見つけもの @ そこかしこ

ちょっと見つけて嬉しい事、そこら辺にあって感動したもの、大好きなもの、沢山あるよね。

February 2014

Tosset Cake片手にオリンピック


とっても危険なお菓子を焼いてしまった・・・・
先日観ていた番組で、ジェイミー・オリバー氏が「幻のティーケーキを復活させる」という事で、今は姿を消してしまった昔のお菓子のレシピを再現していた。その名もTosset Cake

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Cakeといっても実はショートブレッドのようなビスケットだ。特徴はカラウェイ=Carawayとコリアンダーの2種のスパイスの種を入れる事。そして危険なのは、、、小麦粉とバターが同量なのだ!!

ヤバ過ぎる、、、甘いものは基本的に嫌いな私でも「美味しい」と思ってしまったのは2種のスパイス。これは凄くイケル。でもやっぱり私にはちょっとバターがリッチ過ぎて胸焼け一歩手前・・・そこでショートブレッドのレシピを色々調べて参考にしながら分量を調節してみた。

スパイス以外は小麦粉、砂糖、バターだけなので、この配分をアレンジするしかない。オリジナルのTosset Cakeは小麦粉とバター同量で、これだけで手で生地をまとめられた。(ボウル1つで指先で揉み混ぜるだけ)でもバターの量を減らすと生地が粉っぽ過ぎてまとまらない。スコットランド原産のショートブレットは砂糖、バター、小麦粉1:2:3になっている。これが手で生地をまとめられるギリギリな感じだ。そしてやっぱり甘いのが苦手な私は砂糖の量をザックリ減らしてみた。でもやっぱりバランスというのは大事で、甘味のないバタービスケットというのはイマイチ・・・

行き着いたのは、砂糖30g, バター80g、小麦粉150g、(あくまでもアバウト、我が家には計りは無い)これを指ですり混ぜる。カラウェイの種とコリアンダーパウダーは小さじ1ずつ。生地をまとめるにはちょっと粉っぽいので牛乳を大さじ2ー3杯入れてぎりぎりまとまるようにした。型抜きは面倒なので生地を角柱形にまとめてラップで包み、冷蔵庫でしばらく冷やしてから、焼く前に包丁で5-6mmの厚さに切るだけ。相変わらず温度調整オンチのオーヴンで見当=180℃位で12-3分で簡単にできる!

コーヒーや紅茶にぴったりのちょっとリッチなビスケット、これでテレビの前に座ってオリンピック観戦がここ数日の日課になっている

オリンピックも前半過ぎて、日本はメダル4個。しかもこのうち3個は10代選手達によるものだ。若い世代が育ってくれるのは嬉しいよね。スノーボードの平野、平岡両選手、ドキドキしながら観ちゃったよ・・・
それにしてもメダルが決まってもあんまり喜んでなさそうだったのは金じゃなくて不満だったのか???それともまだ子供だから、きちんと礼儀正しくそれらしい受け答えをしたり、他の選手を祝福したりという事がまだ身に付いていないのか、、??間違ったら「態度でかい」みたいに世界の人に思われるんじゃないか、、、とおばさんはちょっと変な所で心配してしまったのだ・・・

後で見た記事によると、スノボの世界でプロの彼らにとって、オリンピックというのは命掛けて目指すというものではなく、他にももっと賞金額の多い世界大会とかがあるらしい。成る程、これだけが目標じゃないってか・・・?!!でもやっぱりメダルが決まった時には、金メダルに決まった選手に「おめでとう」のジェスチャーを見せてもいいんじゃないか、、、?

男子スケートはSPの接戦から誰が銅メダルになるか、、、だったけど、町田選手の11位から5位は躍進だったね。高橋選手は4ジャンプが決まらなかったのが残念だったけど、やっぱり「らしい」スケートを見せてくれた。SP終って3位から12位までが5点差だったんだから厳しかったよね〜〜〜

羽生選手の金メダルは素晴らしい快挙! 一年前のシーズンが始まった時、17歳の彼を見て、「この子はソチの次のオリンピックの頃には世界チャンピオンになってるかも」と思ったのだけれど、なんと、その1年半後のソチで金メダルを獲ってしまった。天性のチャンピオンスケーターだ。パトリック・チャンのように、これから何年も何回も一位になれる選手。まだ若い、これからもっと解釈や表現の幅が広がっていったらどんな選手になるのやら・・・

・・・と書いて来た所で、なんと!
41歳の葛西紀明選手がラージヒルで銀メダル!!

