見つけもの @ そこかしこ

ちょっと見つけて嬉しい事、そこら辺にあって感動したもの、大好きなもの、沢山あるよね。

September 2012

A Chorus of Disapproval


なんと、10日も経ってしまった・・・いきなり寒くなって、もうオリンピックがあったのは随分前のような気がするこの頃。寒くて暗い秋/冬こそが劇場シーズンと言っていいかもしれない、というわけで、今回はコメディーを観て来た。大好きなAlan Ayckbournの本で今回の演出はトレバー・ナン氏。トレバー・ナンといえばシェイクスピアからミュージカルまで幅の広い演出家だ
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いろんな芝居/ステージのジャンルがある中で、コメディーにはいくつかの手法がある。誰が観ても笑えるいわゆるギャグやドタバタもの(Slapstick)、プロットでハプニングが仕掛けられて、それに対する登場人物のリアクションやそこから発展する次のハプニングで笑いを起こすシチュエーションのも(Sitcom)、そしてストーリーも登場人物も普通で真面目にやっているのに、キャラクターの心情や話の展開で回りが笑わずにいられないというもの

Alan Ayckbourn(アラン・エイクボーン)という劇作家の名前は日本では知られているのだろうか・・・?
おそらく国外で上演される類いの本ではないからあまり知られていないかも。でもイギリスでは人気の戯曲家だ。彼の書く本はコメディーといわれるのだけれど、前述した中の最期のパターンが多い。ストーリーやシチュエーションは普通なのだけれど、ウィットな台詞とその場の人間の反応で笑いを引き起こす→演じている方はもちろん大真面目→だから爆笑、というパターンだ。三谷幸喜さんの書く本と似た部分があるかもしれない。出て来るキャラクターもそれぞれみんな曲者いや、個性的。すべての役者に見せ場が用意されている

A Chorus Of Disapprovalは実は80年代の本で、今までも何度か上演されているのは知っていたけれど、今回初めて観た。「Begger's Opera」を上演しようとしているアマチュア劇団に、ガイというちょっと内気で基本的に何事も断れないお人好しな男がオーディションにやってくる。演出家のダフィド(デヴィッドのウェールズ語発音)はやたらとウェールズにこだわっている昼間は弁護士の男で、ガイがオーディション曲にウェールズの歌を持って来たと聞くと、勝手に自分で歌ってガイの歌をろくに聞かずに採用してしまう。小さな街のアマチュア集団は個性豊かな人達が集まっている。彼等が上演しようとしている「 Begger's Opera」というのは1728年にジョン・ゲイが書いた3幕のオペラで上流階級や政治家達を痛烈に風刺している。200年後にベルトルト・ブレヒトの戯曲にクルト・ヴァイルの曲で書かれた「三文オペラ」のオリジナルだ。三文オペラの登場人物もストーリーもほぼベガーズオペラに沿っている。

お人好しのガイはダフィドの妻ーハナに思いを寄せられ、同時に夫婦でスワッピングをスリルとしているフェイとも関係をもつ。ハナとフェイは全く正反対の女性。少女のような可憐さを残した良妻賢母でしっかり家と子供を守っている一途なハナに思いを寄せながらも、ワイルドで奔放なフェイに迫られると断れないのだった。二人の人妻とよろしくやってる間にも劇団内ではあれこれといろんな事が起こり、最初は端役だったガイは途中で役を降りてしまった役者達の為にひとつ、またひとつと配役替えに合い、とうとう主役のマクヒース役に就いてしまう

そう書くと、なんだかガイという男がは実はしたたかで、どんどん調子に乗って色男風を吹かせるのかと思うかもしれないが、実は全くそうじゃない。彼はあくまでも受け皿なのだ。断れずに受けてしまううちに何故かそういう事になってしまう・・・騙そうとか、のし上がろうとか、そんなつもりは全くないシャイなお人好しなのだ。彼が本当に事の深刻さを考えるのは、ダフィドがハナとの夫婦関係の事をガイに打ち明けてからだ。恋愛以外にも、あちこちの劇団員から彼の会社が関係している土地の事で「頼み事」をされてしまう。最期にはあっちにもこっちにも良い顔をしてしまったツケが回ってきて、妻との関係を知って激怒したダフィドをはじめ、みんなから総スカンをくらってしまう

