見つけもの @ そこかしこ

ちょっと見つけて嬉しい事、そこら辺にあって感動したもの、大好きなもの、沢山あるよね。

Death in Work of Art


年も明けたし、さてまたブログを、、と思った所へ飛び込んで来たとんでもない訃報、、、、
常に私にインスピレーションを与えてくれた 唯一無二のアーティスト、David Bowie氏が逝ってしまった。覚悟した自身の死をも最期のアート作品に彩って、そのリリースのタイミングまでも計算した上での置き土産を残して。死の2日前、彼の誕生日にリリースされたアルバム、Blackstarのなんとパワフルで彼らしいことか!
 
ボウイーといえば、3年前の誕生日に10年もの沈黙を破っていきなり新曲を発表し、その後に出たアルバムはあっという間にチャートのNO1になって私たちをびっくりさせてくれた。 その年にV&Aミュージーアムで催された展示会、David Bowie Isは博物館始まって以来のチケットの売り切れ記録となった。私も行ってきたけれど、彼のほぼ50年に渡るアーティストとしての幅の広さをみるにつけ、長年のファンである自分を誇りに思った。

今のイギリスには、ミュージシャンがいなくなってしまった。X Factorもテレビ番組としては面白いといえるけれど、独自の言葉と音楽、その表現方法を全て一つの芸術作品にまとめあげられるアーティストが今はいなくなってしまっている。

昨日も今日もあちこちで特集番組が組まれ、デビュー当時から遺作まで、彼の足跡とその影響を繰り返し伝えている。今の奥様(スーパーモデルのイーマン)と一緒になってからはNYを拠点にほとんどメディアには顔を出さず、娘が生まれた後に心臓疾患で手術してからは、10年間息を潜めて、その間は娘との時間を大事にして健康に気を使って生活していたそうだ。(イーマン談)

いつもいつも時代の先を走っていたボウイー。他の誰とも違うことを恐れず、変化することを恐れず(むしろ望んだ)、ミュージシャンとしてだけでなく、俳優もやり、(私は演じている彼が好き)インターネットでも金融にも真っ先に新しいことを初め、50年以上もその才能の全てを駆使して誰もその位置に近づけなかったのは本当に凄い。

彼が出て来たとき、イギリスの批評家は声をそろえて、「今まで彼のようなアーティストはいなかった」と言った。そして、これからも出てこないだろう。女王から与えられる栄誉ある勲章を、「私がやっていることは勲章をもらう為ではありません」 と2度も辞退したのも彼らしい。(2度目はKnighthoodだったんだよ、、!)

癌だとわかったのが1年半前だったそうだ。娘さんは15歳、きっともう少し、成長を見届けたかったことだろう。せめてあと10年くらい、、??ニューヨークでは彼が主演したThe Man Who Fell To Earthの続編として彼が製作に参加したミュージカルが先月幕を開けたばかりだった。そのミュージカル「Lazarus」 に使われた同名の曲がシングルとして12月に出たときには、まだビデオは公開されていなかった。そのラザラスは、キリストによって死から4日後によみがえったという話で聖書に書かれている。ミュージカルの曲として聞いていたものが、このビデオが7日に公開されたことで一気に別の意味があったことを私たちは知る。


胸が痛くて苦しくなるよ、これは、、、、でもこれがDavid Bowieからの最期のお別れのメッセージ。20年以上前にQueenのフレディー・マーキュリーが最期のビデオを残したように、彼もまた、怖いくらいにパワフルな最期の作品を残してくれた。そういえば、フレディーが亡くなったのも日曜日。私にとって若き日の大きな柱だった 二人のアーティストの死を、月曜日の朝のニュースで知るなんて、、、もう月曜日の朝はニュース見ないよ・・・・

ポップスターでもない、ロックスターでもフィルムスターでもない、ポルノスターでもなければギャングスターでもない(Blackstarより)、Blackstarとして最期の作品を残したDavid Bowie。
大丈夫、天国には昔の仲間もいるさ。Spiders from Marsのミック・ロンソン、マーク・ボラン、ルー・リードにアンディー・ウォーホール、ジョン・レノンもマイケル・ジャクソンだって、、、、 

奥さんのイーマンはインタビューの機会があると言っていた。「私が結婚したのはDavid Bowieではなく、デヴィッド・ジョーンズというイギリス人男性です」 残された家族の事を思うと、やっぱりあと10年くらいはのんびりでいいから生きていて欲しかった。

Now You are free like a bluebird, as you said. 

Mr Foote's Other Legー忘れられた18世紀の名優


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18世紀の中〜後半ヨーロッパには面白い人達が沢山いた。科学・産業が大きく進展していく直前、まだ電気もなく抗生物質も無い時代に、それでも当時の最高の能力・技術を生かして、後の産業革命や医学の発展に繋げていった時代だ。 そんな時代にロンドンで大人気だった俳優/コメディアンのSamuel Foote(サミュエル・フット)の事は実は今はほとんど知られていない。私も知らなかったし、イギリス人だって聞いた事が無い名前だ。「忘れられた名優」にスポットを当てた伝記を元に舞台化したのが、「Mr Foote's Other Leg」だ。

ピューリタン革命によって一時王政が廃止されてからは劇場でのパフォーマンスは禁じられていた。チャールズ2世の時に王政が復古すると、ロンドンのあちこちで貴族だけでなく民衆が手を叩いて喜べるコメディーや風刺劇が広まった。「三文オペラ」のオリジナル、「Beggers Opera」がその代表といえる。18世紀のロンドンではあちこちでコメディー劇やパントマイム(派手な化粧や衣装で、今でいう子供ミュージカルのような色の芝居)が演じられたが、シリアスなストーリーのドラマを演じる事ができたのは、国王からRoyalのタイトルを付ける事が許された3劇場のみだった。

借金の為に2度も刑務所に入った事のあるフットは、オックスフォード大学を、贅沢な金遣いや、規則を破っての度重なる外泊等によって除籍されてしまったという経歴の持ち主。それでもロンドンのコーヒーハウスで各方面で活躍するアーティスト達と出会い、独特の奇抜な色使いの服装と、皆を爆笑の渦に巻き込むウィットな会話で交遊の輪を広げて行く。プロの俳優になるべくチャールズ・マックリン(Charles Macklin)の元で学ぶうち、ロンドンの舞台に出るようになる。そしてそのユーモアのセンスで独自の戯曲も書き、コメディアンとしても俳優としても大人気を得て行く。特にハンサムというわけでは無いけれど、一度会ったら覚えているだろうな、という印象の肖像画がこちら

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当時、シリアスな名優として人気のあったデヴィッド・ギャリック(Daved Garrick)や女優のペグ・ウォッフィントンとチームを組んで、数々のショーで活躍する中、35歳の時に落馬事故で右足を負傷し、切断しなければならなくなった。麻酔も抗生物質も無い時代に大の大人の足を切断する手術が、いかに危険で、苦痛を伴う大仕事だったかは想像を絶する・・・・・

それでもフットは回復し、国王の外科医だったジョン・ハンター(John Hunter)によって作られた義足を付けて舞台に復活する。彼のユーモアのセンスは自分が片足を無くした事までネタにして笑いを提供した。この自分をネタに笑わせるというのは、イギリスのユーモアの特徴でもある。自分をバカにできない堅物は「ユーモアのセンスが無い」という事になるのだ。ちなみにまだ23歳の時に彼が最初に注目されたのは、自分の叔父同士が遺産がらみで相手を殺してしまった事実をネタに書いた本によってだった。