10代選手の次いでいきなり41歳のメダリストだよ〜〜、凄い、これは本当に凄い事。長野オリンピックの前からジャンプの競技にはいつも彼の名前があった。毎年ジャンプ競技の度にNoriaki Kasaiという名前が出て来るので、「まだ跳んでるんだ」とは思ったものの、気が付いたらもう40代を越えていたとは驚きだ。しかも個人でのメダルは7度目のオリンピックにして初めてだという。

本当に本当に心からおめでとうございますと言いたい。彼が今回メダルを獲った事は本人や日本にとってだけでなく、世界中のアスリート達への励ましになるはずだ。まだやれる、もっと戦える、今がダメでも次がある、努力し続ければ41歳でもメダルに届く・・・世界中の頑張っている人達への大きなメッセージだ

さて、来週はスケートは女子が始まる。どうなることやら・・・ドキドキしちゃうな・・・


キャバレーで「Paris Original」


彼の誕生日に私の大好きなFrances Ruffelleのキャバレースタイルのショウに行って来た。 このショウは去年の秋に5日間あったのだけれど、丁度私が一人旅に行ってる時と重なって、唯一行かれる日のチケットは取れなかった。(っていうか、全日ソールドアウトだったのだ)再演が決まったとフランセス自身のツイートで知ったその日に今回の初日=彼の誕生日のチケットをゲット 彼女の前回のショウは、ちょっとセクシーでいろんな女の顔をクルクルと見せてくれたけれど(その時のブログはこちら)、今回のショウはParis Originalと題してる

ピカデリーサーカスに2年近く前にオープンしたキャバレーベニューのCrazy Coqs、ここはZedalというグループのカフェ、フレンチブラッセリー、アメリカンバー、そしてキャバレースタイルのCrazy coqsの4つのベニューが1カ所に集まっている。全体がフレンチ/アールデコスタイルの内装で、入り口のカフェを抜けるとポップアートに彩られた1930年代の世界だ

100人も入るか、、??という店内には4人掛けには絶対小さいテーブルに無理矢理椅子が4つずつ、どれもステージの方を向くように並べられているので、ほとんど隣の席と重なりそうな感じ。でもこの親近感が全体の雰囲気になっていくのだろう。彼と2人でドリンクを頼むと、いかにもマダムといった風のおばさまがテーブルに両手を広げてやってきた。ここのオーナー(雇われマダム?)だという。私たちが初めての客だと目ざとく見つけたのは明らかだ。(こういう人は一度/2度来た客の事は覚えているというタイプだね、銀座のママみたい・・・)私たちを場所に馴染ませる会話を交わして「フランセスのショウは本当は素晴らしいわよ、楽しんでね!」とまたあちらのテーブルへ、、、。

ショウのテーマはParisだ。「私の前世はフランス人だったと思うの」というフランセスは去年レスター市でミュージカル「Piaf=ピアフ」でエディット・ピアフを演じた。彼女のピアフは本当に観たかったけれどさすがにレスターまでは行かれず、その後、ロンドンを含むツアーの計画があるという事だったので、ひたすら待っている。(でも彼女は2~3月は新作のミュージカルに出るのでまだ具体化はしていない様子)今日は「ピアフ」からの曲も歌ってくれるはずだ。



オープニングは私もとても好きなcomment te dire adieu/さよならを教えて。フランソワーズ・アルディーのヒット曲として有名だけれど、実はこのオリジナルは英国歌手のVera Lynnの「It hurts to say Goodbye」だ。でも私にとっては80年代の戸川純バージョンが頭にこびりついている。最初からフランス語でキュートに歌うフランセス。このアールデコスタイルのキャバレーにぴったり。バンドはコントラバス/ギター、ピアノ、ドラム、時々サキソフォンやアコーディオンという構成でバンドは4人。クールなパリジャンを装っている

全編フランス語という事でなく、一番をフランス語/2番の歌詞を英語で、あるいは英語訳の歌詞で、というように飽きのこない構成だ。私はもちろんフランス語は解らないけれど歌=曲は知っているものがほとんど。なにしろ狭い空間で彼女が動けるのはほんの数歩だから舞台のような演出は無理だけれど、そのかわりとても身近な距離で話しかけるように歌う。店内の雰囲気もとってもIntimate