そんな話が「ベガーズ・オペラ」の中の3角関係と平行して進んでいく。オペラのリハーサルという事で、ミュージカルでは無いけれど劇中には歌うシーンもそこここにあって、役者達がみんな歌える人達だと解る。ちなみにガイ役のナイジェル・ハーマン氏はBBCのソープオペラ「Eastenders」で広く顔を知られるようになった後、番組を離れてからもコンスタントにウェストエンドの舞台に出ている人だ。彼だけじゃないかなあ〜、Eastendersから出た役者でその後もこんなに活躍してるのは・・・去年はミュージカルの助演男優としてローレンス・オリビエ賞を取ったし、毎年のように舞台に出てる(ソープオペラについてはこちらをどうぞ)ダフィド役には今回コメディアンとして人気の人がウェストエンド初舞台という事で注目されている。素晴らしく良いよ。

登場人物みんなに役割と見せ場がある群像劇、歌あり秘密あり、つかみ合いもあり、滑稽で情けなくて大笑いできる芝居、そんな所が三谷幸喜さんの書く本と似たものがある。コメディーなのだけれどそれ以上にヒューマンドラマなのだ。三文オペラでもベガーズオペラでも知っている人はご存知の通り、マクヒース(三文オペラではメッキ)はまさに絞首刑になるという所でいきなり強引などんでん返しでハピーエンドになってしまうのだが、この芝居自体も最初のシーンでは舞台終演後、皆から総スカンを食らったガイが誰からも相手にされずに一人淋しく出て行く、、、と思ったところから回想という形で芝居が始まり、最期のシーンは舞台が終って皆が主役を演じ切ったガイと抱き合って喜ぶという場面に変わっている

沢山笑った後に、なんだか心にしっとりしたものが残るような芝居、ドタバタやギャグもののコメディーはちょっと好みじゃないのだけれど、こういう舞台はいつでも観たいわ・・・
ちょっと探してみたら、なんとこの芝居アントニー・ホプキンズ&ジェレミー・アイアンズのコンビで映画化されていたちなみに映画の日本語タイトルは「浮気なシナリオ」ですと・・・

村の名誉、地元のヒーロー


あっという間に夏が去り、パラリンピックの閉会式で「終ったな〜」と思っていた所に、ダメ押しのように締めくくってくれた、テニスのアンディー・マリー

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実は前回のブログを書いている時、USオープンの決勝がまさに行われていて、テレビではやってなかったものの、ネットの速報サイトでスコアーをライヴで追っていた。(有料のスポーツチャンネルでは実況中継してたみたいだけど、私がテレビで観たのは翌日になってから、ユーロスポーツチャンネルでダイジェスト版だった)前回書いた、オリンピック/パラリンピックのメダリスト達の祝賀パレードに、テニスのオリンピック男子金メダルのアンディーはいなかった。彼はもうオリンピックから先へと抜け出していて、7月のウィンブルドンに続く、5度目のグランドスラム決勝進出を決めていたのだ

やってくれたよね〜!もう10年位前に、ティム・ヘンマンやグレッグ・ラセドスキーがそこそこの所で活躍していた頃から「1936年以来のイギリス人選手のグランドスラム優勝」が囁かれて来た。この2人も何度が準々決勝/準決勝まではいったのだけれど、結局ベスト3の壁が破れずにいた。76年振りのイギリス人選手のグランドスラム優勝、そしてアンディー自身にとってはなんと5度目の決勝戦での悲願の優勝だった

オリンピック選手達との凱旋パレードには参加できなかったものの、今週になってやっと生まれ故郷のスコットランドにある街Dunblane=ダンブレインに戻った彼は地元の熱狂的な歓迎を受け、ヒーローとして街を挙げて迎えられた。オリンピックではシングルでの金メダルと混合ダブルスでの銀メダル。健闘を讃えて金色に塗り替えられた郵便ポストの前で、地元の子供達のヒーローとして街中の祝福を受けた。