この芝居には俳優として人気のあったギャリックやマックリンの他にも、ベンジャミン・フランクリンや国王ジョージ3世も登場して、当時のロンドンの楽屋裏を見せてくれる。なによりも、フットはこの芝居が上演されているTheatre Royal Haymarketのオーナーでもあったのだ。落馬した時に乗っていた馬が国王の弟、エドワード王子のものだった為、片足を無くしたフットに国王は(しぶしぶ?)ロイヤルライセンスを許可したのだった。こうしてRoyalの名称をもらったHaymarket劇場で、今私たちがこの芝居を観ているというのは何とも感慨深い
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主演のRuss Simon Bealeはローレンス・オリビエ賞を始め、英国での数ある演劇賞を一度は取ったであろうベテランだ。カツラを替え、女物のドレスを着、化粧を変えて「舞台でのフット」をいくつも演じる。ギャリックやペグとの友情、科学者フランクリンからの影響、熱気の籠る劇場楽屋での話し合いや舞台裏で、お客を楽しませる芝居に情熱を込めた彼らの姿が生きている

この芝居でジョージ3世役を演じているのは、この芝居の脚本と、オリジナルになったフットの伝記を書いたイアン・ケリー(Ian Kelly)自身だ。私はこの芝居を観て初めてサム・フットの事を知ったので、早速AmazonのKindleで見つけたケリー氏による伝記本をダウンロードして読み始めた。脚本も面白かったけれど、この本がまた当時の18世紀の空気満載で面白いそういえば、カサノバがロンドンにいた時期にも重なる。

またまた18世紀の掘り出し物に出会った感じ。まだまだ面白い事が見つかりそう、、、、



春のようなクリスマス


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 今年はなんだかずっと暖冬で、記録開始以来の暖かい12月になっている
11月末に1週間だけ冬の気温になったけれど、12月で気温が1桁の日ってあったのかな、、??
イギリスではあちこちで水仙の狂い咲きがみられ、今日も朝の5時頃から小鳥のさえずりが聞こえたものね。ああ、勘違い!
日本は休日ではないけれど、イギリスはもう昨日から電車は空いてるし、そのかわりどの店も最期の駆け込みショッピングでごった返している。これが明日の朝にはゴーストタウンの化すのが楽しみだわ。

でも我が家は特に変わった事をするでもなく、でも二人揃ってクリスマスからずっと休みなのはなんと20年ぶりなので、のんびりテレビをみてグダグダしようと思います。

皆様、ハッピークリスマス!! 

The Winter's Tale -Kenneth Branagh Theatre company


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ケネス・ブラナーといえば、やっぱり一番にシェイクスピアだ。もちろん他にもいろんなキャラクターで映画にも舞台にもそして演出・監督としても活躍しているけれど、シェイクスピアでの彼は「帰って来た」評される。
この秋から来年の冬までKenneth Branagh Theatre Companyと称して3ヶ月ずつ6作品をGarrick Theatreで続けて上演すると発表されたのが今年の春。その第一弾がシェイクスピアの「The Winter's Tale=冬物語」だ。この6公演はそれぞれにスタークラスの役者が出演し、さらに年齢層の広いキャスティングで早くから話題になっていた

意外と見た事がなかった「冬物語」だ。この本はコメディータッチでもあり、シェイクスピアの作品としてはロマンス劇に入るが、「問題劇」だという人もいる。オセローのような嫉妬心と猜疑心に取り付かれ、ハムレットのように自問自答しながら激情のあげくに自分を見失っていくシシリーの王が中心の一幕。2幕では農夫や道化、詐欺師達が歌い、踊りながら繰り広げる、ボヘミアの王子と羊飼いの娘の恋が中心。重すぎず、軽すぎず、難しすぎず、丁度良いバランスで飽きのこない作品だ

シシリー王のレオンティーズは幼なじみのボヘミア王のポリクシニーズを久しぶりに迎えていたが、「もう少し滞在していってくださいな」としきりに言う妻(王妃ハーマイオニー)と、その言葉に従って1日、2日と滞在を延ばすポリクシニーズが不倫関係にあるのではないかと疑い始める。嫉妬というのは恐ろしいもので、疑いだしたら一気に確信に代わり、どんどん高揚していって、家臣に「あいつを殺せ」とまで言い出してしまうのだ、、、、命を受けた家臣のカミローは、さすがに王の誤解だと解っているので、ポリクシニーズと共に密かにボヘミアへ出立する。身重のハーマイオニーは王の激情によって監禁され、生まれた子供は別の家臣アンティゴーナスに「捨ててくるように」と託されてしまう
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実はこの捨てられた王女がやがてボヘミアで羊飼いに拾われて美しく成長し、ボヘミアの王子(ポリクシニーズの息子) が彼女に恋をする、、、まあ、最期は二人の王は仲直りし、若き王子は シシリーの王女だと解った羊飼いの娘と婚約し、獄中で死んだと思われていた王妃もアンティゴーナスの妻に匿われていきており、16年振りにハッピーエンドとなるのだった

とまあ、ごった煮のようなストーリーだけれど、やっぱりブラナー氏の解釈・演出でとてもポエティックなメルヘンに仕上がっているのだ
この舞台でブラナー氏と共に話題になっているのがアンティゴーナスの妻、ポーリーナを演じているジュディ・デンチ(Dame Judi Dench)だ。家臣なのだけれど、ハーマイオニーを16年間も密かに匿って世話をし、また時にはの語り部のような役も担っている。正気をなくした王に対してもへりくだらない、母親のような強いオーラを放っている。80を過ぎて、目も見えなくなってきている(AMD=加齢黄斑変性)というのに、圧倒的な存在感だ!

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演出はケネス・ブラナーとロブ・アッシュフォードで、舞台全体がとてもロマンチックに冬の色を出している。それにしても若い頃のケネス・ブラナーといえば「ローレンス・オリビエの再来」と言われたものだ。凛とした声に強い目力、「演じている」という不自然さを全く感じさせないシェイクスピアの役のこなし方。解釈と演出のセンスの良さ。一時は「肥えたなあ〜〜、、」と思った時期もあったけれど、 奇麗に絞られていました。そしてベテランと若手の役者達の力量のバランスが凄い。カンパニーとして成功している。見応えのある面白い芝居を観た後の気持ち良さは格別だ。まさに、冬の夜にピッタリ。
 
この王子役の人、最近テレビドラマになった「ジキルとハイド」に主演していた人(Tom Bateman)だ。ハイド役の時のあまりのモンスターぶりに、見ていてあっけにとられてしまったけれど、濃い役者はやっぱり舞台が丁度いいのかも。テレビだと濃過ぎるんだね

シェイクスピア劇はRSCやグローブ座ではいつもやっているわりに、その他のプロダクションは意外と少ない。この「冬物語」だって、ウェストエンドで観たのは初めてだ。クリスマスにはバレエの「くるみ割り人形」があるように、冬にはこんな芝居が付き物でもいいんじゃないか・・・・

 

名前がついたよ


アビゲイル、バーニー、クローダ、デズモンド、、、

今年の秋からイギリスを襲う大型の嵐にとうとう名前がつくようになった
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日本だと毎年やってくる台風は1号、2号と番号で呼ぶ。アメリカやその他の国では大型の台風やハリケーンには女性の名前を付けている。元々イギリスは、台風や竜巻といった自然現象にはあまり縁がなかったわけで、たまに被害が大きな嵐が来ても、その時だけの事として「いつもの」現象ではなかった。でも最近は温暖化も影響してか、毎年のように秋から冬にかけてあちらこちらに洪水を起こす暴風雨が やってくるようになり、遂にこの秋からは被害を区別するためと、人びとに気候の変化を認識してもらうという事で、名前を付ける事になったのだ。

