見つけもの @ そこかしこ

ちょっと見つけて嬉しい事、そこら辺にあって感動したもの、大好きなもの、沢山あるよね。

January 2008


日本で、未公開ではないにしても、半端にしか公開できない映画といえば、「愛のコリーダ」

Ai noこれは、大島渚監督の名を世界に知らしめ、「ポルノか芸術か?」の大論争を巻き起した1976年の映画だ。 極秘で撮影したフィルムをフランスに送って編集し、カンヌ映画際で上映されるや大反響を呼び起した。その後とりあえず日本で公開された時には、あまりにもズタズタにカット&修正されて、ほとんど映画の主旨を残していなかったと言われている。 私は、当時はその辺はちゃんとは知らなくて、とにかく日本では未公開同然で、わざわざ外国まで観に行く人が大勢いる、というのは耳にしていた。

私がイギリスで観た時は、そんなオリジナル公開の大騒ぎから軽く10年以上が経過していた。 観たのはいわゆる名画座スタイルのシネマクラブ。ダブルビル(2本立て)で安く観られ、プログラムが良いのでメンバーになっていたKings Crossの映画館だ。その日は「愛のコリーダ」と「楢山節考」の2本立てだった。 ちなみに館内はほぼ満員状態、男女比率も良く、普通の大ヒットロードショーの映画館の雰囲気となんら変わらない。そして私は期せずして、一日に「愛のコリーダ」を2度も観る事になったのだった。

友人と、「愛のコリーダ」→「楢山節考」の順で観にいったのだけど、合間にトイレで別の友達に遭遇する。 一緒に行った友人はその後用事があってすぐ別れる事になっていたので、バッタリあった彼女と「後でお茶飲まない?」という事になった。 ところが彼女は今来たところで、これから「楢山」→「コリーダ」の順に観ると言う・・・じゃあつき合うよ、という事で、私は「コリーダ」「楢山」「コリーダ」と3本たて続けに観る事になり、正直言って映画館をでる頃には頭の中は飽和状態だったよ・・・・・・・

でも、最初に観た時のショーゲキが少し収まって、「楢山節考」で少し考えさせられてからもう一度観たおかげで、2回目にはもっと映画としてちゃんと観る事ができた。 ちなみにイギリスではボカシというのは普通無くて、裸はすべて見せる。 でもハードコア(実際に性器が交わっている場面)っていうのは公には禁止のはずなのに、これにはいっさいカットはなかった。 まあ、最初はやっぱり結構びっくりしたけど・・・・観ているうちに、それが普通の人間の身体なんだから、その事自体はあまり意識しなくなる。つまり、そういう風に撮るのが映画作品なのだと思う それが普通なんだと納得できるように作られるのが芸術的映画作品で、全編とにかく性的欲望を刺激し続ける様に創られるポルノ作品との決定的な違いだ。

後の「愛のコリーダ裁判」で、「猥褻か芸術か?」の論争に大島渚監督が、「猥褻でどこが悪い!」と言い放ったのは伝説になっている。そもそも猥褻っていう言葉自体が、抑圧されたものだと思うんだよね。「悪い事、いけない事、」という意識があるから猥褻という観念が生まれる。わいせつって、、なに、、?? ちょっと話がそれるけど、よく痴漢の事を「○○車中で猥褻な行為に及び、、、」なんて表現をするけど、あれってちょっと違うんじゃない?悪いのは猥褻な行為っていうよりも、「相手を不愉快にさせる行為」の事なんじゃないの? 世間には、痴漢されるのがOKな女性もいるらしい。そういう場合は、「不愉快」にさせられないから猥褻にはならないわけでしょ。合意の上なら強姦が成立しないのと同じだ。だから、抑圧された意識がなければ猥褻なんて言葉は存在しないんだよね。

この映画の中の2人、定と吉蔵の辞書には猥褻という言葉は存在しない。 ひたすら相手と繋がっている事を求め続けて、どんどん自分を相手に縛りつけていってしまう・・・よく映画の宣伝文句に「究極の愛」なんて言葉が使われるけど、「愛」ともちょっと違うと思うし、、、 これは映画だから、題材は実際にあった事件でも、映画のストーリーはフィクションだ。大島監督は定と吉蔵の関係を、「欲しがる」側と「与えたがる」側にしていく。それはよく言われるサディズム、マゾヒズム(加虐性と被虐性)とも少し違う。もっと動物的な関係だ。 定役の松田英子さんは、演技力がどうのというよりも、すごく良い顔をする。動物が欲しいものを前に、舌なめずりするように相手を見る顔、容赦なく欲しがり続ける顔・・・・最初は気取ったカンジのニヒルな旦那だった吉蔵は、定に与え続けて痩せ細っていくにつれ、どんどん優しい顔になっていく。