スコットランドのDunblaneは、人口9000人にも満たない小さな村だ。聞いた事がなかった小さな街を一日にしてイギリス中の人が忘れられない名前にしたのは、1996年の3月に起きた小学校での大量殺人事件だった。この街の小学校は3つだけ。そのうちのDunblane Primary Schoolに一人の男が銃を持って侵入し、体育館にいた児童16人と先生1人を殺害した事件は全国に大きな衝撃を与えた。もちろん私も覚えている。数日は新聞やテレビのニュースはそればかり。犯人自身も最期は体育館で自殺を遂げてしまったため、本当の詳しい動機は今もって解らずじまいだが、ここ数十年の英国犯罪の中でも最も残忍で悲惨な結果となった3大事件の一つに入っている。イギリス人にとっては、Dunblaneと聞けばその後にはmassacreがつく筈だ。街の名前が大量の児童殺害事件の代名詞になってしまったのだ。

ミュージカルの「London Road」を観た時に、これは汚名を被ってしまった街の人達の再生を目指す姿だという事を書いたけれど、このダンブレインもまたアンディーというヒーローの出現で街のイメージが変わる事を切に願っているに違いない。実はアンディーはこの小学校の出身、しかもこの虐殺事件の当日に学校にいた児童の一人だった。テニス選手として頭角を顕し始めた10代の頃には、インタビューであの日の事を聞かれたりしていたけれど、本人はあくまでも「幼かったので何が起きているのか理解できていなかった。あの日の事は話したくない」と答えていた。それ以来その話題にはふれずにきたけれど、出版された彼自身の伝記の中では、犯人の男が関係していたクラブに参加した事を覚えている話を載せている。

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朝から雨が降っていたDunblaneで、街の人々は4-5時間も彼の凱旋パレードを待っていたという。決勝戦のあった夜は、イギリス時間は夜中の2時過ぎになったにもかかわらず、地元のパブに集まってスポーツチャンネルで観戦し、勝利を喜び合ったのだ。小さな街から生まれたヒーロー。彼の今までの努力と長い道のりと悔しさと、それらをいつも分かち合って応援し続けて来たダンブレインの人達。やっと最初のグランドスラムを手に入れたアンディーの姿に、「これでDunblaneの街はアンディー・マリーの故郷として誇りを持って存在できるんです」と語った人達がいた。大量殺人としてではなく、これからもっといくつものグランドスラムチャンピオンになってくれるだろうアンディー・マリーを街の代名詞にしたいという地域住民の切なる願いだ

そうなってくれるといいね。まだ最初の1個だけれど、これから彼がどこまで上っていかれるのか・・・?アンディーにとってもこの夏はきっと忘れられない夏だろう。フレンチオープンでは早々に退散し、ウィンブルドン決勝での惜敗、そして1ヶ月後のリベンジ=オリンピック優勝、そして9月のUSオープン優勝。きっとまだ夢をみているような気分かもしれない。夏の夜の夢・・・でも夢じゃないよ。これからが彼のキャリアのスタートなのだろう。これからが本当の勝負だよね。Dunblaneの街の人達はきっとこれからもずっと地元のヒーローとして彼を支え続けていくだろう。もちろん地元だけじゃないのだけれど、やっぱりダンブレインの人達の思いは並々ならぬものがあるのだろう

15歳で地元を離れ、プロのテニスプレーヤーになるべくスペインのアカデミーに留学したアンディ。今は一年を通じて世界中を転戦しているので、故郷のDunblaneに戻る事はなかなか難しいそうだが、それでも家族や古い友人達は今でも故郷にいる。地元のヒーローとして世界に羽ばたいていくのは、勇気を与えられると同時にものすごいプレッシャーでもあるのかもしれない。一時は悲劇の現場となった地元小学校に通う子供達に、次世代への希望を与えたというのは、単にテニスプレーヤーとして一つのタイトルを手にしたという事だけじゃない意味があるのだろう。

やっと初めの一歩。これからもっとイケるだろうか、、次はワールドランキングの1位になれるのだろうか・・・?
頑張れアンディ!!