どんな名前をつけるか、一般の人からもアイデアを出してもらうという事で、9月に入ってからe-mailや気象庁のFacebook等で募集した。Q,U,X,Y,Zを除くアルファベットで始まる21の名前を気象庁が発表したのが10月の末で、最初の名前付きストームは11月の初めにやってきた。これがAbigail。翌週のストームがBarney, 次にClodagh、一昨日からの暴風雨はDesmondとなった。

実はもう名前は順番に21番目まで決まっている。見てみると、アルファベット順で女性名と男性名が交互になっている。なるほど、、、、、ちなみに次に来るのはEvaになるそうだ。台風(Typhoon)やハリケーンという呼び方ではなく、UK・アイルランドを襲う暴風雨はStorm Abigail, Storm Desmondのように呼ばれる。とうとう気候の変化もここまできたのか、、という実感。

私がイギリスに来て少し経った80年代後半から地球の温暖化を科学者達が言い始めていた。Global Warmingという言葉を耳にするようになり、20-30年後に向けて警鐘を鳴らしていたのが、今やその30年後になったという事なのだ。先週は各国首相がフランスに集まって話し合いをしたものの、今さら50年前に戻れるわけでもない。テクノロジー発達の代償なのだから

今年のイギリスは(いや、イギリスだけじゃないみたい)気持ちが悪いくらいに暖かい秋・冬を迎えている。11月に入るまでセントラルヒーティングを入れなかったなんて初めてだし、今日だって気温が12度もある。もちろん暖冬なのは嬉しいけれど、単に喜ばないものがあるのが現実だ。昨日のデズモンドのおかげでイングランド北部は大洪水で、今日もスコットランドへ向かう電車はエリアで不通になっている。

去年も一昨年も冬に南イングランドが洪水になって農作に大きな影響が出たし、次の「エヴァ」がやってくるのももうすぐなのだろうけれど、せめて21の名前を全部使うまでにはもう少し時間がかかって欲しいものだ・・・・

 

攻撃参加、、するべきかしないべきか?


フランスでのテロ以来、ベルギーも大変な事になったし、シリアからの移民問題にまで影響しそうでなんともはや、、、
イギリスでは丸一日かけて議会で討論を行い、明日には議員達の投票でISIS攻撃に参加するか否かを決める。首相のキャメロン氏は先週から「IS攻撃への同意」を求めて確固たる意見で議員たちを説得しているが、今回棚ボタのように労働党の党首になったコルビン氏は、「軍による攻撃より平和的解決を」とのたまっている。もちろん賛否両論いかにも、なのだが、どうなるのだろうか、、、また戦争参加かい、、?

でも、頭のイカレタ人達を相手にしての事なのだから、全うな政治的意見とか主張によって話し合いができる状態じゃない。話し合いすら不可能なのだからして・・・

サッカーの試合だとする。相手チームにはルールもスポーツマンシップのかけらも無く、ボールを投げる、抱えて走る、さらにはこちらの選手を蹴る、押す、殴る、 何でもやってゴールに向かってくる。そして相手がゴールする度に観客席の50人が死ぬ事になるとしよう、、、

仕方がないので、こちらも対抗してプレイヤーの数を増やしてディフェンスを固める。するとすかさず相手チームにも控えが次々とどこからともなく入ってくる。相手チームの監督や控えの選手はベンチではなく観客席に紛れているのだ。 

1ゴールで50人が死ぬのをディフェンスでしのいでいても、なにせルール違反満載のプレーをされるのだからゴールを守りきるのは不可能に近い。仕方無く、ここは観客席に潜んでいる監督や控え選手を狙ってボールを蹴ってしまえ、、、、でもそのボールはちょっと外れて罪の無い観客に当たってしまうかもしれない。

さあ、どうする、、、!!??

1ゴールで50人が死ぬか、蹴ったボールが周りに当たってしまう確率を認識しても監督、控えを潰していくか、、、どっちにしても犠牲は出るのだ。怖いのは、このイカレタチームには参加希望者が次々と出ているという事。ディフェンスをいくら固めても、そのうち(いや、もう既に今でも)どんどんチームは大きくなっていく。何故なら、金儲けの為に彼らにトレーニングに必要な設備を提供している人達がいるからだ。ビジネスの隠れ蓑をまとったスポンサーだ。この人達もなんとかしないと、チーム消滅は望めないね。

ここは、やっぱり対抗するしかないんじゃないか。司令塔から潰していかないとイカレタチームが増長してやがてサッカーのルールそのものが彼ら流に書き換えられてしまう。FIFAの役員の座を乗っ取られたらおしまいだ。

賛否両論、もちろんわかるけれど、明日の決議はやっぱり攻撃参加ってことになるんだろうな、、、、
 

ああ国歌、、、


パリでのテロ以来、週末のプレミアリーグ(フットボールリーグ)でも試合前にフランス国歌のラ・マルセイエーズを歌う事になって、なんだかいきなり耳にするようになった。イギリスのプレミアリーグで活躍する選手のうち、フランス国籍の選手は72人いる。テロの犠牲になった人達と標的になったフランスに追悼の意を表すると同時に、テロに屈しないという国境を超えた連帯精神(Solidarity)を示すのに、この国歌はかなり有効だといえる。

初めてこの歌詞の意味をちゃんと知ったときには、かなり野蛮なのでびっくりした。当時一緒に働いていたフランス人の同僚にきいたところ、今までに何度か歌詞を変えようという意見があったものの、まだ収集がつかないでいるのだそうだ。

それもそのはず、フランス革命の直後、革命軍とオーストリアが戦争になった際に、兵士達の士気を上げるべくできた「ライン軍の歌」として作られたものだからだ。フランス国外に逃亡した王室メンバーやまだ残っている王統派に便乗してオーストリアが攻めて来る、、、いうまでもなく、オーストリアは革命派から完全に悪者にされていた王妃マリーアントワネットの祖国だ。

武器を取れ、血祭りにしろ」等、本来なら国歌斉唱の場にふさわしくないような歌詞が並ぶ。なにせ古い時代のものだから、「ベルサイユのばら」にもオスカルの父のライバルとして出てくるブイエ将軍の名も5番の歌詞に登場する、、、、

アメリカの国歌もそうだけれど、市民が自由と平和を勝ち取るために戦った証として作られた国歌だから、今でもフランスの人やアメリカの人は国歌を誇らしげに歌う。このラ・マルセイエーズも、「行くぞ〜〜、行くぞ〜!ぶっ殺せ〜〜」みたいな歌だから、 戦争の時やスポーツ大会で士気を上げるにはもってこいだ。「君が世は〜〜、千代に〜〜八千代に〜〜」と歌っても、今の若い人には歌詞の意味もよく解らん!という事になりかねないよね。イギリスの国歌も似たようなもの。国民の為のものではなく、女王/国王を讃える歌だ。「Die for the Queen and the country」なんて言うけれど、本当にそう思って戦っている兵士がどれだけいるのやら、、、、???

あんまり耳についたものだから、とうとう歌詞をみて歌えるようなってしまったラ・マルセイエーズ歌ってみると結構気分が良かったりするから、なんだかちょっと羨ましい。血と汗と涙の末にオリンピックで金メダルを取って「陛下の御代が永遠に〜〜、、、」とは、本当は歌いたくないんじゃないかな、、、 決して王室/皇室に反対しているわけではありません。ただ、国民が自分たちの為に誇りをもって歌える国歌っていいなあ、、という事。
「ラ・マルセイエーズ 対訳」

行こう 祖国の子ら!
栄光の日が来た!
我らに向かって 暴君の
血まみれの旗が 掲げられたぞ
血まみれの旗が 掲げられたぞ
聞こえるか 戦場の残忍な敵兵の咆哮を?
奴らは我らの元に来て
我らの子や妻の 喉を掻き切るだろう!

