見つけもの @ そこかしこ

ちょっと見つけて嬉しい事、そこら辺にあって感動したもの、大好きなもの、沢山あるよね。

August 2010


捨て猫じゃありません、猫捨てが大騒ぎに・・・

恥ずかしながらうちの彼の出身地Coventryで起きた事件。事件というのも変なのだけれど、これがYoutubeにあがっちゃったものだから世界中で話題にされてしまった。
問題のネコ捨てとは、、、



通りがかったおばさんが猫を撫でていたかと思うと急に当たりを見回し、ゴミ箱に放り込んで立ち去ったというもの・・・

実はこのゴミ箱、カウンセルから支給されるWheelie Binと呼ばれるもので、高さは1メートル以上ある。つまり放り込まれた猫ちゃんがプラスチックの容器を這い上がってくる事は不可能だ。見てのとおり、フタをされてしまったら脱出は不可能。という事で、このかわいそうな猫ちゃん=ローラは15時間もこのゴミ箱に閉じ込められてしまった

飼い主いわく、ローラは夜になってお腹がすくとやってくる通い猫で、まさかゴミ箱に15時間も入っていたとは思わなかったそう。鳴き声に気付いてローラを救出し、家の前に取り付けてあったセキュリティー用のCCTVをチェックしていて事の次第を知ったというもの

このCCTVの映像がYoutubeで流れるや、世界中から非難のコメントが・・・イギリスのみならず、オーストラリア、ニュージーランド、中国、フィンランド、ドイツ、デンマーク、フランス等でも新聞のメインニュースに取り上げられ、警察はこのおばさんの身柄を警護する事態になった。動物愛護団体からの非難は避けようも無く、猫を愛する人達からは彼女に対して殺人予告まで送りつけられたそうだ

始めは「どうしてそんなに大騒ぎするのよ、たかが猫じゃない、、」とコメントしていたこのおばさんも、さすがに世界中から非難され、殺人予告を送りつけられて警察に警護される事態になって、事の重大さに気付いた様子。「どうしてあんな事をしたのか自分でも解らない、記憶が飛んでしまっている、、、」と態度を一変

今になって謝罪しても、ごくごく自然にポイっとビンに捨てちゃうあたり、一瞬何が起こったのか目を凝らしてしまうこの映像・・・Moment of Madnessだったのか・・・??
それにしても、このCCTVというのはもの凄い威力を発揮する。街中監視されていない場所なんてあるんだろうか、、っていう位CCTVだらけだ。ジョージ・オーウェルの「1984」並みです。普段はあまり考えないけど、いざとなったら自分の行動がどれだけ監視/把握されているものなのかを思い知らされてゾッとする・・・

Big Brother is watching you!!


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羽根ような雲が散らばっている。
右下にむかって白い鳥が長い尾を引いて飛んでいるように見えるのは私だけ、、?、、、っていうか、これ観て最初に思い出したのは、「ガッチャマン」の火の鳥なんですけどね・・!??


ここ数年で強く思っているのは、イギリスの空の色が年々変わって来ているという事。真っ青な空というのはほとんど無かったイギリスなのに、5ー6年前からか、時々日本で見るような青空が出るようになった。最初に口にしたのはうちの彼のほうだった、「日本の空みたいだ」と。一度お正月にかけて日本に行った時、ピリッと寒い冬の日に抜けるような青空と眩しい日の光がとても印象に残ったらしい。イギリスの冬はドヨ〜〜〜ン、、、とひたすら灰色で太陽を見ない日が1ー2ヶ月、、、というのが通常だから

今年は7月に夏らしい日々が続いて、青空にモコモコの白い雲、、という光景も毎日のようだった。この夏にイギリス観光に来た人は、とてもイギリスとは思えないような明るい写真が撮れた事だろう。灰色か白か、、という無色だった空を最近は毎日何度も見上げるようになった。

空を見上げながら歩いていると、他の人が「何かあるのか、、?」といった顔で私の見上げている方角を振り返ったりするふっふっふ、、、君に解るかい?あの空の色と雲の不思議が・・・? イギリス人には解んないかもね〜、、、季節感ゼロの人達だから