宴の終わり、夏も終わり


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これで本当に夏が、一連のお祭り騒ぎが終ってしまうんだね
オリンピックに続いて行われたパラリンピック。今まではまともに中継されているのを観た事がなかったから、どうしてもマイナーな印象だったけど、今回はチャンネル4が毎日追っていたので結構ちょこちょこと観ていた。こんなに力が入ってしまうとは! なんだかオリンピック以上に見入ってしまった

車椅子のバスケット、口で手綱を操る乗馬、水泳や陸上では本当にオリンピックと変わらない迫力に、テレビの前で声を上げて応援していた。今回のパラリンピックは各競技チケットは完売で、平日の昼間でも各会場はどこも満員で盛り上がっていたそうだ。私もマラソンは観に行こうかと思ったけれど、車椅子だとあっという間でほとんど見られないし凄い人のようなのでやめた。テレビのほうがちゃんと観られると思ったのに、パラリンピックを中継していたチャンネル4ではマラソンコース全域にカメラを設置する事ができなかったようで、中継はスタート/ゴールのマルと、折り返し地点の2カ所だけだったのが残念。でも最期にヴィクトリア女王の像の前からマルに入ってきたデヴィッド・ウェアー選手の姿を観たら、テレビの前で立ち上がって応援してしまった。ちなみに彼は800m,1500m, 5000m,そしてマラソンの4競技ですべて金メダルを獲得した。超人的だ・・・

障害の度合いで分かれているとはいっても競技によってはやっぱり分けるのが難しいのだろう。陸上でも片足義足の人と両足の人とが一緒だし、まあ今はテクノロジーが発達していて、競技用の義足なんて1本も2本も変わらないのかもしれないけれど。T44の100mで金メダルを撮ったイギリスの19歳のピーコック選手のタイムは10秒9だ。健常者でもオリンピックレベルのタイムだわよ

パラリンピック発祥の地と呼ばれているのがイギリスのバッキンガム州にあるStoke Mandeville Hospitalだ。戦争で負傷し、四肢を失った兵士達が社会復帰ができるようにとリハビリにスポーツを取り入れて、それが毎年の競技会になったのがきっかけだったそうだ。この国では障害者に対する認識度/理解度がとても高い。もちろん身体の障害というのはプライベートな事でもあるから、多少気を使うというのは仕方がない。でも決して異形の物を見るような雰囲気は無い。普通に話しかければ良いのだという認識が浸透している。むしろパラリンピックに出てくるような選手達には尊敬の意を隠さない。こんなに盛り上がったパラリンピックを近くに感じられて感動した

とうとう終ってしまった夏の宴。思えば雨続きの6月に女王のジュビリーにはじまって、ユーロ杯、ウィンブルドン、そしてオリンピック直前になってやっと真夏らしい気候に恵まれた。パラリンピック開始時はまたちょっと寒くなりかけてたけれど、この週末は本当にグローリアスなお天気で気温も36度まで上がった。だめ押しの夏日で最期まで盛り上がったね

パラリンピック閉会式の前日、土曜日は夏の間に開催されているBBC Promsの最終日で、このプロムスの最終日というのも毎年お祭り騒ぎの一夜だ
クラシックコンサートシーズンの最終日はいつもお決まりの「ブリテン万歳!」というパーティー気分の盛り上がりを見せる「プロムス最終日」今年は何時にも増してイギリスのユニオンフラッグがとてつもなく多かった「ルール・ブリタニア」「威風堂々」「エルサレム」等お決まりの演目の間にオリンピック/パラリンピックのメダリスト達がゲストで壇上に現れると場内は大歓声/嬌声に包まれた。ロイヤル・アルバート・ホールでのチケットを入手するのはとてつもなく困難で、それ以外の人達の為にすぐお隣のハイド・パークに設置されたスクリーン/ステージに集まった人達は今年はなんと4万人!!