武器を取れ!市民達!
隊列を組んで
進もう 進もう!
汚れた血が
我らの畑の畝を満たすまで! 


いやあ、、それにしてもフランスを訪問した外国の王室メンバーなんかは、歓迎されてこの国歌を歌われたらちょっと尻込みしてもおかしくないよね〜〜、、歌詞は解らないほうが良いという事か、、?? 

パリへ、、、黙祷


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 大好きなパリ、、、心が痛む。というより怒りが湧く。
パリがテロにあったのは これで記憶に新しいだけでも3度目だ。金曜日の夜の多発テロがどれだけの混乱を巻き起こすかは想像に絶する。ロンドンの地下鉄が多発テロにあったのは朝のラッシュアワーだった、、、
直接被害にあった人達だけではない。街は阿鼻叫喚と化し、、交通は麻痺し、助かった人達は帰宅する手段を失い、 連絡のとれない家族や知人の安否が解らない痛みと、自分もいつどこで、、と思う恐怖。クリスマスの足音が聞こえ始めた最初の週末の夜を狙うなんて、人間として一番卑怯なやり方だ。

犯人の一人らしき人物は、ギリシャの島にたどり着いてヨーロッパへの難民申請によってフランスまでやってきたらしいという情報だけれど、これで今ヨーロッパが一番頭を抱えているシリア方面からの難民の受け入れが、もっとややこしくなるだろう。行き来自由だったヨーロッパの国境がまた封鎖されてしまうかもしれない。 いや、そうするほうがいいんじゃないかと私は思う。

今回狙われたのはパリの中でも東側に集中している。サッカーの試合会場があるサン・ドニは北だけれど、移民が多く住む地域だ。パリもロンドン同様、フランス国籍の移民が多い。どこにどんな人間が混じっていても分かりにくい大都市だ。いつも思うのは、移民の人達はやはり愛国心に欠ける。国籍だけはフランス人でも、フランス人の誇りが無い人達だ。これはイギリスも同様。だから外国人が多くなればなるほど、愛国精神は失われて行く・・・・
楽しみにしていたフィギュアスケートのエリック・ボンバール杯はショートプログラムだけで中止になってしまったけれど、火曜日にロンドンで予定されているフランス対イングランドのサッカー親善試合は予定通り行われるそうだ。試合前の国歌演奏の際に、皆でフランス国歌のラ・マルセイエーズを歌おうという動きがツイッターから広まっている。一昔前はフーリガンとして世界的に悪名高かったイギリスのサッカーファン達が「火曜日までにラ・マルセイエーズの歌詞を練習しておけ」と言ってるのもなんだかちょっと滑稽だけれど、こういう時のイギリス人は心を一つにする。

フランスの人達はいつも国家を誇りを持って歌いながら、自由、平等、博愛を掲げて戦い続けてきた国民だ。この国歌、フランス革命の時に作られたもので、よく聴くとなかなか野蛮というか、闘争心にあふれているというか、俺たちは行くぞ〜〜!!みたいな歌詞なんだよね。

Je suis Paris! テロリストは人ではない、というのは決して極論じゃない。パリのテロがある直前、イスラム国の首切り人=Jihadi-Johnと名乗っていたイギリス国籍のモハメッド・エムワジを殺害したという発表があった。キャメロン首相はきっぱりと、「エムワジは野蛮な人殺しであり、イスラム教の人も含む多くの国の罪なき人達を血も涙もなく殺して来た危険人物」と切り捨てた。自国籍だからという容赦は一切無い。世界の安全の為に正しい事をしたのだと言い切った。

平和は戦って勝ち取る、それがヨーロッパの長い長い歴史なのだ。 

病んだ心に天使の声=Farinelli and The King


カストラート、一度その歌声を聴いてみたいと思ったものの、今ではそれはかなわず、一番近い所でカウンターテナーの声を探した時期があった。
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今回の芝居は18世紀初めのスペイン王、フェリペ5世とヨーロッパ一の歌声で大スターだったカストラートのカルロ・ファリネッリのお話。国王は極度の躁鬱病にかかっており、王妃(2度目の)イザベラ(エリザベッタ)や宰相達を手こずらせている。主治医から精神の安定には音楽が良いのではと助言された王妃は、当時のヨーロッパ一の歌声で大人気だったカストラート、ファリネッリをスペイン宮廷に呼び寄せる。国王はファリネッリの歌声で病んだ心に安らぎを見いだし、ほどなく国王にとってファリネッリの存在そのものが必要不可欠な程になっていく。

フランスの太陽王=ルイ14世の孫として生まれたフェリペ(フィリップ)はフランスのヨーロッパでの勢力拡大の為に王位継承者選びで困っていたスペインに新国王として即位することになる。(当時のヨーロッパ王家はなんらかの血縁関係があり、王位継承権は何通りも考えられた)スペイン語も話せないのに王になってしまった自分の運命を、フェリペは「自身で選んだ訳ではない」とファリネッリに話す。

一方のファリネッリは10歳の時に父が死んだ後、家族を経済的困難から救うため、兄の取り決めによって去勢され、カストラートとして生計を立てるべく訓練される。この芝居は、権力と名声を手にしながらも、どちらも「自分で望んで選んだ人生ではなかった」という共通点を持つ二人の友情と、夫をあくまでも国王として献身的に支え続ける王妃の3人の結びつきが描かれる。

フェリペ5世はファリネッリと王妃の3人だけで森の中での生活を夢見てマドリッドの宮廷から出てしまう。森の木の上に家を作り、農夫のような姿で夜の月明かりの下でファリネッリの天使の歌声を聴き、少しずつ精神が安定していくように思えた、、、、

実際にファリネッリはスペインに行ってからは国王と王族の為だけに歌い、錯乱のひどい王が昼と夜逆の生活になってからは、朝の5時半頃まで数曲のアリアを繰り返し歌っていたという。ヨーロッパ中から脚光を浴びていた大スターが、スペイン宮廷に20年以上も留まっていた。18世紀初めにはスペインではオペラはまだ広がっておらず、ファリネッリの力でやがてスペインにもオペラ劇場が建てられるようになる。
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実際に国王が森の中で暮らしたかどうかは定かでないが、音楽が精神の病に与える影響というのは実際に研究されてきた。統合失調症やアルツハイマー、強度の鬱病や躁鬱病、記憶喪失などにも音楽を用いたセラピーは効果を示しているという

劇中ではファリネッリが歌うシーンになると、ファリネッリ役の役者の横に影のようにもう一人、カウンターテナーのシンガーが登場して歌う。ファリネッリの台詞の中で、「歌う時は、自分の声なのにもう一人別の自分がいて、そこから声が出ているような感じがする」と言っているのもあり、このシャドウのようなシンガーの登場はあまり違和感は無い。

宮廷サロンにいるような、ゆったりとした夜のひと時、といった雰囲気の芝居だ。この本を書いたクレア・ヴァン・カンパンは実は戯曲家というよりは音楽家だ。Royal college of Musicを出ており、シェイクスピアのグローブ座で音楽担当もしている。また物書きとしては音楽関係の本もいくつか書いており、舞台の音楽も数多く担当しているので、この芝居の台本を書くに至ったという。
戯曲としての完成度は有名な劇作家達のような筆の技法は無いけれど、シンプルで穏やかなストーリーにバロックのアリアがちりばめられていてとても美しい作品になっている