ポップな曲とちょっとジャズな曲、演出されたステージとは違う、素のシンガーとしての彼女の魅力が満載だ。衣装も何度が替えて、その間には彼女の娘でポップシンガーのイライザ(=Eliza Doolittle)が場繋ぎに一曲歌うシーンもあって、親子2代で暖かい声援を浴びる姿は微笑ましかった。今回は4日間のステージの初日だったので、劇場関係者や彼女の友人も前列テーブルにいた様子。観た事のある俳優さんやなんと、ウエストエンドの大御所プロデューサー、カメロン・マッキントッシュ氏もお母さんを連れて来ていた

私たちと同じテーブルになった女性とも気さくに話をすると、フランセスの個人的な友人で、普段はヨークに住んでいるのに、今日はホリデーから帰ってきたところでロンドンに着いたので観に来たのだそうだ。ショウの後では、声を掛け合っては写真を取り合っている人達があちこちに・・・さっきのマダムもぬかりなくまた私たちの所に来て、「楽しんでくれた?ここではいろんな才能ある人達が毎日ライヴをやっているから、いつでもまた来てくださいね」と両手を広げてハグ。今度は隣のブラッセリーで食事してその後こっちに移動というのもいいね。終演後はこれまた隣のアメリカンバーでナイトキャップ・・・?地上のカフェも待ち合わせやちょっとコーヒー一杯によさそう、カフェティエでもスタバーのコーヒーと同じ値段だし

マッキントッシュ氏、フランセスのPiafをロンドンプロデュースしてくれないかしらね。レスター市での「ピアフ」のPRヴァージョンはこちら



う〜〜ん、観たい ツアーでも良いから観る機会がある事を祈って・・・





 

個人主義になれない国


今年の1月の降水量は記録となったイギリス。西/南部では連日洪水で、クリスマス以来家への浸水で非難を余儀なくされた人達が相次いで、保険会社は膨大な被害処理で大変な事になっているらしい。でもやっと2月に入って最初に気付くのが、「日が延びて来た」という事、後少しで春だ・・・

さて、、、相変わらず日テレの「明日ママがいない」騒動が収まっていないらしい。なんでもドラマを見た後に自傷行為に及んでしまった児童がいる、、なんて話まで出て来てとうとう日テレも赤ちゃんポストを経営する慈恵病院に出向いて一部内容を変更する方向で話をしたらしい。最初は「最期まで観て下さい」と制作側の意図を変えない様子だったのに、スポンサーがCMを見合わせるという事態になって、さすがに局側としても多少の譲歩は致し方ないという事か

全く残念な話・・・・実は私も最初の騒動以降、なんでこんな騒ぎになっているのかをドラマを観ながら考えた。「子供達が傷つく」のは何故なのか?親がいない子が、里子として育てられた子が、生まれた時から素性が知れずに育った子が、こういうドラマを観て何故傷つく必要があるのだろう??

それは日本の社会が、そういう子供達を「普通とは違う」という意識で扱い、本人達にもその意識が植え付けられてしまっているからではないのか?
生まれた時から親のいない子供は、それがその子にとっての「普通」であって、その普通の中で幸せに育っていれば傷つく必要はないのではないか・・・? 


虐待を受けたり、両親から捨てられるという記憶をもったまま施設に入ったような子供は、また少し違う。もちろんそういうバックグラウンドを持つ子供には充分な精神的なケアが必要なのは言うまでもない。でもあまりにも施設の子供達を「普通と違う」と扱ってはいないか・・・?