室内のシーンばかりなので、全く外の空気を感じない。それがまた観ている方も2人の閉ざされた世界にのめり込んで行くような気分にさせられる。 唯一外の空気を嗅げるのは、吉蔵が髪を切りに(だったかな?)外へ出ると、世の中は戦争へと向かっていて、出征する兵士達が日の丸の旗に送られていくのに出くわすというシーン。このカットはすごく印象に残る。それくらい外の空気を吸えない映画だ。赤の色がすごく効果的に使われているように感じた。映画を観た後に「赤=朱色」が飽和状態の頭に焼き付いていた。 随所に「日本の美」もちりばめられている。これが現代だったら、きっとこんな雰囲気はだせなかっただろう。着物、障子や襖、三味線や笛の音、そういったあの時代の日本のちょっと埃臭いカンジがこの映画を美しくしている。

ストーリーなんてほとんど無い映画だけれど、世界各地で高い評価を受けたこの映画は、やっぱり名作だ。 藤竜也さんは、この映画の後しばらく仕事が無かったなんて、何かで話していたらしいけど、ほとぼりが醒めてからだって渋く活躍している。沢田研二さんとやった「悪魔のようなあいつ」はこの映画の前だったんだろうか、後だったんだろうか・・・? ドラマの内容はほとんど覚えてないけれど、渋い藤竜也さんがやけに悩ましく壊れていたように記憶している、、、

「愛のコリーダ2000」と題うって、はじめてノーカット版が日本でも公開されたそうだけど、それでもどうしてもハードコアの部分はボカシを余儀なくされたらしい。 ボカシやモザイクって、あれば余計にそこに気を取られるというものだ。ずうっと昔、まだボカシの技術が出て来ていなかった頃、「時計じかけのオレンジ」を日本で観た時、いわゆる乱交っぽいシーンで画面のそれこそあちこちに黒丸が出て、それが役者達が動く度に黒丸も移動するものだから、最期には映画館が爆笑になってしまった事があった。

イギリスでどうして「愛のコリーダ」のハードコアのシーンがそのまま上映されたのかは知らないけれど、そういう酌量があってもいいんじゃないかしらね。ポルノじゃないんだから・・・


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年末にジュリーこと沢田研二さんがらみで日本での公開がちゃんとされていない映画2本に行き着いた。 どちらも私はイギリスで観た映画だ。

ひとつは、    ポール・シュレイダー監督で、フランシス・フォード・コッポラジョージ・ルーカスが製作指揮を取った「MishimaーA life in four chapters」だ。
Mishima実はこれが日本で公開されていなかったという事を初めて知った。 これは85年の映画だからもう20年以上も前だ〜!。三島由紀夫の3作品と、彼の人生をドキュメンタリー風に再現した4部構成で「三島」の世界を映像化したもので、そういう点では1作品の映画化とは完全に違う。

私がてっきりこの映画は日本でも公開されたと思ってしまったのは、この映画が撮影されていた時点ではかなり話題になっていたからだ。 金閣寺の部分で、撮影所に実際に黄金に輝く金閣時のセットを創り、最期のシーンで豪快に炎上させたという事はニュースになった。 坂本龍一さんが自身の「サウンド・ストリート」というラジオ番組で、この三島役のオファーを「切腹するのは嫌だって断った」と話していた。(サウンドストリートはどんなに忙しくても、必ずタイマーでエアーチェックしていた)ナレーションも、緒方拳さんのヴァージョンの他に、海外向けにはロイ・シェイダーが担当して英語バージョンと2つになると話題になっていた。そんな撮影話が耳に入ってきていたので、最終的に三島夫人が日本での上映を許可しなかったというのは驚ろきだ。

何がお気に召さなかったのだろうか・・・?出来上がりが不満だったとか、三島氏の同性愛傾向が強く出過ぎているからだとか言われているけれど・・・・三島作品は映画化にしても舞台化にしても著作権が厳しくて、なかなか許可してもらえないというのは有名な話だ。でも潮騒なんて、過去に5度も映画化されてる、、?まあ、上映をしぶるとすれば、興行的に日本では成功しそうもないからというのなら解る。この「Mishima」は絶対に外国向けの映画だからだ。

日本人が「MishimaーA life in four chapters」を観にいく場合、まず全員が三島が誰だか知っている。 かなりの人は三島作品を読んだ事があるだろうし、ちゃんと読んだ事は無くても、ほとんどの人は有名な小説の概要くらいは知っているはずだ。85年の製作だから、三島氏の市ヶ谷での自決をはっきりと覚えている人が大半だろう。そしてなにより、猛烈な三島文学ファンも沢山いるはずだ。 そんな日本人がこの映画を観てこれが大ヒットになるかというと、、、ちょっと毛色が違う。 この映画は、三島由紀夫は有名な小説家だけどまだちゃんと読んでない、作品が沢山有り過ぎてどれから手をつけて良いか解らない、小説家以外にも右翼だったとか聞いてるけどよく知らない、天皇崇拝のバイセクシャルでナルシストの小説家らしい、、、等の人達向けなのだ。