こういう、サロン風の芝居も秋の夜長にはゆったりとしていて良い。スペインでの日々を終えた晩年のファリネッリの影で歌われるヘンデルのLascia ch'io piangaはとても美しい....
米良美一さんやPhillipe JarousskyのLascia ch'io piangaがとても好きだ。この芝居のラストにまさにふさわしい一曲。せっかくなので米良さん版を映画「ファリネッリ=カストラート」に合わせたヴァージョンをどうぞ。

30年目のツーリスト


戻ってみればイギリスはもう秋、、、日本ではずっと真夏気分だったのにやっぱりちょっと寂しい

私がロンドンに来てからずっと通っていた英語学校で一緒に勉強し、試験も受けたりした頃の友人が息子さんと一緒にスイスから遊びに来た。彼女はクラスの中でも一番奇麗な英語を話して、当時私が住んでいたのと同じエリアで1年間滞在していた。彼女が帰った後、私は彼女のバーゼルの家に遊びに行ったりもした。

もうすぐ12歳になる彼女の息子さんにロンドンを見せてあげたいという事で、1週間、ロンドンたっぷりの休暇を企画したとの事。この際だから私も思い切りツーリスト気分で付き合う事にした

彼女からの提案はカナルボート・トリップだった。リトルベニスがあるMaida Valeと呼ばれるエリアは実は私たちが住んでいた所で、私は今の彼と結婚した後に北ロンドンに移るまで10年近く住んでいた懐かしいエリアだ。待ち合わせに早く着いてしあったので、独りで懐かしい元近所をちょっと歩いてみる。結構変わったけれど、相変わらず奇麗でアップマーケットなエリア。学生のうちからこんな所に住んでいたんだから、今思えば贅沢だったわ、、、、

リトルベニスからはカムデンロックまで約50分のボートトリップだ。普段は見えない裏側のロンドン。
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トンネルを抜け、リージェントパーク内にあるロンドン動物園を経て、カムデンまで続く運河。今までテレビの番組や写真では何度も見ていたけれど実際にボートに乗ったのは初めてだ。観光っぽい事って、実際に住んでいるとやらないものだ。

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お天気も良くて、ノロノロと進む運河の旅はもちろん悪くないのだが、実は大事な事に気がついた。本当に楽しむには、ボートの外=甲板に出ていないといけないという事。観光用のボートは悠に80人程がぎっしり乗り込み、中で座っていると水面と目の高さがほぼ同じなので、ちょっと視界が狭い。多少寒くても、ボートの外で周りを360度見回しながら楽しみたかったなあ〜〜。

それにしても良い商売だわ、、、リトルベニス側からとカムデン側から10時から4時発まで一日に7往復、それで一度に70人が乗ったとして、、、収入はざっと8000ポンドを超える、、、!まあ、平日はこんなに満員じゃないとしても、もうけてるわねえ〜〜・・・・

カムデンは昔からマーケットで有名な所。でも昔とはすっかり変わってしまった。私が月に一度は来ていた80年代は、カムデンはとても独創的で、芸術的でパワーがあった。「これがロンドンのパワーなんだ!」と実感したものだ。でも今はなんだかとてもツーリスト向けになってしまって、昔のオリジナリティーが無くなってしまている。数年前に大火事があって、かなりの範囲で焼けてしまったために、新しくなったエリアはもうすっかり昔のカムデンではなくなっている。ちょっと残念

あまりにも凄い人で、11歳の男の子が面白いようなものも無いので、カムデンは早々にひきあげて、彼のリクエストでマダム・タッソーへ行く事にする。ママ=友人はあんまり気が進まない様子だったけれど、彼が行きたがっていたので、ちょっと苦い顔で承知した感じ。まあ、値段が高い割にどの程度の内容か、、と考えると一度行った事がある人は2度目は行きたがらないかも・・・

日曜日だったからか、何と!入るまでがものすごい行列!チケット売り場までで1時間近くかかったんじゃない、、?子供の時に行った万博だって,こんなに並んだかしら、、??と思うくらい並んだ並んだ・・・
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それでも3フロアーにいろんなセクションを設けてあって、最期にタクシー(胴体半分)でロンドンの歴史を見て行くアトラクションは面白かった。ちょっと疑問だったのは、みんな次から次へと人形達と写真を撮る事ばかりに躍起になっていて、その作品のディテールを一つ一つちゃんと見ていないという事だった。顔が似ているだけじゃない。髪の毛や肌のしわ、手の間接や骨の具合から血管まで、その精巧度は本当に見事だ。

マダム・タッソーはフランス革命前はルイ16世の妹、マダム・エリザベスの家庭教師をしていた宮廷人だ。革命後にはギロチンにかけられた元友人や雇い主(国王夫妻や
宮廷貴族達)のデスマスクを作らされていたのが、彼女のフィギュア制作キャリアの始まりだった。彼女の人生もここに並ぶ有名人達に負けないくらい劇的なものだったのだ。

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この建物は昔はプラネタリムが併設されていたのだけれど、今はプラネタリウムは無くなってしまい、かわりにドームを映画館にして、3Dのスーパーヒーロー映画の上映をしている。内容はスパイダーマンやアイアンマンがロンドンを破壊しようとする悪い奴らと戦う、という子供騙しの映画なのだが、3Dは初めてだったので、結構楽しんでしまった

それにしても入場料高すぎ いくらなんでも33ポンドは取り過ぎだよね〜〜。それでいてオンラインで前売りを買うと10ポンドも違うってどうよ、、??

すっかり観光客気分で過ごした一日。久しぶりの再会に終わりを告げる前にリージェントパークを少し歩く。もう日も短くなって来て夕方は結構寒い。

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イギリスの秋の空を見上げながら、本当に懐かしい再会に感謝しつつ、また今度はバーゼルで会う事を約束して、久しぶりのロンドン観光の一日を堪能した、、、、

エロスの美ー春画展


丁度開催されている永青文庫美術館での「春画展」に行ってきた。

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あいにく雨がザンザン降りの日。サイトでは、目白からバス、あるいは江戸川橋から歩いて15分とあるけれど、地図を見ると、絶対に東西線の早稲田駅から行くほうが近そうだし便利だ。雨の中、夏のサンダルででかけてしまったので、足はビチャビチャになってサンダルの中で滑るので歩きにくい。それでも10分程歩いて、「もう少しかな」と思った時、突如目の前に現れたのが、、、いや、山じゃないんだが、永世文庫のあるところはいきなり高台のてっぺんになっている。「崖か、、」と思うような急斜面に続く階段・坂・・・・滑りやすい足ではけっこうな急勾配で、まだ息が治まりきらない状態でチケットを購入する。
すると案内のお姉さんが「閲覧順路は先に4階に上がっていただくようになっております・・・
え〜?、、まだのぼるのお〜〜!と心で叫びつつ風情ある木の階段をヨロヨロと登ると会場入り口だ。成程、早稲田からの道案内が載ってなかったのには訳があったのね、、、、

一言で「素晴らしい!!
本当に美しく、エロティックな作品が次から次へと並ぶ。春画は大英博物館にも常時展示されているので、私が以前に見たことのある絵もいくつかあったけれど、これだけの作品を一堂に集めたのは素晴らしい。
とはいえ、この展示会はいくつもの美術館から開催を断られてしまったいきさつがあると聞いた。どうしてなのかとんと理解できない。展示されている絵の数々を観てみたって、日本人が古来からいかに性に対しておおらかでユーモラスだったかが解るというもの。戦後はデパートの展示会なんかでも春画は公開されていたそうだから、どこでこんな風になってしまったのか、、?