さて、そうこうするうちにまたまた始まった、「X-Factor」GBT(Britain's Got Talent)と違うのは、こちらはプロとしてすぐに売れるスターを探すというもの。毎年前半のオーディション段階では抱腹絶倒の珍パフォーマンスが見られるので、ストレス解消に爆笑するにはもってこいだ。全国オーディションの様子を編集したテレビ放映は昨日から。シリアスになる以前のこの段階が一番面白い。

今年は最初からなんだか強烈な人達が沢山・・・
上手い、下手の段階ではなくて、「いったいこれをどう評価したものか」どうにも判断のしようがない、といった人達・・・
あれ? X-factorには×ブザーは無かったっけ?もう2ー3分聞いているのも拷問、、、といった人達も!

この人なんて(→Youtube)、もう会場もジャッジもどうしていいか解らずに最後は笑うしか無い、、、?!なんだかフラストレーションの塊、シングルマザーの爆発!!というところか・・・?でも一次を通っちゃったよ??!

そんな中で、一番胸に響いたのがこの子(→YouTube)。5年前にシングルマザーのお母さんと2人の弟と移住してきたという18才の女の子。まだ未熟な中にも「何かになりたい、人から認められて話題にされるような何かに」という彼女の思いが溢れ出た2分間。歌い終わると「あんなに頑張ってるお母さんに、誰も何も返してあげない、だから私が何かをしてあげたい」と泣きじゃくる様子は、胸の中に抱えたいろんな思いがずっとずっと出口を求めていたのだと訴えかけて来る。これは演技ややらせではない、素直な思いだ。アマチュアのオーディションだからこその、心に訴えかけてくる一幕

クリスマスまで、どんな人が出て来て誰が優勝するのか、、、ちなみに2年前にファイナルレベルまで行った人達が最近活躍している。優勝はしなかったけれど、その後しっかりとスターへの足がかりを掴んだ一握りの人達。すっかり洗練されて、チャート入りしている。私の一押しだった人達も・・・誰がいつまで生き残るのか??

さすがに先月から疲れていたのでどうしても連休が欲しくてホリデーを使った。普段は日曜と火曜日が休みなので月曜日を一日入れれば3連休になる。実は今月末には黙っていても月曜休日があるので3連休が取れるのだけれど、なんだか待てなかった・・・・

ホリデー気分で郊外へ、という事で友人と南ロンドンのリッチモンド(Richmond)へ出かけた。

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テムズ川沿いのこの南の街は緑も多く、とても豊かな雰囲気を持っている。街自体が高級住宅地だし、広大なリッチモンドパークは600頭以上もの鹿がいたり、樹齢500年を越える木々が茂る森があったり日本庭園もある。今回はパークではなく、テムズ沿いをゆるゆる散策という事になった

同じテムズでもロンドン市内とはやっぱり違う。水の流れが滔々としていて、色ももっと青緑色をしている。郊外の良さとはこういう事か・・・!お天気はあまり期待していなかったのに、朝は肌寒かったもののお昼前にはすっかり残暑の空気。ちなみに私も一緒に行った友人も晴れ女。ダブルの威力は素晴らしい!

8月はみんなホリデーに出かけてしまっているのか、なんとなく街全体も人が少なくて静かだ。川辺はのんびりムード。夏の終わりの太陽を少しでも浴びようと芝生に寝転ぶ人達、おいおい、、そんなに不用心に肌をさらしてると火ぶくれになっちゃうよ〜〜!

