もう観ていてホントに笑えるのよ。コメディーなのだから当たり前か。おまけにノエル・カワードの本は辛辣な台詞とそのテンポで、クスクス笑いから大笑いまで自在に観客の好奇心を満たしてくれるのだ。今回の芝居はノエル・カワードの「Private Lives=私生活」
ポスターを見ただけで”良いキャスティングだ”、、とピンと来る。4人(ともう一人)芝居の主演2人はトビー・スティーヴンス(Toby Stephens)とアナ・チャンセラー(Anna Channceller)のコンビ。お二人とも英国では御馴染みだ。トビーは解り易い所では007での悪役(Die another Day)やBBCの「ジェーン・エア」でのロチェスターがあるけれど、それ以上に舞台での活躍も多い。アナはちょっとポッシュで意地の悪いクラシックな役で印象に残っている作品、「Four Weddings and a funeral」やBBCの「Pride and Prejudice」なんかがある。どちらもちょっとアクの強い役を演じたらピカイチの役者だ。
プロットは、5年前に大喧嘩の果てに離婚したアマンダとエリオットが、各々再婚する事になり、お互いその新婚旅行一日目にして同じホテルの隣り合わせのバルコニーで鉢合わせしてしまうという出だし。ハネムーン初日なのに、エリオットの再婚相手のシビルはさりげなく彼の前妻=アマンダの事をいろいろ聞いてしまい、ちょっとエリオットは苛ついている。エリオットとアマンダは数年間の結婚生活の間も何度も衝突を繰り返し、大喧嘩の果てに離婚して以来5年が経っている。話題を変えようするエリオットだが、若いシビルは好奇心からついアマンダの事を聞きたがってしまうのだ。(というより、最終的には「あんな女より今は君をずっと愛しているよ」という言葉が欲しい??)次に彼等の隣の部屋のバルコニーに今度はアマンダと再婚相手のヴィクターが現れ、同じようにヴィクターが彼女に前夫のエリオットの事を聞いている。このシーンの掛け合いが前シーンの台詞とかなり被って笑える。
避けようもなく、ハネムーン初日に別れた相手と再会してしまい仰天する2人。すぐさまホテルを代えようとお互いに必死で新婚の妻/夫に訴える2人だが、事情が飲み込めないシビルとヴィクターは急変した夫/妻の態度が納得できずに部屋を出てバー/ダイニングルームへと行ってしまう。改めてバルコニーで再会したエリオットとアマンダは話をするうち今でも2人の心にお互いを求める気持ちが燻っていた事に気付いてしまう。焼け木杭に火がついてしまった2人はなんと!!パリのアマンダのアパートへと駆け落ちしてしまうのだ。新婚のパートナーを置き去りにして・・・
駆け落ちしてきたパリのアパートで2人はお互いの愛情を確認し合う一方、ともすると激しい言い争いになっては2人の間で決めた合い言葉(これを言ったらすぐに2分間は沈黙して冷静になるという取り決め)でなんとか収めるという場を繰り返す。そしてとうとう収まりがつかずに取っ組み合いになった所へシビルとヴィクターが揃ってやってきて・・・
何と言っても主役2人のケミストリーが素晴らしい。アマンダとエリオットは男と女の違いはあるものの、気性が似ている。だからこそ仲が良い時と争いになった時の起伏の激しさが倍増する。不思議なもので、仲良くしている時のアマンダとエリオットは台詞の端々にシニカルで辛辣な部分があるのに、激しい争いになった時にはむしろ2人ともかわいく見えてしまうのだ。男と女のケミストリーは同時に役者同士のものでもあり、このお二人の相性は素晴らしい。
長続きしているカップルは、似た者同士でほとんど喧嘩もせずに穏やかに暮らしているパターンと、性格や趣味は正反対で回りから見ると「なんで、、?」っと思われながらもお互いを補い合ってうまくやっていくタイプ、そして誰よりもお互いを理解して愛し合っているのに事ある毎にぶつかり合う、愛憎劇場タイプがある。エリオットとアマンダは最後者だ。1幕で昔の妻/夫の話をしている場面でも、2人の中に愛憎の火が燻っているのが観客に解ってしまう。
かくいう我が家もしょっちゅう大喧嘩になる。これは実はとても疲れるのだ。翌日(あるいは1日半後)には元に戻るのだけれど、一度感情が激して争いになった時は本当に気力を消耗する。だから離婚した後のエリオットとアマンダが、その後に全く違うタイプを再婚相手に選んだのも無理も無い。でも実はこの2人、本当に穏やかに平和な暮らしを続けて行けるか?と考えると、実はそうはいかないだろうという事も解ってしまう。この2人の気性からして、シビルとヴィクターでは絶対に満足できないはずだ。そう、きっと飽きてしまうだろう。
2人とも、愛し合うからこそヘトヘトになるような激情の応酬が必要なのだ。取っ組み合って殴り合っていても憎み合っているのではない・・・・ノエル・カワードという作家は男と女のそんな微妙な関係を実に巧みに台詞にしている。ちなみにこの芝居の初演ではカワード自身がエリオットを演じている。
ラブラブかと思うと物を壊し、叩き合うような関係の2人はそれでも愛し合っている。他の誰にも埋められない2人だけの絆が確かにあるのだ。それは見ていて滑稽でもあり、ちょっと胸に痛みを感じる切なさでもある。最期には今度はシビルとヴィクターが大喧嘩を始めて、どうやらこの2人の相性もなかなか良さそう、、、と感じさせる中でアマンダとエリオットはまたしても2人で逃げてしまう・・・
男と女の微妙な食い違い、、、これは永遠に縮まらない。深くて暗い川がある、、とまでは言わないけど、噛み合わなくてイライラするのにやっぱり相手が必要であり、求めてしまうのだ。人間のいじらしさを巧みな台詞とテンポで書き上げたカワードの傑作。
ちなみにトビー・スティーヴンスの両親は2人とも名の知られた役者だ。マギー・スミスとリチャード・スティーヴンス。そして両親2人のアマンダとエリオットで過去にこの芝居を演じている。さらに今回シビルを演じているのがトビーの実際の夫人であるアナ・ルイーズ・プロウマンだ。実の夫人演じる新妻を置き去りにして昔の妻と逃げてしまうトビー、カワードの台詞の如く「俺は男だからな」と粋な気分で演じているのだろうか・・・?(もちろんプロの役者なのだから演じるからにはそんな事は二の次なのだろうけど?)