なんといっても、時代を代表する絵師達が描いたものだから、その描写、表情、色使い、本当にクオリティーが高い作品がずらりと並ぶ
和紙にかかれた絵は今でも色があせていないので、乱れた着物の柄とか、横のついたての絵とか、本当に細部にまでわたってヴィヴィッドに描かれている。
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まあ、春画なので、中にはグロテスクな描写のものもある。わざと誇張したものもあるし、生生しくリアルなものも。それでも肌の色のトーンの違いとか、乱れた髪の1本1本の生え際、その髪の下にすけてみえる紅潮した耳とか、本当に美しい。

筆一本で枠内に書かれた閉じ本は、まさに今でいう漫画本だ。絵の周りの余白に文字で書かれた描写は吹き出しといったところか。ユーモラスだし、おおらかだ。
縁側で男を誘惑している貴婦人や、子守りをしながらちょっと一息、、みたいな絵もある。ふすまの影でのぞいている人がいても平気だったり、お姫様とお殿さまのお床入りのお世話をしている人も描かれている。乱交、同性愛、SM,,そんな事はすべて古来から行われてきた事なのだ。

白日夢のような類としては北斎の蛸と絡む絵が有名だけれど、他にも亡霊や悪霊との行為なんかもある。これと似たもので、パリのエロティシズム博物館にも、悪魔に犯されていたりする彫刻があった。人間の想像することは万国共通なんだね。ちなみにこの蛸の絵、周り一杯に書かれた吹き出し文が思わず笑っちゃうシロモノだ・・・

美しい絵は美しく、ユーモラスなパロディー本は面白く、誇張されたものには苦笑が漏れ、本当に世界に誇るべき日本の美術だ

館内は凄い人で、平日の大雨だというのに大盛況だった。独りで見て回る人、ご年配の夫婦、若いカップル、女子大生らしきグループと、幅広い人達が訪れていた。
春画は連作として書かれているものも多く、この展示会でも12月までの間に展示内容が3回変更される。一度といわず、違う展示の時にまた行ってみるのもお薦めだ。私はあさってにはいなくなってしまうのが残念!

展示物の総カタログが4000円(たったの!)で販売されていて、買いたかったけれど、厚さが10センチ程もある大きな本なのでイギリスまで持っていくのはちょっと、、、という事で断念した。でもイギリスでは英語版で春画の本はいくつも出ているのでまたの機会に探してみようかな。

本当にお薦めの展示会。18歳未満は入場できないけれど、美しきエロスを愛する大人の方たちすべてに観て欲しいな、というか、日本人なら観るべき!!

函館ー独り散歩の旅


初めての北海道! とはいっても函館なので所詮は北海道といっても端っこ。道民の方にとっては、「函館に来た位でなんだー?!」という感じでしょうが、それでも独りでのぶらぶら旅は楽しい。

国内線の飛行機は初めて。離陸してから着陸までが丁度1時間位なので、あっという間に着いてしまう。飛行機の旅がこんなに短かったのは、ロンドンからダブリンに行った時くらいかな・・・・

着いたらもう3時を過ぎているという午後便での出発だったので、正味1日半の旅だった。とりあえず、まずは日没を狙って函館山へ。この日はスーパームーンの満月という事で、山頂から夜景と一緒に見られればいいな〜と期待しつつ、市電に乗って山へと向かう。なんと凄い人だ〜、、、しかも中国人が超団体で押し寄せている!上りのロープウェイはギュウギュウで、車内は中国語だらけ。上にあがって、さらにびっくり、、もう山が中国人で埋まっているといっても過言ではないくらい。混んでるって、、ほとんど東京の通勤ラッシュ並み。それでもなんとか人を押し分けてお決まりの一枚。
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この後、暗くなってすぐ、早々に函館山を逃げ出してきたので帰りのロープウェイはガランガランで5人しか乗っていたなかった。ここから函館の夜景をバックに巨大なオレンジ色のスーパームーンを拝む事ができました!。でも私のカメラでは月の写真はうまくは撮れないので、あの光景はしっかりと心のカメラに収めた

翌日は一日散歩観光の予定だったので、9時前にはホテルをチェックアウト。ちなみにこの安ビジネスホテル、チェックインの時に「禁煙室をご希望でしたので、シングルよりちょっと広めをお部屋になってしまったんですが、、」と申し訳なさそうに言われた。部屋に行ってみると、シングルどころが、ベッドが3つあるファミリールームだった。予定外のアップグレードで、「これが日本なんだなあ〜」としみじみ痛感した。

朝一番で五稜郭へ。市電の駅からだと徒歩15分とあったのに、歩いてみたらものの6-7分だ。この道すがら、いくつかの彫刻に出会う。じっと手を見るクマとか
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こんな人達がベンチにいたりして、見過ごしてしまいそうなところにも見つけものがあるのが嬉しい
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五稜郭にはさすがに昨夜ほど中国人客はいない。スペースが広いので、ゆっくりと五稜郭、そして函館の街を360度見回せる。
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五稜郭公園をぐるりと土手の上を歩いてみた。周りを歩いている人はほとんどいない。でも今回は函館山に歩いて登る、という山歩きを時間の都合であきらめたので、その代わりというか、良い自然散策になった。ゆっくり歩いても1時間ほどだ。

お昼は五稜郭前の有名なラーメン店「あじさい」で、と決めていた。お昼時は混むときいていたので早めにお昼。11時20分頃でも結構人が入っている。塩チャーシューを注文。11時半を過ぎるとどんどん人が来て、あっという間に店内は埋まっていく。噂に違わず本当に美味しいラーメンだった

午後は市電でそのまま末広町へ。坂を上がって旧イギリス領事館旧公会堂から回る。函館は坂の街だ。一つ一つ歩いていたのでは時間もかかるし疲れるので、一度坂を登ったらそのまま横に歩いて教会群エリアに直行。坂にもいろんな顔がある。きれいだったのは、この八幡坂と
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ハリストス教会からちょっと登る「茶々登り」も可愛かった
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カソリック教会聖ハリストス教会を観て、少し下ると立派なお寺がある。東本願寺の函館別院だ。実は私の実家は東(浄土真宗大谷派)なのだ。本当に立派なお寺で、ここでも参拝。ちょっと小雨がパラついてきたところで小休止。というか、これで計画していたコースは終了。雨宿りついでにベイエリアでお茶にする。後は帰りまでお土産探しの予定だった。ベイエリアのスタバは広々していて海沿いのテラスもある、と聞いていたのでここは無難にスタバへ。本当にロンドンのスタバとは比べものにならない広さで、ゆっくりと落ち着ける

スタバを出たところで前を歩いていた外国人3人組の一人が「Look!! Rainbow!!」と叫んだので見上げてみると、丁度雨上がりのベイエリアに虹がかかっていた。ラッキーなショット
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ベイエリアにある倉庫街は本当にいろんなお店が沢山あって、王道の函館土産屋から手造り工芸品のお店まで盛りだくさん。3棟ある建物を歩き回るうちにあっという間に1時間半も経っていた。東京に帰らねば、、、、、