ヒースロー空港が近いので、飛行機がとても大きくすぐそこを飛んでいる。車輪もおりてるし、期待のマークもはっきり識別できる大きさ。でもうるさいか、というとそうでもない。回りの建物は、本当は古い建物をあちこち修復してちょっとつぎはぎっぽいカンジのものも。古いものは古いままが本当は素敵なのだけれど。

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リッチモンドからはさらに南のハンプトン(Hampton)やキングストン(Kingston)にもボートで行かれるので、夏には人気のコースだ。家族で遊覧船を待ってボートトリップを楽しむ人達、手漕ぎのボートでのんびり川を行く2ー3人のブループ、一人カヌーで黙々と川を下る人、水辺の楽しみ方は各々だ。

何故か牛の一群れが草むらにたたずんで(座って?)いて、「きっとこいつらは一日中動かないんだろうな」と思ったら、やおら一斉に歩いて移動し始めた。同じ方向に向かって歩いて来るのだけれど、いったいどこへ行くつもりなのやら、、巨大な牛達がノシノシとこちら向かって来る様は、ちょっと怖い・・? 近くで見ると顔の回りに蠅がいっぱいたかってて汚いよ〜〜!まだ若い一頭が群れを離れて木のまわりで遊んでいた。可愛かったので写真を一枚

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日帰りで充分遠足気分を満喫できた一日。朝は13度だった気温も日中は22度くらいになって、こういうカラッとしたイギリスの夏は気持ちが良い。

でもやっぱりこれでもう終わりかなあ〜〜。
気が付くと、日が短くなってきている。ちょっと心淋しくなりがちなイギリスの秋ももうすぐか・・!!


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自分が住んでいると観光ってしないよね。
東京でもそうだったし、ロンドンだってそう。一人でパリに行った時にはもう一日中歩き回っていたというのに・・・

でもやっぱりロンドンだって捨てた物じゃありません。ウェストミンスターに行ったついでにちょっと夜中にも関わらず周辺を歩いてみた。上の写真は早朝の国会議事堂。また街頭が点いてます。この建物、間近でみると素晴らしいわ、、、、テムズ沿いに建つ姿は美しい!

決めた!今度議事堂とウェストミンスター寺院の観光に行って来よう!
中を見学した事はそういえばなかったっけ。200年以上前にはフェルセンもここに来たのだわ、、(しつこいよ、私、、!)ウェストミンスターから東に延びる道はロンドンマラソンで御馴染みだけれど、歩いてみると良い感じ。朝早かったせいもあるけど

ウェストエンドで仕事をしていた頃は、毎日の仕事に行くのが精一杯で、周辺を見て廻るなんてことすらしなかった。今でだって郊外の家から月に1度くらい休みの日に出て行っても、結局行く場所って決まってしまうのだ。いつもの店、いつもの買い物、いつもの場所、、、

これって考えてみると年に一度の里帰りでもそうだ。東京広しとはいっても、結局歩き回るエリアっていつも決まっている。むかしからの慣れた場所。よく知った懐かしい場所が行く度にちょっとずつ変わっていって、年に一度訪れては追いついたような気になっていた。東京だって素敵な所が沢山あるのに・・・

たまには観光客気分で違う角度から見てみるのも大切なんじゃないだろうか。うん、今度は休みの日にウェストミンスター観光!そして来月日本に行った時には東京の街もいつもとは違う所に行ってみよう。そういえば山手線の北半分って、ほとんど行った事がないよねえ〜〜・・・池袋から上野までは死角だ。去年「阿修羅」を観に上野の博物館に行ったけど、あれだってもう何十年振りだったことやら・・・

夜中に橋の家から見下ろすテムズは風が強かったせいもあって、そこここに渦を巻いていた。テムズの水は茶色い。これは潮の満ち引きで5メートル程も水深が変わるため、常に川底の泥が水中に巻き上がられているために茶色に見えるのだそうで、決して川が汚いからという事ではないのだそうだ。つむじのような茶色の渦があちこちで巻かれている様子は、ちょっと怖いものがある。真夜中にウェストミンスター寺院を外から観るっていうのも、実際そうある事じゃないから、そういう意味では貴重な時間でしたが、、、

たまにこんな時間があると「そうだ、今度はこうしよう」と思うのに、ついつい毎日の流れに押されて決まったコースを歩いてしまう。本当にもったいないよね。そうだ、素敵なロンドンを再発見しよう!

それにしても、、、サイトでチェックしてみると、入場料とやらは結構お高いわねえ〜〜 この際だからバッキンガム宮殿もセットにして一気に回ってこようかしら、とも思ったのに一日の出費が大変だわ。せめて、ウェストミンスター寺院だけでも・・・??