実際こちらでは、これを観た後三島氏の(翻訳された)本を読んだというイギリス人を私は何人も知っている。3つの小説の世界観と、市ヶ谷での自決の日へ向けての三島氏の生い立ちをドキュメンタリータッチでうまく絡めて、三島文学をもっと知りたくなるような創りになっているのだ。映像はとても美しい。 そして何よりもフィリップ・グラスの音楽が耳に強烈な印象を残した。映画館で観たのはもう昔だけれど、いつかテレビでも放映されていて、その時にもまず音楽が真っ先に記憶に蘇ってきた。 身震いするような音楽で一度聞いたら離れない。キャストは当時の最強メンバーと言って良い。

三島役に緒形拳。「金閣寺」のパートでの坂東八十助と佐藤浩一、「鏡子の部屋」での沢田研二、李麗仙。「奔馬」の永島敏行、勝野洋。 他にも、萬田久子 烏丸せつこ 三上博史 大谷直子 加藤治子 横尾忠則 池部良 織本順吉 左幸子・・・・・と細部に渡ってがっちり固めてある。皆すごく良い。 市ヶ谷での演説の場面での緒方さんは、本当に良く研究してる。まだ若い佐藤浩一さんの演技力にも今さらながら感心するし、この映画での沢田さんは、おそらく妖艶なジュリーの面影が観られる最期じゃないだろうか、、、当時36歳、ギリギリです。女優陣もすごくパワーがあるし脇も手堅い・・・

映画としては確かに地味だし、ヒットするような文学作品ではないけれど、何だろう、、本気で創られてる映画だ。 監督も制作者も三島由紀夫に敬意を払っていることは確かで、こんなに本気で創られた映画が日本で陽の目を観なかったのは残念だ。 どうやらDVDが手に入るのはUS版だけのようだ。イギリスでも調べてみたけどDVDは無いみたい・・・サントラ版のCDはあるようだけど。 US版はリージョンがなので、もしマルチのDVDプレーヤーを持ってる人は機会があったらお薦めです! DVDには緒方さんナレーションの日本語バージョンも入ってるようだし。

長くなっちゃったよ、、日本で半端公開の「愛のコリーダ」はまたにしよう・・・・


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明けましておめでとうございます!


fuji

今年の5月、金時山に登った時の富士山です。いつか登りたいなあ、、富士山。

さて、いつも気になっているのですが、日本とは冬のこの時期9時間の時差があり、ブログの投稿日がいつもズレているんですよね・・・ 先週からは休みなので、午前中に投稿すると日本と同じ日付けになりますが、こちらで夜に投稿すると、翌日付けになってしまう・・・ですから、今はまだ1月1日なんです!

でもね、発見したんですよ・・・ 投稿時間を調節できるという事に。もちろん予約投稿ができるのは知ってました。今書いておいて後で更新したいという時に便利ですよね。でも私はそれは予約オンリーだと思ってたのです。 つまり、時間を戻して投稿というのはできないと勝手に思い込んでいたのでした。それができると判ったのはつい先週。(おいおい、、ブログ始めて1年以上経ってるんだよ・・・)夜寝る前に更新して、翌日お昼前に次のを投稿しようとして、同じ日付けで2回上げてしまう事に気が付いた。別にそれでも良いんだけど、せっかくだからばらけた日付けにしたいなあ〜と思った所、予約投稿は過去投稿にもできるという事を発見!

そうか・・・つまり、ブログの投稿時刻はアリバイには使えないっていう事なのね。「その時間私は一人で家にいて、ブログの更新をしてました。サーバーのログと投稿時刻を調べてください」というのはアリバイにはならないのだ。ふ〜〜む・・・あ、いや、、使おうと思ってたわけじゃないんですけどね。

さて今年は、いつかは来ないを肝に銘じて過ごしたいと思っております。「またね」「そのうちね」はやって来ない・・・ 今やっておかなくちゃ、いつ何を後悔する事になるか解らない。気になっている人がいるなら、今日連絡する。やりたいと思った事はすぐ調べてみる。欲しいものはすぐ買う・・・あれ??!

そして私にとって永遠の座右の銘・・・座右の銘っていうと格言や名言の事だけど、私の中での戒めっていうか、常に心しておきたい事。2つあります。

棚からぼた餅そのぼた餅をどう料理するか?いかに無駄なく食べるか?
袖すり合うも他生の縁縁があった事に感謝して、その出会いを大切にする

やっぱり新年は、日本のお正月が懐かしい、、、お正月のあのピュアで厳粛な空気が、いかにも特別な一年の始まりを感じさせるよね。日本の冬はピリッと寒くて、でもカラっとお天気が良いから清々しさがある。イギリスはねえ〜・・・一日中どよ〜〜んとしてて、小雨が降ってるんじゃ引き締まるものなんてありゃあしません。 せめて風邪ひかないようにしなくては・・・確か、去年は1月1日に風邪ひいたから、、、


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