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プロムスが終わり、ロンドン2012が終わり、これで盛り上がったイベントの数々もひとまず終了。その最期を飾ったのが今日のメダリスト達の凱旋パレード。これも仕事が無かったら行きたかった〜!メダリストだけでなく700名ものオリンピアン/パラリンピアン達が21台のオープントラックに分乗してシティーからバッキンガム宮殿前までの東西メインルートをパレードした。沿道の人の数は女王のジュビリーの時並み。オフィスの人達もバルコニーや屋上に出て大声で健闘を讃えている。窓から乗り出してアブナい人達も・・・ヒーローを誇りに思い、声を上げて讃える。これはイギリスに来て以来いつも素敵な事だと思ってる

日本って、功績を大袈裟にするのはちょっと気恥ずかしい/はしたないみたいな空気があって、英雄を英雄として誇り高くできないんだよね。おごらないというのが徳とされてるからだろうか。だから「ヒーロー=英雄」が存在できないんだ。その、すごく日本的な奥ゆかしい徳の高さもいいんだけど、やっぱり国を挙げてヒーローを誇りに思うっていうのも素敵だよ。努力して結果を出して来た人達が皆に感動と希望を与えて、それが次世代につながっていく。これこそが国の発展につながるのよ。その意味ではこの夏のロンドンオリンピックは次世代のイギリスに素敵な足跡を残したと思いたい

明日からは何に盛り上がればいいんだろう、、なんて思ってる人が沢山いるんだろうね。特にこの夏の間ボランティアで関わってた人達なんか、インタビューでも「明日からが淋しい。燃え尽き症候群になりそうだ」と言っていた。今年の夏はやっぱりいつもとは大分違ってたと思う。パレードで並んだメダリスト達の顔、顔、顔・・・忘れられない沢山の顔。チームGBはオリンピックで金29、銀17、銅19=65個、パラリンピックで金34、銀43、銅43=120個のメダルを取った。どっちもテーブルでは3位。素敵なヒーロー/ヒロイン達のパレードをテレビで観ながらやっぱり月並みだけど「感動をありがとう!」と思わずにいられない。楽しい夏だったよね!!

そしてまたこの日


そう、またやってきたこの日、9月5日=私の記念日

以前にも書いたけれど、9月5日は私が初めてロンドンにやって来た記念すべき日です。若気の勢いで、情熱と希望と期待をひっさげてやってきた
今年の9月5日は本当にあの日と重なるお天気だった。真っ青な空の素晴らしく良いお天気で、太陽が眩しく(それでも日本から来ると秋の陽射しに近かったけど)気温も20℃以上あって、まだ夏の名残だった。今日もまさしくあの日のようだった。なにせ23時間もかけて南回りで来たから、長い長〜〜い夜の後に目に飛び込んで来るレンガ色の家並みが本当に眩しかった。

今年もこの1年振り返ってみる。この1年はちょっときつかったね。でも持ちこたえたよ。大切なものをしっかり手放さずに踏ん張って来たよ。そしてまたひとつ山を越えた。それなりに意味があったんだね。

自分の人生の半分以上をここで過ごしているハメになるとは夢にも思わなかったけれど、大丈夫、まだ頑張れる。あの年は9月の半ば過ぎても27℃くらいあって、「こんな9月は異常だ」といわれていた。今にして思えば、スーパー晴れ女の私が怖い物無しの勢いでやってきたのだから、それもありだったのかも

ズルをしないで、ちょっとは息抜きしながらもユルくなり過ぎないで、大事な物はしっかり胸に抱えながらこれからも生きていこう、、、と毎年この日になると思い返してみる。



踊らない/歌わないミュージカル=London Road


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久しぶりにミュージカルを観て来た。ナショナルシアターには劇場が3つあり、一番小さいスタジオで去年初演されて絶賛された「London Road」。去年は金欠で断念したのだけれど、今回メインのオリヴィエシアターでの再演が決まり、即チケットを取った。ちなみにナショナルシアターでは芝居に足を運び易いようにと、£12-00からのチケットがある。しかも3列目ど真ん中なのだ。オリヴィエシアターはローマンスタイルの劇場で、最前列でも舞台を見上げる事がないので、£12-00でこの席は夢のよう