塩ラーメンの他に食べようと決めていたのが、函館限定の、ご当地バーガー屋「ラッキーピエロ」だ。ハンバーガーなんて普段は食べないのだけれど、このバーガーチェーンは函館に数件あるだけで、外にはいっさい出ていないそうだ。せっかく来たんだからご当地物をいただかないとね。あ、ちなみに私はあまり海産物が好きではないもので、世の人々が言う「函館の美味しいもの」はスルーしてしまった・・・
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看板は結構ごちゃごちゃと派手で、バーガーの他にもステーキや丼物もある。そのメニューの数がハンパじゃない。決めるだけでも大変だ。函館最期の食べ物という事でここはやっぱり一番人気として有名な「チャイニーズチキンバーガー」を注文する。
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パンのサイズは大きめなのに、とてもフンワリしているので、全然重くない。そしてパンがほんのりと甘い。チキンはジューシーでマヨネーズベースのソースがタ〜プリかかっている。お・い・し・い
もうちょっとソースが少なめでも良かったかな。この包は完全オープンではなく袋状になっているので、手に持って食べやすい。そしてはみ出したマヨネーズソースがうまく袋に落ちてくれるので手を汚さなくて済む。これは本当い美味しいバーガーでございましたわ、、、、

というわけで、あっという間の駆け足函館。でもホテルではゆっくりと湯船に浸かって、テレビのバラエティー番組をのんびり見てくつろいだし、予定通りの時間配分で行きたかった所はカバーできた。もう数日あれば函館周辺を回るのもいいんだろうな。もうちょっと海や自然にも触れたかった。また今度ね。

ヴァージンアトランティックのマイレージでとった飛行機だから旅費はかかってないし、次の里帰りの時にもまたどこか行こうかな・・・・・




タンゴ 冬の終わりに


今回の里帰りでの観劇はこれ1本、清水邦夫の「タンゴ 冬の終わりに」。三上博史さんがこの作品をやると聞いては観ないわけにはいかない!! 蜷川さんの「Ninagawaマクベス」も、これが最期の機会かな〜と思ったのだけれど、なんせお高い。で、配役等すべて検討して、これ1本に絞った。

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初演は1984年、その時は私は観ていなかった。私が観たのは91年だったか、ロンドンのウェストエンドで蜷川さんの演出で英国人俳優による英語ヴァージョンで上演されたものだ。日本人演出家の舞台が本当のウェストエンドで上演されたのは初めてだったと記憶している。しかも、当時「危険な関係」等で人気急上昇だったアラン・リックマン氏の主演でだった。登場人物の名前は日本名のままで、演出も日本が舞台のまま、それを英国人俳優でやるというのは凄く勇気のいる制作だったと思う。

狂気の世界に足を突っ込んだ元俳優の話だ。スター俳優だった彼も今は田舎に引退しているのだが、それでも栄光の舞台で輝いていた日々を忘れられない。そのくせ、自分と関わっていた人達の事はどんどん解らなくなっていってしまう。その妻、弟、元不倫相手、その現在の夫、誰かの人生の中での自分の存在を確かめるべく、、いろんな思惑が交錯する中、当の本人はどんどん自分の中の舞台に入っていってしまう・・・・

正直いって、古い本だ。私が演劇養成所、劇団時代には清水邦夫や別役実、寺山修司、それから唐十郎とか矢代誠一の戯曲をよく読んだし、観た。今から思うと、いかにも70年代の匂いがする作品達。私はこの芝居をロンドンヴァージョンで観た後に、本を探して戯曲を読み、(あの当時は英語の台詞劇はまだちゃんとは理解できていなかった)いつかまた観たいとずっと思っていた。

今年はハムレットを2本みて、やはり「狂気」を演じる芝居の違いを感じていたところにこの芝居。正常な人間には想像するしかない「狂気の世界」を演じるのは難しい。狂った人間がどんな声で話すのか?、そのテンポは?、間は?、呼吸は?、、、そしてどんな風に人を見るのか?、その目の動き方は?目線は?振り向き方から歩き方まで、どう創ればその役が表現できるのか・・・・??

この芝居は2日間に渡る話で、時間にしたら実は1日半分しかない。徐々に進行していく過程を描く暇もない。

幕が開いてから最初の10分程はこの芝居のテンポに乗れずにいた。間延びしているように感じて。これは多分私が日本語の、しかもこういうちょっとレトロな空気の芝居を見慣れていないせいだと思う。「こんなにテンポ遅いのか、、??」とちょっと首をかしげながら観ていた。三上さんの声は澄んでいて、台詞はきっちりと聞こえるものの、心が病んでいる人間の台詞に聞こえない、、、、

でもだんだん解ってきたのが、彼はもう自分の世界の中でしかものを見ていないのだという事。だから周りに反応しないで、自分だけのテンポを貫いている。そうか、これが三上博史の演じる清村盛なのだ。この周りを見てない演技が後半になって輝いてくる。

周りのキャストが皆良い。ユースケ・サンタマリアさんは舞台で観たのは初めてだったけれど、テレビで観るよりずっとずっと良い 弟役の岡田義徳さんは出てきた時から光っていた。声が素敵だ。この岡田さんとユースケさんが見た目がちょっと似ていて、最初は「ユースケさんにしちゃあ、若いな、、??」と思ってしまっていた。おばさん、時代遅れだわ、、、、

あの頃のなんだろう、、?埃臭いっていうのか、泥臭いっていうのか、そういう匂いのする芝居を今の時代に再演するのって、難しいんだろうなあ、と思わずにいられない。もちろんもっと現代風にしても芝居は成り立つ。でもシェイクスピアのようにオリジナルの匂いを消しても作品を残すか、時代の流れと共に少しずつ上演されなくなってしまうのか、、、なんだかあの頃に読んだ、観たカビ臭い芝居がとても懐かしくなってきた。

本で読んだだけで観ていない芝居っていうのも沢山あるなあ、、、この「タンゴ 冬の終わりに」みたいに、いつか観られる機会はあるんだろうか・・・??

そして東京


初めてのBA(Brithish airways)での里帰り。やっぱり懐かしいヴァージンアトランティック!!
まあ、別にBAのサービスが悪いという事ではなく、もちろんそれほど大差はないのだけれど、機内に入ってあの赤いシートがブルーになっているのはやっぱり印象が違う

席は3-3-3なので、前のように一人で窓際の2席を独占できるという事はもうなくなってしまった。それどころかホントに満席。オンディマンドの映画やテレビのプログラムはどう考えてもヴァージンに軍配が上がる。だって、ちょっと古い映画ばかりなんですもの、、、、まあ、観たかった映画もあったので、それなりに時間は潰れましたが。

食事のチョイスは2種類で、これは肉入りベジタリアンかの選択だ。最初のメインミールでは、野菜カレーを選択した人達はものすご〜〜く待たせれていたよ・・・・朝食の選択はちょっと説明不足だった。チョイスは「イングリッシュ式」か「オムレツ」。
普通、English breakfastというと、卵焼きにソーセージ、ベーコン、マッシュルーム、そして私があまり好きではないBaked Beansというやつが付く。これはインゲン豆のトマトソース煮の事で、あってもいいんだけど、私はいつもこれをはずしてもらう。だから、今回の選択も「オムレツ」のほうにした。

ところが!!ここがフェイントだった、、、English breadfastのほうには卵とソーセージ、ベーコンが入っていて要するに「肉入り」そしてなんと!オムレツのほうにマッシュルームとビーンズが入っているのだった・・・ヤラレタわ。
仕方ないからビーンズだけ残したけれど・・・・

今回は羽田着だったので、実家までが近い近い。モノレールで浜松町に出たら、タクシーですぐ。(地下鉄でも2駅だけど、荷物があるのでタクシーに乗ってしまった)モノレールからの景色も楽しめて、これは成田よりずっと楽だわ〜〜。

