリデーや新年を強調して言えば抵抗なく同じ言葉を返してくれる。

明日になれば町中が静まり返り、電車もバスも動かないゴーストタウンのような街になるのだが、それも外だけの話で、各々の家では年に一度のごちそうとプレゼントを前に飲んだくれるのだ。

家族の元に帰る、というのは誰にとっても特別の思いがあるはずだ。そのためにこの数週間をカードやプレゼント探しに奔走し、楽しみにしているのだから。だからこそ、クリスマス直前の事故や事件には本当に心が痛む。亡くなってしまった人たちの家族や友人達、その痛みを思うと「何故、、、!?」と思わずにいられない。

我が家は彼のお母さんが亡くなる前は毎年兄弟達が集まったものだけれど、お義母さんがいなくなってからはなんとなく集まる場所が無くなってバラバラになってしまった。最近はクリスマスはいつも2人。まあ、彼の仕事はクリスマスや新年でも関係ない事が多いので、最悪クリスマス当日でも仕事だったりするから、私もなんとなく手抜きになってしまった。せいぜいプレゼントを用意して、ちょっとそれらしい食事を作る程度。まあ、楽チンといえば楽チンだ。

こちらでのクリスマスプレゼントは、高価なものよりもユーモラスなものが多く、他の日には絶対に着られないようなクリスマス柄のセーターだのジョークあふれるガラクタ、手軽に使えるような物が多い。そのかわり、一人に2−3個の包みを用意して、クリスマス当日には、いくつもの包みを開けるのが楽しみなのだ。

そういう意味では家族が少ないというのはプレゼントの準備もお手軽。昔は義兄弟やさらにその奥さんや彼女にも、、、、と言う事で結構大変だったっけ。

クリスマスの飾り付けも、凝る人は家の外壁いっぱいに装飾を施して、家ごとピカピカ光っている所も結構ある。それはそれで通りすがりにも楽しめるのだけれど、労力と電気代を考えるとあそこまではちょっと、、、というのが本音だ。でも今までは本当に小さなおもちゃのようなツリーしかなかったので、今年はデスクトップサイズのものを新調した。小さな我が家にはこれで十分のサイズだけど、色合いが可愛いので買ってしまった。

最近はLEDが主流で、放つ色も紫やピンクや、奇麗だけれど昔ながらの伝統的な雰囲気が無くなってしまっているものも多い。やっぱりツリーは小さくても昔っぽいものが可愛いと思うんだけどねえ〜〜

サイダーやスパークリングワイン(シャンパンじゃなくて、プロセッコね)を飲みながらソファーでゴロゴロとクリスマスのテレビを観る、、、明日のディナーはローストポークのオレンジ&クランベリー詰め。やっと静かな時間がやってくる・・・・



Venus In Furs=毛皮のヴィーナス


11月は結局芝居は観ずじまいだった・・・なんだか仕事に追われて気づけばもう12月、クリスマスで盛り上がり始めている。

今まで利用していたアマゾンのレンタルDVDをキャンセルしてオンラインでのレンタル鑑賞に変えた。期限無しで良いというのは気楽だったけれど、やっぱり観る時間が少ないと、どうしても最低でも会員としてかかる利用額がもったいないので、観たい時に観た分だけを1本毎に払うInstant videoのほうが私には都合が良い

ローマン・ポランスキー監督の「Venus in furs」(毛皮のビーナス)を観てみた。ポランスキー監督の映画は結構好きなので、新作が出ると観る事が多い。19世紀に問題作となったこの作品の作者、マゾッホの名前は、その作品の性質から、虐げられる事で性的満足を得る「マゾヒスト」の語源になっている。