さてこのミュージカル、すごく新しいスタイルで作られている。ミュージカルなのだけれど踊りは一切無い。歌もそれらしく歌い上げるという事は無くて、むしろ台詞にトーンが付いている、という感じだ。語る為に音程を利用しているといった作りで、これまでのMusicalの概念とちょっと違った新しい手法だ。台詞の殆どは確かに歌になってはいるのだけれど、旋律が耳に残らないのだ。メロディーラインも音楽というよりは効果音的な要素が強い。コーラスの掛け合いなんて、楽譜を頭に思い浮かべてみたのだけれど、どうしても聞いただけでは捉えきれない。そんなミュージカル/プレイが成功しているのは、音にあおられた台詞がより心情を膨らませて変化していくからだろう。

ストーリーは実際に数年前(2006年)にイギリスで起こった連続殺人事件を扱っている。イングランド東部、サフォーク州のIpswichという街での連続娼婦殺人事件が起きた。街娼として街に立っていた5人の女性達の遺体が次々と同じエリアで発見され、普段は平和で静かな街が騒然となる。このミュージカルはイプスウィッチのLondon Roadに住んでいる人達に焦点をあてて、地元住民としてのショック、不安、猜疑心、警戒心、そしてコミュニティーの繋がりを描いていく。歌という形で歌い上げるのではなく、音程の微妙な高低、テンポ、音量で心理描写を倍増させることに成功している
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事件発覚直後の驚き、そして犯人が捕まらない間の不安とお互いへの猜疑心、警戒心。女達は男性をみると「こいつが犯人か!?」と思い、男達はそんな女性達の冷たい視線を浴びる毎日に閉口する。ロンドンロードの79番に住んでいた男が容疑者として逮捕されると、街は連日連夜今度はメディアの目に曝される。平和だった住宅地の一角にテレビカメラや新聞記者、レポーターに、冷やかしで現場を見学に来るツーリストまで押し寄せて、地元住民達の穏やかだった日々がかき回される。彼等は家の出入りさえも、世界中から見られているような毎日にとまどう。

裁判が始まるまでの間も、「もしこの男が犯人じゃなかったら、真犯人は他に居るのか?」という疑問や不安、そして裁判が始まるとまたもや国中から押し寄せるマスコミの群れ。すっかり連続殺人の代名詞になってしまった地元の名誉を取り戻すにはどうすればいいのか、、、住民達の悩みは尽きない。

ロンドンロードに住む人達はこの事件をきっかけに強いコミュニティー意識を取り戻し、住民達でガーデニングのコンテストを開く。それぞれの家の前庭、後庭をいかに美しく草花で飾るか、というコンテストだ。前庭の芝をきれいに手入れし、家の窓際やドア、庭にも花を植えたバスケットを沢山つるし、ロンドンロードを美しく飾る。一介の殺人事件が地元住民の暮らしにどれだけ大きく影響してしまうか、そしてそこから近所同士の繋がりをどう立て直していくかをシリアスながらもコメディータッチに描いている。
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実際に事件当時に地元の人達に行ったインタビューを元に作られた本は現実としての説得力があり、台詞をあおる旋律やコーラスのパワーは派手に歌い踊る以上に効果的だ。観終わった後に音楽の旋律が全く頭に残らないというのも凄い。それだけ音が台詞に同化しているのだ。もちろん役者達の歌唱力、発声力が素晴らしいからこそ成功しているのだけれど。

まだ記憶に新しい事件だし、役者達も本当にお隣に住んでる普通の人達を地味に演じる事でリアリティーがある。劇中に使われているインタビューのテープは事件当時のメディアによる地元住民達、さらにはそのエリアで街娼をしていた女性達の実際の声だ。

私自身にも数年間に降り掛かった事だけれど、事件というのはどうしても「自分には起こらない事」と思ってしまいがちだ。毎日のようにテレビや新聞で観ているにもかかわらず、心のどこかで他人事にしてしまうものだ。でもこの舞台は語りかける。「次はあなたの街かもしれない」と。
事件前と事件後は決して元には戻らない。でもそこからどうやってポジティヴに普通を取り戻していくか、、、このミュージカルでは地元コミュニティーという形で人々の結束を固めていく。

観終わった後の不思議な感覚・・・大掛かりなステージとは全く違う、とても現実的で日常的なミュージカルだった
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