朝の9時前には家についてしまったので、時差ぼけ対策のために午後はネイルと髪を予約しておいた。
久しぶりのネイル、秋色でちょっと我儘な注文も気持ち良く聞いていただいた

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羽田のトイレでこんな注意書きを発見。

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これはねえ〜〜、よくアラブ系(中東)の人達がやるんですよ・・・・便座を「足を置く」と思っているのか、むこうではそういうものなのか知らないが、まさかこんな注意書きがここまできたとは・・・

まだまだ暑い東京。私には充分真夏なのだけれど、日本の皆さんはお彼岸過ぎたら腕をむき出しにするような服はあまり着ていない。でも私にはやっぱり真夏の暑さ。来週函館に行けばぐっと涼しいだろうな。
実はこっちに着いてから、スーツケースに入れるつもりで出しておいた服を置いてきてしまった事に気付いた。まあ、洗濯は家でできるので、着まわしで2週間もたせるか・・・・

ハムレットの調理法


一年以上前にチケットを取ってあったベネディクト・カンバーバッチ氏のハムレット。3週間程前になってやっと届いたチケットには「入場には写真付きIDが必要」と但し書きがついていたのだが、結局誰も何もチェックしなかったよ・・・

実はプレビューの頃から楽屋口にたむろす世界中からのミーハー的なファンが多いらしく、カンバーバッチ氏自身が「お願いだから公演中に携帯で写真やビデオを撮るのは やめてください、舞台から客席のあちこちに赤いライトが見えて気になります」みたいな事を言っていたので、「こりゃ、ちょっと雰囲気ちがうかな」と心配 していたのだけれど、別にそんな事はなく、観客はマナーを守って楽しんでいた

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今年は同じバービカンで5月に蜷川さん演出のハムレットを観たけれど、ほとんど別の作品のように違う舞台だ。今までに舞台やスクリーンで10本以上観ているこの芝居は、もちろんいつも違うのだけれど、今回のは一番が印象に残る。舞台セットの全貌が現れた時には思わず素晴らしさに息を飲んだ。この公演チケットは他と比べると異常に高くて、「なんでこんなに高いんだよ〜〜!」と内心カンバーバッチのせいか?、、と思っていたのだが、この舞台を観たら「こりゃ、お金かかってるわ、、、」と納得。

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ハムレットが何度観ても飽きないのは、やっぱりプロダクションによってその調理法が違うからだ。時代設定や人物の解釈はもちろんの事、それ以前に台本が毎回違う。1603年に初版が出版されてから30数年の間に7版ものヴァージョンがでている。その他にシェイクスピアが執筆するために書き溜めたノートに含まれた台詞やシーンもあって、一番長いヴァージョンだと軽く4時間を超える舞台になってしまう。現代の演劇事情ではこれはやっぱり長過ぎるので、どこかを削って3時間から3時間15分までに抑えるようにしているのが普通だ。

今回の設定は現代とまではいかないけれど、蓄音機や旧式のカメラを使っているので、1900年代前半といった感じ。まず冒頭のベルナルドとフランシスコのシーンがバッサリ切られている。その代わりハムレットが冒頭の「Who's there?!」の台詞を言って、現れたのはホレイショー。そのままホレイショーが帰って来た場面に続く。確かに亡霊云々はその後のベルナルドとマーセラスがハムレットに報告に来るシーンで理解できる。その他にも台詞を違う役に振ったり、米つきバッタ=オズリックを役名無しで女性が演じて余計な部分を削ぎ落としたりしている。宮廷なので、それらしく召使いや護衛が脇を固めていて、出演は総勢23人。これはかなり多い。

何と言ってもこの舞台では行間の埋め方がとても丁寧だった。この演出は、台本にはない場面と場面を繋ぐ登場人物の心情を、場面転換の空白の時間に巧く表現していて話の繋がりが自然に理解できる。実際にはハムレットが狂ったふりをするシーンは短いのだが、おもちゃの兵隊さんの格好でいかにもイカレタハムレットが模型の城に籠ったりと、行間を埋めている。ふらふらと出て行くオフィーリアを見送った王妃が彼女の残した写真が詰まったトランクを開けて、不吉なものを感じて後を追うシーンは、次のオフィーリアの死を告げる場面に巧く繋がっていた。

カンバーバッチ氏のハムレットは、もっとクールで距離感のある役作りになりそうな気がしていたのだが、これは嬉しい期待はずれだった。とても温度を感じるハムレットで、間の取り方や声の使い方で観客が心情についていける。

私はいつも役者を観るときに「演技者」と「表現者」を観てしまう。イギリスではしっかりとした技術に基づいた力量のある演技者としての役者は多い。そのレベルはやっぱり日本とはだいぶ違う。皆、プロとしてのしっかりとした訓練をして来た人達だ。でもその中でも、胸の中が揺さぶられるような表現力を持った役者は実は少ない。私にとって「良い役者」と「好きな役者」はそこに境界線がある。

テレビやスクリーンで観たカンバーバッチ氏は良い役者だと思っていたけれど、「フランケンシュタイン」の舞台で観て以来、「好きな役者」でもある。というより、その中間をバランスよく持っていると思う。表現者=アーディスとして、演じている事をいかに表現できるか、これは役者の永遠の課題だ

今回はハムレットが狂った振りをする場面が行間を埋める演出で面白く描かれている。このハムレットの「狂ったふりの演技」と、オフィーリアの「本当に狂った演技」の違いが印象に残った。台詞の行間にあるオフィーリアの狂った様子の表現は今まで観た中でも一番説得力があったと思う。間をたっぷり使ってピアノを弾いたりして。

実はこの芝居、はじめはかの「To be, or not to be」の台詞を芝居の冒頭に持ってくるという実験的・挑戦的な演出になっていたそうだ。

日本の演劇公演はどれも1ヶ月そこそこなのでこういう形態はとられていないが、こちらでは必ずプレビューと呼ばれる「試演期間」がある。劇場で演じられる最初の2-3週間はあくまでも試演期間で、チケット代も安く観られる。これは、できあがってきた芝居が実際に観客の前で演じてみてうまく機能するかどうか見ながら、修正・変更する大事なプロセスだ。やはり芝居は観客がいて初めて生きるのだと言う事で、これはやっぱりあって当然の重要なリハーサル期間。稽古場で積み重ねて来た事が正しいかどうかを見極めて、必要とあれば大幅に変更する事もある。実際に毎日観客が入っている公演なのだけれど、この期間はどのメディアも劇評の対象にはしない。
作り上げた舞台は本公演の初日に各メディアを招待して披露し、翌日か翌々日には一斉に劇評が載る。そして一度固めたらそれを長期間の公演中維持し続けていくのがプロの仕事だ。

ところが今回、The Times紙がこのプレビューの段階で批判的なレビューを載せてしまい、その事自体を批判する記事が出たりして話題になった。結局To be , or not to beの台詞も元の位置に戻されていた。

蓄音機からシナトラやナット・キング・コールが流れて来たり、オフィーリアの趣味が白黒写真の撮影だったり、ホレイショーが首にTatooを入れたバックパッカーの学生だったりと、「おや、、?」という演出もあったけれど、おもしろく調理された演出で、面白かった。レアティーズ役が黒人の役者で妹のフィーリアが色白の女の子という見た目の矛盾も観なかった事にする・・・・ちなみに、ハムレットのアンダースタディーに配役されているのもマーセラス役の黒人の役者だ。

それにしても今回の舞台セットは良かったよ、、、どこにもセット全体の写真が見当たらないので載せられないのが残念だわ、、、


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