登場人物は2人。設定は舞台のオーディションが行われるパリの劇場。マゾッホの「毛皮のヴィーナス」を上演するため一日かけて主演女優のオーディションをしたものの、使えない役者ばかりで、すっかり疲れきって帰ろうとしていた演出家のトマの前に、大遅刻の上に半分酔っぱらったごり押し女優が「私もオーディションして!!」と駆け込んでくる。雨に濡れて髪はバサバサ、服装はアウトロー、原作の本の題名をロックバンドの曲名と勘違いしているというとんでもない迷惑女優に、トマは拒絶反応を隠せない。

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それでも「駄目だ!」「お願い!」の押し問答の中で、トマはこのごり押し女優が作品の主人公と同じ名=ワンダで、しかもまだ一般には渡っていないはずのフル上演台本を読み込んでいる事に気づく。台詞を諳んじている上に、オーディション用の衣装まで持ち込んでいる。
ワンダの語気の強さに押され、とうとうトマは台本の数ページを読み合わせする事に応じる。さっさと衣装を身につけて、台本を手に舞台に立ったこの女優が、実はトマの描く作品の主人公に重なる事に驚きながら、最初は数ページだったはずのオーディションがどんどん進んでいく・・・

演出家と女優として本に対する意見をぶつけながらトマとワンダは役を演じていくうちに、次第に二人の心理関係が本の中のクルジェムスキーと若き未亡人ワンダに重なって行く。やがて、トマ/クルジェムスキーは彼女に虐げられる事を願い、奴隷となる契約を交わすシーンで二人の強弱関係は完全に逆転する・・・

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舞台作品のようだ、と思っていたら、この映画は原作本というよりは、オフ・ブロードウェイで上演された舞台版の「Vinus in furs」を映画化したものだそうだ。演出家とごり押し女優という立場が、台本を読み込んでいくうちにどんどん強弱関係が現れて、最後にはエロティックで摩訶不思議なマゾッホの世界に堕ちて行く。台詞の掛け合いもよく、作品の世界からいきなり「プロの芝居屋」に戻ってキャラクターを批判したり意見したりする二人の現実と非現実の交錯が巧みだ。頭と感情が交錯するうちに、底から湧いてくるような官能を実力派の二人、エマニエル・セニエールとマチュー・アマルリックが演じている。

この二人はThe Diving Bell and the Butteflyで共演しているが、すてきなケミストリーを持っている。Diving...ではマチューは事故による脳溢血のため、閉じ込め症候群になってしまった元編集者、エマニュエルは献身的な妻を演じていた。007でのマチューは狂気をはらんだ悪役で、その大きな目を最大限に生かしていたっけ。

ポランスキー監督の妻でもあるエマニュエルは今までにも彼の作品で、官能的な魅力を振りまいてきた。年齢的にどうか、、?と思ったけれど、どうしてまだまだ素敵なものです。1時間半という時間の中での閉ざされた世界。どちらかというと、前半のほうがテンポ良く、作品と現実の行き来がうまく使われていて、後半はどんどん非現実の世界に引きずり込まれていく感じ。「どうやって終わるんだ?」と思っていたら、これまた摩訶不思議なまま(突っ込み満載状態)で劇場の扉が閉じる。最後の5分程の部分はもうちょっと違う方法もあったような気もするけれど・・・

そういえば、ポランスキー監督はヤスミン・レザの「God of Carnage」も映画化したっけ。舞台を観ていた私は、なんとなく映画のほうがピンと来なかったのだけれど、今回は逆にこの舞台版を観てみたいと思った。

作品としては小降りで、むしろ「Bitter Moon」(邦題は今調べたら「赤い航路」だそうだ、、???)のほうがもっと愛憎と官能が結びついて傑作だと思うけれど、エマニュエルとマチューのコンビでこの映画を撮ったのは正解だと納得。

マチュー・アマルリックを007で観たときは、「三上博史さんに似てるなあ〜」と思ったものだけれど(特に目が)、この映画の日本公開用の宣伝を三上さんがナレーションしていると知ってびっくりしている。でもこの役、三上さんにも合うかも。舞台上演するなら是非三上さんで観てみたいね。ワンダは、、、日本の女優さんじゃ無理かなあ〜〜
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