突然思い出して、なんだったっけ、、、と思ったら探さずにいられないこの性格・・・ずう〜〜〜〜っとむか〜〜〜しのノートを引っ張り出して来て、久しぶりに蘇ってきた夏の記憶。

中等部の3年だったから14歳の夏休み、当時通っていた教会のメンバーでキャンプに行く企画があった。その教会の牧師をしていたのは私の学校の宗教主任の先生でもあったので、日曜日に教会に集まるメンバーは我が校の先輩/同輩が多かった

滞在したのは新潟県の山奥、確か六日市と十日市の中間あたりの山の村だった。先生の一人に知り合いがいて、お宅を提供してくださったのだ。ただし、そこは前述のとおり山奥の村、そのお宅にはガスも水洗トイレもなく電気だけはかろうじて外から引っ張って来た電線で二階と一階に電球ひとつ、といった具合だ

いっさいの規則/規律のない全く自由な5泊6日、というのがこのキャンプの主旨だった。つまりこの6日間、いつ起きるのも寝るのも何をするのも各自の自由という事で生活する。参加したのは13〜18歳の中高生なのだから、今考えると結構な企画だと思う。もちろん引率した大人/先生達はそれなりに沢山話し合いをして、あくまでも私達を視ていてくれたのだろうけれど、中学生の私達はそこまで考える余裕はなかった。

隣の家まで300メートル、電話は村中で一軒にしかなく、その家までは歩いて30分程。ガスはないので、自炊はすべて外で日が落ちる前にすませなくちゃいけない。そして汲取式のトイレ・・・・一応の覚悟はしたものの、こういう時って10代の男の子達が妙に騎士道精神を発揮してしまう。汲取に関しては「俺たちでやってやる」」という男子グループのお言葉に甘えて、私達女性陣はは見守るだけという事になった

食事は当然自炊。おそばを手打ちで作るやり方を教わって皆でやってみる。粉を練って練って、伸ばして細く切る。結局茹でる段階でくっついてしまってなんだか消しゴムみたいなおそばだったけど、自分達で一から作ったものは美味しかった。(確か最初のおそばより、翌日のうどんのほうが上手くできたと記憶している)

何のスケジュールもないので、毎日何をいつやるかは全く個人の自由。それでも団体で生活している以上それなりの足並みが自然にできてくるものだ。絞り染めのやり方を教わって生地を染めてみたり、漉き紙をやって葉書を作ったり、そうそう、わらじの編み方を教えてくださる方が来て、わらじを2足編んだっけ。(最初のわらじは右と左の大きさが違ってしまった)後は家の前にある池の回りで遊んだり、裏の田んぼの回りを散歩したり、好きな時にお昼ねしたり、、という毎日。文明から切り離された数日間

明け方までおしゃべりしていた夜もあるし、具合が悪そうな子には先生から「早く寝るように」という指示が出されたりした。日曜日を挟んでいたので、その日は1時間半歩いて山から降り、十日市にある教会の礼拝に皆で参加した。6日間の間で皆の予定があったとすればこれだけだ。礼拝にはかなり遅れてしまったのに、教会の人達はいきなり集団でやってきた中高生とその引率教師達を本当に暖かく迎えてくれた

東京の教会のメンバーで山にキャンプに来ている旨を説明し、礼拝に遅れてしまった非礼を詫びると、その教会の牧師さん一家は私達を歓迎してくださって、礼拝の後に美味しいスイカやお茶菓子でもてなしてくださった。地元工芸でもある染料工場を案内してくださって、楽しい午後のひと時を過ごした。

帰りは山登り1時間強。途中で民家の戸をたたいてお水をいただいたりしながらまた山奥の村に戻る。そうそう、この家、冬の間は雪が積もってしまうので、二階にも玄関戸があった。夜になると家の前にある大きな池の回りでカエルの大合唱が聞こえて来た。他には何の物音もしない。6日間車一台見る事はなかった。(十日市に降りた時を除いて)