イギリスに来て、日本との決定的な違いを最初に感じたのは、この国の「個人主義」だ。個人が尊重されていて、個人の主張には賛成/反対はあっても、上下はない。離婚率43%という数字が出ているこの国では、片親の子供の数は日本の比じゃない。両親とも離婚した後に再婚したりして、実際に家族の中でも片親が違うとか、血のつながってない兄弟(連れ子や里子)とか、日常茶飯事だ。親子/兄弟で名字が違うなんて全然珍しく無い。日本のように戸籍で名字が決まるのではなく、生まれた時に父親か母親の名字をつけるので、兄弟でも名前が違ったりするのだ。それでも「複雑ですね〜〜、、」と笑うくらいで、それでいじめられるというのはあまりきかない。

本当か嘘か解らないけれど、施設の児童が「お前のドラマなのか」とか「お前ももわられていくのか」と言われて傷ついたなんて記事もあったけれど、そういう事を言う子供のほうが問題じゃないのか?そんな事を言う子の親はどんな育て方をしてるんだ??! 
児童というのは年齢としてどのくらいなのかな、、?もし10歳前後の小学生なら、このドラマは夜10時からの大人の時間のドラマなのだから、子供は観なくていいはずだし、中学生くらいなら、少し観ていやだったらテレビを観ないという判断くらいできるはずだよね??
フラッシュバックって何の?、、、施設で虐待された経験があるから起こるんじゃないの・・・?だいいち、三上さん演じる施設長は別に暴力といえるほどの事はしてないし・・??

日本はどこかに所属していないと認められない風潮がある。家に、学校に、会社に、クラブに、、、「○○のXXです」と名乗らないといけない、みたいな・・・両親がいないと就職に不利だったりする事実のほうがおかしくないか?履歴書に家族構成を書く、なんてこの国では誰も考えないよ 「個人」が基本だからだ。名前だって、かなり親しくなるまで名字を知らない事もあるし、親がいなくて施設で育った子がいても、「へえ〜、そうなんだ・・・」で済む事だ。

芦田愛菜ちゃん(っていうか、芦田愛菜さんだよね)が演じているポストと呼ばれる少女は、しっかりと「自分」という個人の足で立っている。生まれてすぐ赤ちゃんポストに置かれていたという事は、自分は覚えていないのだし事実なのだから、あだ名はポストでOKなのだ。「傷つく」というのはそれが弱みとなっているからで、それを「弱い」と教えたのは回りなのではないか・・?

例えば身近な人を不幸な事件で殺された人達はどうか?・・・毎日の新聞ではどこかで誰かが悲惨な目にあっていて、その家族や友人達は本当に一生かけても癒えない深い心の傷と共に生きている。彼らこそ、刑事もののドラマを観てフラッシュバックを起こす可能性がずっと多いと思う。刑事ドラマなんて何年も観られないという人がおそらく沢山いるはずだ。「被害者の家族が傷つくので番組内容を変更してください」なんて話、聞いた事があるか・・??

子供は弱いから、子供は・・・だから、という考えは逆に子供達の自主性と個人性を無視してはいないだろうか。イギリスの子供達は日本の子供達よりもずっと自己主張ができる。親が決めた事に従うのではなく、自分の意見を言って親と相談するのだ。親も子供に対しては、自分の所属物ではなく、一人の小さな個人として接している。子供の意見を飲めない時は、何故ダメなのかをちゃんと説明して納得させる。10〜12歳くらいの子達を比べると、日本の子供達はどうも「お子ちゃま」だ

養護施設で育ったという事がなんの関係もない社会にならないものだろうか。辛い過去のある子供でも里親と幸せな家族になって愛情溢れる生活をしていれば「個人」の価値が決して下がるわけじゃない。
僕、コインロッカーベイビーだったんだって、覚えてないけど」
「へえ〜、すごいねえ〜〜」
と学校で人気者になっていいんじゃないのか・・?
身障者に対するバリアフリーだって、日本はホントに遅れてるよね。みんなと同じでないと受け入れられない国だから、みんなと違うと色眼鏡で見られてしまうから、今回みたいな騒動になるんだよね・・・

○○のXXです、じゃなくて、「赤ちゃんポストで拾われたポストです」でいいと思うよ。実際このドラマでは子役達がそういう「個人」を一生懸命演じている。ちゃんと観てあげようよ。ドンキ役の鈴木梨央ちゃんも、偏屈な施設長におっかなびっくりでも決して恐怖で支配されたりなんかしていない。むしろ自分の意見をおそるおそるちゃんと言ったりするもんだから、魔王は舌打ちの連続なのだ
親がいないという事をハンデとせずにもっともっと逞しくなっていく「コガモの家」の子供達を見守りたい。日テレがどの程度の内容変更に屈したのか、せめて最低限の変更で制作側の意図もしっかり主張して欲しい。

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