規則がまるでない自由な6日間を過ごして、何を学んだか、、、本当の「自由」とは何か・・・14歳の私には生涯の価値観を決めたと言っても過言ではない経験だった。私が悟った事、、、「自由とは、規律や法律が全くない無法社会を謳歌する事ではなく、本当の自由とは、自分の価値観に基づいて自分なりの規律を作る権利を与えられるという事」つまり、自由とは規律が無いという事ではなく、自分で規律を作る事が出来るという事なのだ

自分一人で生きているのでは無い以上、人との繋がりをどう保って行くかが集団生活に於いて一番重要になる。無人島で一人で生きて行くならなんでも有りだろう、でも個人個人が利己主義に走ってしまっては、皆が不幸になってしまうのだ。自分も含めてみんなで幸せにやって行くにはどんな規律が的確か、それを探って見つけて行く事が自由を求めるという事だ

たった6日間だったけれど、東京に戻って来て、電車の中からコンクリートのビルが立ち並ぶ様子が目に入った時、本当に吐きそうな気分になった。「本当に必要なのは、こんな物じゃないんだ」という事をつくづく感じて、あるべきと思っていた文明の無意味さに気付いた瞬間だった

あれから時と共に時代は代わり、携帯やインターネット無しの生活なんて考えられないというのが今の10代の若者達なのだろうけれど、彼等も一度すべてを置いて、Back To Basicsの世界を経験してみると良い。生きて行く上で何が本当に大切なのかが見えてくる筈。そして、そういった機会を与えるというのも、大人達の大事な使命なんじゃないだろうか。

久しぶりに思い出した、忘れちゃいけない夏の思い出

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久しぶりで日曜マチネの芝居を観て来た。何度も言いますが基本的にこちらの劇場は日曜日はお休み。でも観光客が入りそうなミュージカルの一部を中心に日曜日にマチネ公演を行っている芝居も最近はちらほら出てきている。もちろんまだまだ少数だけれど。

さて、またしてもフランス革命がらみ。この繋がりはなんだろうね。この芝居は日本ではあまり上演されていないんじゃないかな、「Danton's Death=ダントンの死」ジョルジュ・ダントンの最後の数カ月の話だ。

フランス革命初期から活躍し、革命政府の一主導者として新しいフランスを創る情熱に燃えていたダントンは、だんだん革命が「恐怖政治」化していって、どんどん血なまぐさい姿になって行く事に疑問を持ち始める。時のリーダーであるロベスピエールは混乱の時代に「恐怖政治の必要性」を主張し、情け容赦なく反抗する者達をギロチンに送る。そしてその矛先は同志として革命に命を捧げてきたダントンにも向けられる事になる

志を同じくして来た筈の仲間同士で次第に意見がすれ違っていく不安定な時代、自分の意見を主張するためには嘘の罪状を造り上げても平気なロベスピエールと、無用な流血に疑問を持ち、自分達のやり方が正しいかどうかを自問するダントン。ロベスピエール派にはサン・ジュスト、ダントン派にはカミーユ・デムーランがつき、後半は裁判でのパワフルな演説合戦となる

実際のダントンは非常に大声の持ち主で、雷が落ちるごとく雄弁を振るったと言われているが、この芝居においても役者達(ダントンのみならず、ロベスピエールもサン・ジュストも)の見事に嵐のような演説/台詞合戦が堪能できる

今の時代だって、政治家の言う事なんておよそ真実じゃない事が多い。それでも彼等は言葉巧みに、声色豊かに聴く人達を説得するべく話術を駆使する。ストーリーとしてはある時代のある一時期だけのものなので、フランス革命が血塗られていった経過をある程度知っていないと解り難いかもしれない。でもこの本が書かれたのは、1834年という事で、まだフランス革命はヨーロッパの人々の記憶に生々しく、余計な事を説明する必要はなかったのだろう

舞台はシンプルで余計なセットや道具は殆ど無い。役者達の台詞にすべてがかかってると言って良い。「新しい国をつくるのだ」という使命感に燃えた若者達の情熱、それがたとえ主張は違っても、命をかけるという炎のような思いに違いはない。「自分達のしている事は本当に正しいやり方か」という自分に対する問いかけに苦悩するダントンと、そんな自問すらしないロベルピエールの対比は僅か2時間弱のこの芝居の緊張感を引っ張る

この本を書いたゲオルグ・ビューヒナーは当時わずか21歳。彼自身も革命思想のためにお尋ね者になっていたという。確かに芝居には若さ故のエネルギーと、時代を変えるという夢、理想、そして現実が詰まっている。もちろんこれだけではないのだろうけれど、この芝居に於いてはロベスピエール&サン・ジュスト=冷酷非道な恐怖政治家ダントン&デムーラン=恐怖政治による流血を止めさせたいと思い始めた人道派、という対比がはっきりと打ち出されている。後半の裁判では役者達の発声、滑舌、説得力の力量が問われる

とてもパワフルで解り易い舞台だ。特にダントン役のToby Stephensは、強い意志と共に、自問して苦悩するダントンの姿を見事に表現していて素晴らしい。
imagesちょっと驚いたのは、この舞台のダントンがとてもハンサムだという事
よく知られているダントンの肖像画
、これは私も実際にパリで観て来たけれど、35歳にはちょっと、、、 といったカンジ。革命家達の肖像画を見ると、まあハンサム派に入るのが、デムーラン、ロベスピエール、で、失礼ながらも不細工派に入るのがミラボー、ダントンあたりなわけですが、今回のキャスティングは結構現実離れしてるわ〜〜!


だって、この人を演じているのはイギリスの名女優マギー・スミスの息子、Toby Stephens。今年41歳のまさに成熟したカンジのある俳優さんだ。数々のシェイクスピアをこなし、実年齢よりも若く見える、大人の色気のある役者だ

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ね、、ちょっと無理があるっていうか・・・

まあだからこそ余計に苦悩するダントンは色っぽくて思わず観ているほうが味方になっちゃうわけですが・・・ ちなみにカーテンコールでは、ロベスピエールはブーイングを受けていた。役者は笑ってたけど、(演技としては成功なわけだから)こういう所がイギリスの観客のユーモアなんだよね。

日曜マチネって結構良い雰囲気だ。客層の平均年齢は高い。4〜50代か。日曜日の昼間に休憩無し一幕の芝居っていいなあ。それにしても、最後のシーンで次々とギロチンにかけられる場面、あのトリックはどうなってたんだろうか、、、? どう見ても、役者が実際に横になって首を固定された所にギロチンの刃が落ちて来て頭がゴロリ・・・だったんだけど、、、立て続けに4人。どんな仕掛けがが気になってしまったよ〜〜〜!

それにしても、嵐のような演説台詞を聴いていて、どうしてこんな声が出るんだろう、、とすら思ってしまった。日本の役者がこんな力強い声で、民衆を押しくるめるような説得力を発揮できるものだろうか、と・・・ 本当に怒濤のような、天地を揺るがすような発声なんだよね。下手したら数日で喉を潰しちゃうんじゃないかって心配になるくらい

実はタイムリーな事に、ブログ繋がりのゆみさん(←こちらへ)が英語と日本語の発声の違いというものを指摘していらして、「「おお〜〜、成る程そうだ〜〜!」と妙に納得してしまった。彼女は英語を指導するというプロの方なので、何故なのか、どうすれば、といった事を常に明確にしているのが面白いです。成る程、あの劇場を揺るがすような声で延々と語られる台詞は、日本語を話す発声じゃ難しいのかもしれない

実際、本を声に出して読もうとすると、英語の方が音読しやすいのよね。台詞の発声も同じだ。日本語で大声で何かを言おうとすると、ヘンに負担がかかってきっと喉を潰すのだろう。今回のような演説合戦で役者の声に力量が問われる芝居は、日本語だと弱くなっちゃうかもしれない。

けっして派手でもないし、感動的ストーリーというわけでもないけれど、情熱と苦悩のぶつかり合いが2時間弱の中に凝縮された芝居だった。日曜日の午後には丁度良い感じ。






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